10/02/08

寒すぎる日の秋葉原

知人といつものように待ち合わせ。

別に買うものはないのだけれど、知人と適宜情報交換&知人の買い物につきあう。

あまりに寒いので神保町の飲み屋へ。

雨が降り出してきた。

すると知人が3月末のログ取りの旅を考えてザックを買いたいとのこと。ということでいきつけの登山用具ショップへ。

いろいろ見ていて、Deuterの30リットルのものに。うむ、これ悪くはない。鍵もかけやすいし。細かなところがドイツ。続いて知人は、アメリカの利権鍵であるTSAの鍵を二つ。たぶんブッシュ関連の企業なんだろうなあ、と、買うたびに思う(笑)。

こっちは、携帯灰皿を買換え。

その後、いつもの飲み屋で軽く食べて、知人の職場がガキの頃川遊びに行っていた東京都のド田舎になってしまったことを知って同情(笑)。7時過ぎにはとっとと帰る。

あまりに、寒すぎて耳がちぎれそうだった。自宅の最寄り駅を出たら雪だし。

あきじゃびよぉー。

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06/02/08

あふれるCDをなんとかできたと思ったが…


あまりの量の多さに辟易して、購入。

早い話がCDのプラスチックケースのかわりに省スペース効果を狙った商品。部屋に散らばるCDの山をどうにかして除去したいという切実な思いから。

届いてから延々とCDの入れ替えを行ってきた。個人的に、これは、なかなか良いのではないか。手にした時のオブジェ感も悪くない。10数枚を手にとってカードを切るように確認するのも何気に気持ちがいい。

もちろん今までより部屋に若干のスペースが生まれたことが最も好ましい。

ただし、大きな問題があった。今回とりあえずなんとかなると思って50枚入りを20個購入。え?。約40000円の出費。これは痛い。数がそろうととんでもない値段になってしまう。

おまけに、2枚組CDはまだまだ以前のままなので、

なぞも必要だ。これって10枚入りなので、少なくとも10個は必要だろう。

もっと痛い問題は、今回入れ替えたCDの数は、この部屋に存在するCDの五分の一ほどであるという事実。あと4倍、つまり、あと16万円必要ということだ…。

僕のようなCDを大量に所持する人間は少なくないはず。そういう人間にとって、出費+地道な手作業となると、ちょっと考えてしまうではないか。

え?そんな人間はスペースなんて関係ないくらいの家に住んでいる?。ごもっとも。確かにそうかもしれません(苦笑)。

しかし、現状、動く場所も問題になってきているので、僕にとっては切実な問題。

もう少し安ければ二重丸の商品かと思うけれど、とにかく大量にCDを所持している人間とっては高いなあと。そんな人間を対象にした商品じゃないといわれればそれまでなのだけれど(笑)

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28/08/06

ポパ~イ!ポパ~イ!プルートゥがぁ!

▼とオリーブが叫んだかどうかは知らない。水金地火木土天海冥。この漢字の羅列をここ数日あっちこっち耳にした。なんでも天文学者たちの集まりで冥王星が惑星から外れることが決められたのだそうだ。と、ニュースなので言っている。

▼しかし、IAUのサイトをぼくなりに仕事の合間に読んでみたところ、そういう風に解釈していいのだろうか?と疑問がもたげてしまった。

▼今回の話は、結果として、惑星の定義を新しく決定しなおしたら、冥王星が、それまでの、水金地火目土天海冥、のカテゴリーに入らなかった。そういうことなんじゃないでしょうか?

▼なんというかちょっと笑っちゃったけれど、水金地火目土天海をcalassic plantes(古典的惑星)と呼ぶことにしたそうだ。理由は「歴史的な理由」(笑)。天文学の世界、すごいぞ。

▼これって昔っからしられている惑星ってことなのかな?冥王星の発見が1930年のことだから、それ以前から知られているという意味なんだろう。つまり、冥王星を恣意的に惑星(いまは古典的惑星)というカテゴリーからはずしたかったから「古典」なんだろうなあ、と。1930年はClassicに値しないってことではある。

▼確かに、質量やら、球体もしくはそれに近かったり、公転軌道といった面から考えると冥王星は異質ではある。加えて、冥王星は発見者がアメリカ人であるということも他の惑星と異なり特異な存在であるといえる。

▼やはりこういったものは、欧州のエスタブリッシュメントがパトロンを務めた科学者たちの正当な学術行動から発見されたものでなければ認めたくないという意思がどこかに働いていたのではないだろうか?。違うという根拠があるなら言って欲しい。

▼つまり、冥王星を水金地火目土天海冥というこれまでの惑星のカテゴリーからはずしたいので新しいカテゴリーをつくり、村八分にしました。それは、冥王星がちょっと他の惑星とは異質だということもあるし、アメリカ人が発見したものでもあるので、まあ、いいんじゃない?というのが政治的な理由だったのかなあ、と。

▼それで、冥王星はなんというか、その他のいくつかの(惑星と認められた場合惑星が12個に増えるとされた)星とともに、Plutosとかいう惑星のカテゴリーにいれられた。クラシカルとは違うんだそうだ。

▼というか早い話、冥王星をこれまでの「いわゆる惑星」(いちいちめんどくさー)にしたことがそもそも、おかしいじゃないですか?ということではないだろうか。その疑問を多くの学者が持っていたので今回の決定となった。アメリカの横暴?。確かに当時、国力をどんどんつけていたアメリカではありましたが。で、セレスはどうなったかというとこれも玉虫色なかんじ。

▼とにかくも、今回改めて思ったのは、学界は、まことにアグレッシブで下克上な世界であるということが改めて判ったような。教科書というのは、習った時期のちょっと前の学会常識をまとめあげた書籍であって、今後変わることも多々ありうるわけだけれども、とりあえず、基本的なことだけは知っておこうという子供中心の考え方、もしくは特定の団体に依拠した恣意的知識を子供の大脳に刷り込むための方便であるということか。

▼どっちにせよ、つめこみ教育はしなくちゃいけないってことだ。うーん、違うような気がするが、そういうことにしたい。

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19/08/06

昨日から今日

▼竹橋で打ち合わせ(どこへ行ったかばれてるって)。
▼午後7時半に終了。神保町に出て夕食にスマトラカレー。さてどうやって帰ろうか。
▼盆とはいえそろそろ地方からの物体が増えている昨今。この時間、平日に電車に乗ると、殺されるかもしれない(笑)。ということで、大手町まで歩く。

▼大手町まで着いたところで、あいかわらずデカイ地下駅だなと思いつつ、歩いていくと帝国劇場。日比谷に来てしまった。久しぶりに来たら、UAの発券カウンターオフィスがEIZOのショールームになっていた。今調べたら、UAは今年2月に発券カウンターを廃止していた。

▼環境も変容していくのだと思いつつ、タイ航空を過ぎて帝国ホテル。向かいの日比谷公園で盆踊りが行われていた。盆踊りといえばこないだチャンネルNECOで見た<夢のハワイで盆踊り>。初めて見たんだけれど、子供心にも微妙だけど、かわいい!といわれたらかわいい!だろうなと納得せざるをえなかった(それでも微妙だったが)本間千代子はやはり微妙だ。相手は舟木一夫。スターシステム。

▼ちょっと歩いたら内幸町についてしまった。都営地下鉄に乗ろうかと思ったけれど、まだ疲れてもいないし、今日は時間もあるしということで、歩きつづける。

東京タワー

▼人通りが少なくなったころ、右手に東京タワーが見えてくる。今まで5回ぐらいのぼった。ちなみにネズミーランド(一部の人はディズニーランドというらしいが)は、入ったのは一回。入口のベンチで寝てた。ライトアップがはじまってから何度か見ているけれど、正直、So What?である。やはり、ゴジラとモスラとラドンに壊されたのが致命傷だったか?

増上寺も抜け高速をくぐって歩きつづけると三田が見えてくる。NECを越えたところで右折。慶応大学方面へ向かう。ここまで来たら、もうちょっとぷらぷらするかなあ、と、1号線を白金高輪駅方面へ向かう。素直に「魚籃坂」という駅名にしておいてくれれば、「ああ、あの辺か」と見当がついたのにと思うが、やっぱり、イナカ出身で顔とスタイルがよいオナゴさんたちが成り上がって住みはじめ、それを見た、やはり田舎からきた一流雑誌の編集者が作り出した<白金というイメージ>が大事なのかなあ、とぼんやりと思う。

▼白金高輪で地下鉄に乗ろうかと思ったが、「ここまで来たら目黒までいけるよなあ」と思って歩きとおす決意を固める。

▼このハードな夜の散歩にとって最もきつい上り坂を越えて、白金台駅そばへ。ここも「八芳園前」とかにしてくれたら判りやすかったのにと思うが、まあ、どうでもいいか。

▼目黒はもうすぐ。せでるはなの下をとおる。そういや長い間来てないなあ。と感慨にふける。そうすると、5年程前に出来たはずのうどんやに長蛇の列。なんだ?意味不明。さくら?

▼目黒駅をこえて、坂を下る。夕方ならきれいだろうに、夜だと、タクシーがガンガンあがってくるだけ。

▼帰り着いてシャワーを浴びて、いつものようにビール500ml二本でべろべろになっていた友達に、1年ぶりに電話。9月の再会を約す。テレビをつけてみた。日本でわたくしが一番好きな番組というか24時間この番組だけ繰り返して放送してくれても文句はない「タモリ倶楽部」を見る。おまけに、今日はベンダース一味のミュージック・クバーナをだらだら紹介。クバーナなのになんでミュージックなんだ?という突っ込みがあっちこっちであったのはおいといて、見てるだけで幸せ。クーバ。50歳になったらクーバに行く。23歳の時にそう決めたのだ。あともう少し。若造がいくとこじゃない。続いてお笑い小僧たちがやっている「検索ちゃん」をみる。これもかなり好きな番組。

▼竹橋での打ち合わせは涼しくて風をひきそうだったけれど、外は暑くて気持ちよかった。

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14/08/06

東京夕景

▼ミラノからやってきた知人と会う。向こうでも会ってたのだけれど。とりあえず、見たいというので、青山の表参道ヒルズへ。

▼初めて来たけれど、設計した建築家は相当苦労したのではないだろうか。これは悲しすぎる。こんな建物を崇め奉る人間がこの世にいるのだろうか。残酷だと思う。細かく指摘すれば本一冊になるのでやめるけれど、とりあえず、単純にいえば、通路が狭い。狭すぎる。天井も低い。吹き抜けなのに圧迫感が充満している。収容所のようだ。人の情感がわからない人間もしくは、経済に敗北した人間の手になる感性の棺桶。死臭がした。

▼5時過ぎに知人と別れ、帰る。渋谷方面へ向かう。いくらお盆だといっても、人がたむろする場所は苦手である。まっとうな昭和の東京もんならそうだ(だからみんな郊外へ引っ越して行っちゃったんだって)。

▼それならばと、青山墓地で手を合わせてから目黒のねぐらまで歩くことに。ガキの頃遊んだ金王坂を下り、以前住んでいた渋谷区東の家のそばを通り、恵比寿、目黒を経て、1時間ほどで到着した。まあガキの頃は放課後遊んでいた一帯。懐かしくもあったが、東京ではない風景へと変容した残りかすが勝っていたように思う。

▼お盆も終わりに近づいて、また東京に人が流入してくる。昔、さざえさんで「東京の人口が850万になったんだって」「すごいねえ」なんて吹きだしを見た覚えがあるけれど、そのくらいが適正な数なのではなかろうか、と思ったり、することもままある。

▼わたくしには田舎がない。だからお盆も正月も昔から東京にいる。東京が一番清々しい空気になる時期だから。そういう、東京生まれの知人は多い。

▼坂を下る時、夏なのに富士山のシルエットが橙色の空気の中に浮かぶのが見えた。

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03/08/06

頑張れ!天下茶屋のご家族バラエティ番組

▼一般日本社会に生きてきた大人の方は、天下茶屋亀田一家の長男がボクシングで世界チャンピオンになってしまったということに首をひねっておられるようです。

▼確かにスポーツはフェアだと考えている大方の日本国籍者にとってはショックな結果だったかと思います。

▼しかし、わたくしの場合、日本国におけるマスメディアに紹介されるスポーツには、フェアなものも時々あるし、アンフェアなものもかなりある。

▼マスメディアのスポーツの大方はバラエティ番組である、というスタンスで対応しております関係上、今回、天下茶屋亀田一家長男の勝利という結果は一般論的に過激な側面も内包しておりましたが、予想の範疇ではございました。

▼しかし、日本国籍者の一般の人々の反応を街中やネット上などで多数見るにいたり、ここに至っては、これでよかったのか?と一抹の不安を覚えるものです。

▼はっきりいえば、「<引分け>でタイトル奪取ならず。次こそ!」といったあたりが、大方の日本国籍者にとっても、天下茶屋亀田一家がらみの周辺の方々の今後にとっても、「そういうかんじかな。次に期待するか」と納得できたのではなかったのではないでしょうか。

▼思うんですが、天下茶屋亀田一家がらみのみなさんは、なんで今回そんなに焦ってしまわれたのでしょうか?。半年いや12月末でいいのですから実質5ヶ月弱ガマンすれば…と。

▼ここ数年の集金システムとして考えておられていたはずの天下茶屋亀田一家物語(もしかして前川兄弟へ移行でしょうか?)。そのためには大方である日本国籍の一般大衆の支持は必須だったはず。しかし今回の結果で大方の日本国籍の一般大衆の多くが、天下茶屋亀田一家システムから離れてしまったということにお気づきでしょうか。

<損して得とれ>というのは、日本における商売の金言であり鉄則です。今回のような焦りは禁物なのです。それがおわかりにならなかったのでしょうか。とにかく残念でなりません。天下茶屋亀田一家物語に関わる多くの方が日本文化について理解しづらい環境にお育ちになった可能性が高いということは重々承知しておりますが、とにかく今回の出来事はもったない。

▼一回、ガマンしておけば、と…。

▼もしかしたら、いま、ここにある、なにものかのために、焦って集金しなければならない理由があったのでしょうか?。5ヶ月待てなかった?今後は、マスメディアであるTBSを取り込んでいれば何があっても大丈夫とお考えでしょうか?。

▼わたくし個人として愚考するに、いまや、時代は鬼塚の時と違うのだと考える次第。鬼塚の世界タイトルの奪取&防衛の最初の2戦は日本の民放におけるボクシングがスポーツからバラエティへと変化したエポックメイキングな出来事として多くの人間に心に留められております。その頃はインターネットもなかったので知らない方も多いでしょうし、真実をわからない方も多いかと思うのでカルく書いておきますが、とにかく、あれ以来民放におけるボクシングは基本的にバラエティ番組になっていったのです。(断っておけば、もちろんそうじゃないボクシング番組はありますし、テレビで放映されない死闘はいっぱいありましたし、これからもあるでしょう)。

▼といった時期は確かに日本にございました。しかし、日本において、鬼塚の時のようにマスメディアさえ牛耳っておけば大丈夫という時代はとっくに終わってしまっているのです。しかも関係者の方は皮膚感覚としてご存じないのかもしれませんが、今回は一般的日本人から首をひねられているTBSさんでの仕組みです。ここは慎重にも慎重な態度が求められていたはず。わたくしのような三文野郎のBlogにも、つぶしにかかる嵐投稿がやってくる時代です。日本語を母語とする大衆を無視したら…。おお、こわっ!。なのですよ。

▼わたくしは、天下茶屋亀田一家がらみの放送を心から楽しんでいます。大方の大衆の方が問題視する何があろうと、わたくし個人は、バラエティ番組として本当に楽しんでいるのです。ハンバーガー食べながら天下茶屋亀田一家の長男が計量にあわられたり、1ラウンドでダウンを奪われた時など、心底興奮しました。これからどういったバラエティ的ドラマが待っているのかと。ここから反抗し、最終的には引分けに持ち込む。そして年末にチャンピオンを奪取。美しい筋書きじゃないですか。そして今後は弟二人へと物語がつむがれていく。これこそ日本人好みのバラエティエンタテイメントと、妄想したのでございます。しかし、今回の結果は、…。アゼンでした。

▼天下茶屋亀田一家の物語は極上のバラエティエンタテイメント番組として秀逸です。登場キャラクターは全員最高。間違いありません。大阪の最下層を的確に表現できるあの父親を筆頭に、目上の方への敬意のカケラもみせない3兄弟。日本人の価値観を逆撫でする一方で、日本人好みの父子鷹的な愛。加えて、テレビ関係者による亀田関係者の持ち上げ方(年下への敬語を含む)。などなど、このあたり、通常の日本国籍者のほとんどの方は眉をひそめるかと思いますが、バラエティ番組としてみれば、まさに緻密な設定の極地。演技ができかつ賢く実は礼儀正しいのに傍若無人にふるまう亀田兄弟というキャラクターにも恵まれたのです。最高なのです。日本におけるテレビバラエティ番組として近年希に見る内容として評価しなくてはなりません。

▼しかし、こうやって心から楽しんでいるわたくしにとって今回の判定勝ちという出来事は、今後のバラエティ番組としての天下茶屋亀田一家物語にケチがついたと考えざるをえないのです。非常に残念でなりません。

▼考えてみていただきたい。天下茶屋亀田一家物語というのは、スポーツではなく、ましてや、スポーツ報道ではないのです。そのあたりきちんとしたバラエティとしての今後を考えていただきたかった。

▼繰り返しになりますが、老婆心ながら、焦らず地道に、天下茶屋亀田一家物語というバラエティ番組を構築していくべきではなかったでしょうか?

▼最もスポーツ的に筋が良さそうな天下茶屋亀田一家三男の北京オリンピックもあるわけです。三男の金メダルから、プロ転向、2010年ぐらいに世界チャンピオンといった筋書きを、焦ることなく、大衆操作の物語を描いていくことで、スポーツを加味したバラエティ番組として、そして今後のバラエティ産業の試金石として、正しい道を歩めたのではないかと。しかし、今回の焦りがすべてをぶち壊してしまった感があるわけです。

▼つまり、今回の結果を鑑みるに、天下茶屋亀田一家物語が、現代の日本におけるバラエティテレビ番組として機能していくにはあまりにきつい結果になってしまったのでは?と愚考する次第です。もちろん天下茶屋亀田一家物語はスポーツや報道番組ではないので、バラエティ番組として看板をはっきり出しなおせばやっていける可能性もあります。しかし、現状では、今年にもバラエティ天下茶屋亀田一家物語の崩壊が待っている。そんな気がしてならないのです。天下茶屋亀田一家物語というバラエティの純粋な視聴者として、今回の結果は、とにかく涙なしには語れない状況です(泣)。慎重になってほしかった。ガマンして欲しかった。

▼あくまで、大方の日本人は「美」や「潔さ」といったものを敬愛の対象といたします。バラエティ天下茶屋亀田一家物語の周辺にこのあたり現代の日本人意識を考慮できない方が多いことは十分承知しているのですが、できうれば、今後は、状況としては最悪なことは判っているものの、天下茶屋亀田一家物語というバラエティ番組の成就へ向けTBSさんやスポンサーさん、および関係者様すべてが邁進していただければ、エンタテイメント&バラエティ好きのわたくしにとって本望であると思ったりしているのでございます。今回は引分がベストだったわけですが、とにかく終わってしまったことはしょうがない。

▼今後、どうやって、天下茶屋亀田一家物語というテレビバラエティ番組をスターシステムの中に位置付けていくかは、関係者の皆様の大人の態度次第ではないかと。

▼正直いうと状況は最悪になりました。厳しいです。しかし。ここは、日本的な美学を駆使して、焦らず、丁寧かつ、緻密に。ちょっとガマンすればいいんです。損してとく取れ。TBS最高のバラエティ番組<天下茶屋亀田一家>。本当に、心から楽しみにしている人間がここにいるのです。心の底からお願いする次第です。

▼とりあえずは、最初から予定されていたチャンピオンベルト返上(1階級下げて今後強豪との防衛戦は厳しい。3階級制覇が目標という秀逸なお題目の成就のため本来の階級に戻すといえばOK)を、より意味のあるドラマにしたてるあたりからはじめましょうか?

▼それはそうと、個人的に少々解せないのが、ここぞとばかり天下茶屋亀田一家物語をボクシングというスポーツとしてありえないと語る方々が多いということ。関わっているのがニュース番組であろうがドラマであろうが、実のところ、24時間すべてはバラエティ番組だけを流しているTBSさんですよ。なぜ天下茶屋亀田一家物語をバラエティ番組として見られないのでしょう?。ちょっとでも見るならば、バラエティ番組として見ましょうよ。もしかして、バラエティ番組をバカにしているのでしょうか?あの筑紫哲也さんの夜の番組だってニュース番組のふりをしていますが、誰が見ても、苦笑いと大阪的突っ込みどころ満載。楽しさいっぱいのバラエティじゃないですか。逆にいえば、今回のように誰が見ても敗戦といった状況が訪れる可能性を考慮しての、リスクヘッジとシミュレーションをやっていなかったバラエティ天下茶屋亀田一家物語のスタッフ、キャスト、周辺の方にも問題はあるともいえるのですけれどね。

▼わたくしとしては、天下茶屋亀田一家物語周辺の方にも、一般の日本国籍者の良民常民の方々にも、もう少しガマンを知り、モノゴトの見方を身につけられると、今世紀初頭最高のバラエティである天下茶屋亀田一家物語を楽しめるのに、と思ったりするのでございます。どうせならみんな仲良く楽しみたいんですから、ね?

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14/02/06

禁煙は意志の弱さが鍵か?

▼とにかくわたくしは意志が弱い。
▼おまけにめんどくさいことが死ぬほど嫌いである。
▼そういうわけで、ここ数年の全世界的喫煙者叩きの組織的「ボーリョク」に屈し、タバコを吸うのをやめた。
▼やめて一年以上たってしまった。
▼合衆国で禁煙が当たりまえ化してる「ボーリョク」がはびこっていても、行かなきゃよい。ラッキーなことに別の理由で行かなくなった。
▼千代田区も歩きタバコどころから立ちタバコもいけないという組織「ボーリョク」があり、違反者に対しては構成員による2000円カツアゲ「ボーリョク」まで存在するのけれど、秋葉原での滞在時間を削れば問題はない。
▼しかし致命的だったのはイタリアの煙の排出設備がない室内でのタバコ禁止。
▼人生の楽しみのひとつが失われたという気持ちがあります。
▼しかし、この「ボーリョク」には屈してしまった。わけです。
▼「ボーリョク」にへこへこ迎合してしまう、この意志の弱さ。
▼尋常ではありません。
▼おまけに、めんどくさいことが大嫌いなので秋葉原あたりで構成員による2000円カツアゲに会おうものなら、めんどくさくて死にそうになってしまうことがわかる。
▼めんどくさいことになりそうならやめてしまう。
▼根性のかけらもない。それがわたくしです。
▼なので、禁煙したいと思っている方。
▼「ボーリョク」に屈する意志の弱さとめんどくさいことが大嫌いというだるささえあなたにあれば禁煙は可能です。
▼逆に禁煙したという人間には「意志薄弱」「根性なし!」「暴力に屈する卑怯者!」といった罵詈雑言を投げかけましょう。
▼わたくしも甘んじて喫煙者の方からのその罵詈雑言お受けいたします(苦笑)。

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26/12/05

暴力

あたりまえという名の暴力が日本には多い。

たとえば、わたくしは子供のころからディズニーが大嫌いだ。しかし、この日本ではディズニーランドに行くことが人として、あたりまえのような話をされることが多い。そんなとき、あまりに不愉快すぎて吐き気さえ催すことがある。ディズニーは嫌いだ。

いやいや、それを言うなら、ディズニーのグッズやキャラクターがちょっとでもわたくしの網膜に映ることでさえ許しがたいことなのだが、そんなものをお土産にもらったらどう対応しろというのだろうか。ねずみだとかあひるだとか熊が何してようと知ったことではない。

もちろん、ディズニー大好きな人たちがいることも知っている。個人的にそういった人たちの趣味や人間性までを否定するつもりは毛頭ない。そういった方が何を好きになろうと自由であり、言ってみれば日本のGDPとアメリカとの友好に寄与しているとも考えられるのだから。

しかし、こういった人たちの多くが、あたかも「ディズニーが好きなのはあたりまえ」といった雰囲気でディズニーの話をしたり、キャラクターをわたくしに押し付けてきたりすれば(というかそういう人が多いのだが)、その相手の(傲慢な)善意を踏みにじってでも、断固拒否する。ディズニーは大嫌いだ。ディズニーなどこの世から消えてなくなれと呪いの言葉を子供ころから吐きつづけているわたくしなのだ。

同じような話で、「たばこを吸う人間など信じられない」「喫煙分離しないなどおかしい」といった口調で話をする方もいるが、そういった態度や言動は人としてどうかと思う。

ワタクシはもう1年近くたばこを吸っていない。別に禁煙したわけではなく、ただある日すいたくなくなったので、すわなくなっただけだ。なので、禁煙ではない。誰が横でタバコを吸っていようと、手にもっている限り気にならない。喫煙室の匂いも同様。

ただし、灰皿に火のついたタバコを置いたままで別のことをする人間はこの世から消し去りたいといった衝動にかられる。これは昔からだ。君が吸っていない煙は目に痛いのだ。すうならすう。すわないならすわない。けじめをつけなさいって。おそらくこういった方の親はしつけのできない方だったんだろう。お里が知れるというものである。言っても無駄なので言わないが。

といっても、基本的にわたくしはタバコに寛大である。というか、別にどうでもいいのだ。酒やカフェと同じ扱いなのだ。いわゆる嗜好品ということだ。つまり、自分がすわないだけで、すいたい人はすえばよいし、それをとがめる気はない。ただし、肯定する気もない。人間のひとつの権利だろうと思っているだけだ。

そのため、非喫煙者の健康がどうこうなどといった言説など知ったことではない。たばこ程度で健康を害するとはなんとも情けない。ここ10年ほどで事故を起こして放射能漏れを隠してたがきちんと報告されていない原発のそばにいることの方がよっぽど危険だろうと思うのだが、どうだろうか。

とにかく喫煙者を人間ではない、社会的に落伍者だみたいな扱いをする人間がいるという事実が信じられない。そこまで人間は傲慢になれるものなのだろうか。これも間違いなく刑事事件にはなかなかならない、人としてどうかと思う暴力ではないかと思ったり。

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15/12/05

戦争と平和

▼戦争と平和、という小説があるからなのか、そういう教育をしてきたからなのか、戦争の反対語が平和だと無自覚に思っている人が日本に多いことは昔から気になっていた。
▼わたくしは子供のころから、戦争の反対語は対話や話し合い、であって、平和とは対話や話し合いや戦争によってもたらされる重要な結果である。そう教わってきたし、今でもそう思っている。
▼平和のための戦争は確かにあるのだ。
▼もちろんこの平和という状況も、ある人からみれば搾取かもしれないし、ある人からみれば天国かもしれない。この世の物事には多義性があるのだからあたりまえのことだ。
▼多くの人が、手段と結果を混同している。もしかしたら意識的に混同しているのかもしれないけれど、何も疑問を持たずに戦争と平和を語る。笑えるというしかない。
▼平和という目的があるとして、そのための手段には、対話&話し合い、喧嘩、殺し合い、戦争、賄賂、利権などといったものがあるのだ。
▼国益という言葉があるが、そういうことだ。国益のためには対話という手段や戦争という手段があるのだ。
▼実はもっというと、平和というものが唯一の目的かといえば、そうでないかもしれない。それは先にも書いた多義性に理由のひとつが求められる。ある集団の平和は他の集団の不幸かもしれないということ。
▼また人によっては、混沌と不安、カオスを好む人間がいるかもしれない。その人にとっては世界の不安や混沌が幸せなのだ。そういう人もいる。
▼ある集団の混沌と不安および当事者集団のひとつである国家の幸福(国益)のために対話や話し合いをしたりするルールをプロトコールという。それが通用しなくなると多くの場合戦争になる。
▼つまり、多くの場合平和などの目的のための手段である戦争を止めることが大事という話なのに、平和になれば戦争がなくなるなどと眠たいことをいう方がまだまだ多いのには苦笑いしかない現状だったりする待降節中のわたくしなのでありました。

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16/05/05

中途半端なかんじ

sora.jpg

梅雨の中休みというか今日の那覇空港からの空はこんなかんじでありました。
なんというか、3位確定=CL予備戦から、が決まった今季のインテルのような。インテルの場合、残るはコッパ。

どうでもいいのだけれど、今年は本当に、那覇空港の自衛隊機が頻繁に離着陸くりかえしてたり。

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09/04/05

葬儀

サンピエトロ広場は凄い人だった。ロマも大活躍中。
噂好きのイタリア人は新教皇の話題でもちきりだ。
カトリックのぼくにとってやはり教皇の存在は大きいのだな、
とローマの空を見上げ思う。

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02/04/05

いやはや

教皇がなくなり、そのうえ私事が雑多を極めはじめてきた。
明日からたいへんな日々がはじまりそうだ。
予定したことはほどんどキャンセル。

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25/02/05

嘘も方便という言葉が日本にはある。時に嘘はまわりの人間を幸せにすることもあるのは事実なので一概に否定するものではない。

ただ、その嘘によってまわりの人間のひとりでも不幸になるならその嘘は裏切りであり人としてやってはいけないことなのではないかと思う。

また、やってはいけないことをやったとしてもそれを整理して正直に報告しきちんと償えるなら、その経験が未来に生かされることもある。

もちろん苦し紛れの取り繕いの嘘もあるかと思う。それでも正直に訂正できるならそれはそれで、しょうがないんじゃないかと納得できることも多い。

ただ一番やってはいけないことは嘘をつくことでまわりの人間を懐柔し、第三者への憎悪を煽ったり、嫌悪感を抱かせることだ。これは人として最も唾棄すべき行動かと思う。

最近、そういう人間がかなり多い。そしてそういう人間は自分がそういうことをしていると気がついていない。たぶん、育ちの問題なのだろう。

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29/01/05

ふりかえって

正直にいうとぼくは数年前まではマスコミ関連の業界人だった。大量の広告を量産したり音楽や映画の評論をしたり、商品の企画をしたりラジオとかテレビの台本書いたりとか。

あの頃の仕事を続けてれば業界人面して今もいろんなマスメディア関連の場に出入りしていたんだろうが、20年ほどフリーランスであの世界で働いてみて、あの自己顕示欲と金銭欲全開の人々の世界についていけないものを感じ、とっととその世界から足抜けした。

現在のぼくの生業は業界外から見れば似たようにみえるところはあるかもしれないけれど、ぼくとしてはまったく別の仕事をしているという感覚でいる。

おかげでここのところは嫌なことはしないし、嫌な人には会わないという生活が普通にできるようになり、おまけに資産もン十倍増えて、あの世界はなんだったんだ?と思う昨今。

何をいってるか分からない人にはわからないとは思うけれど、とにかく、いわゆるマスコミ業界の彼等があそこまでしなくちゃいけない現実はある意味悲惨だ。やはり、そういうことなのであろうか。それはそれで彼等の自業自得でもあり、一種のスパイだったりテロだったり、一方で一般日本国籍者のイントレランスの結果でもありえる。

世間がいろいろ分かってきてしまうと、人がみているところでは、いえないこともたくさんあるわけなので、この件は当分の間、沈黙を守る大人なぼくではある。

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29/12/04

大津波被害への援助

スマトラ沖地震による津波の被害地域は何度も訪れた場所が多くかつ友人、知人も多い。とりあえず友人、知人たちは大丈夫だったようで胸をなでおろしたけれど、多くの人たちが犠牲となってしまっている。熱帯、亜熱帯地域に属し上下水道などのインフラも貧弱な被害地域では今後衛生面での問題が出てくる。まだまだ本当の災害は始まったばかり。

そんな中、日本は地震後すぐにスリランカなどに医師団を派遣。迅速な対応は誉めるられてよいと思う。また無償供与も現状30億円以上決定。現地での金の動きでいろいろ問題が出る可能性もないわけではないが、こういった被災時なら税金バンバンつかってくれ、そのためなら税金払うぞ。と思う。

また、インド洋での使命を終え帰路についていた自衛隊の護衛艦「きりしま」「たかなみ」、補給艦「はまな」 が、タイ政府の要請をうけ、プーケット島沖に出動し捜索活動に当たるという。

これは歴史的な事件じゃないだろうか。東南アジア地域において日本の自衛隊が自衛以外の行動を行ったのだ。そしてこれについてどの国(かの国々だが)も、国内のかの一派も批判することができない。はからずも自衛隊の海外活動が緊急時とはいえ是認され既成事実を作ることになったのだ。

現地でどのような報道をされるかは定かではないが、日本の今回の行動を否定することは少ないのではないだろうか?(もしかしたら華紙は否定的か?)。

日本人観光客が金を落とすということもあるけれど、今回被災を受けた各国は歴史的にも親日的な国ばかりではある。アジア各国という報道がなされる時、大陸中国と大韓が真っ先にあがる日本のメディアだが、このような国々も、日本がより友好を深め必要ならば経済援助なりFTAを結ぶなりすべき国々であるようにもおもう。

とにかくも津波被害のためにはぼくたちもできることをしないといけないと改めて思うのではありました。

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16/12/04

「その2」来年移転

九州方面の仕事場「その2」が北海道の超田舎
(人口3000人の町)に移転することが決定。

とりあえず、来年2月から契約できそうなのだが、
完全な引越しは、暖かくなってからになるんじゃなかろうか。

うちの場合高速な回線さえあれば別にどこにいてもいいので、
東京だったり九州だったりミラノだったりペナンだったり香港だったり、
もちろん世界中旅していてもかまわんというのが基本。

つまり完全なサテライトオフィス状態を10年前からやっていて、いろいろ
な面を鑑み、仕事によりよい環境を求めたら、今回決定した北海道の町
が候補にあがったという塩梅。

個人的には寒いのは大嫌いなんだが、スタッフが行きたいと
いうので、別にいいんじゃない?という、ある意味いいかげんなノリ。
とにかく大自然の中、海の幸、山の幸、乳製品、肉などに恵まれた町
でブナの原生林の最北限にあたる。やっぱ21世紀はブナだろ(?)。

そのスタッフが今週、移住交渉にブリザードの中、現地へ行ってた
のだけれど、ネットやコンピュータの専門家(まあ世間からみると
そうなんだろう。それは手段なのだけれど、ま、いいや)が来るって
ことで、無医村に医者が来るぞ、みたいな状況になっているとか。

そんなぁ…。まあ、協力はおしみませんが。
というかやるなら日本一のネットワーク自治体を目指す。

それはそうと、仕事場その3開設もそろそろ動かないと(苦笑)。

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28/10/04

闘牛関係者への義捐金

中越地震の震源地付近は“牛の角突き”の本場でもある。

小千谷と山古志にいくつか闘牛場があって春先から秋にかけて闘牛が行われている。無形文化財に指定されているらしいが、そういうことを抜きにしても今後“牛の角突き”がどうなるのか心配だ。山古志では有志の何人かが残って牛の世話をしているらしい。(山古志といえば錦鯉の産地でもあるけれどそちらは壊滅状態らしい。無念)。

牛は家畜ではあるが飼っている方々にとっては家族も同然という。これは闘牛を飼っている人みんなが言うことだ。その牛の世話ができなくなっているのだからみなさん心配でならないだろう。

この流れを受けて闘牛どころ沖縄では牛の角突き関係者のための義捐金口座を開いたらしい。

人がたいへんな時に家畜のことなどかまってられるかという話もあるかもしれない。それでも、使い道がはっきりしている義捐金口座を開いて振込みを募るというのもあっていいのでは。

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27/10/04

中越地震

ずっと情報を追いつづけていたんだけれど、現状、とりあえずここから情報を取捨選択し、リンクを辿り、個人の判断で動くのもひとつの考え方かもしれないと思う。

2chは硬軟虚実入り混じっているわけですが、情報に関する取捨選択能力がある人にとっては、あいかわらず有益であるというあたりまえのことを再び思ったことに加え、blogが情報連携という意味でかなり有効なツールになりえるのだなあと、改めて思ったり。

ひとつの情報や写真がリンクやトラックバックでつながり情報集合体へと変貌していく様は、かつていわゆるマスコミに生業を求めていたものの、そこに愛想をつかし、個人の情報と表現のためのツールとしてのネットワークやWebについて考えてきたぼくにとっても、新鮮な驚きであり、文字通りの「メディア」というものについて改めて考えさせられてしまいました。技術は社会を確かに変えていく力を持っているのかもしれません。

それはそうと、神戸の時の経験から、ここから2週間ぐらいが正念場なのでマスコミ報道以外にも、的確な情報がまわっていくことを願うばかりです。

たとえば、これからあと1週間ぐらいするとお酒とかタバコとかほしくなる人もいるのではないかと思います。お酒は不謹慎という意見もあるかもしれないけれど、神戸の時はお酒とかタバコとかで心を落ち着けられることもあったのではあります。

また女性には化粧水とか口紅とか、下着も。こういったものは贅沢品じゃなくて現代の日本列島社会に住む人が人として生きていく上で必要なものなのではないでしょうか。人間は動物だけれど心があるのだから。

ただその動物としての人間の欲求からすると、その1週間前、つまり、そろそろ、野菜などのビタミン不足が問題になるのではないでしょうか。野菜ジュースとか、ビタミン剤など日持ちするものがあるといいんじゃないだろうか。このあたり当事者の人は感じにくいところではあるので。実は、神戸の時がそうでした。普通に生活してても忘れがちなのが野菜などビタミン類だし。

必要なものは極端な話一日ごとに変わっていく。そのあたりの細かなケアも大切か。

そういえば新潟県内の畳屋らしき人が五十畳の畳をある避難所に持っていったとか。今回の被災地はお年寄りが多い地区だし、体育館や車の中などで夜明かししているご老人に、一人一畳あるだけでも、心の持ちようがぜんぜん変わるのではないかと思います。こういう動きはもっと声を大にして伝えるべきでしょう。また、保熱効果あるプチプチを送る企業もあったりしたようだ。寒さをどのように凌ぐかということも緊急だし。痒いところに手を届かせるためにも、ぼくたちの、的確な情報発信、情報連携、そして想像力が試されていると…。

しかし、神戸や雲仙の時に2chやblogがあったら、もっと違う結果になっていたのかもしれないと今回のここ数日のネット上の動きをみていて思う。そして、ぼくたちひとりひとりは、もうすでに、メディアなのだということを改めて実感したりもする。

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16/10/04

腑に落ちるとき

二十歳くらいからは年に数回。ここ10年ほどは年に数十回。文法的にいって間違っている使い方だけれど、「腑に落ちる」ときが増えてきている。

というのも、自分という存在を意識しておそらく40年ちょっとになるけれど、その間、ぼくのまわりに表れてくる多くの世の中のモノコトは、「腑に落ちない」ことがとにかく多くて、ぼくの頭の中はいつでも「????」でいっぱいだったからだ。

そして、「腑に落ちない」ために、聞いたり調べたりすると、あたかも知らなきゃいけない常識のように、「腑に落ちない」答えが返って来てますます「腑に落ちない」ことが増えるという繰り返し。

そういったものがかなり頻繁に「腑に落ちる」ようになったのは、経験と知識をある程度積んだ、30歳以降からかもしれない。あるとき、ある場所で、「あっ」とつながったり、ある場所で、ある種の「既知感」を感じて「腑に落ちる」とき。スッポリとはまる。認識するのだけれど、ある種の価値を創造したという感覚。ニーチェのいう認識に近いかもしれない。そういうときが年に数十回ずつやってくる。

ネットを見ていたとき、街を歩いているとき、フットボールを見ているとき、旅をしているとき、ごはんをいただいているとき。どこかで何かがつながって、今まで「腑に落ちない」もやもやしていたことが、「腑に落ちる」。

しかし、ひとつ「腑に落ちる」とまたそこから「腑に落ちない」世の中のモノコトが頭をもたげてくる。それもまた楽しいこと。

ただその腑に落ちたことというのが、学校や今の社会で習う一般的常識とはかけ離れていたり、時には反目したりしてしまうので、社会的動物であるぼくとしては対処に困ることも多い。逆にいえばそれが世間を生きるということなのかもしれないと最近「腑に落ちる」のだった。

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25/09/04

平山くんと日本社会

U20代表がJBのラーキンスタジアムできちんと勝利した。熊の声が相変わらずでかい(笑)。

この試合を見ていて思ったのが平山。チームの中心であることに間違いはなく、この9ヶ月ほど、試合漬けで疲労が溜まっているのもあるのかもしれないけれど、いまひとつキレがない。伸びていないとこいうことなのだろうか。いや、去年よりも進化してはいるだろうけれど、その進化の速度と方向がいまひとつなのかもしれない。これは、筑波大へ進学したことがひとつの理由ではないかと思うのだ。

平山くんには今年になってバレンシアからオファーがあったものの、シーズンの始まりが異なるということもあるが、彼はその誘いを受けなかった。それだけではなく、Jリーグさえ選ばなかった。

大学のサッカー部とプロのフットボール環境はまったく異なる。日本の10代を育ててきた「学校」という育成システムも一概に否定するものでもないが、やはり、若いうちにプロの環境に身を置くことは選手の成長と日本のフットボールにとって有益なことではある。(ただし有益ではないプロクラブもあったりするのが困りものだが)

もちろん、プロへ行くことだけがすべてではないし、それなりに勉強もできるらしい平山だから進学を選んだというのは、賢明な選択のひとつだったということになるかと思う。

しかしこれが欧州だったらどうだろう?。

おそらく平山ほど素質もある選手でプロから誘いが来ている場合、ほぼ間違いなくプロを選択する。そしてプロ生活が終わったあとで、大学へ進学するという人生設計が社会的に認知される。大学は高校からすぐに進学しなくても勉強を続けたいことが出来たときに行く学校であり、それは年齢に関係がない。そして30代、40代での学生という身分を許容する。また、たとえ志半ばでプロを断念することになったとしても、そこから大学へ進学するということは、まったく個々の問題であり、社会的に認知される人生の選択だ。こういった選択が日本の社会ではまだできないというあたりに平山の進学という選択があるように思われる。

日本のフットボールが欧州に伍すためにもぼくたち日本社会に住む人間の意識の変容が必要だ。

他者の才能を認めそれを伸ばす環境とその才能が次の人生を歩む可能性を残しておくこと。そして何より、人それぞれ生き方が違うのであり、人生のペースも異なるということを受け入れる意識。もちろん10年前に比べれば、こういった意識は日本社会に芽生えつつある。ただし、それは少子化に対応した大学の社会人教育という名の生き残り経営の産物ではある。

そこから一歩進んで人それぞれの生き方を認める度量と想像力がぼくたちには必要なのではないだろうか。などと、今日の平山くんを見て思ってしまった。

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22/09/04

暑さの中

年に数度の初ミーティング
たまにはいいかと
秋のセミ

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20/09/04

目黒区散歩

hana.jpg

週末のだるさが払拭したので夕方から、近隣の散歩。祐天寺方面までいってみたのだが、思ったより近いことに気がつく。考えてみたら、ぼくの土地感というのは、東京では新宿区、渋谷区、世田谷区、品川区なので目黒区はエアポケットみたいな感じではあるなあ。

祐天寺駅前でお茶したあと、ふとみるとテッチャンご用達のカレーライス屋を発見。一度通り過ぎたのだけれど、夕食作るのもなんだなあの時間になっていたので、思い切って食事。入るときに、食事して出てきた兄さんが「おいしいよ」と声をかけていったのにも苦笑い。

食べたのは玉子カレー660円(だったか、そのへん)。店の前にもいろいろな鉄道ものが飾られている。店の外にある食券を買う機械も旧国鉄の券売機。椅子は旧国鉄の客車のもの。壁には旧国鉄時代の料金表や往年の蒸気機関車の看板。そして、サインの90パーセントは、この店を訪れたか、もらいに行ったか知らないが、JRの各駅の駅長さんのもの。頼んだカレーライスは模型の列車が走って積んでくる。その他、駅の行き先板や、駅表示板など、テッチャン界隈での評価は定かではないが、おたくな気持ちと方向性はよくわかる。ネットなどで見るとその筋ではかなり有名な店らしく、納得。

tetsu.jpg

食べた玉子カレーは「特急」(辛口。子供向け甘口は「鈍行」)。味は悪くないけれど、自分ちで作るものより味の深みというか奥行きがちょっと足りないかもしれないなあと思ったりもしたが、及第点ではあった。店の名前はナイアガラ。写真をとっていたら、店のオヤジさんが駅長の帽子を持って「みんなかぶって記念写真をとっていく」という。苦笑い。ちょうど、入ってきた親子連れのガキ二人が興奮しまくっていたので、渡す。このガキの興奮のしかたもまるで列車の中のようだった。

その後、夜の目黒区をふらふら歩いてスーパーで買い物をして帰宅。

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10/09/04

見たことはないんだが、

韓国のドラマが日本で人気なんだそうだ。けれど、韓国の人気ドラマでないところがミソだろうか。当然、韓国ではたいしたことない俳優が日本で大人気ということで。まあ、そんなことはどうでもよいじゃないか、ということではあるんだけれど、たとえば、韓国の人気ドラマでいえば、アレとかソレとかを日本で放映するわけはないか(笑)。つまり、今、日本で人気があるドラマは何か放送している側に意図があるということね。わかりやすい。

で、夏休みに入った友人と秋葉原をぷらぷら。道端で売っていた税別333円のDVD(orCD)ケース(64枚)を4つ購入。秋葉原の道端で売っているジャンクという一般的にいうところのゴミに群がる若人を見ていると、牛糞に群がるハエを思い出す。それに参加するぼくも友人も同じ穴のムジナ。

秋葉原は35年前から通っているので、どんな店が消えても出来ても、その変容には、いくらでもついていける身体になっているぼくではあった。それでも最近中国人のコピー売りが増えたなあ。なもんで、中国語で「どこから来た?」と聞いたら逃げてった。

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06/09/04

台風元気だったけど午後どっかいった。

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05/09/04

さすがに

台風元気。

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01/09/04

おなじあな

アテネの各国記者のうち中国記者のマナー違反が問題になっていた件。

というか、そんなことで驚いて記事にすることそのものが日本の記者諸君のマナー違反だと思うぞ。中国の記者というのはそういう存在だと知らなかったということがアジア内におけるメディアの世界でのマナー違反である。

世界のジャーナリズムの常識からみて記者のレベルがお世辞にも高いとはいえない日本のさらに地下で蠢いているのが中国のジャーナリズムなのでそれが4年後北京で代わるわけがない。もっと凄まじく低レベルになるだけ。

北京五輪では、中国メディアや中国市民、中国組織委員会などによる、唖然とすることがたくさんおきるわけだけれど、それはおきてあたりまえ。あそこでは、そういう子たちがいろいろやっているんだ、と思ってあげるのが、得策。なのでかなりマスメディアの状況が似ている日本で練習しておくのがいいかと思われる。

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31/08/04

視聴率

アテネ五輪時の日本対パラグアイ戦の視聴率は東京、大阪という順番。これはあまり不思議ではないのだけれど、その次の名古屋が圧倒的に低かったのだそうだ。

早寝早起きよく働く名古屋あたりでは深夜の放送はきつかったからという話はある。

だけど、なぜ江戸時代、東海道は名古屋を通らずにショートカットして船で渡っていたのだろうと、というあたりにも遠因があるようにも思えたり。

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28/08/04

中年

今回のオリンピックでぼくより年下の人がアーチェリーで銀メダルを取って「中年のうんちゃら」と言っていたんだけれど、ぼくは彼より年上なので、ぼくは老年か?と突っ込みたくなったり。

いや、別に世間的な歳などあんまり気にしたことはないので、いいのだけれど(だから年下の20代、30代の子に生意気な態度とられるんだろうな(爆笑))、中年、中年と年下の人がいうとさすがになんだかなあ、と思ったりも。

ただ、ここ数年さすがに、老眼の進行が早く、今年は眼鏡をふたつも作り替えたりはしているので、確かに老いは来ているぞ、という事実は否定しない。でも、年下の人がなんか爺臭い言い方とか中年中年とかいってるのは、正直、ひく。40歳過ぎての銀メダルだからすごいってことはない。彼は努力して勝ち取った。お子さんのことを思って勝ち取った。それが素晴らしいじゃないですか。それでも中年ということを強調するのは、世間では中年はダメだ頑張ってない、疲れてるってことなのだろうか?

そんなに世間が気になるかなあ?

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27/05/04

髪を切った

5月の紫外線がもろにあたる。
それだけ髪が伸びていたということか。

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21/05/04

21世紀の斟酌

新年度に東京へやってきた新入生、新入社員の方々へ
お願いしたい。地下鉄とバスの使い方を即刻覚えてほしい。

この時期のJR山手線とその真中を不自然にカーブしている
中央総武線の混雑は尋常ではない。すべて新年度に、地方
からやってきた東京一年生の方々の仕業。

何がなんでも山手線を使わなくても地下鉄乗り入れ私鉄も
多いし、地下鉄の乗り換えもすぐに慣れる。実はバスもなか
なかおいしい路線がある。そのあたり研究していただきたい。

この時期の混雑はもう、昔から東京にいるものにとっては
辛くて辛くてしょうがない。それが毎年なので、もう呆れている。

東京には「斟酌」という伝統がある。常に他人をおもんぱかること。
東京へやってきた一年生のあなた方は昔からいる人間の場所
にやってきたよそ者である。少なくとも今は。それを認め、謙虚
に、東京に住んできた来た人間の気持ちを「斟酌」していただき
たい。この「斟酌」ができないのを野暮という。

たとえば、この伝統は“江戸しぐさ”を作った。人口が多く路地が
多かった江戸時代、人と人がすれ違う時に暗黙のうちに行われ
た綺麗な作法。すれ違いざま、スッ、と肩を抜く。何事もなかった
ように。相手と挨拶をすることもなく。ただ、スッ、と。

これができるおばさんやおやじはカッコイイのだ。これができる
ガキを見ると「親がいいんだなあ」とうれしくなる。

東京3代目でもできないやつは確かにいる。それでも、この
しぐさは今の東京でも通用する。いいものは模倣してほしい。
そして地下鉄とバスを有効利用すること。これも21世紀の今、
東京という世界にまれに見る大都市で生きていく上での美しき
「江戸しぐさ」であり「斟酌」だと、ここ10年ほどこの時期になる
と思うぼくのたわ言ではある。


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14/05/04

朝6時半と午後5時

毎朝6時半。向かいのお寺の境内は国営放送によるラジオ体操の声が響いてくる。

毎夕5時。区の小学校の下校の音楽なのだろうか、とにかくそんなものが聞こえてくる。

どっちも飽きた(笑)

それでも自分の家にいる、ということだけは分かる。

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06/05/04

少し伸びてきたので

髪を切りにいこうとしたら予約がいっぱいだった。
休みあけで混んでるらしい。
世の中では髪は仕事中に切るものだったのか。
うかつだった。
でも今日は寒かったから、出かける必要がなく
なってラッキーだったともいえる。
あくまで前を向く。

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28/04/04

毎月28日

縁日の夜景

今居るところのすぐそばのお寺は毎月28日が縁日である。引っ越してすぐの頃は物珍しさもあって楽しみにしていたのだけれど、最近は「またまわりがジジババのディズニーランドと化すのか」と苦笑い状態。それでもこの縁日はいまだに盛況。


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20/04/04

サマータイム

kanku.jpg

これからの季節、サマータイムを導入している欧州へ行くと午後9時でも
明るい。そのためコンサートなど午後10時半から開始なんていうのもざら。
寒い冬をやり過ごして季節を楽しむということなのだろう。

ところで福岡在住の人間が東京に来ると「東京はすぐに暗くなる」という。
沖縄へ行くと昼が長い。今の季節、太陽の位置から「もう午後4時
くらいかな?」と感じても実はまだ午後3時。日本という国は同一のタイム
ゾーンに入っているにも関わらず東西に長いからだ。

アメリカやロシアまでいかなくても二つくらいのタイムゾーンに分割するのも
ひとつの手だがいろいろな問題が起こるのだろう。日本人という意識のもと
単一同質化を目指した明治以来の政策からすれば許されざることだったろう。

ただ、いろいろなところで声があがっているけれど、サマータイムだけは
導入してもいいんじゃないかと個人的に思う。就業時間後の感覚的自由
時間が増すことで経済生活や人の意識が変化していくだろうし、それが
心のゆとりとなれば、と。

ただ、ただでさえ夜型社会の沖縄などはますます宵っぱりが増えて、
現在は中高生向けの帰宅推奨時間は深夜12時(!)だが、それが
1時間伸びて「午前1時までには家に帰りましょう」なんて看板になる
のかもしれない。それもよし。

なんてことを逢魔が時に、自由が丘を歩いてて思った。

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24/03/04

ふゆはながい

菜種梅雨の頃なので雨が多いのはいいのだけれど、正直こんなに寒くなるとは。考えてみると関東は一年のうち9ヶ月は寒い。寒さがキライなぼくたちにはあまりにもツライ。

地球温暖化というさしせまった問題がこの地球にはあるみたいだけれど、個人的には地球が温暖になってくれるなら地球温暖化には賛成である。しかしながら自然環境や生態系に多大な影響を及ぼす可能性が高い。なもので、それをなんとかするのが「科学」というものではないか、とまったく身勝手な論理を振りかざしたくなるほど寒すぎ。

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