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lunedì 24 settembre 2007

怖い埋立地と怖くない埋立地はお相撲さん次第

夢の島が明るい未来への香りを放ってゴミを集めてた頃、おいちゃんにいわれた。

「江戸めぇ(前)の埋め立て地だ。あさかぁ(あそこは)、いかねぇのがかしけぇって(賢いって)」。
「なんで?」と聞くカワイイさかりのおれ。
「ん?。いいか?。海っつーのは海のえれぇ神の土地だ。いや土地じゃねー、海だ。勝手に人間の都合ってもんでつぶしていいと思ってるか?」
「なんで?」となんでも聞くおれ。
「だからだ。人さまの土地に勝手にへぇって(入って)、俺のもんだ、とぶんどっちまったら(占拠したら)、どうなる? とられた方は怒るだろうが?」
「海は土地じゃないんでしょ?」とへりくつをいうおれ。おいちゃんはおれのへりくつを無視していった。
「いいか、江戸っつーのは埋め立てでできた土地だ。銀座だって埋め立て地だ。だけどその頃は、えれぇ(偉い)ぼんさん(お坊さん)が、海の神様にお願ぇしたから問題なかった。だけど昨今の埋め立ては、そういうことをしてねえ。だからいっちゃだめなんだよ。いっちまったら海の神様が怒って足の裏から人間の身体の中に冷たい魔物をしのびこませるぞ」。

よくわからなかったし、今にして思えば神と仏といっしょくたになっているあたりがなんともはやだが、とぉってもスナオだったおれは、東京湾の埋立地はとにかく怖いという常識がうえつけられた

な、もので、この教えを今も守っていて、かつては海苔養殖場だったいまのお台場あたりにもなるべくいかないようにしている。行く時は海の神様に頭を垂れてから。みんなそうした方がいいよ。で、それはそれとして、おいちゃんは、話を続けた。

「しかしだ。晴海と豊洲。あさかぁ(あそこは)大丈夫だ。なんつってもお相撲さんが四股で踏み固めたからな」

紀元2600年記念で開かれることになっていた日本萬國博覧會の会場のために埋め立てられたのがこのあたりらしくて、近代国家日本の礎とすべく、もともと国造りと関係があったらしい相撲界から当時の横綱や名力士を呼んできて四股を踏んでもらった、と。

話はこれで終わってもいいんだけれど、昔から思っていることをひとつ。

お相撲の横綱の土俵入り。あのとき、いろいろなしぐさをする。雲竜型とか不知火型とかあるらしいけれど、あまり詳しいことは知らない。ただガキの頃、これをはじめて見たとき、おれが生まれる前にハワイにいっちまった親戚がやってたフラに似てるなあ、と思ったのだった。フラのしぐさにはいろいろな意味が込められているらしい。「花」とか「愛」とか「空」とか。きっと横綱の土俵入りのしぐさにも「意味」が付与されているんだろうと思う。

それをいったら、お相撲さんが褌の前に下げているノレンみたいなやつ。あれってポリネシア系の人の腰蓑を思い出す。ポリネシア系といったら、かつて高見山とか曙とか武蔵丸とかハワイの青年たちがお相撲をやりに日本にやってきた。国籍はアメリカンだったけど、ポリネシアンだから、その巨体とあいまって、なんとなく妙にはまっていたような。

ところが、お相撲では千秋楽の取組が終わった時に弓取り式というのをやる。ぐるんぐるん長い弓を回してやるあれだ。弓は騎馬系民族の特技である。

こうやってお相撲関連の仕業をいろいろとみていくと海の人と大陸の人の特徴がそこここに表れているように感じるのだった。

ここからはまた勝手な想像。

お相撲の起源は古墳時代の遺物などにも描かれているので、かなり古いらしい。日本書紀あたりには野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)という豪傑が試合して前者が勝ち、相撲の始祖かつ土師氏の始祖となっている。まあ、この時の試合は蹴り合いだったという話なのでこの戦いが相撲のルーツだったかどうかよくわからないが。

さて、このふたり、なんとなくなのだが、渡来系の人っぽいかんじもする。もしかしたら海洋系と大陸系かもしれない。現代でいうと、ハワイのポリネシア系相撲取りは海洋系、モンゴルだとかヨーロッパだとかは大陸系。地政学的にいえば、ポリネシア系はシーパワー、モンゴル系などはランドパワーということになるのでありますか。

ということで、昨今の大相撲というのは、ポリネシア海洋系シーパワーからモンゴル大陸系ランドパワーへの移行がなされてきたということになる。

お相撲というのは土地の地鎮や国家の鎮護と密接に関わってきたとされる。が、これは、おそらく明治以降のことだろう。しかし、明治以前であっても、お相撲が命脈を保ってきたと思われるのは、一般大衆の支持があり、その時期その時期の為政者の保護やお目こぼしがあってこそのこと。つまり、明治以前は緩やかに、明治以後はしっかりと国家体制の霊的な面を司ってきた儀式スポーツ(スポーツというには語弊があるけれど、今はたぶんそういう感じかということで)だということになるのかも。

このところの大相撲関連のいろいろな話題はそういった面からも見ておくと現代の成り立ちを考察する上で有効かもしれない。

晴海や豊洲はお相撲さんによって踏み固められたわけで、それによって、おいちゃんは「あそこは埋立地だけど大丈夫だ」といい、素直なお子様だったおれは、かつて晴海の見本市会場でアメリカ西海岸のアコースッティクなミュージシャンたちがやってきてライブを開いた時も何も心配せずにいけたし、今でも安心していけるのだが、その後に埋め立てられた有明とか台場とか新木場あたりの埋立地はいまひとつ居心地がよくないので、ほとんど行かない。でも、そういった新興埋立地も、お相撲さんが四股を踏んで踏み固めたとか、江戸の天海僧正みたいな人が呪術的になにやらやってくれているという事実があるなら安心するんだが、今のところそういった話を知らないので、怖い怖い。

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