デビューが決まったのか?
ドゥシの小屋の牛が3月30日にデビューすることになったようだ。
今日相手の牛を一緒に見に行ったのだが、夕方連絡をして
ドゥシはOKを出したとのこと。
別のドゥシの牛も交渉中。こっちもいつでも来い状態ではあるのだが。
2頭同時となったらでーじ。
ドゥシの小屋の牛が3月30日にデビューすることになったようだ。
今日相手の牛を一緒に見に行ったのだが、夕方連絡をして
ドゥシはOKを出したとのこと。
別のドゥシの牛も交渉中。こっちもいつでも来い状態ではあるのだが。
2頭同時となったらでーじ。
ひとことでいえば、旧石川市で行われた、旧石川市域の牛のための大会といってもよいかもしれない。
番付を見れば一目瞭然で、石川闘牛組合の牛が6頭。伊波闘牛組合の牛が2頭。8/26。つまりほぼ三分の一が石川、伊波両闘牛組合の牛。今年の春の全島闘牛大会も石川が5頭。伊波が2頭と旧石川市域の牛の全島大会への出場が多いという傾向は近年ますます高まっている。
牛主の体調が悪かった古堅モータースが出場を回避したのは理由があることとはいえ、勢頭からは一頭も出場せず。勢頭の組合がなくなったのだろうか?。そういえば胡屋もゼロ。読谷は一頭。具志川は三頭だが、最近、西と東の両闘牛組合が一緒になったことを考えれば1.5頭ずつ。いろいろな事情はあったのだろうけれど素人目に見ても偏った印象はぬぐえない。
もちろん「石川方面の牛が優秀であるから出場したのだ」ということなら分からないでもない。それならば、全島の名にふさわしいだろう。しかしながら、横綱を狙えるであろう評判を聞く中堅どころの期待の牛が、ほぼ出場していないという今回の取り組みをどう捉えるかだ。
しかもC4番戦、靖士花形対クロフネはクロフネが怪我らしく不戦。正直言って、これぞという対戦が少ない今大会における期待の対戦であったので嘆息。また、その後のC3番とC2番が急に順番を急遽入れ替えたあたりの運営も分かりづらかった。
全島大会という大会は、数ある闘牛大会の中で沖縄最高峰の大会だと思うのだが、今回の取組がその名にふさわしかったのかどうか。石川組合主催の大会なら何も文句はないのだけれど、やはり全島大会である。「これでは第88回秋の全島三分の一石川闘牛大会ではないか」という声も聞こえた。
翌日の新報にしろタイムズにしろ、こういった事実についてはふれずいつものように盛り上がったという評に終始している。闘牛を盛り上げる目的のためであろうが、もしもこういった内容が続くことになると、沖縄闘牛そのものの存続にも関わってくるのではないかと危惧される。
やはり全島闘牛大会は準全島や地方大会で優秀な成績をおさめた闘牛が一同に介する場所であってほしいと思うのは単なるファンの都合というものだろうか?
石川組合からの出場が多かった前回はそれでも他の取組のバランスも良く面白いと感じた。しかしながら、今大会は初めて沖縄闘牛を見た人間であれば楽しめたとは思うが、当方が物足りなさを感じたのも事実。
と、つらつらと書いて見たが、そこそこの内容は維持していたといえるだろう。軽量級横綱争奪戦の他にも二つほど見ていて面白い内容の取組があっただけでなく、横綱戦も大龍王が敗れたことで盛り上った。一応成功の大会だろうが、先日同じ会場で見た無料のうるま祭りの闘牛大会よりも、観客の出足も、入りもいまひとつだったのは何を現しているのだろうか。
今後はより多くの期待の牛が各組合からどんどん出てきて、観客も増え、沖縄闘牛が盛り上がってくれることを願わずにいられない。
読谷のむら咲きむらでの闘牛大会。
今日は、よみたん祭りの一環で入場無料。狭い会場は多くの観客でいっぱいだ。やはり全島以外の地方大会の入りがいまひとつなのは純粋に入場料の問題ではないか。
個人的には観光産業ばかりでは問題だと思うが、それでも当分の間、経済のひとつの柱としての沖縄観光をかんがみた場合、リピーターが減っている昨今、闘牛は新しい観光素材として有望かと思うのだが、入場料の問題はやはり大きいと考えられる。
ほとんどの大会の入場料が3000円というのは、こっちは、はいはいと払う値段だが、一見の観光客にとっては間違いなく高い。以前、書いたかもしれないが、航空券の半券持ってきたら1000円などという施策をとれば、観客にとって魅力が上がり、そこでよい取り組みが見せられればリピーター増にも少なからず貢献できるのではないかと思うのだが。
だいたいアメリカ人であれば入場料1000円というのは、宗主国であられます方々への思いやり予算と同じ構造。そこまで優遇しなくても、そのうち帰国して、ほとんど二度と来ないんだから。
などと、立ち見しながら思っていた。
というのも、全島大会が近い上に無料ということもあるため、不戦勝が三つ。大会としては不発気味。もしも入場料をとっていたら問題じゃないかと思われる内容だったため、観戦していても、気が入らなかったためだ。
それでも、何頭か目につく牛は確かにいた。デビュー戦の牛もいたりして、今後の対戦を考えるときにかなり参考になったのも事実。
春と秋の全島大会や旧正月大会の対戦がいまひとつ納得できない内容になっている昨今、こういった無料大会や地方組合主催の大会などの方が、若手や有望な牛を見ることができるので面白いとも思える。考え方次第。
むら咲きむら闘牛場に来たのは、こけら落としの時以来。あの時より、客席部分には芝が生えたりしていい感じになっていた。これはこれで悪くはない。
牛小屋へ行く。今日もウシくんたちは元気だ。大量の糞が物語る。
夕方になって、バーベキューを行うということで、近くの小屋へ。
コールハン+炭。肉が焼けたので食べてみたら、思ったより硬い。
聞いてみたら、やはり、4歳ぐらいでつぶされた闘牛の肉をつきあいで買ったらしい。
しかし以前の肉に比べたら柔らかく味がはっきりわかる。旨い。
霜降りがのった柔らかい肉というのが日本では一般に高級と紹介されることが多いけれど、肉をガツガツ喰らうところでは本来、歯ごたえと味がポイント。そんな肉に近い。
ハミと乾燥草、飼料や特別な食べ物で大事に育てられた坊ちゃん嬢ちゃん。
一方去勢せず基本的にその日に飼った草だけを食べ、適宜運動や喧嘩をして筋肉をつけた闘牛。
味や好みはいろいろだけれど、どっちの肉が健康食かは一目瞭然かと(笑)。
満月にちょっと足らない月がでかい。
今日明日と第二回うるま祭り。
具志川祭り時代から恒例の無料闘牛大会が石川のドームで行われた。
うるま市が出場料を負担するので無料ということで、かなりの盛況。開始5分前に着いたらほぼいっぱいで、最初から最後まで立ち見。
他の大会でもアメリカーは1000円で入れるのだが、今日は無料ということで、アメリカーがやたら多い。ドゥシがいうに「具志川祭りの頃からアメリカーが多い」とのこと。

全13番。ただし不戦がふたつあり実質11番。横綱戦を含め四頭ほど地元の牛が出場。当然勝ってほしいわけで、なかなかの成績だったのはよかった。
ちょっと笑ったのは知人の牛。なんでも2週間ほど前にタメシを行ったら逃げてしまって、これは期待できない。負けるつもりで出たら勝ってしまって、うれしいが複雑という話。主名も仮名にしてたので、賞状にもしっかりその仮名になっていて。
夜には部落一帯でお祝い。ドゥシに連れられ二軒ほどはしご。お酒やご馳走にありつく。大量のサシミやヒージャーも食べた。くゎっちーさびたん。34秒で瞬殺、優勝した、「それいけ白タビ」を見に行ったら、小屋の中でゆっくりとくつろいで満足げ。
今年も、ここまでかなりの闘牛大会を見たけれど、来週は読谷祭り闘牛大会。再来週に沖縄国際カーニバル闘牛大会。そして、その翌週はいよいよ秋の全島大会が待っている。
牛小屋へ行ったら亀がいた。
ドゥシ(沖縄でいう友達のこと。「同士」のウチナー発音かと思われる)が草刈の時捕まえたのだそうだ。
ビーバーで草を刈っていたら、ガリッと当たるものがあって、石かと思ったら亀。亀の甲羅にはビーバーの歯の跡がついていた。
この亀だけれど結構速く歩くし凶暴。
そのドゥシに名護まで車で送ってもらったのだが、ダッシュボードに個人的に入った経験がない「美ら海水族館」のパンフレットがあった。夏休みを使って子供たちを連れて行ったらしい。
それをぱらぱら見ていたら、「天然記念物 リュウキュウヤマガメ」という項目が。Wikiでも「1975年には国指定天然記念物に指定された」とある。
先ほどの亀の甲羅の文様などがとても似ている。
「さっきの亀、天然記念物じゃない?」
「わからん」
「であるね」
などと話をしているうちに名護に到着。
最初に書き忘れたのだけれど、ドゥシの牛が一頭減った。あまりに喧嘩しないので、石垣へ売ったとのこと。石垣からの連絡ではよく喧嘩してあっちでは大喜びらしい。あらら。
「ドゥシの小屋には、かつて横綱張った牛と若いのに態度も身体もデージ(とても)大きい牛がいるので、遠慮していたのではないか?」といった話がドゥシの同級生から。
牛はもともと群れで行動する社会的動物で、社会のヒエラルキーに敏感。だからこそ、そのヒエラルキーでトップになるために喧嘩をする。その本能を発露させるのが闘牛。つまり、ドゥシの小屋では本能で戦いを選ばず、石垣へ行って「わんが一番」ということになったので本能として喧嘩をはじめたというのも考察としては一理ある。
闘牛を飼うのは難しい。
暇だったんで3時ごろに牛小屋に行ったら「草刈り、いかない?」といわれた。
軽トラックの助手席に乗って、20分。嘉手納基地内の黙認耕作地へ。友達が、ビーバー(いわゆるところのエンジン使用のポータブル草刈機)でウイーンと草を刈る。その草を軽トラックの荷台に積んでいく。
小屋に戻って、牛たちの糞を片付けたり、えさをやったり、山羊小屋を移動したり。
運動不足解消。
今日は旧正月。つまり旧正月準全島闘牛大会が開催される日。昼前に起きてとっとと沖縄市営闘牛場へ。
全島大会の場合早めに入場しておかなければ場所を確保できないことが多いのだけれど、今日のような曇り勝ちの天気や大会のインフォメーションなどから鑑みるに3000人ぐらいの入りではないかと予想し、まあギリギリでもなんくるないさ。闘牛場へ向かう行きすがら車や人の数、雰囲気などから、予想が正しかったことをほぼ確信。
入場してみるとやはり客の入りはそこそこといったところ。3000人弱か。ちょうど開会の挨拶がはじまったところだった。
今日の主催は石川闘牛組合。取り組み数、全10番。C9にあたる指名特番に、昨日は見ることがなかった知人の牛が出るのでこっちも少々緊張ぎみ。近くを見回すとその牛主の親戚が三人座っているのだが落ち着かない様子。
最初の特番がはじまった。白のひよこ組あやせちゃん号が勝ったが今日はもしかしたらかなりよい大会かもしれない。そんな気にさせるなかなかの対戦。面白かった。
そしていよいよ知人の牛ユウケイ・一永が登場。以前から噂されていた平良号との宿願の対戦。力としては平良号の方が優るのではという話もあったのだけれど今日はこっちに分があるのではという立ち上がり。気の荒さが良い方に出ていたように感じる。結局、6分過ぎに、勝利。4連勝。ほっと胸をなでおろす。これで牛主の親戚にも普通に挨拶ができると思って目をやるとみなさんさんぴん茶をごくりと飲み干している。喉がカラカラだったのだろう。
緊張した対戦のあとは対戦に傾注できるというもの。ラッキーなことにC8花形戦、C7特番、C6軽量級タイトルマッチと非常に面白いケンカだった。とくにC7で勝利した3850赤虎。C6でタイトル奪取に成功した丸石開発白タビはチェック。
C5番から横綱戦にかけてもなかなかの内容。全10番と全島大会に比べれば対戦数が少ない大会だけれど今日の内容なら3000円は十分に適正価格ではないかと。
道具(角)を使ったカケ技が上手な牛、根性を見せ大逆転で勝利した牛。強烈なワリをかまし続ける牛。もたせこんで相手をいなして耐える牛。いろいろな特徴を持った牛が、よい状態で出場できたこともあるのだろう。この内容ならば、闘牛を見たことがないナイチャーが見てもまた見たいと思えるそんな大会だったように感じる。贔屓目すぎるのかもしれないが。
ということで、来週日曜日(2月25日)はいつも訪れている地区の牛が6頭も出場する予定の"具志川東若手有望牛大闘牛大会"が安慶名闘牛場で午後1時から開かれる。
全島大会はビッグイベントであるし準全島大会も有名な牛が出ることが多い。だけれど、こういった地方大会にも闘牛の面白さは十分にあるとぼくは思っている。とくに今回は闘牛を育てあげることでは定評のある地区の若手牛がそろうというので玄人筋の間でも話題とのこと。
個人的には知っている牛が一頭出場しただけでも今日のように過度に緊張してしまうのに、6頭も出たらどうなってしまうのか。そして現場の牛主や周りの人たちに至っては…。いや、緊張の一番大きな理由は終了後の宴会が楽しく酔えるか、しんみりとしてサキも進まない暗い会合になるか、だと思われるけれど。
昨日に続き牛小屋に行った。
三頭がむしゃむしゃとうーじ(さとうきび)や草を喰っているのを見て幸せを感じていたら、知人から電話。上の小屋で牛汁作るから食べに来いと。牛汁かあ。長い間食べてないなあ。ということで、昨日に続き、歩いて1分の別の牛小屋へ。
牛汁は醤油味であっさりとしてかなりおいしいものだった。肉はちょっと固いけれどなかなかいい味がしていた。
「その肉、こないだの闘牛の」
あ、やっぱり。そんな気がしていた。しかし、こうやって汁に煮込むとかなりいける。牛は偉大かもしれない。
ちょっと午前中に那覇に用があったので、軽くいなしたら、そろそろお昼。おなかがすいてきた。そばでも食べようかなと久茂地(くもぢ)の交差点で考えていたら、国際通りを通らず58号線を北上するバスが来た。その瞬間、安謝(あじゃ)まで行って、「あじゃず」に行こうと決心。
20分後、あじゃずに到着。おいなりさん一個とそーきそばを所望。
ここは麺も汁もたぶん那覇では最高の部類に入るそば屋なのだけれど、このそーきもかなりのもの。うれしいことに骨付きそーきと軟骨のそーきが入っていて異なる肉の味わいを楽しめる。
店名どおりのJAZZをBGMにあっというまにごちそうさま。おいしかった。那覇ではやっぱり「あじゃず」だなあと改めて納得。
食後は伊佐経由のバスでコザ。コザで用を済ませてから、10日ぶりぐらいに牛小屋へ。
今日も三頭ともいい感じである。やはりここに来ると落ち着くだけでなくとても楽しい。牛に草をあげたり、糞を片付けたり、散らかった草を箒ではいたりしていると、電話が。
「ひーじゃーじゅーしーがあるから食べに来い」
歩いてすぐの別の牛小屋からのお誘い。
「ひーじゃー」とは山羊。「じゅーしー」とは、沖縄では炊き込みごはんにも使用する言葉だけれど、雑炊のことでもある。わたしは、焼き飯以外で「ごはんになんらかの処置をほどこしたものを沖縄では『じゅーしー』という」と理解している。つまり、炊き込みごはんにしたり、雑炊にしたりということ。ということで歩いて1分の小屋へ。
行ってみると、いままさにつくっている最中。5分ほどして「ひーじゃーじゅーしー」が登場。日曜日に山羊汁の宴会を開いたそうで、そのあまりの汁にごはんをいれた雑炊風の代物。醤油味で山羊の乳臭い匂いが良い感じである。
この山羊の乳臭い匂い。山羊汁などでおなじみかと思いますが、わたしの経験からランクがあるように感じる。ちょっと勘弁してくれという乳臭さもあれば、いい頃合だと感じる乳臭さもある。これは山羊そのものの肉質や育て方、年齢、屠殺してからの時間などいろいろな要素があるかと思うが、このあたりについて、いまだ明快な答えは得ていない。ただ、こと山羊に関しては喜界島で食べた山羊が一番うまかったなあ、と思いがあった。
ところが、今日の「ひーじゃーじゅーしー」。山羊料理としてはかなりわたしの好み。喜界島の山羊に匹敵するようないい味ぐあい。旨い。
ということであっという間に食べてしまって、あとは宴会に突入。正直酔っ払った。
一週間ぶりに牛小屋を訪ねた。徳之島で負けた牛が一頭増えていた。ちょっと小さい。とにかくも、この近辺の牛はほぼすべて体調は良さそうだ。
などと思っているうちに、酒盛りに突入。わたしは時々参加する程度だけれど、この場所で、ほぼ毎日、この地区の闘牛関係者による酒盛りが開かれている。
今日はこの正月に行われた大会のビデオを見ながら(当然の屋良ビデオ製)。1月3日の南部の大会だったが、お世辞にも良い大会とはいえないように感じた。牛同士が合わないことも度々。牛そのものも、このあたりに比べると…。これで3000円か。それでも話によれば、このビデオの南部のGは最近、闘牛を飼う人が増えてきた地域。「あのFだって最初の頃は似たようなものだった」。つまり、4,5年すればそれなりになっていくということなのであろう。
と、いった話などをしながら気がつくとなにやらさいころ上の肉を焼いている。闘牛の肉だという。
角が折れる。はらわたがでてしまう。足の骨が折れ治る見込みがない等。戦えなくなった闘牛は多くの場合潰される運命にあるが、その肉は関係者に配られたり、または「たすけ」という互助的購入に供せられることがある。細かなことは聞かなかったけれど、とにかくいま焼かれている牛肉はどこかで廃牛になった闘牛の肉なのである。
話には気いてたし、食べている風景を見たこともあるのだけれど、食べてみたことはない。が、良い機会だし、いわれるままに、闘牛肉デビュー。ひとかけらを口に放り込む。味は醤油としょうが酒というあたりで悪くはない。悪くないのだが、ん?。
噛む。いや、噛み切れない。堅い。筋だらけ。前歯で歯を立て、奥歯で磨って、くちゃくちゃと。どんどん肉の味が出てくる。味はいい。しかし、くちゃくちゃと。味はいい。でも、厭きてきた。くちゃくちゃと。結局。ほんの1cm角の牛肉を食べきるのに5分以上の時間を要した。
口の中でくちゃくちゃしていると誰かがいう「この肉、それ」。その「それ」の方向には、先ほどのG地域主催の闘牛大会のビデオが再生されている。カメラは角が折れてしまった牛の敗戦後の姿を追っている。「その牛だよ。この肉」。ビデオで牛を見ながら、その牛の肉を食うというある意味得がたい体験であったのかもしれない。
肉の堅さ=闘牛の筋肉なのだろうが、噂以上の堅さ。ガムやグミなんてものではない。いや正直、2個目は噛み続けるのを放棄してぺっと吐き出してしまったわたしなのだった。本当に堅いのですよ。
昼近くにホテルを出て、那覇から2時間弱かけ牛小屋へ。
三頭とも元気だ。デビューするかもしれないと聞いている黒牛くんも、かなり体調が戻ってきたように思える。よかったよかった。なんといっても、草をしっかり食べるようになってきた。昨年10月頃に風邪をひいてしまったあとは食欲もなく身体の筋肉も落ちていたようだったが、今は、まさに筋骨隆々という言葉が当てはまるような。
戻ってきた、あかりパンダも元気だった。しかし考えてみれば、あかりパンダは沖縄の横綱だった牛。それがふつうにこうやって見られてペシペシとか身体に触れることもできるのだ。やっぱりあかりパンダは沖縄の観光名所のひとつではなかろうか?いや、「ぼくにとっての」、という但し書きはつくけれど。
加えて、これから、どうなっていくのか見物のメリーちゃん。あいかわらずの食欲を発揮している。
そういうことで、とりあえず新年の小屋は順調かと。
お年玉がわりということではないが、彼等の背中をゴリゴリと掻いてみた。気持ちいいらしく頭を下げ涎を垂らし小さくうなっている。垢と埃が風に舞う。
帰りがけ車内で近くに座っていた女の子が変な顔をしている。時々鼻をつまんだり。
その彼女が降りてから気がついた。牛の垢やらゴミが服や髪にふりかかり、モノスゴイ匂いを周辺にばら撒いていたのが、そう、僕だったのだ。着ていたウインドブレイカーの臭いことといったら…。
周りにいた方ごめんなさい。と、謝罪。
いよいよこの正月のメインイベントである全島一大会。場所はバスで20分ほどのところ。しかし正月の三日間バスは間引き運転。結果、到着がぎりぎり。
登場する25パーセントは沖縄で知っている牛。トレード(というか売り買い)が盛んなのだ。たとえば石垣の某超有名女性闘牛士のところにいた軽量級の牛(角をあわさず敗退)などなど。真打は誰もが認める沖縄チャンピオン八重山酋長(現大福環境開発一号)。10月に見た大会で全島一をとってから初の防衛戦。7分まで一進一退の攻防で場内がわいたものの、「酋長が勝つなら10分以内の決着」というテーゼどおり、8分すぎに軍配があがる。大福環境開発一号勝利。それでも対戦相手の徳之島台風は善戦だったといえるかと思う。
終了後すぐにネットで知り合った知人に電話をかけ役場前で待ち合わせ。8箇所ほどこの島のスポットを巡る。二箇所の線刻画は興味深く、グスクとよばれている三角形の山やすり鉢型の岬は、まさにそうだと確信できるつくり。はたまた古代から中世にかけて九州から台湾あたりまでの生活に欠かすことができなかったカムイヤキという焼き物を作っていた窯跡。古の京浜工業地帯みたいなものか。そうかと思えば、とある伝説のある洞窟やら、盛りだくさんの4時間。さまざまな話もする。研究者の間でも有名なとある集落は実は三つの集落の集合体であることを教わったり。再会を約しホテル前で別れる。
疲れきっているのか朝起きても体調がいまひとつ。それでも早起きしてバスで40分の場所へ移動。またまた闘牛観戦。雨が降り注ぐ。正月早々びしょ濡れ。終了後、ダッシュしてタクシーをつかまえ、午後から開かれる昨日の闘牛場での大会に臨む。今日ふたつめ。両方とも盛り上がりは悪くない。けれど下位クラスの戦いの牛の質にばらつきが感じられる。終了後の懸賞抽選ははずれ。やっと開いた居酒屋で食事をしていると、沖縄の知人の名前が(笑)。
除夜の鐘を聞いたあと大日如来と役の小角と阿弥陀さんにお賽銭をあげ、一眠りして朝一で羽田へ。
火山島(現在半島)のあるところで乗り換えて海辺の空港に着陸。バスに乗って1時間。予約していたホテルにチェックインし、タクシーをつかまえて丘の上。
新年早々の牛同士のケンカは二日後の大きな大会を前にしてか、いまいちの内容。それでも懸命に育ててきたと思われる若い子たちの牛に対する興奮はひしひしと伝わる。
夜は疲れまくっているので早々に就寝する予定
あかりパンダが、先週帰沖。ただし闘牛としてではなく余生を送るために。今日、久しぶりに、彼に会った。
岩手県の山形村(今は久慈市)で闘牛としての余生を送っていたあかりパンダ。今年の成績は1勝2敗。その2敗も戦意がなく、牛主は闘牛としては見切りをつけざるをえなかった。つまり、つぶすということになったと。そんな連絡を受けた知人が買い戻したことで、長年暮らした土地へと戻ってきたのだった。
通常闘牛として戦わなくなった牛は屠殺される運命にあるので、今回のようなケースは非常にまれだ。闘牛を飼う人間が、ケンカができなくなった、かつて飼っていた牛を買い戻すなんてことは、まず、いや、聞いたことがない。
知人にもさまざまな理由があったことは察するに余りあるが、やはり、手塩にかけて育てあげ、沖縄で横綱をはった牛。ひとことではいえない思いがあったに違いない。
とにかくも、あかりパンダは、沖縄に戻ってきた。
さて、久しぶりのあかりパンダ。
寒いところにいたからなのか、体毛がこころなしかふさふさしたように感じる。まとまりのある巨体。大きな顔。見えなくなった右目。全体の印象はそのままなのだが、どうみても筋肉が落ちている。それだけでなく、触れるとぷよぷよとした脂肪。よくよくみると角もかなり短くなっている。素人目にも闘牛としては終わったという事実は理解できた。
それでも、一世を風靡した人気牛。
この牛小屋はぼくにとっての沖縄の新しい観光名所になった。もしかしたら、あなたにとっても。
コザ的にだらだらと爆睡してしまって気がついたらもうお昼近く。いつものこと、とはいえる。とにかくおなかがすいた。とっとと石川漁港を目指す。いつものようにイカ汁+寿司のセットで1500円。ここのイカ汁はいつ訪れても安定しておいしいくいただける。10月だけれど屋外テラスの屋根に水を撒いて冷房のかわり。気持ちいいなあ。少々まどろんでから、歩いてイベント広場の進捗状況の確認に向かう。途中の石川川は気水域となっていてマングローブが両岸に見られるのでしばし観察。石川イベント広場は先月来たときよりやぐらが高くなっている。いよいよドームにとりかかるといったかんじだろうか。しかし暑い。だけれど日陰に入れば心地よい風を感じられる。ちょうど6月の欧州みたいな天気だ。もしかしたら台風シーズンもすぎ南西諸島を楽しむには一番いい季節かもしれない。
ドームをあとにして石川のジャスコのあるショッピングセンターへ。向かいの本屋さんで本を一冊買う。歩いて白浜方面をめざす。途中、公園になった石川のウタキ。このあたりの空気も何気によい。沖縄の神様に祝福されている土地かもしれない。このあたりは沖縄島の中でもっとも幅が狭い地域で地質的にも北へ行くと赤土、南はジャーガルや琉球石灰岩台地という境目にあたる場所。たぶん昔は浅い海だったのかもしれない。
白浜で海を眺めてしばし休息。宮城島が航空母艦みたいに沖合いに浮かんでいる。左手に埋立地にでっかい火力発電所のえんとつ。右手のがけの下は琉球墓地域。いつきてもアンバラスな風景だなあと思う。もっとも右手の墓の上はアメリカーの居住地域になっている。もう太陽がかなり傾いてきた。なんだか、今日はほとんど石川でぷらぷらしていただけだ。
そろそろ時間的にいい頃かなと約束していたので友達の牛小屋へ向かう。途中、昆布から天願のあたりを通ったら例のP3C輸送反対の人たちの座り込みに出くわす。そういえば天願桟橋だもの、こことおればあたりまえだ。キャンプコートニー(地元のとくにお年よりは米軍キャンプのことは「部隊(ぶたい)」といっているが)前のいつも気になるが食べたことがないカーサタコスを通り過ぎ、途中で降りて知人の牛小屋へ。
期待の黒牛くん。なんと風邪をひいたそうだ。まったく食欲がない。大丈夫だろうか。昼に獣医さんに注射を打ってもらったとのこと。なんとお値段13,000円。そりゃあ牛に保険は効かないなのでしょうがないけれど、この出費。うるま市の偉い方。うるま市にとっては闘牛は地域文化であるわけですし、うまく持っていければ、観光客がほとんど素通りしてしまううるま市にとって観光名物になる可能性もないわけではありません。このあたり助成などお願いできないものでしょうか。闘牛を飼うというのは毎日の餌やりなどたいへんなんですから。いや、ほんと。知人は毎朝朝5時に起きて読谷まで車飛ばして牛の餌の草刈りにいったりしているわけですし。などと、頭の中で呟く。
パンダ牛の方の足の膿は快方に向かっているそうで一安心。食欲もある。「まだ、足をちょっとひきずっている」は知人の弁。そんなことを話したあと、パンダ牛を外に出すことになった。少しタイヤで遊ばせる。楽しそうだ。もちろん安易に近寄ってはいけません。まだ若いとはいえもう一トンを超えている巨体。ダンプカーのタイヤが軋みながらグイングインと持ち上がる。どんな牛になるのか。目じりが下がる。
十分に遊ばせたあとここのところの日課どおり牛を外につなぎながら知人がいう「あっち(黒い牛)はぜんぜん食べないし面白くないので上いこう」。上とはすぐ近くにあるもうひとつの牛小屋だ。
そっちには牛が三頭。その小屋の前では知人の兄や、ぼくも久しぶりにあった人たち牛好き、酒好き、博打好きの人たちがいつものようにたむろしていた。ほとんどぼくも顔見知り。久しぶりにあった人も多い。
当然のことだがみんな牛に詳しいので、いろいろな話しを聞く。面白い。気がつくと人が増えている。近くの別の牛主の人やら、知人の同級生やら、わさわさと集まってきたのだった。おまけにビールやらシマー(泡盛)やら、タコスやらチキンやらが登場して屋外宴会へとなだれこむ。ブルファイトパーティーか?。タコスはさきほど横を通ったカーサタコスのもの。はじめて食べる。うわっ。こりゃうまいぞ。タコスの皮がほどよく柔らかくトルティージャのよう。ひき肉もサルサソースも満足できる味。レタスも水切りがしっかりしていて文句ない。いま、書いていても、また食べたいと思うほど。金武やコザで有名どころのタコスはいろいろと食べてきたけれど、ぜんぜん負けていない、というかここのタコスかなり凄い。おまけに別の店の店のチキンだがそっちも、皮はパリパリ。肉はジューシー。おまけにガーリックが利いていてビールがすすむ。気分がいいなあ。
牛の様子をみながらいろんな話で盛り上がる。闘牛界の裏話やら、闘牛場でのふるまい、牛主の気持ち。徳之島闘牛の凄さ。こちらとしては願ったりかなったり。気がつくとあたりは真っ暗。月が浮かんでいた。
夜10時すぎまで続いた緊急大宴会のあとコザへ戻る。ちょっとこばらがすいたので、いつもの小町でおでん。ここのてびちは本当に絶品。地元でしっかり支持されている味を出しているからこそだろう。見た目はグロテスクで内地の人は一見して顔をそむけることが多い。ぼくの知人もそんな人が多かった。でも、たいてい常連になったりするようだ。
こうして誕生日の一日は過ぎていった。あ、そうなのだ、いまさらこの年になって誕生日を喜ぶのも恥ずかしいが、個人的にとっても気持ちのいい誕生日になった。そんな気がする。
いま、足に怪我をしているらしくて、夜は外に出しているのだそうだ。
ということで、夕方になって外に出された知人のパンダ牛。
いつもは牛小屋の中で見ているわけだが、外で見るとその大きさが改めて確認できる。まだ若いのにもう体重は一トンを超えてている模様。まだ肉がつききっていないとのことなので、はてさてどのくらいまで大きくなるだろうか?

石川イベント広場のドーム化が進行中。写真は今月頭のもの。
今年の春先に観客席の改修を行ってから、続けてのドーム化。沖縄らしい生コン注入のおかげという声もちらほら。関連事業者についてのそれなりの噂も聞きますが、まあ、とりあえず、見る側としては、喜ばしいことですんで、そのあたりは穏便に(笑)。
なんといっても20℃を切るニシカジ(北風)吹きすさぶ沖縄の曇りがちの冬の寒さといったらそれはもう命がけ(北国の方々は沖縄在住者の皮膚感覚と沖縄独特のニシカジを想像してお読みください)。死ぬかもしれないという辛い観戦になるわけで、その時に屋根があったら喜ばしいことです。
はたまた5分でメラニン色素に届く強烈な紫外線の春から秋にかけての観戦時にもドームの屋根は紫外線に仏。ありがたやありがたや、です。
完成は来年2月末となっていたので、3月あたりに完成記念の準全島が行われるのかもしれません。沖縄的に2月末という完成が伸びる可能性もかなーり否定しませんけれど、来年5月の全島大会はここで行われるのが決まっているそうですので、そこまでには完成するのは確実でしょう、たぶん。
また暇を見て進捗状況をお伝えいたします。はい。
そういえば、むら咲きむらもドーム化するという話を聞きました。ドーム流行ですか?。生コン使いますもんね。ドーム化ですと(笑)。まあ、ビーチに生コン注入するよりはいいのかなあと思ったり。さて、同じうるま市の安慶名や与那城、中部の中心を自負する沖縄市の沖縄市営あたりもドーム化なんてことになるのでしょうか?と、一応、ぼけておきます(苦笑)。
うるま市役所前のバス停から歩いて牛小屋へ。まだまだ暑くて気持ちがいい。
10分後に到着。知人は椅子にこしかけ牛の様子をうかがっていた。
パンダ牛の方は確実に大きくなりつつあるように感じる。顔が太りはじめた。まだ「熟していない」ので身体の方は骨が浮いている。もっともホルスタインとかけた牛は肩が広がる傾向にあるのだそうだ。背は高いのだけれど、はたしてどうなるか。おそらく体力と身体の大きさで押す牛になるのだろうが。といったあたり。
黒い方はかなり熟してきたのか、身体のはりや艶が美しい。また首が長くなってきていて非常に良い傾向だとのこと。横柄な態度も相変わらず。先日練習の時、右前足のひざあたりを怪我したらしいのだが、大事に至らず、順調に回復しているとのこと。デビューは来年か、再来年か。
といったことを夕方6時過ぎから9時半ぐらいまで、牛主である知人と話をして時間を過ごす。

気がつくと、食べ疲れたのか二頭ともひざを落とし寝る態勢に入った。久しぶりに2頭の寝る姿をみたけれど、パンダ牛の寝姿はなんというか笑ってしまう。
話によると、夏前の黒い牛の方の寝姿もかなりのものだったらしい。横になって両足を突っ張って伸ばしたまま寝ていたとか。どっちにせよ、牛はかわいい。電気を消す前に両方の牛の背中をぺたぺた叩いて小屋を後にした。
コザに戻って、いきつけのおでん屋で食事をしてから今日中にねぐらに戻って寝る。
▼「SPF256(当社比)なんて日焼けどめないのかよぉ」
▼愚痴をいってもはじまらない。
▼SPF50の日焼けどめが役にたたない紫外線が降り注ぐ沖縄市営闘牛場で行われた<父の日準全島闘牛大会>全10番。
▼一応断っておくと、沖縄の闘牛大会の<格>は、1に「春」、「秋」の全島。3に「旧正月」、4に「新正月」、5に「父の日」。といったことになっているらしい。
▼なので準全島大会の中では格はかなり上の大会ということが分るかと思う。
▼そのうえ、一部において
▼「今年の春の全島より好取り組みが多いさ」
▼という声も聞かれていた、今大会。
▼知人の小屋の牛が登場することもあって、サンダルをぺたぺたいわしてグラウンド通りを下り、全島エイサー大会が行われる陸上競技場横をかすめて闘牛場へ。
▼知人の小屋の牛が勝ったこともあるかもしれないけれど、全10番、惑うことなくはずれなし。
▼沖縄市営は、あまり良い思い出がなく、ただ単に幸運に恵まれたのもかもしれないけれど、かけねなし、本当に、良い大会でしたよ。
▼しかしながら観客は2000人弱といったあたり、かと。
▼ウチナンチューらしくほとんどの人が、紫外線の強さを避け、木陰で観戦しているので、ちょっと遅れて到着したわたくしでさえ、ベストポイントの7列目や近接撮影のための1列目も、画角を考えて移動可能。
▼単焦点レンズ1本で臨んだわたくしにとっては幸運だったのかもしれませんが、客の寂しさはいかんともしがたく…。
▼と、いった不安はおいといて、りあえずC1、C2の赤牛二頭は今後に期待。
▼また、個人的には久しぶりに見た、軽量級の<スナックルミ>。たぶん、名護のあの店なんだろうなあと思ったり。
▼日本国内で闘牛を行っている地域以外に在住のみなさん。
▼ほんと、闘牛は一度見ても、損はないと思います。
▼もちろん、大会によって、良し悪しはありますけれど。
▼それはそれ、かと。
▼なにかのついででも、もちろん、闘牛だけを目的にしての旅もオツなものかもしれません。
▼大会終了後、途中で残波の白をお祝いに購入して、用を済ませバスとタクシーに乗って牛小屋へ。
▼ヒージャー汁(山羊汁)をご馳走になったりしたあと、知人の牛2頭の様子を観察。
▼パンダ牛の方はどうみても身体が大きくなってきた。
▼レンズ越しに見てはたと気がついたのだが、顔に肉がついてきている。
▼などと思った、2006年、おそらく、沖縄の梅雨最後の日。
▼時間ができたので知人の牛小屋へ。いろいろな話をしながら牛の世話を手伝う。
▼あいかわらず、黒い「彼」は偉そうな態度でエサを所望する。まさに人間様をアゴでこきつかうクソ生意気な牛かと思う。
▼それでもいろいろな人の話を総合するに、首が長いしコンパクトに見えるにも関わらず体重はすでに1tを超えている。しかも、若いのに落ち着きもあり、すでに熟した牛かと思われるような。これは大物。
▼というのが大方の闘牛好きの評価のようである。
▼一方、パンダ牛の方はまだ若いということもあるが、いまだ、ただただ食欲の固まり。ひたすら食い続ける。
▼すでに肩の高さは黒い「彼」より高いのだけれど、肉はまだついていない。
▼あかりパンダもそうだったがやはりホルスタインと交けたパンダ牛は巨大化する=大食漢という傾向にあるようだ。
▼その食欲をじっと見ていると、なんだか、数ポンドのステーキにかぶりつくアメリカ南部のでかい白いデブを一瞬思い出したり。
▼もちろん、あいつらと違うのはこっちは完全な草食ということだが(笑)。肉骨粉など、ここは無縁の世界でもあるし。牛を共食いさせてどうすんだよ?、アメリカーさんよ。などと思ったり。
▼そんなこんな話をしながら、ひととおり二頭の世話を終え、上の小屋にいる別の牛の世話に向かう。知人の友達などの牛だ。この小屋には三頭いる。
▼すでに大会にも何度か出て人気牛になっている徳之島からやってきた牛の年齢は六歳という話。しかしながら、知人が言うに「どう考えても八歳から九歳」。
▼期待の星の若手牛が一番奥に。飯くれー、飯くれーと吼えている。また、一番手前には昨年、一度大会に出たけれどその後怪我が直りきらずに出場を見合わせている牛。飼い主が外に出していたので、エサをやるために牛小屋へ連れて行く。
▼ところがその牛を牛小屋へ入れ、エサをやろうとしたのだが、なんと、この牛、どこでやってしまったのか、右の角が先端から割れ、角が裂けはじめているではないか。
▼知人がいうに「すぐに直さないとどんどん裂けて角がつかえなくなる」。つまり、闘牛としては使いものにならなくなる。そういうことだ。
▼闘牛にとって角は攻めるための道具であるとともに、相手の攻撃を避けるための防御にも使用される大切な道具。闘牛が、最も、大切にしなければならない「道具」なのだ。
▼その角が裂けかかっている。これは、危機的な状態ということになる。
▼知人は、もう一度、この牛を外に出し、牛を器具で固定。「角を研いで直す」という。
▼牛は嫌がって、顔をあっちこっちへふる。せっかく夕飯が食べられると思ったのに、また外に出され固定され、なんだかしらないが、角をいじられる。いつ終わるかもわからない。ストレスいっぱいといったところ。
▼しかもこの牛、しろうとのわたくしが見ている限りではっきりとはわからないのだけれど右の後ろ足の裏をどうも痛めているように感じるのだった。
▼きっとかなりのストレスをためているのではないだろうか。
▼知人が、いう。
▼「それもって、牛の背中をかいて」。
▼知人はわたくしに丸い鉄でできたぎざぎのある道具を渡して、牛の背中をかけという。とりあえず言われたとおり掻いてみる。
▼「それをやってれば、牛がおとなしくなる」と。
▼そういわれ、とりあえず、その道具で牛の背中を骨に沿って掻いてみるわたくし。しかし、牛はなかなかおとなしくならない。
▼「もっと強く掻いていいから」。
▼そういわれ、親の仇にもここまではというくらい思いっきりガリガリこすると、なんとまあ、本当に牛がおとなしくなった。
▼牛の皮は厚い。
▼ゴリゴリこすっているとホコリのようなものがこそげ落ちてくる。
▼「それ、垢。それで牛の体調をみたりするんだ」。
▼知人が角を研ぎながら解説してくれる。こっちは、右手でガリガリ牛の背中を掻きながら、左手でシャッターを切るという離れ業を何度か。なんとか状況が把握できるような写真はとれたかもしれない。
▼10分もしないうちに、牛の角はきれいになった。良かった良かった。
▼知人にコザまで送ってもらったのだが、帰りぎわ知人にいわれた。
▼「いっておくけど、ほんと闘牛飼わない?」。
▼誘われてしまった。真剣に考えている自分が少しだけ怖い。
▼沖縄はうるま市にある友達の牛小屋へやってきたのだけれど友達だけではなく、誰もいなかった。
▼とりあえず、腕に吸い付くヤブ蚊をはたきながら2頭の牛がむしゃむしゃ食事をしている姿を眺めていた。
▼30分ほどそんなことをしていたけれど、誰も戻ってこない。
▼その時、あっ、ときがついた。
▼今日は14日。
▼来月の全島大会の一ヶ月前。つまり、対戦相手を決める会議がある日だ。
▼そのことに気がついたので、なくなってきた餌を2頭の牛に与えてから、あるいて数分のおばあの家に向かった。
▼そしてさっきまで、ソーメンチャンプルーなどをご馳走になっていたのだった。
▼昨日に続いて、夕方、知人の牛小屋へ足を伸ばした。
▼いろいろと話をしていると、50歳ぐらいの兄さんがやってきた。
▼牛主の知人とデビュー前の2頭の闘牛をみて話をしている。
▼ふたりは具志川のコトバなのでこっちはだいたい分かるといった程度。
▼その兄さんの顔、どっかでてみたことあるなあと思っていた。
▼ちょとして気がついた。ああ、そうか名護良一さんだ。
▼照屋寛徳の弟子で玄人筋からは非常に評価が高い唄者。
▼CDも数枚でている。
▼テープならわたくしももっている。
▼いろいろ話したあと、良一氏がわたしくしにむかって、2頭いるうちの1頭を指さして「この牛は3番以内にははいるよ」と断言する。
▼三番以内というのは大きな闘牛大会で三役戦(C3番戦以上)に出る器だということ。
▼知人もほしくてしょうがなくて購入した牛らしくて満足気な顔をしている。
▼良一氏が帰ってから、知人に聞く。
▼「名護良一さんだよねえ?」
▼「そう、おれの従兄弟さ」
▼「え??」
▼眼が点になるというのは文字通りこういう状態なのかもしれない。
▼というか、宇堅出身で名護姓で「良」の名乗頭(なのりがしら)がある点で気づいてないわたくしがマヌケではあった。
▼いとことまではいかなくても親戚だろうと想像はついたはず。
▼うかつだった、数年間。
▼沖縄というより、中北部の人間関係は、こんなかんじだと思う。
第8回全国闘牛サミット記念全島一・中量級優勝旗争奪戦伊仙大会。大福環境開発1号(八重山酋長)は福田喜和道1号による、19秒という秒殺劇で敗北。話を聞いて耳を疑った。あの八重山酋長が秒殺とは…。噂には聞いていたけれど、この結果から鑑みるに福田喜和道1号というのは恐ろしく強い。今後対戦する牛が出てくるのだろうか。
なんでも、酋長は強烈な腹どりを決められてかなりの傷を負ったとのこと。大丈夫だろうか。
徳之島へ移籍した“あかりパンダ”が、今日、徳之島の伊藤観光ドームで行われた“スラッガーズ結成記念闘牛大会”に出場し、1分32秒 猪鹿蝶を撃破。自他共に認める日本一の闘牛の島、徳之島で幸先の良いスタートを切ったわけです。
徳之島は正月とGW中に大会が集中する傾向があるため、なかなかいけないのだが、早いうちに徳之島詣でを計画しないといけないなあ、と。“あかりパンダ”が戦っているうちに。
それはそうと5月3日にはやはり徳之島の伊仙闘牛場で、徳之島全島一横綱“福田喜和道1号”と “大福環境開発1号”の戦いがあるそうだ。これはここ数年で最大の見ものかもしれません。なんといっても“大福環境開発1号”とは、あの沖縄の前横綱“八重山酋長”のことなんですから。
ああ、みたい。

昨日にひきつづきニシカジ(北風)がふきすさぶ寒さ。しかも昨日の寒さを更新。人はこんな寒さの中も生きつづけなければならないかと哲学してしまうほど。この寒さの理由は観戦中に解明されたので今後の課題としたい。誰となく。
とにかくそんな寒さの中、安慶名での準全島大会。全9番(1番は不戦勝)。
今日の注目牛はC-9番戦に登場した、あの“むら咲きむらオールバック”。
はじまる前から近くにいたおじいと
「どうせ長期戦ですねえ」
「守り牛はだめだ」
「何分ぐらいかかると思います?。ぼくは40分かなあ」
「そのくらいだ」
みたいな会話を交わすほど。
とにかくこの牛のけんかは心も身体も長時間観戦体制で臨まないと、怒涛の退屈が襲ってくるので粉骨砕身、飲み物を用意したり、あくびをしたり、笑ったり、トイレに立ったり、瞑想したりを繰り返さなければならない。
案の定、試合は長期戦。途中では嫌がって首をふったり、すかしたり、勝点1を得るために相手のファールで長時間寝転ぶ守備チームにもたとえることができるであろう、ある意味高度な技も繰り出す、むら咲きむらオールバック。沖縄闘牛の楽しみ方としてはまったく邪道なのだが、なぜか気になる牛ではある。ここまで長期戦で相手の疲れを待って4連勝していたりするのもなんともはやだが、本部席もそれを察してか40分で打ち切り引き分け。もしかしたらこの打ち切り引き分けはこの牛の得意技になる可能性もないわけではない。
おまけに、この牛、引き分けが決まり、闘牛士の人々が角に縄をかけ2頭を引き離そうとするや、再びケンカに突入。トリッキーなプレーである。いいすぎだが。
今日はこのほか、真剣勝負の大関戦や、C-5番では角が2本とも折れてしまった牛が勝ったり、バラエティに富んでいたという言い方もすこぶる可能。C-3番戦では、どこかで聞いたヤグイの声、と思ったら、あかりパンダの牛主だった知人だった。具志川東闘牛組合の牛だったので、おそらく関係者の牛なのだろう。あとで声をかけようと思ったが終わってすぐに帰ったようだった。
終了後、宇堅まで寒さの中を歩いて、知り合いのおばあのうちへ、夕ごはんをご馳走になってゆんたくしてねぐらにかえる。帰る頃には寒さは揺るみ「具志川の夜はすがすがしい。具志川という名前も今月限りか」などといった感傷に浸る心の余裕も。寒さが緩んだ理由も分かっている。誰となく。
明日は暖かくなりそうだ。良かった良かった。
宇堅橋から坂道を登って牛小屋へ向かって歩いていった。パンダは元気にしているかな?と、牛舎を覗いてみた。そこはもぬけのからだった。あれ?。こんな雨の中、練習か何か、どこかへ連れて行ったのだろうか?
奥にはまだあとニ年はかかるだろうパンダ柄の若牛と長男の持ち牛。そして預かっている牛はちゃんといる。小屋には誰もいないのでとりあえず牛主の家へ。
一番下の妹さんはぼくのことを覚えてくれていて、開口一番
「パンダ売っちゃったんですよ。先週の金曜日」。
「ああ、そうなんですか。牛小屋にいなかったからどうしたのかと思って」
「見てきましたか?。徳之島へ売ったみたいで、兄もあまり話ししないから詳しいことはわからないんだけど」
その兆候はあったと思う。片目になってから以前の粘りがなくなってきて7、8分ごろにアキラメのピークがやってきて、敗退をしてしまう。負けのパターンはすべてこれだった。
もちろん勝ちが見込めなくなった牛を最後まで飼うという選択もあるし、そうする牛主もいる。しかし牛主のNさんはそれを選ばなかった。勝てなくなったからではない。まだ直接話を聞ける状態ではないようなので、推測になるけれど、おそらく片目であっても戦いを欲するあかりパンダの姿を見つづけることが忍びなかったのではないだろうか。
Nさんは投資も考えて動く沖縄の多くの牛主とは違って好きになったらとことん好きになり愛情を注ぎごむタイプの牛主だ。そのNさんがあれほど愛していた、あかりパンダを手放したのだ。様様な思いから決断したのだろう。
一番下の妹さん曰く
「突然のことで、家族みんな泣いちゃいました」
と。
きっと、断腸の思いでふんぎりをつけたのではないか。実際片目になっても去年復帰戦で勝ったあとまでは400万円で売ってくれという話もあったと聞く。今回ははるかに安い金額だったらしいが、Nさんは手放すことを決めた。数字だけを見れば投資として失敗したということになるのだろうが、ぼくは上に書いたように、そうは思わない。
とにかくも、沖縄本島でのあかりパンダの戦いは終了した。
それでももしかしたらゴールデンウイークに連続して行われる徳之島の大会に出場する可能性もあるとのこと。再び会えるだろうか。あかりパンダに。

空は冬の沖縄らしくどんよりと曇りいつぱらついてきてもおかしくない。
沖縄市営闘牛場で午後1時から行われたこの大会。新正月恒例の元旦からの4日連続大会の後なのであまり大きな期待をしていなかった。ホテルから吉元弁当によって坂を下り闘牛場に着いたのは40分ほど前。
余裕で一番前の席をできるほど客の入りは悪い。「やはりはずれの大会かな」と思って弁当をぱくついているうちにどんどん入場者が増え始める。そこそこの入りとなる。結局1500人ほどの入場があったようだ。お約束の「ニギリ」の立ち見客も鈴なり。<賭博行為を禁止します>という沖縄市の看板もいつものように意味はなし。
とりあえずあまり期待せずに観戦するが、その予測は気持ちよく裏切られた。全10番。いやなかなかの好試合続きで、見ごたえ十分。途中雨に降られたが、動く気にはなれなかった。もちろん沖縄闘牛のお約束で弛緩しただるい時間が漂いもするが観戦後にこれだから闘牛観戦はやめられないという気分になる。
ちなみにシーの7番戦は引分け。久しぶりに沖縄で引分け試合にぶつかった。この試合30分過ぎに本部の方から「この天候ですから35分で引分けとしたいと思います」というアナウンスがされると観客から拍手。対戦前から話題だった関脇戦、大関戦を早くみたいということなのだろうか。ところが雨が小降りになると「やはり最後まで行います」というアナウンス。まあ、しょうがないか、という会場の空気。そしてその後数分すると「たびたびすいません。この試合は40分で引分けにしたいと思います。闘牛士のみなさんよろしくお願いします」と二転三転。苦笑いもでる。
山古志村など越後の角突きでは必ずころあいを見計らって牛を分けるが、この時の勢子の牛を分ける動きがある角突きの「華」という側面がある。ここでは、どうするのかと思ってみていたが太綱を二本持ってきてそれぞれの牛の角にまきつけ「せーの」で牛同士をひっぱるという塩梅。秋口に行われる綱引きのノリか。あっさりと終了。
そんなイレギュラーな場面が展開されたことを含め、試合の内容も上等。ふらっと観戦しに来た大会で、風も冷たく雨も降る最悪に近い環境であるものの、かなり満足できる大会であった。
本日沖縄市営闘牛場で行われた準全島闘牛大会の横綱戦で<あかりパンダ>が<天才まけるもんか>に敗北。<あかりパンダ>ファンとしては寂しい結果となってしまった。
考えてみれば11月の秋の全島で復帰したばかりで中2ヶ月ない調整機関は短すぎたということもあるのかもしれない。牛主は出場を迷っているような口ぶりだったが。現在右目の視力が問題になっている<あかりパンダ>。そういった影響もあったのかもしれない。
そういえば、前回<八重山酋長>に敗北したのが沖縄市営闘牛場。そして今回も…。どうも沖縄市営闘牛場とは相性が悪くなっているのだろうか?。年上の<八重山酋長>が安慶名闘牛場を回避するように<あかりパンダ>も今後沖縄市営闘牛場を回避することになるのか。
目の問題があるとはいえまだまだ年齢的にはこれからの<あかりパンダ>。がんばってほしい。
「ハンバーグ」という運命をたどったはずの牛のことを回想しながら、“ゆんたく”、をかましているうちに、その大会でお目見えした、“むら咲きむらオールバック”のことが思い出された。
(ちょっと闘牛好きのところを見せておこうか)
そんなスケベ心がぼくにあったわけで。
「そういえば、その腸が出ちゃった牛がいた大会で、“むら咲きむらオールバック”っていう名前の、角がうしろむいちゃった牛が出てたでしょう?。守りばっかりで近くのオジイたちは『守るだけ』といってけなしていたけれど」
すると、いつのまにか、こちらのテーブルに来て話に加わっていた男性が言った。
「ああ、あれは、ここにいたんですよ」
はぁ?。いや、現沖縄闘牛界の人気牛、“八重山酋長”が、この家で一時飼われていたことは、闘牛場での会話で知っていたのだけれど、まさか“むら咲きむらオールバック”も、とは。このめぐり合わせはどういうことなのだろうか?
オバァ二人も
「それは、なんだ?」
と聞いている。
「ほら、“あかりパンダ”の練習用にってことで、角がうしろにむいちゃっている牛を何ヶ月か飼っていただろう?。あれだよ」
もちろん、上記のコトバはウチナーグチである。
「ええ?。“むら咲きむらオールバック”が? ここにいたんですか?」
ぼくは、驚いた。
「でも、“あかりパンダ”に圧倒されて、ぜんぜん、練習にならなかったわけさ。なので、売ったさ」
なんとまあ、ぼくが今の沖縄闘牛界の重量級で気になっている三頭。つまり、“あかりパンダ”、“八重山酋長”、“むら咲きむらオールバック”は、この家に縁のある闘牛たちだったのである。驚きながらぼくはいった。
「”むら咲きむらオールバック”って、先月、読谷で勝ってましたよねえ。しかも横綱戦で。時間は17分ぐらいだったから、また守っての勝利だったみたいだけれど」
「そう。なんか、あの牛、今年、4連勝しているんだよねえ」
話に入ってきた男性がいう。
「そういえば、そうでしたねえ。うーん」
ぼくはうなるしかなかった。
沖縄の闘牛界は確かに狭いが、ヤマトからやってきたぼくなんかにも、狭かったのか。いや、これは、きっと、この家とぼくに縁があったということなのかもしれない。
説明しておくと、こういうことになる。
この家にいた上記三頭の中で最も古いのが、“八重山酋長”だった。そこに現“あかりパンダ”がやってきた。そのため、“八重山酋長”を売って“あかりパンダ”に心血を注いできた。その“あかりパンダ”の練習用に、角が後ろを向いた攻められない牛“むら咲きむらオールバック”を飼い始めた。しかし、“あかりパンダ”に尻ごみして練習にならないので売ってしまった、と。
この家から売られていった“八重山酋長”は、いまや“あかりパンダ”がどうしても勝てない人気一番牛。“大竜王”とともに三つ巴の状況をここ2年ほど作ってきた。そして、守り牛“むら咲きむらオールバック”はその変形角をものともせず、今年4連勝。
三頭全部、ぼくが気になっている牛ばかり。因縁というものか。
ぼくはちょっと生温かくなったイカの刺身をつまんで、泡盛で胃の中に流し込んだ。こういうこともあるのか、と。
おばぁがいう。
「でも、やっぱり“あかりパンダ”が一番さ。