鉄人28号
9月末に鉄人28号の放映が終わった。アニメ好きの間ではいまひとつの評価だったようだし、“戦後”というキーワードにこだわった物語の展開が一面的かつなにもそこまでしなくてもいいではないかというほど暗く、教条的な側面もかいまみえ、最初の鉄人28号を見ていたぼくとしても全面的に支持というところまでのめりこめたわけではない。
それでも録画してしまったのはブラックオックスやバッカスやVL2号などの登場。まだら岩も懐かしく。ぼくの知っている昭和はあそこまで戦後にこだわってはいなかったけれど。
9月末に鉄人28号の放映が終わった。アニメ好きの間ではいまひとつの評価だったようだし、“戦後”というキーワードにこだわった物語の展開が一面的かつなにもそこまでしなくてもいいではないかというほど暗く、教条的な側面もかいまみえ、最初の鉄人28号を見ていたぼくとしても全面的に支持というところまでのめりこめたわけではない。
それでも録画してしまったのはブラックオックスやバッカスやVL2号などの登場。まだら岩も懐かしく。ぼくの知っている昭和はあそこまで戦後にこだわってはいなかったけれど。
久しぶりに動いているブラックオックスをテレビで見た。やっぱりカッコイイ。
今月からはじまった鉄人28号の新アニメ。今日が3回目だったわけなんだけど、ほんと、もう、前2回はすっかり見逃していて、今日も同じく忘れていた。だが、ラツィオ対ローマがデルビーのくせに欠伸が出るほど退屈だったため、チャンネルをかえたら、懐かしい主題歌が。で、見てしまった。
そうしたら、なんとブラックオックス登場。ちょっと年甲斐もなく興奮。ほんと、やっぱりカッコイイ。ブラックオックスはいい。本当にいい。次も出てくるかどうか。わくわくする。バッカスやVL2号も出るんだろうか?
で、この新シリーズ。アニメーション技術は言わずもがなだが、あの当時の雰囲気を意識した設定でぼくには懐かしくもうれしい。おそらく若い人にとっては「昭和」「戦後」という二つの単語で語られる時代へのノスタルジアか。
ぼくが鉄人28号をテレビで見ていたころ、まだ今の渋谷109のあたりには恋文代筆業の英語をかけるおじさんがいたし、フレッシュマンベーカリーも若々しく絶好調だった。戦後の匂いがする高度成長期の入り口の時代。今回一部破壊された警視庁もそうそうこんな姿だった。
あの頃、江戸川乱歩とか海野十三を読んで想像した、過去への憧れ。「今」ではない「彼岸の世界」(もちろんそこには未来も含まれるけど)とかそんなものを、21世紀の今、今回の鉄人28号にちょっと感じた。昭和30年代は時代考証が必要になるくらいノスタルジックな彼岸の世界になったということか。それを表現するための考証と設定。そしてアニメーション技術。
火の玉ボーイのジャケットをリアルにしたらこんな世界なのではないだろうか。
明日はイノセンスの公開。実は監督である押井守の作品を映画館で見たことがないぼくである。衛星放送やDVDででしか見ていないわけで、そんなぼくがかってなことをいうのはおこがましいとは思うけれど、とりあえず、ほとんどの作品を見てはいるので、勝手に一言。
AVALONを見ていた時、この監督の感覚記憶がぼくの感覚記憶にフィットした瞬間があった。
20年近く前AppleIIというパーソナルコンピュータでWizardryというゲームに日々を費やしていた。すでに、パーティーのレベルは13をはるかにすぎ、地下10階で殺戮の限りを尽くし、徹底的に荒らしまわれる状態。その時も三日間に渡る地下探索を行い、仕事を4つほかし、食事もせず、グレーターデーモン増殖による大量の経験値を得て、意気揚揚。幸運にもクリティカルヒットを受けず死者はゼロ。ドワーフメイジなどという反則技を使っていたこともあるだろう。その怪力魔法使いが、そろそろ城に帰ろうととマロールをかけ、ようやく地上に戻る。
この時の感覚。それは、真っ暗闇の擬似世界から現実に引き戻された喪失感。そして、それ以上の光輝く現実という開放感。ぼくは時間と次元をいったりきたりしていた。
AVALONの主人公アッシュ(この名前もまた意味深だ。Wizardry世界では復活の可能性ある死、“灰”だ)が真っ暗な世界からドアをあけると、そこは多くの人が現実と考えるような光に満ちた世界。
AVALONのその映像を見た瞬間、ぼくにWizardry後の開放感がよみがえった。話には聞いていたのだが、押井守もWizardryをやりつくした人間だと、わかった。彼の映画にみる闇の世界は、視覚的にはAppleIIやPCでの線画のWizardry世界のそれであり、ぼくの大脳内に形成された闇の映像だった。
その彼のイノセンス。とりあえず純粋な気持ちで見ようかと思っている。