21/02/08

中国 0-1 日本 

重慶観客の「犬(日本のこと)を殺せ!」の大合唱にも、中国選手の少林サッカーの系譜を引くレイトタックルや飛び蹴りにもめげず勝ってしまった日本。この大会そのものが日本の金をスポンサー料名目で中国および半島に流すという目的であるため、勝とうが負けようがどうでもよいわけだが、負けより勝つほうがよいのは確かではある。

しかしこういった大会に出場しなくてはいけない日本の選手は赤紙召集と思ってあきらめるしかない。ポジティブにチャンスであると考えないとやってられないという辛い状況だ。しかし日本サッカー協会からすれば、金にならない選手なら、つぶれてもかまわないわけである。安田の怪我は予想外だったかもしれないが。まだ金になる選手かどうかわからないのでOKというのが川淵氏らの判断だろう。安田、かわいそうだったな。そうか駒野もか。

そういった意味でこの大会は勝負が問題ではなく予定されたようにけが人が出る演劇と考えるとよいわけだ。そう考えないとみている方もやりきれない。

なのでこちらもとくにサッカーやフットボールと思わず中国選手のわかりやすいラフプレーや目の泳ぎを将軍様への忠誠で隠している主審のたたずまいにニタニタしながら、それを適当にかわす日本選手のプレーを楽しみつつ、ご飯を食べていた。気分は古代ローマの市民。奴隷が猛獣に食われるのを楽しむということか。今は確か21世紀のはずだが。

途中、日本選手で怒りを爆発させたのは鈴木啓太。それでもイエロー両成敗で退場には至らず。このあたりも冷静だったといえるだろう。

試合の内容について語るべきところは何もない。サッカーでもフットボールでもないわけなので。それでも、とにかく、これで日本は勝点4で「優勝に望みをつないだ」?わけだ。別に優勝しなくてもよいので、怪我だけにはほんと気をつけてください。

そういえば中国はこれで2連敗。30年勝ってない韓国と10年勝ってない日本相手なので順当な結果ではある。レバノンのアジアカップ、ボラが率いていた頃が中国の強さのピークだった。劣化は止まっていない。選手同士、言葉が通じないので、どうしてもこういう結果になってしまうのだろう。

なぞと書いてたら、9人になった北朝鮮が韓国とひきわけた。経済的には日本の一部ともいえる北朝鮮なので日本の優勝に協力したと考えられる。次は「永遠のライバル」?、韓国。興味がないため強いのか弱いのかよくわからない。それでも、北朝鮮や中国よりは強いのだろう。

そういえばJリーグのオールスターという日程圧迫を目的とした大会があるが、去年までの東西対抗をやめ、今年からKリーグオールスターとの対抗戦になるとのこと。

おそらくJリーグのライバルチームの選手や強いチームの選手、もしくは外国人選手、もしくは半島に出自がある選手にファン投票が集まるだろう。ファンとしてはKリーグ相手と考えれば、選手が壊される可能性がある試合に、自分のチームの大事な選手を出したくないと考えるのが目に見える。

なかなか複雑な様相を呈することになるが、これはこれで観察対象としては面白くはなった。Jリーグありがとう。しかし出場する選手にとっては、東アジア選手権に続いてまたまた赤紙召集である。サッカー界からすれば、選手は日本から金を合法的に半島に流すための消耗品なのだが、まことによい選手であればあるほどつらい時代になったものだ。

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31/10/06

携帯電話かんけー

<ばんごーポータビリティ>とかいう動きがはじまったもののいろいろ問題が出ているようで興味深い。

どこが悪いとか、いいとか、そういうことにはどうでもよくて、なんでまたこんなことで大騒ぎになるのか、という点も、同じくとても興味深い。

XXX-XXXX-XXXXという11桁の数字に価値観を見出す人がかなりいるのだということ。ならびに数年前あれだけ派手な小泉首相宛ての署名活動を行っていた某宗教関係者のみなさん。某宗教の中枢の方々にとって、なんらかの導入する必要があったということなのでしょうが、こういった話にうといので、その理由もよくわからない。

新規参入のAさんのところはシステムがパンクしてしまったとのことだけれど、これでまた名を売れたのだから、それはそれでよかったとマーケティング的に考えるのがビジネスとしてのデフォルトなのだろうけれど、以前も同じようなことがブロードバンド関係であったので、ピーターと狼にならなければいいんだけれどと老婆心。いまや日本人も数年前の日本人からは確実に変容しているわけで、綱渡りが続くのだろうなあ、と。

かくいうぼくだけれど、携帯電話に関してはとりあえずいまのままの予定。現在契約している携帯電話会社のメールシステムや料金体系が現状のぼくの使い方にあっている。かつ、この会社にしか使いたい端末がない。あと、むにゃむにゃするとくにゃくにゃなので。理由はこのみっつ。

ここがこれ以上ダメになったら、たぶんW社のPHSと今も残している日本で一番大手携帯電話会社のアナログ電話となる予定。昔からあるこの大手会社のアナログじゃないと入らない場所にしょっちゅう行くのでしょうがないのですよ。そのあたり、3G系、すべてダメなもので(笑)。

3G系進めたければ都市部だけでなくもう少し田舎も網羅してくれるといいのですけれどね。もちろん新規参入会社の3Gはそういう田舎では輪をかけて入りません。

しかし新規さんのメールシステムが世界標準という点は、とっても大きな強みだと思うのだけれど、ドメスティックに発展した日本市場ではあまり評価されていないという側面はあるかと思います。このあたりメリットだと思うのだけれど、担当代理店のCDとかCWはニッチと判断しているのでしょうね。

もちろん、それ以外にも新規参入のAさんところはいろいろ叩かれることも多いみたいですけれど、ぼくからすると日本の携帯電話各社のシステム、端末、料金はすべて興味深すぎて、あきれてものもいえないという状況なもので、しょうがなく、使えそうなところだけをつまみぐいして、いろいろ使っているということなのです。

しかし日本の携帯電話については根本的な問題点が目白押しにも関わらず、そういったことは話題にもならずに、番号移動がどうしたこうしたといった点が話題になるあたり、本当に興味深い昨今だなあ、と。

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10/01/06

沖縄はひとつ?

▼ここ数年恒例になってきた沖縄での新成人の大騒ぎのニュースを見ていて思うのだ。僕の知っている沖縄っぽくない行為だなあ、と。
▼もっとも、この手の子達は、那覇、浦添、南部地域では目にすることが珍しくないので、不思議ではないのだけれど、残念ながら(?)中北部でこういった暴れまわる子供たちをみることは稀なのだ。
▼これは「北谷までは行くけれど、那覇なんてここ10年行ったことがない」という人が中部地区に実際いるという現実を思い出せば不思議ではないかと思う。沖縄、沖縄とひとっからげにしても何も分からない。
▼おおまかに「南部」「那覇、浦添」「中部」「名護」「北部」と本島だけでも、5つぐらいの生活文化圏があり、それぞれに特徴があるといっていいのではないか。これに離島を入れれば、沖縄県には10前後の生活文化圏が存在するということになる。
▼考えてみれば、本土の首都圏であっても、足立区と目黒区の生活文化や価値観はまったく異なるし、大阪でも千里と長居では大きな生活文化の差異が見受けられる。それがあたりまえのことなのだ。
▼これは経済力だったり歴史であったり民族だったり宗教だったりさまざまな理由によるものだ。もしかしたら土地の記憶、積み重ねられてきた集合的無意識が醸し出す差異も原因のひとつなのかもしれない。
▼なので、那覇、浦添、南部あたりの出身中学同窓生が成人式後に集まって騒ぐというのは、独自の生活文化を維持している地域の独自の文化と考えていいのではないだろうか。。
▼ひとついえば、この騒ぎ方は21世紀になってからはじまったもので、それ以前は皆無であったという点は心にとどめておきたい。そして、この21世紀からというのは沖縄移住ブームが顕在かしてからであったりするのもなにやらポイントのような気がしないでもない。
▼昨年だったかちょうど成人式の時に那覇、コザあたりをふらふらしていたのだが、国道を爆走するトラックの上で新成人が拡声器を使って大声をだしていた。いわく「みーやうち、みーやうち」。おそらく新成人の一人を祝っていたのだろうが、この苗字、沖縄のものではない。あったとしてもかなり珍しい苗字である。
▼沖縄戦で30万人近くが亡くなっている。その多くの方が南部で犠牲になった方たちだ。では、なぜ南部が激戦地になったかといえば日本軍が大々的に展開していたからである。
▼そして日本軍が展開しているところには、軍役についていた旧日本人としての大陸出身者が大量に存在していた。とくに航空基地や港の周辺。これは戦前の日本いおいてはごくごくあたりまえの事実。おそらく、戦前、戦中の沖縄の航空基地なら、小禄、読谷、桃原、伊江島。港なら中城湾と那覇港。このあたりには多くの軍役の一般人がいたのは間違いがないところである。
▼彼らの中には職を求め、軍役のために海峡を渡ってきた人たちがかなりいた。そんな彼らが戦後GHQの政策で沖縄から大陸に帰ったかというと、これがなんとも、まったく資料が見つからない不思議。彼らはどこへ消えたんだろうか?。もちろん、戦前は日本人であるので、日本人として、つまり沖縄県民として生きることも可能だったのではあるが。
▼そういえば、今にも続く社大党などの沖縄独自の政党というのも、なかなか興味深い。
▼歴史書や伝説、神話、考古学、グスクなどから鑑みるに、沖縄には日本本土から武力を持った集団がやってきていたと考えるのが自然である。舜天は源氏系という伝説がある。あるところでは、南走平家の一門がやってきたという意見もある。
▼事実はわからないが、本土からなんらかの生活文化様式と武力をもった集団が11世紀から12世紀にかけて大量に沖縄にやってきたことを否定する事実もない。
▼未だに、沖縄南部を中心とした島尻郡に、伊是名と伊平屋が属しているのは、第一、第二尚氏の両系統の出身だからだろうが、なぜ北の島が…。確かに本土には近いが。
▼それをいったら、南部に島尻がある。頭は北。国頭(くにがみ)。
▼I氏の一族は沖縄の石油王一族で本部半島の出身らしいが、氏は、子供ころヤマトゥーと呼ばれていたという話もある。
▼門中関係の本を見ていても、本土に出自を遡れる家がいくつも散見するのが沖縄である。たとえば、著名政治家一族のO氏の出自は鹿児島らしい。不思議と沖縄の政財界でそれなりの地位を得ている人間は明治維新前に沖縄に土着していた本土出身が少なくないのも面白い。
▼いろいろな過去の事実を積み上げていくと、常に本土から人を受け入れつづけてきたことで、沖縄は地域ごとに、独自の文化を創造していくことになったように考えるのが自然ではないか。もちろん中国などの影響もないわけではないが、それは表層的なもののように思える。
▼「沖縄」はひとつではない。地域文化でもイデオロギーでも人類学的にも、さまざまな出自とさまざまな考え方の人間がこの小さな島の中に生きてきた。そして独自の地域文化を作り続けてきた。そしてそれは今も続いている。
▼海はつながっているのだから、いろいろな人が集まってきた歴史があったしても、なんの不思議もない。一方で、海は世界を遮断することもできる。つまり「シマ」は固有の独自文化を育てる揺籃となりえる。

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15/12/05

戦争と平和

▼戦争と平和、という小説があるからなのか、そういう教育をしてきたからなのか、戦争の反対語が平和だと無自覚に思っている人が日本に多いことは昔から気になっていた。
▼わたくしは子供のころから、戦争の反対語は対話や話し合い、であって、平和とは対話や話し合いや戦争によってもたらされる重要な結果である。そう教わってきたし、今でもそう思っている。
▼平和のための戦争は確かにあるのだ。
▼もちろんこの平和という状況も、ある人からみれば搾取かもしれないし、ある人からみれば天国かもしれない。この世の物事には多義性があるのだからあたりまえのことだ。
▼多くの人が、手段と結果を混同している。もしかしたら意識的に混同しているのかもしれないけれど、何も疑問を持たずに戦争と平和を語る。笑えるというしかない。
▼平和という目的があるとして、そのための手段には、対話&話し合い、喧嘩、殺し合い、戦争、賄賂、利権などといったものがあるのだ。
▼国益という言葉があるが、そういうことだ。国益のためには対話という手段や戦争という手段があるのだ。
▼実はもっというと、平和というものが唯一の目的かといえば、そうでないかもしれない。それは先にも書いた多義性に理由のひとつが求められる。ある集団の平和は他の集団の不幸かもしれないということ。
▼また人によっては、混沌と不安、カオスを好む人間がいるかもしれない。その人にとっては世界の不安や混沌が幸せなのだ。そういう人もいる。
▼ある集団の混沌と不安および当事者集団のひとつである国家の幸福(国益)のために対話や話し合いをしたりするルールをプロトコールという。それが通用しなくなると多くの場合戦争になる。
▼つまり、多くの場合平和などの目的のための手段である戦争を止めることが大事という話なのに、平和になれば戦争がなくなるなどと眠たいことをいう方がまだまだ多いのには苦笑いしかない現状だったりする待降節中のわたくしなのでありました。

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27/11/05

あるクラブの降格によせて

ぼくが大学受験を控えた秋のこと。今でも鮮明に覚えているんだけれど、西が丘で緑色のユニフォームのフットボールクラブがJSLの一部昇格を決めた。そのころの西が丘は地方の野球場によくあるコンクリートBOXベンチで、その上でよくわかんない人たちが応援したり、外国人の応援が派手に行われていた。

そのクラブの存在は80年代の日本サッカー不毛の時代にあって、辛うじて日本サッカー界がレベルを保つことができた理由のひとつであったことは間違いない。また、大方の新聞がサッカーについては、得点結果だけを知らせる程度の扱いでしかなかったにもかかわらず、そのクラブの親会社は、きちんとした記者による日本サッカーについての報道を行っていた

ぼくはといえば、JSL時代、日本においてまともなフットボールを見せてくれるクラブはこのクラブだけだったので、暇があれば見にいっていたし、いろいろな場面にも立ち会ってきた。正直いって、80年代の日本代表とこのクラブが試合をしたら、このクラブが勝っていたことは間違いない。

JSLとしてはあまりに他の実業団サッカーチームとはレベルが違ったこともあって、あの手この手で、このクラブをイビってきた。後に日本代表になるブラジウ人を1年以上出場停止になるように仕込んだり、言われもない難癖をつけたりと、子供心に「日本の企業というのは、本当に陰険なんだなあ」と思ったりもしたのだった。そのイビリの中心だったのは、今の日本サッカー協会会長だったり、浦和のGMだったり、「地域密着」といった広告代理店から指示された言葉を繰り返す、そういった人たちが所属していた企業だったわけである。

そういった暗黒時代から、Jリーグがはじまることになった時、このクラブは金を使って選手を集めはじめた。

ぼくは、JSL時代の姑息な集団である日産(現横浜FM。しかし、FMって名前と経緯からして姑息なのは日産の伝統である)から柱谷の弟がやってくることが決まったとき、このクラブの試合を見に行くのを止めた。はっきり書いてしまうが、柱谷弟が来ることが許せなかった。ぼくにとって世界一嫌いな人間のひとりが柱谷弟である。プレー、発言、人間性。すべてにおいて、品性のかけらもない人間であると思っているし、たぶんそうだ。

案の定、その後のイングランドで行われた日本代表の遠征試合で、柱谷弟はハンドで点を防いだ。ぼくは帰り際、イングランド人とスウェーデン人から「日本のフットボールのルールではキーパーが二人なのか?」「日本ではDFが手を使っていいのか?」と嫌味を言われた。厚顔無恥、品性のかけらも感じられない柱谷弟が、憎からず思っていたクラブに、やってきたのである。

そのとき思ったのだ。柱谷弟が、このクラブのOBになるわけである。後々、偉そうに、何かをほざくことになるわけである。これが同じ内容であっても、いや、もっと内容がないことであっても、ラモスがいうなら判らないでもない。「ラモスがいうならしょうがない」というテーゼは80年代に日本のフットボールを見つづけてきた人間にとってはあたりまえのことだからだ。しかし、柱谷弟がOB風ふかすようなクラブは許せなかった。

このクラブにはいろいろと好きな選手はたくさんいたのだけれど、ぼくはこのときから、積極的にこのクラブを見に行くのはやめた。そして、このクラブははじまったJリーグで何度かタイトルをさらっていくことになる。

今のJリーグファンにとって、現東京ヴェルディ1969は「Jリーグの理念を守らないクラブ」、「地元密着を拒否するクラブ」、「地方自治体を裏切るクラブ」といったイメージになるのかもしれない。

日本のフットボールの歴史に無頓着なあるFC東京ファンが「緑蟲」という、なんともお里の知れる品性のカケラもない名称を与え、それが広がっていることもぼくは十分承知している。川崎から東京に舞い戻ったはいいが、調布の青年会議所の方々が、一度ヴェルディに裏切られたこともあり、憎さ一億倍。さまざまな邪魔を行い、かつ擦り寄ってきてくれたFC東京のために並々ならぬ尽力を行っていることもぼくは知っている。まあ、東京ヴェルディ自体自業自得というところもあり、そんなに調布の方々がいきり立っても、東京ヴェルディ側が勝手に的外れなことをしているのだから、何をかいわんや。

それでもヴェルディは、やっぱりなんとなく強かったりするクラブという地位は得てきたし、事実昨年の天皇杯は優勝している。弱いチームではない。ただし、圧倒的に強いチームでもない。それが事実だろう。

そのヴェルディのJ2降格が決まった。どこかに一抹の寂しさがないわけではない。しかし、悔しいとか悲しいという感慨はない。ある意味、これはJリーグが始まったときから収斂していくべき結果だったのでは?と愚考する。

広告代理店主導による「地域密着」という名称の新しい金権利権装置&純朴日本人資産収奪装置は、この15年近く、非常にうまく機能してきているといっていいだろう。

一方でそこからはみ出してきた東京ヴェルディはこの収奪装置プロジェクトからすると必要がない要素である。必要がない、利益にならないモノ、コト、ヒトは淘汰される。それが資本主義下における掟。この資本主義の掟がきちんと発動した結果であるということではないだろうか。

いみじくもヴェルディに引導を渡したのは、旧日立。JSL時代は、さんざんヴェルディの前身クラブに痛めつけられてきたので、レギュレーションなどで邪魔をしたり、審判の肩をたたいたりしてきたチームだ。江戸の敵を柏で討ったということになるかな?。

とりあえず来年J2とACLを戦うことになるヴェルディ。2部のクラブがチャンピオンズリーグというのもなかなかないことなので、アジアの暑いところに遠征になるなら、アウェイ旅行にいってみようかな、とくだらないことを考えたりするぼくである。そういえば、ヴェルディの試合って、エジムンドがいたときに東京の新興宗教地帯で観戦して以来、スタジアムでは見てないなあ。

さて、ヴェルディの未来はどっちにあるのだろうか?

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05/09/05

白髪は確かに多いのだけれど

俺は白髪が非常に多い。というか、見た目90パーセント以上は白髪なのです。

これはここ数年50歳の声を聞こうかと思ったあたりから増えてきたわけではなく、20歳半ばには白髪が目立ってきて、30歳頃には今とあまり変わらないだけの白髪を擁する頭へと変化したのであります。

白髪というのは心配事やストレスが多かったりする人間に多く派生するというのが一般的共通理解というものであるかと思うのですが、白髪が多い人間を見ていると、こいついわゆる一般的ストレスが多いか?という疑問を呈する輩が多いように感じるのです。もちろん、俺を含めて。

それでも、考えてみると人生のうちで白髪が増殖するような事件にあったことは、そんなに多くないように感じます。たとえば、最初のフランス人の妻との離婚はきっちりフランス的協議離婚だったため、つとめて事務的に終始しましたし、マラヤ人の二番目の妻と子がアメリカ人と在日コリアンの暴走車に轢かれて死んだ時も、呆然として運命としか思いませんでしたから、白髪の原因とは考えにくい。

別に白髪が多かろうがどうだろうがかまわないのですが、最近の20代、30代の子は、俺の頭を見て「染めてる」と感じるらしてく、ほとんどため口だったり、二番目の妻を殺した、アメリカ人や在日コリアンの若者のような自己主張だけの態度でなんやら裏でこそこそ画策したりするので、かったるいといえばかったるかったりするのです(笑)。

まあ、今の日本という国は、権力がどういうことになっているか知らない若い子たちが、薄い脳で我が物顔にふるまい、その親である団塊の世代の、俺からみれば人間としてはカス、クズ以外何者でもない方々が跋扈するという構造になっているわけで、一応、この国に居住している手前、甘んじてそういった状況は受け入れるてはいるものの、めんどくさいよなあ、と毎日感じたりはしている正常な感情の持ち主だと自分では思ったりはしているわけですよ。

というか、ここまで書いてきて、他人様からみたら、もしかしたら白髪にならないほうがおかしいというくらいのことなのかもしれないなあ、と改めて思ったりしたんですが、どうなんだろうか?。というか、いわゆる小泉くんな世の中と自分の生活とがあまりに乖離してしまっているので、わからなくなっているのではありますが。

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運転免許更新時の交通安全協会費

運転免許の更新はがきがやってきた。

この更新時に、以前から気になっているのが「交通安全協会」という存在です。

ところによっては詐欺まがいに半強制的にこの協会のための金を徴収される府県もあるとのこと。俺はいつも思うんですよ。「正直にいえば、払うのに」と。

半強制的詐欺行為である可能性が限りなく高い勧誘時売り文句が“小学生の交通指導”とか“地域のために”とかいうキレイ事。

俺からすれば、「そんな交通安全教育なんていうのは親がやるんじゃねーのか?タコ」ということなのです。もっといえば、「おめーらにごときに、そんなこと教えられたかねーよ。いってみりゃ、おしえられたガキどもがかわいそーってなもんだ」というあたりになるでしょうか。

ですから、交通安全協会側は、俺ごときにバレるような、きれい事を言わずにですよ、正直に

<我々交通安全協会は警察組織の円滑な人的交流と士気高揚のために、各警察署に付け届けを行ったり天下り警察官の給料各国会議員や地方議員、関連団体などへの賄賂として、あなたの金の8割を使いたい。なので、金をください>

そういえば払うんですよ。たかだか5年で3000円やそこらなんだから。

人間の集まりや組織には付け届けや金銭の授受や賄賂、貸し借りはあって当然。こういったウラがなければ組織の円滑な動きは止まってしまうわけです。言ってみればエンジンのオイルみたいなもの。

なので、そういった、賄賂や裏金に使いますと正直いえば俺は交通安全協会様に喜んで払うのです。しかし窓口のおば様方は正直に言わない。困ったものです。

払いたいんだけれど、そういうものに使ってると言わないのだもの。払えるわけがないわけです。

なので、運転免許を取って30年。一度も払ったことがありません(笑)

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04/06/05

0-1 WC出場おめでと

前半に満男の思わず拍手が出てしまったフェイク&シュートによって点を取り、バーレーンが点を取れる空気ゼロの完璧な守備で0-1逃げ切り。

どっかでよくある試合だと感じていたんだけれど、セリエAの強豪クラブが弱いクラブのアウェイで行う長年の定番的試合。個人的に嫌いではない。

考えてみれば、中田と俊輔と柳沢はセリエAにいるわけだし、一昨年から去年までセリエAのプロビンチアみたいながちがち試合をしていたセレーゾの鹿島所属である王様“満男”などがいたりするんだから、こういった試合は不思議ではない。というかジーコになってからの勝利の試合というのはこんな試合が多いわけで。ウディネーゼ?

さて日本がアウェイで勝利したわけですが、次はA、Bグループ8チームの中で一番弱く、日本が負ける要素などひとつもない左斜めちょっと上の国相手。

出られない選手が多いので敦が左。福西&稲本か遠藤(中田コもありか。誰でもぜんんぜん問題ない)。王様“満男”真中。FWは柳沢と調子が問題なければ鈴木の2トップの3-5-2でしょうか?。あ、前三人はかつての鹿島ですね(笑)。FWは玉田と大黒もありなので、よくわかんないですが。ま、一人減らしてハンディキャップあげてもまったく問題ない。ですから、今日でWC2006出場決定。

心配性な人に言っておきますが、もしもバンコクで天変地異があったとしても、イランがバーレーンに引分け以上なら決定。もしもイランに終末論的出来事が起こったとしても、最後のイラン戦をオトナの判断で引分ければOKなので、実質今日で決まりました。いや、バンコクで天変地異が起こるわけがないでしょ。左斜めちょっと上の国が日本に勝つなんて地球が逆回転しても無理(*1)。なので、おめでと。しかし今回はやっぱりゆるーい最終予選でしたね。

また、よく知りませんが中澤って欧州いかないのですか?アジアカップでも凄かったけれど、ほんと素晴らしい、このディフェンソーレ。

(*1)この予選の初戦で日本が左斜めちょっと上の国に苦戦したのは、左斜めちょっと上の国と“日本で”試合をしたからです。日本は今“そういう”状況なので(爆笑)。

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04/05/05

メモリーチップ

先日、IT業界(笑)のコアもコア、アセンブラでもガリガリとソフトを書ける某上場企業勤務ではあるものの会社では管理職になるのを拒否して「とにかく金を得るためだけに会社はある」と嘯くプログラマーの友達と久しぶりにあって、いろいろ話をしてたわけです。そしたら、最近の北東アジア方面の話になって、大韓のメモリーチップの話になったんですね。

パソコンで必要とされるメモリーというモノがあります。これはいくつか(たいてい8つ)の長方形のチップがちっちゃな板についていて、その板をパソコンのメモリースロットに挿すことでパソコンの操作中のメモリー領域(なんというかパソコンにいろいろとさせている時に使う場所)を得るという代物で、なくちゃパソコンは動かないだけでなく、最近のパソコンは数年前に比較すると数倍の容量のを必要とするようになってきちゃっているわけです。

ここで、パソコン自作派な人には既知のことかと思いますが、このパソコンに必須のメモリーですが、その多くが現在大韓製になっているわけです。これはどういうことなのか?もともとはアメリカのテキサスあたりとか日本で作られていたのに、です。

大陸および半島方面が日本の技術をスパイするのは昔からあることなので不思議ではないという言い方もできるのですが、その友達がいうに、このメモリー関連については、スパイというよりも、その技術を半島方面にもたらしたのは、日本の企業のプログラマーな方たちだという話なのです。

ここからはちょっと泣ける話かもしれません。

90年代、日本はメモリーチップではアメリカを抜いて世界最高の地位を築いていたわけですが、そのメモリーチップの値段はガンガン下がりはじめました。大量生産すれば単価は下がる。これは資本主義の基本原則ですので驚くに値しません。

ただし、そうなると、このメモリーチップの設計をしたり、パソコンに挿す時の回路を作ったり、そのメモリーチップを動作させるためのソフトを書いたりしている優秀なプログラマーたちにしわ寄せがやってきます。

つまり、“採算が見込めない仕事をしているやつらに金を払う必要はない”という資本の論理です。実際、この時期、メモリーチップ関連の設計をしていた日本の大企業の優秀なプログラマーの方々は社内において辛酸を舐めていたのだそうです。曰く「金にならならい部署のやつらだから」と。

そこに目をつけたのが、最近のメモリーチップ方面で利益を得ている半島方面の企業。「一日10万円でバイトしませんか?」とその優秀な日本の大企業のプログラマーたちに声をかけたのだとか。

会社に憤懣やるかたない思いを抱いていた優秀なプログラマーである彼等は、金曜日の夜に半島入りし、メモリーチップの設計を行い、月曜日の午前中に日本に戻るという生活をして、会社でもらえる以上の金を得ていたと。

この行動について、ボクたちは、そういったプログラマーや設計者の方々が技術を売り渡したといえるのでしょうか?

ぼくが愚考する限り、技術は日本の宝です。日本は対外的に考えれば技術と価値の国です。前者はこういったプログラマーや優秀な技術者たち、後者は文化関連で世界を席巻する人たち(マンガ、アニメ、ゲームなどもこのあたり入ります)。

ボクの感想は、日本の核のひとつである技術者たちをないがしろにしてきた日本という国家および日本という国家に存在する企業の失態以外のなにものでもないのではないかと。

こういったプログラマーや技術者と呼ぶひとたちの能力というのは千差万別ですが、優秀である人をきちんと評価できなかったツケが今になって押し寄せているとも考えられます。

別にメモリーチップのように歩留まりの悪い製品は別のところで作ってもらえばという考え方も確かにあるわけで、彼等技術者の内職について見て見ないふりをしていたのは国策であったいえなくもありません。

しかし、その技術者たちの気持ちはどうだったでしょう。

それを考えると、この話を友達から聞いたとき、もう少しなんとかしても良かったんじゃない?と思ったりするぼくなのです。営業は確かに大事ですけれど、日本のIT産業(笑)の根幹は技術ではないかな、と。

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17/04/05

法王?

日本のメディアではカトリックの世界における現世の最高権力者を「法王」と表現しているようですが、現在在日韓国人および韓国系帰化人よりも少ない日本の少数民族であるカトリックのボクは違和感を感じてます。

今回なくなったのはローマ「法王」ではなく、ローマ「教皇」です。

「法王」って仏教用語じゃないですか。カトリックは仏教でありません。

愚考するにおそらく日本の場合「天皇」という象徴である方がいらっしゃるために「皇」という字の持つ意味に左右されているのではないかということ。

しかしながら、どのメディアも今回の報道では「法王」という言葉を使用しているのには少々唖然。こういったメディアの内部にもカトリックの人間は一人や二人はいるのだろうから、一言いっといても良かったんじゃないかと勝手に考えるぼくなのですが、いろいろ立場もあるんだろうな、ということで大人の見解。

でもね。日本語にした場合は法王じゃないからね。教皇ですからね。今回はとにかく日本のすべてのマスメディアではそうじゃなかった。そういうことだけを覚えておいてください。ということで一時間目はここまで(?)。

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25/03/05

日本昔話から

あるところに泥棒の集団がおりました。

この集団はとある大きな家を手に入れることを考えました。ただ正面から喧嘩ごしに脅したりしたのでは、周りの人の見る目もあるし、相手も警戒するわけでうまくいかないだろうと思ったのです。

そこで、この集団のボスは下っ端に命じて、その家に喧嘩をふっかけました。その家の人が困って庄屋さんに訴えたのですが、庄屋さんもこの泥棒集団とぐるです。話を聞いてくれません。その家の人はますます困ってしまいました。

そこに、泥棒集団のボスが、泥棒集団のボスであるということを隠して、やってきました。「わたしがあなたの家を守ってあげましょう」と。しかし、あらあら、結局、その家は、泥棒集団のボスのいいなりになって、結局、乗っ取られてしまいましたとさ。

とっぴんぱらりのぷ。

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23/03/05

国立公文書館新サービス

今まで読みたかったり見たかったりしたけれどなかなか機会がなかった公文書の類がインターネットで閲覧可能になるという。

国立公文書館の新サービスがそれ。

曰く“所蔵する歴史公文書のうち約180万画像をインターネット上で閲覧できる「デジタルアーカイブ」の運用を4月から予定しています”。

提供される画像のうち、公文書もだが、様様な地図や設計図、写真なども閲覧可能なようなので、ぼくとしてはそちらの方にも大きな期待がある。

どの程度のものか4月1日にサービスがはじまってみないと詳しいことはわからないが、サンプル画像を見た限りそれなりに期待できるのではないか。願わくば、払っている税金はこのサービスの使用料の一部と思えるような内容になってくれるとありがたい。

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19/03/05

開幕戦は女性主審

JFLの開幕戦の主審が女性になるらしい。

少なくともあの田尻とかJ2名物の教条主義主審群の名前があがるよりは、
スクエアな期待がもてるのは確かであるけれど、それ以外とくに感想はない。

こっちとしては、きちんと吹いてくれればいいだけだ。正直言えばこっちの勝利に貢献する笛を吹いてほしい。

ところでジェンダーフリーな方々は、JFLが開幕戦は女性主審になるという情報を提供したり、メディアがニュースとして扱っていることについて文句をいわないのであろうか?。ぼくがそういう方々であったら真っ先に文句いうところだけれど、幸いなことにぼくはそういう方々ではないし、そういう方々をとくに支持していないのであった。なのでぼくは千葉県民にはなれない。

などと考えてこうやってJFLの開幕戦の審判が女性主審になるということを書いているぼくもJFLやメディアと同じ穴のムジナであるわけで、そういう方々からぼくに非難がこないか、こうやって書きながらビクビクしているのだ(笑)。

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17/03/05

切羽詰ったうざいお笑い

夜、テレビのニュースをたまたま見ていたりすると、TBSの白髪とかテレビ朝日のめがねしているおしゃべりな坊やが、半島および大陸関係で偉そうに何かいっている。

TBSの方の白髪は昔からのことなので、ぼくとしては苦笑いして躍らせておいてあげている。テレビ朝日の方はどうもディレクターの意図があまりに強すぎるように思う。まあ、たいした坊やではないので放置ではある。どっちにせよ、このふたつはニュース系番組とは名ばかりで、基本的に、マヌケな姿と言説をせせ笑う、英国的お笑い番組として見ることに意味がある。これは現代日本の常識だろう。芸としては伝統芸になりそこねといったあたりに位置している。なのでせせ笑いがお似合いだ。

さて、それにしても、最近は半島とか大陸方面は確かにうざい。両者ともかなり切羽詰っているようだ。不肖ぼくも日本国籍者ではあるが半島の血が入っているわけで、それを考えるとなんともうざい(笑)。ただしあまり切羽詰ってはいない。これが、かの国々の方々や、かの国から日本に国籍を移動させていろいろウラでやっている方々と違うところかと思う。切羽詰っては心を誤る。

そういえば朝(鮮)日(報)とか、「赤匪」新聞などと揶揄される朝日新聞もかなり切羽詰っているように感じる。こっちは威厳みたいなものがこの国にあるので、うざい、とか、せせ笑いでは済まされないあたりが、苦笑いである。今までいろいろなジャンルの朝日新聞の社員にあったけれど、まともな人間はたったひとりしかいなかったというのも苦笑いである。というか、メディアがJリーグやら日本代表のスポンサーになっていいのだろうか?。戦略のつもりなのだろうけれど。そういう意味でも朝日新聞はジャーナリズムではない。半島や大陸の出先言論工作機関とも言われているが、やはり、その可能性はかなりあるなあと思う昨今ではある。

とにかくも、半島や大陸、その出先機関らしい朝日新聞や、提灯お笑い番組をニュースとして提供しているTBSやテレビ朝日は、今後、どんなお笑いをぼくたちに提供してくれるだろうか。楽しみではないが、笑わないと辛い(笑)。

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21/02/05

最近の妄想

海上にとても裕福で美しい島国があるとします。

この島国の富を奪いたい、この島国の住人を奴隷化したい。そう考えている国がその島国の近くにあったとします。しかし、この島国はちょっと離れたところにある大国と助け合うという約束をしていて、おいそれと手を出せません。

そういった場合、ぼくが島国の富をほしいとおもった国の人間なら、その島国にたくさんのスパイを送り込みます。そして金融とメディアを握ることを考えます。同時に宗教を使って島国の人を教化していきます。ある程度力が蓄えることができたら政界にそれらのスパイを送り込みます。

また同時に小さな事件や事故にみせかけたテロをしかけます。たとえば事故に見せかけて電車を止めるとか航空機による小さなミスとか。メディアでは事故として扱われる程度のものです。またスパイ仲間が行った事件は情報操作を行い、その島国の人間が行ったようにしむけます。島国の人たちに自分たちは情けないと思わせるためです。ネット上のテロもしかけます。DNSサーバをつぶします。政府サイトやスパイ関係以外のポータルサイトの機能を著しく低下させることに努めます。

島国の政府が気づいていろいろな対抗策を出してくる可能性がありますが、すでに大量のスパイを送り込んでいるので、対抗してもつぶすことができます。

そんなことがあったら、こわいですね。

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01/02/05

沖縄に関する常識?

武器をもたなかった国。

薩摩に蹂躙されるまで、権力者間での血で血を洗う戦いの歴史が存在している。現在の沖縄の歴史が薩摩以前と断絶しているという前提ならば百歩譲って同意できるが、そのうような事実はない。現在語られるこの言説は観光立県政策および米軍基地問題への対応策として出てきた都市神話の一種と考える。

もちろん薩摩世以前は戦いが常態であったことは当然であり、これをもって、逆に沖縄人が好戦的であったとする言説に首肯できるものではない。

グスク

城という漢字があてられているため、日本本土における城が持つイメージが想起される。これは一部において間違いではない。たとえば世界遺産として登録されたグスクは石積みが比較的良好に残っており、琉球史の表舞台として物語が比較的広く知られているグスクが選ばれている。

しかしながら、いわゆるグスクと名がつく遺跡は沖縄圏には200から300(もしくはそれ以上)存在する。そのほとんどは石積みのグスクではない。また城というイメージから城主がいてその地域を治める上での中心的象徴であったと日本人ならば考えやすいが、政治的戦略的中心地であるグスクは少数派であることはあきらかである。

グスクという名称がついている沖縄圏の遺跡、そのほとんどが原初的には、血族集団を中心とした古代部落の居住地、聖地、風葬跡などであり、後にその一部が政治的、戦略的、地政的に優位な場所として選択され、石積みのグスクが作られていったとするのが現在の定説だ。実際に多くのグスク内には拝願所や御嶽、香炉などが散見される。

桜で有名な名護の名護城(なんぐすく)は、石積みがないグスクとして語られることがある。しかし、ここはまごうことなき名護近辺の聖地であり、古代部落の痕跡を比較的良好に残している著名なグスクと考えるのが適当だという説もある。沖縄の古代部落は海浜地域でなく高台や丘陵地に造られることが常態であったらしい。

グスクはいわゆる日本の城とは異なる存在ではある。現代に残るグスクは沖縄圏の重層的な歴史の上に存在している。しかし逆に考えれば、日本中に散見するいわゆる城や城跡というものはどうしてその場所に造られたのだろうか。なぜその場所が選ばれたのであろうか。

泡盛

焼酎ブーム、沖縄ブームがあり泡盛や古酒はポピュラーな存在になり、東アジア圏の良質なスピリッツとして世界にも知られつつある。

しかし、ほんの20年前まで泡盛は飲めたものではなかった。その頃はアメリカ世の影響もあり、ブランデーやウイスキーなどが主流。いまでも泡盛よりもウイスキーの方が好きだという人間は多い。

泡盛が沖縄の象徴になれたのはこの復帰以来、質の向上に傾注してきた泡盛関係者の人々の努力と先見があったということだろう。

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14/01/05

くに

最近、以前にも増して、国家、国、国籍、民族といったあたりのことを考えることが増えている。

何度か書いているけれど、<国家>と<国>と<くに(故郷)>は異なる概念であり、これら、とくに、<国家>と<国>は日本国においては混同して使用されているとするのがぼくの考え方。

いい大人が「国のことを考えれば」などと言っているのは、実は「国家」のことなのに安易に「国」という言葉を使い、聞くほうも了解してしまうという茶番。

そして、その三っつの概念の差異から導き出される答えとして「国籍」はあくまで<国家>に依存するものであり、<民族>という概念は<国>や<くに(故郷>もしくは<家族>といったあたりと関連するのではないかと。

そして、「民族=国家」という短絡な考え方が北東アジア、早い話日本国と大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国に住む人々の間に常識のように横たわる滑稽さ。

たとえば、居留外国籍の人々の地方参政権や公務員就業の問題。<国>や<くに>というレベルで考えれば、別にそれはそれでいいんじゃないか?と考えるのだが、<国家>という概念から規定すれば「とんでもないこと」という結論に至る。

現在および今後当分の間の人間世界は<国家>という概念の下に人の営みが繰り返されていくことは自明であるわけで、居留外国籍の人々に地方参政権とはいえ、これを与えることなんてとんでもないことだし、公務員として採用するなんてこともありえないことだ。

要はぼくたちの語るべき立脚点はどこにあるのか、ということではないだろうか。

昨今のメディアやインターネットでの言説を見ていると、このあたりが曖昧だから話になっていないのではないかと感じている。

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03/01/05

李登輝さん離日

もちろん彼の言動が東アジアの国家関係に多大な影響を与えるという点については異論がない。ぼくなんぞがそんなことを思っているくらいだから、賢明な李登輝氏はこの年末年始にかけての来日中、あたりまえのこととして中華人民共和国側が反駁できる余地を与えない行動をとられた。素晴らしいことだと思う。

氏は学者らしい緻密な実証と誰よりも大きな理想を胸に抱き努めて東アジア的政治の中に身を置いてこられたのだから、今回の訪日での慎重な行動はさすがだ。

日本側も慎重だった。中華人民共和国側に反駁の機会を与えない方向で対処した。京都大学が入構を不許可としたのは「京大らしくない」とする意見もあるかもしれないが、京大は国立大学だ。政府筋から話があれば拒否しても、しょうがない。それが政治だ。

もちろんぼくからすると「何びびってんだよー。政治家も官僚も、税金とそれを巡る権力と利権で生きてる公僕だろーが。日本の国家益とアジアの安定のために働け!。たわけどもがぁ」ということになるわけではある。しかし、今回に限ってはうまく立ち回ったと評価しておきたい。

だが次回の李登輝氏訪日時に、日本政府の政治家や官僚にもう一歩踏み込んだ進捗が見えなければ「前回はじわじわ実績を作ったんじゃねーのかよ。李登輝氏本人も協力してくれただろうが。利権でもなんでも生きていくためのセコい対処だから目つぶってやるが、大局を誤ったら承知しねーぞ!。カスどもが」といった罵声を浴びせる準備はできていたりなんかしているのではありました。

しかし今回の訪日で改めて確認できたが、李登輝という人は100年先、30年先、10年先、3年先、半年先といったそれぞれの未来を冷静に観想できる稀有な人だ。こういう人が隣国(改めて国とするけれど)台湾の前総裁で22歳まで日本人であって、ぼくたち日本国籍の人間に励ましと叱咤を与えてくれることは誠にありがたい。

すぐにまた来日してください。李登輝さん。とりあえず次回は暖かい時に念願の「奥の細道」を歩かれて、その次とは言わないけれど、数回後には靖国神社に祀られているお兄さまの霊に祈りを捧げることができますようお祈りいたします。カトリックのぼくだけれど靖国に参拝する人の気持ちを否定する気持ちはない。

李登輝氏が日本国の首都である東京を訪れるということはアジアの政治経済地図を塗り替えていく上で極めて重要な一歩になるはず。

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29/12/04

大津波被害への援助

スマトラ沖地震による津波の被害地域は何度も訪れた場所が多くかつ友人、知人も多い。とりあえず友人、知人たちは大丈夫だったようで胸をなでおろしたけれど、多くの人たちが犠牲となってしまっている。熱帯、亜熱帯地域に属し上下水道などのインフラも貧弱な被害地域では今後衛生面での問題が出てくる。まだまだ本当の災害は始まったばかり。

そんな中、日本は地震後すぐにスリランカなどに医師団を派遣。迅速な対応は誉めるられてよいと思う。また無償供与も現状30億円以上決定。現地での金の動きでいろいろ問題が出る可能性もないわけではないが、こういった被災時なら税金バンバンつかってくれ、そのためなら税金払うぞ。と思う。

また、インド洋での使命を終え帰路についていた自衛隊の護衛艦「きりしま」「たかなみ」、補給艦「はまな」 が、タイ政府の要請をうけ、プーケット島沖に出動し捜索活動に当たるという。

これは歴史的な事件じゃないだろうか。東南アジア地域において日本の自衛隊が自衛以外の行動を行ったのだ。そしてこれについてどの国(かの国々だが)も、国内のかの一派も批判することができない。はからずも自衛隊の海外活動が緊急時とはいえ是認され既成事実を作ることになったのだ。

現地でどのような報道をされるかは定かではないが、日本の今回の行動を否定することは少ないのではないだろうか?(もしかしたら華紙は否定的か?)。

日本人観光客が金を落とすということもあるけれど、今回被災を受けた各国は歴史的にも親日的な国ばかりではある。アジア各国という報道がなされる時、大陸中国と大韓が真っ先にあがる日本のメディアだが、このような国々も、日本がより友好を深め必要ならば経済援助なりFTAを結ぶなりすべき国々であるようにもおもう。

とにかくも津波被害のためにはぼくたちもできることをしないといけないと改めて思うのではありました。

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27/12/04

李登輝さんの来日

今日、午後7時前、名古屋空港に李登輝さんが到着し「観光ビザ」で日本に入国した。

この出来事は、これから3年ほどの東アジアにとって画期的なできごととして記憶されることになるかもしれない。

メディアの対応もそれぞれ興味深いものだったが、予想通りなのは朝日新聞。李登輝という三文字に北京語の音をカタカナでふっていた。普通なら台湾語で「リー・ティンフイ」なのだろうが、日本語音で「り・とうき」でもなんの問題もないはず。わざわざ北京語にするところに意図を感じる。まあ、大東亜戦争時からそういう新聞社なので、当然の対応ではある。

そういったことはおいといて、とにかく、映像でみた、李登輝さんは、ダンディでカッコよかった。そして李登輝おじさん、と言いたくなるような親しみやすさ。しかし、その裏には権謀術策を尽くして東アジア政治を生き抜き台湾を導いてきた凄みがあるわけだ。

懐の深さと慎み深さ。そして明るさとカッコよさ。彼の来歴と今を表していたと思う。正直、世界の政治家の中ではトップクラスの一人だと思っている。

来年は、ダライ・ラマの訪日も実現しそうであるという話もあるそうで、こちらも楽しみにしているぼくではある。

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18/12/04

台湾ノービザ

12月3日の日経のサイトの記事。半月も経ってからコメントするなんていうのもマヌケな話だけれど、とにかくも、愛知万博期間だけでなく、恒久的に台湾観光客ノービザの方向になってきたのだという。親日国(あえて「国」といっておく)のひとつである台湾の人々が日本を気軽に楽しめるようになるなら好ましいことだろう。

もちろんいくつかの疑問もある。なぜこの時期に来てノービザの方針が打ち出されたのだろうか。そして日本政府のこの方針について中国はあからさまに反応してはいない。李登輝さんの観光のためのビザ発給には干渉してきたにも関わらず、である。記事によると、「中国には連絡してある」とはいうのだが。

愚考すればやはり北京五輪を睨んで日本政府のある筋では既成事実を作っていこうということなのだろうか。北京五輪は台湾が「台湾」になる千載一遇のチャンスであるわけだから、その外堀を埋めるという作業が行われていると考えるのが妥当なのかもしれない。政府や自民党内で親台派がちゃくちゃくと力をつけているのだろか。

李登輝さんが今月末に日本を訪れるというのも私人の観光名目とはいえメディアに取り上げられる限りそれは大きな東アジアの未来のひとつの要素になってしまう。政府はメディアに氏の観光訪日を「ニュースとして取り上げないように」と依頼しているらしいが、「取り上げるな」と政府がわざわざリリースを出すということは、「政府としては止めてみたけれど、法治国家である限りメディアが勝手に行うことを止めることはできない」といっているに等しい。これは、もちろん、反対筋(大陸の超大国の一部)へのけん制である。以前に比べて日本政府もしたたかになってきたものだと思ったりもした。

また、大陸のかの国の中もひとつではないわけで、そのあたりが、大陸側からの反論が出てこないということに関与しているのかもしれないな、と。

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06/12/04

大領戦におもふこと

そろそろアメ公のダイトーリョー戦について自分の考えをまとめておこうかなと年末なので思いましたので、つらつら書いてみようかと思っている次第。

ブッシュ坊やくんVSなんとかっていう鼻がでかいやつ。どっちかつーとブッシュ坊やくんでよかったというのが正直な結論なのであります。

鼻のでかいやつの嫁は元ハインツ御曹司の嫁だった。その再婚嫁はカーボベルデ出身つーのは個人的にポイント高いんだが、それはまあとりあえず今回は関係無し。ただその金つかって、鼻のでかい奴が大統領戦に打って出たというのは事実だと思う。

で、ハインツは当然、共和党べったりだしそっちの息はいっぱいかかってる。つまり、今回のダイトーリョー戦についていえば、共和党だろうが民主党だろうが基本的にはあんまり変わらない。バックグラウンドは同じ。

おまけに、鼻のでかいやつとブッシュ坊やくんは大学の秘密クラブの先輩後輩とくりゃ、もう、ツーカーの仲だし、考え方や利権を代表するバックも似たり寄ったり。「どっちでもいいよ」なのであった。そうなると、日本国民である、ぼくなんかからすると、不毛の選択で、どっちがよりベターかって話になるわけだ。

つまり、どっちもどっちであるけれど、たとえば、こと日本という国について考えるとブッシュ坊やの方がまだまし、という、もう、なんというか敗戦国国民として泣くに泣けない事実もあったりしているのですよ。

また世界を考えても、共和党のブッシュくんでよかったなぁ、って話なんだと思う。つーのも、ブッシュ坊やじゃなきゃ、またあるよでっかいテロ。なんつっても、かなりの確率で、オサマ・ビンラディンというのは共和党の意志で動いているのだから。9.11とかいうのがなんで起こったかっていうのは簡単でさ、アメ公の内政問題だろう。

ブッシュ坊やの支持率がやばくなってきたから、一発外憂をつくらんといかんな。外憂でも国内にインパクトがないとやばいっしょ?。なら、貿易センタービルでもやっちゃう?。やっちゃう?。うん、やっちゃう!!(笑)。ってことでやった可能性も否定できないのがあれ。

その後どーなったかといえば、イラクに侵攻できて、ここに利権をもっていたフランスとロシアをほかして、ブッシュのタニマチである石油系のお金持ちの利権をゲット!。ブッシュ坊やの支持率アップ!。パパブッシュも万歳!。やり~!!みたいな。で、もしも民主党が今回勝ったら、共和党筋が「もう一回かませ!」みたいなことをいったりなんかして、また9.11アゲインがあったりして。もう、なんというか、その辺の自分は賢いとか思っている日本のサッカー(苦笑)ファンのサポーターとかウルトラとかほざいてるゴール裏のまぬけ小僧どもと同じ論理構造なわけさ(沖縄のおばぁ風)。

でも、大切なことは、このブッシュ坊やとブッシュ坊やタニマチのやり方を認めないと世界はやばくなってしまうという現実があるわけで、そのあたり、アメ公以外の世界のすべての人間はダブルバインド状態におかれているのがこの21世紀初頭というわけだったりなんかして。

なさけねーなあ。やっぱ戦争には勝っとくべきだったよなあ(大笑)。

民主党方面がなんでだめかということは、ブッシュ坊やの前の栗金団と似た名前の民主党の白い奴のまわりがなにかましたかをみればわかるっしょ。ほれ、ハゲタカファンドを駆使しまくって、アジアの経済危機とかバブル崩壊後の日本経済領有なんですな。チューゴクとかキタチョーセンと二国間の話し合いをしたりして、日本無視。これはしょーがないんだ。民主党は共和党が持っているおいしーところに、かましてもらえないからその残滓に群がる、まあ、言ってみれば、うんこにたかるハエみたいなもんだから。

でも、日本をはじめアジアの有色人種な国にとってはたまったもんじゃねーよ、たーこ。だったわけで、これに公然と文句かましたのが、マレーシアのマハティール前首相。「漢」だったねえ。インドネシアは屈服しちゃったし、日本は日本で、そのあと、だらだらとフリョーサイケンショリとかできねー能無し国家とか思われたわけなのに。

で、日本国内に限れば、そのフリョーサイケンとか、そーゆーのを何とか払拭できそうになってるのが、ブッシュ坊やおよび共和党とかオイル利権の白いアメ公によって作られたろくでもない天パ白髪の神奈川野郎。ほんと神奈川っておかしなとこだよな。横浜Fマリノスとか(昨日は勝ったみたいだなあ)。まあ川崎はジーコの息がかかってまともになってきたんだけどさ。閑話休題。

話がいろいろとんでしまったけど、つまり、この目の細い天パ白髪神奈川野郎。なんで首相になったかといえば、ブッシュ坊やくんとそのタニマチが、あの目の細いのにしろやってことでなった、と。

日本の首相が国民の投票で選ばれないのはアメリカの意志が働くようになっているのだから抗っても無駄。英国みたいに個々の人間が、客観的に見れば滑稽なのだけれど、個の意志を持って投票行動を行う議院内閣制の国と比べても、そりゃあーた、まずいっしょ。日本のそれ(議院内閣制)はアメ公によって作られたってことを忘れちゃいけない。つまり、アメ公は日本人の個々に判断能力はないと読んだわけ。それはかなり正しかった。

そういうことで、日本はアメ公の思うがままの国になっているわけで、その日本にとってはアメ公の利権とかに有利に働くことが、日本にとっても国益にかなうというのが今なのであります。

そう考えるとブッシュ坊やが勝ってよかったなあ(泣)という状況ではないかと。不毛の選択というよりも、それしか選ぶ道は日本にはなかったってことで。

象徴的なのは、ぼくが本当に尊敬している友達でとても優秀な人たちは、みーんなアメリカに行かざるをえないし、行ってしまうわけで、実際に何人もいまアメリカにいるのです。もしも日本がアメ公と対等の立場にある国ならば、こういう優秀な人たちは日本で自らの能力を高められる可能性もあるし、自らが望むところへすんなりいけるはずなのではないかと。うまくできてる、アメ公にとって。

もしも鼻のでかい白い奴がダイトーリョーになってたらどーなるかといえば、キタチョーセンとかチューゴクがますますウザくなるのは目に見えているだけでなく、日本経済へのハゲタカ介入が再びはじまるのは、民主党だから当然のことだったわけで、それが阻止できただけでも、よかったー、と胸をなでおろすのが、悲しいけど、いまのぼくたちなんだろうなあ。

で、ぼくなんか、できることといえば、アメ公にあったら、がんがんイヤミをかまして、いやな気分にさせてあげるぐらいしかできないわけだけど(苦笑)、それが初めの一歩というか大衆レベルでの正しい交流というものではないかという結論に達するわけで(笑)。そこからしかはじめられないというのもまあ不幸なのだけれど、そういう時代に生まれてしまった不幸を受け入れるしかないのだ。

あ、そういえば、今は、その民主党の息がかかった日本の与党方面の人たちがどんどん血祭りに上げられているよねえ。このあたりうまーく利用すれば、普天間基地の辺野古沖移転も阻止っつーか、なし、にできるような感じもないではないなあと思ったりもするんだけれど、ぼくはそういう立場にないのであった(爆笑)。

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30/10/04

彼の死

イラクで民間人の死者が出た。ご冥福を祈りたいというぼくは確実にいるけれど、それは悲しみに打ちひしがれている家族や関係者の気持ちを逆撫でしたくないという気持ちからでしかない。正直に言えばしょうがない。それだけである。

忌憚なく口にすれば、この亡くなった子は無知だ。ほんとかどうかしらないが、イスラエルのスタンプのあるパスポートでアラブ圏を旅しようなど、あきれて物が言えない。危険な状態にある国に物見有山的な気持ちで入ろうなど、なにをかいわんや。

かつて、世界を右往左往していた20代のぼくも、イスラエルのスタンプは「パスポートを汚す」ということで、アラブ諸国へ今後入国する予定があるなら、当該の旅の最後にイスラエルへ入国し日本に帰国後即刻パスポートを再発行するという「常識」があった。それが20世紀に生きる人間としての「あたりまえ」の行動だった。そして今も、というか、今だからなおさらである。そのくらいのことは判っていない人間が日本を出るということ自体が大きな問題だろう。

程度の差こそあれ、現代日本の20代前半から30歳前後の子達はこの亡くなった子と同じように(もしかしたらそれ以上に)無知な上に、他者の助言や努力を真摯に受け止めず、自分だけが正しいと思い込む傲慢さを持ち合わせているので、こういう結果になるのはよくわかる。

ちょうど親の世代は団塊世代だ。結果として親の因果が子に報いということになってしまったわけだが、やはりD2(団塊2世)は、今までの日本人とは計れない人的塊であるということを確認できただけ、彼の死は意味があることであろう。それくらいの意味をもたせないと彼が生きてきた意味がない。ほかになんの意味もないからだ。

イラクはもともと日本と血のつながりがある国であるし、ヨルダンは皇室同士友好的なつきあいをしている。おまけにイラクとヨルダンの為政者はかつて兄弟だった。そういった歴史的な事実、つまり、現代においても、通用する親和的プロトコールの中にあった国家関係が、D2の子供ひとりのために無に帰するとしたらそれはぼくやあなたにとって大きな損失だ。

団塊世代やD2のかわいそうな子達の中には、弔い合戦的な気分からイスラム嫌いが生まれることもあるかもしれないが、そのあたりはきつく自重しなくてはいけない。団塊世代が性行為によって生んだ子供が行った行動と死が、単なる「無知」から起こったということを肝に銘じるべきではないだろうか。団塊の世代は、そういった無知なD2世代の子供に育っててしまった自分を呪うべきであって、日本や、日本列島人や、アラブの人々をうらむのはお門違いである。怒りの矛先はあなた方自身なのだから。

団塊の世代は競争のための自己顕示欲を行動原理として生きてきたことはぼくは理解している。

それはあなた方の罪ではない。第二次大戦による人口動態の急激な変化とそれを要因とする生物学的な一次欲求の産物なのだから、改めていうが、あなたがたのその捻じ曲がった人としての生き方はあなた方のせいでない。

つまり、個としての人間を前提とした理性的な理由はひとつもないのだ。動物がたくさん生まれたか、そうではなかったか、その違いだけなのだ。団塊とは塊ということであって、動物として数が増えたというだけの世代で、その動物的な行動原理に理性が勝てなかった世代というのが正しいのだ。

今回殺された子は、そういった世代の2世なのだから理性と情報を駆使して行動するなんてこできるわけがないというのはよく判る。無理だろう。しかし、その結果でまた数にモノを言わせた動物的反応を行わないこと。お門違いの反応をしないこと。それが人として唯一できる、あなた方団塊の世代と、その子供の世代にできることだ。それ以外は理解できないだろうから、じっとしていているのが適当である。

少なくともぼくやぼくの世代は団塊の世代の酷さや幼稚やさをイヤというほど見てきて、ある意味、達観している。そしてその子供の世代なのだから、似たようなものだろうということもよくわかっているし、実際そうだということを何度も経験してきている。今回のなくなった彼の年齢と親御さんの年齢をみて、話がわかりすぎるくらいわかりすぎたので思わず苦笑いさえ出てしまった。

モノは壊れる、人は死ぬ。しかし、美しい死は、真摯な生き方にしか宿らない。少なくとも、団塊の方々と、その2世には現状そういった美しい最期は訪れることはない。それは、今回なくなった子が証明している。そういう意味で彼の死は21世紀の日本をよく表していたということにはなる。彼に生きてきた意味があっただろうし、この点についてぼくは彼に感謝をして、冥福を祈りたいと思う。

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25/09/04

平山くんと日本社会

U20代表がJBのラーキンスタジアムできちんと勝利した。熊の声が相変わらずでかい(笑)。

この試合を見ていて思ったのが平山。チームの中心であることに間違いはなく、この9ヶ月ほど、試合漬けで疲労が溜まっているのもあるのかもしれないけれど、いまひとつキレがない。伸びていないとこいうことなのだろうか。いや、去年よりも進化してはいるだろうけれど、その進化の速度と方向がいまひとつなのかもしれない。これは、筑波大へ進学したことがひとつの理由ではないかと思うのだ。

平山くんには今年になってバレンシアからオファーがあったものの、シーズンの始まりが異なるということもあるが、彼はその誘いを受けなかった。それだけではなく、Jリーグさえ選ばなかった。

大学のサッカー部とプロのフットボール環境はまったく異なる。日本の10代を育ててきた「学校」という育成システムも一概に否定するものでもないが、やはり、若いうちにプロの環境に身を置くことは選手の成長と日本のフットボールにとって有益なことではある。(ただし有益ではないプロクラブもあったりするのが困りものだが)

もちろん、プロへ行くことだけがすべてではないし、それなりに勉強もできるらしい平山だから進学を選んだというのは、賢明な選択のひとつだったということになるかと思う。

しかしこれが欧州だったらどうだろう?。

おそらく平山ほど素質もある選手でプロから誘いが来ている場合、ほぼ間違いなくプロを選択する。そしてプロ生活が終わったあとで、大学へ進学するという人生設計が社会的に認知される。大学は高校からすぐに進学しなくても勉強を続けたいことが出来たときに行く学校であり、それは年齢に関係がない。そして30代、40代での学生という身分を許容する。また、たとえ志半ばでプロを断念することになったとしても、そこから大学へ進学するということは、まったく個々の問題であり、社会的に認知される人生の選択だ。こういった選択が日本の社会ではまだできないというあたりに平山の進学という選択があるように思われる。

日本のフットボールが欧州に伍すためにもぼくたち日本社会に住む人間の意識の変容が必要だ。

他者の才能を認めそれを伸ばす環境とその才能が次の人生を歩む可能性を残しておくこと。そして何より、人それぞれ生き方が違うのであり、人生のペースも異なるということを受け入れる意識。もちろん10年前に比べれば、こういった意識は日本社会に芽生えつつある。ただし、それは少子化に対応した大学の社会人教育という名の生き残り経営の産物ではある。

そこから一歩進んで人それぞれの生き方を認める度量と想像力がぼくたちには必要なのではないだろうか。などと、今日の平山くんを見て思ってしまった。

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24/09/04

平成17年からの消費税課税業者

細かいことは分かってないぼくだけど、おおまかにいうと、消費税をゼームショにおさめなきゃいけない人というのはこれまで、ざっぱにいって給与でお金をもらっている人以外で3000万円以上収入があったら消費税をおさめなきゃならなかったというのは間違いではないと思う。ところが平成17年分からは1000万円以上収入があると消費税おさめなきゃならなくなるということのようだ。

ただ平成17年の収入なんてーのは0円かもしれないし、100億かもしれないしよーわからん。なので、平成15年の収入が1000万円超えてたら平成17年分から消費税もおさめろや、あーん?(by国家)ということである。

つまりこれまで3000万円以下の収入で消費税をとっていた人は坊主丸儲けだったわけだが、こんどからは払わなくちゃいけないし、事務の手間も増えるので、だりいよなあ、ってことで表面上は改悪だ!ということになっている。

だけど、その一方から見て改悪という方向にちゃんといけるというのは、誰かが得だから、そうしたい。そのためにそういう方向にいくわけである。

で、考えるにまず得するのは国家である。これは単純で税収が一応増えることになる(はずだ)。次にゼームショ。これはまた税金徴収のための手間が増えるし、この改悪のための説明用人材も必要になる。人材が必要になれば金がかかる。つまり手間賃が必要。また、人手が足りないので関係者の子供などを縁故でゼームショに採用することも可能になる。いい!。これはいい!ってことか。

でもって、実は実際に坊主丸儲けだった3000万円以下の収入だった商店とか卸業者でも、簡易課税制度を適用すると、おおまかにいって製造業で70パーセント、小売業で80パーセント、卸売業で90パーセントの手に入れた消費税は払わなくてもいい。もちろん普通に計算して消費税分を払うこともできる。この場合、でっかい買い物なんざしていたりすると、うまくすると還付を受けることもできる。どっちもどっちではあるし、もちろん手間が増えるということは、大きな問題なので、めんどくさくなるのは確実ではあるけれど、実業系の人のふところはあまり痛まないというシステムのようだ。

業態に関する判断があるのだろうけれど、たとえばぼくなんかだと、簡易課税制度とやらを選んだとして50パーセントまでしか免除は認められない。もしも1000万円の収入があったとして32万円くらいは払わなきゃいかんということになる。まあ、根本的な問題として1000万円という収入を得られるのか?という非常に大きな問題が横たわっているわけではあるのだけれど(苦笑)。

どっちにしてもより複雑化してよりめんどくさくなることによって国庫の収入はあがるんだろうし、おまけに手間がめ