シャーマンという単語を耳にしたのはおそらく小学校の頃だったはず。
幼児洗礼を受けたカトリックとして育ち小学校もカトリック系の学校に入れられたぼくにとってカトリックの教義や義務は水や空気、そして現在でいえばインターネットと同じ存在。つまり毎日生きている上で、あって当然の存在だった。今でも宗教は?と聞かれれば「カトリック」と答えるのです。
日本に住んでいる限り、近所に、神社やお寺に事欠かない。だけれど、大方の日本列島所居住者とは異なる宗教的環境にあったぼくは、神社やお寺はまったく関係ない世界のものという意識があったのです。
そんな小学校の頃、図書館にあった本で「シャーマン」という単語をはじめて目にした。それはシベリアの民俗や習俗に関する書籍で、獣の皮を被った男が火のまわりで踊っている写真が今も目に焼き付いている。
子供心にその姿に親近感を持ったのです。「この人がやっていることは分かるような気がする。やれといわれれば、できるような気がする」と。
カトリックでいう「天にまします神」と似たようなものを崇めている人だと思ったのでした。シャーマン。トランス。そんなカタカナが書いてあったわけです。
その後、、そういった本を目にする機会は何度かあったものの、学術的なシャーマンに関する文献を初めて読んだのは大学受験後の春休みだったように思う。
ウノハルヴァ「シャマニズム」三省堂。
真っ黒い装丁の書籍で、むさぼるように読んだことが思い出されます。今も本棚の奥にありますが…。
その後大学でもシャーマニズムやアニミズム、祖先崇拝、自然崇拝関連の多くの論文や書籍を読むことになるわけで、この頃の読書体験が今のぼくの行動様式のひとつになっているのかもしれないと、思ったりもするわけです。
このあたりの書籍は現在の書誌分類においては「宗教」というジャンルになることが多いわけですが、ぼくの読み方は社会人類学、文化人類学の視点に立ったものでした。
「シャーマニズム」といえば、一般的には宗教方面やはたまたオカルト、超常現象の世界からのアプローチが見え隠れしていて、ぼくは慎重に書籍を選んで読まざるをえなかった。
長々と前フリというか言い訳をしてしまったわけですが、書きたかったのは、先ほど、夕食後から寝る前に読み終わった

松堂玖邇 『神女誕生』 フォレスト出版
について。
その副題に「徳之島に生まれた祝女(のろ)2万60000日の記録」とあって発売当初から読んでもいいかなと思っていたのだけれど、ここで上記の前フリから分かるように、この手の書籍はいわゆるトンデモ本が多く、かつこの出版社がビジネス書や人生訓などの実用書を主に扱っており、くわえて、この手の書籍としては価格が1200円とあまりに安いため、眉に唾していたわけで、ずっと読まずに来たわけです。
だけれど、たまたまネットで徳之島関係の書籍を大量に購入した時、同時にひっかかってきた。気にはなっていた本でもあり、なんだか「それだけ徳之島関係の本を買うなら、わたしも買いなさい」といわれているようで(なんだかオカルトチック?)、ボタンをポチッと購入カートにいれてしまったのでした。
ほんの数時間で読み終わってしまったけれど、読後感はさわやかだった。書かれている文章にまったく無理がなかったのだ。それは頭で書いたというよりも、著者の身体の記憶が書かせているかのように自然で無理がない。
著者は徳之島の大地主の家の五女として生まれ、教育者であった父親の影響もあり鹿児島で高等教育を受けた方で祝女となる運命に30代半ばまで反発し生きてこられた。
著者のご先祖さまは、首里第二尚氏王朝と英祖王系統の末裔というくだりは、薩摩藩統治時代に共同体破壊を目的とした系図焼きが行われたり(神女に自害を求めたという話もある)、本土と同じく系図の売り買いがなされてきたという事実が琉球文化圏にはあるので、確かめる術はない。しかし、大切なことは、著者の家系が徳之島において人心が安堵するに足る家系で、あったということだろう。島の記憶を継承し島人の心の中に代々刻まれつづけて来た家系に生まれ、かつ著者自身もその運命の中に育ってきたということではないかと。
たとえば、著者がアメリカ占領下の徳之島へ鹿児島から密航するくだり。
同行した女性が「彼女は徳之島の祝女を継ぐ者だからこの船が沈没することなんてありませんよ」と同乗した人々に語ったところ、漂流後、無事に奄美大島の古仁屋港に到着し、下船すると、乗船者すべてが著者の手をとり感謝の意を表した。
そのような運命を受け入れた場所が東京都下で、著者を導いていったのが、本土の寺に祀られる仏像や観音象であったりするあたり、琉球文化圏という存在だけを考えると首をひねる個所かもしれないのだが、この本ではそれも素直に受け入れられる。東アジア島嶼地域の記憶が著者に語ったのだと思えば。神女は自らの内なるコトバときちんと向き合える人のことを言うのかしれない。
徳之島は琉球文化と本土文化という高台にはさまれたすり鉢の底にあたるといわれることがある。この書籍はそんな徳之島のひとつの側面を表しているようにも感じる。それは東アジア島嶼地域に生きつづけてきたぼくたちの記憶の断片を表しているのかもしれないと思ったりもする。
ぼくたちは“ぼくたち自身”とどれだけ語ることができただろう。そしてこれからどれだけ語れるのだろうか。