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27/08/07

#01 INTER 1-1 Udinese まだはじまったばかりだから

インテルの開幕戦。しょっぱなから苦手ウディネーゼ。

先制はデキのシュート。見事だったけれど、ロスタイムにダンゴロからコルドバのアウトゴール。結局1-1。カーザでパレッジョ。ウディネーゼだからしょうがないと考えることにするか。

勝点を二つ削られてしまったわけだが、基本的にマンチーニが監督をやっている限り開幕からの一カ月はチームづくりの時間であるということで納得しなくてはいけないということだ。

実際、守備の連携はまだまだだし、攻撃のパターンも昨季の良かった部分を繰り返していただけだった。スアゾとキブーをどう絡ませていくか。マテラッツィが今年一杯、出られない。アドリアーノをどうするか? という状況。

とりあえず正当な結果だったのかもしれない。

さて、来年の春には、どうなっているだろうか。

もちろん、スクデットとビッグイヤーを取ると信じている。

とにかく、これからまた一喜一憂する週末がはじまった。

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26/08/07

クオリファイの常識 U17W杯。ナイーブという功罪

ということで、グループリーグ敗退が決まったU17日本代表。

日本サッカー協会の力不足(でなければ日本サッカー協会および日本のサッカーに関わる諸団体がマヌケの集団としかいいようがなくて心苦しい。そんなことはないだろうが)日程の三世代代表同日開催時エントリー中のナイジェリア戦についてのパラグラフで書いたけど、やはりあのナイジェリア戦の三点目が結果として効いてきたということだ。

もしも、最後の1点がなく、ナイジェリア戦を0-2の敗戦で済ませていたら、タジキスタンと同じ勝点、同得失点差となり、フェアプレーポイントの関係でノックアウトラウンドへ抜けていた。

これは結果論かもしれない。

だが、この結果にはやはり理由があると思うのだ。

こういったコンペティションにおいて大切なことは「失点をしないこと」。これが一義だ。

ことに、今大会は3位チームのうち成績が良かったチームも抜ける、というレギュレーションであるため、得失点差が非常に重要だったのだ。おまけにフェアプレーポイントというわけのわからないレギュレーションが存在しており、ラッキーなことに、U17日本代表は関係する他チーム以上の成績(つまり反則が少ない)だった。

つまり、負けるなら少ない得失点差でかつ、警告&退場カード数が少ないチームが抜けるというルール。日本はあの一点さえなければ抜けていたということになる。

FC東京所属の城福監督は「すべてわたしの責任」といっていたらしいが、どういう意味でいったのだろうか?  選考のミスか? 指導力のなさか? きちんとクオリファイのための指示を出せなかったということか?

また、協会の責任者である川淵会長以下はどう考えたのか?

U17世代はものごころついた時にはJリーグがすで始まっていた世代。フットボールのプロ選手になるという目標を明確に意識していたことは間違いない。当然、サッカーに関する、知識や経験の蓄積は多いはずだ。

いや、この世代だけでなく、日本のサッカーに関わる子供達はいまやフットボールについて様々な知識を得ている。加えて、Jリーグ、代表戦、ワールドカップ、ユーロ、欧州各国リーグなどのさまざまな試合を見て、応援する親やファンも同様だ。

この環境が現実に日本に存在している。にも関わらず、城福監督のひとことは説明不足であり、協会の幹部がまともなコメントをしないのは解せない。ファンはもっとサッカーやフットボールに関するきちんとした説明を求めているのだ。

最初にまさかそんなことはないだろうという前提で書いたように日本サッカー協会がマヌケの集団とは思えない。

それならば、U17の選手達にこの大会のレギュレーションをきちんと教え、それを徹底するよう指導するべきだったのではないだろうか、と。

どう考えても、あのナイジェリア戦は、力の差は如実で、攻めも守りもデリケートな神経が要求されていた。にも関わらず、得点を取ることに傾注しており(これはこれでよいことなのではあるが)、点を取られない重要性がどこかおろそかになっていたような気がする。2点を取られたあとだけでなく、試合の最初から点を取られないことをきちんと話していたのかどうか。力が違っていても、点を取られないことは点を取るより易しい。

だからこそ、2点まではなんとかなるが、3点となるとめんどくさいことになると書いたのだ。

これから育っていく世代だからノビノビやらせたかったということもあるのかもしれないが、これから育っていく世代だからこそ、世界のコンペティションにおける「クオリファイの常識」を、きちんと指示するべきではなかったのだろうか?

サッカー、フットボールというスポーツは、グレーゾーンの比率が高いスポーツだ。瑣末な結果が大きな結果へと影響する。

10回やって8回は勝てるならそれは圧倒的な差があるといっていいスポーツなのだ。つまり2引分はありえる。つまり勝点1だ。逆にいえば失点しなければ勝点1は獲れるスポーツだ。そして、その勝点で同じ場合は、得失点差によって順位決めをすることが多いスポーツでもある。

そういうことを今回のU17世代のコーチ陣は、教えていなかったのだろうか?指示していなかったのだろうか?

協会は、そういったあたりの指導についてどう考えているのだろうか?

それと、もう一点。そろそろ言ってもいいかと思うので書いておく。

日本のフランス戦敗退後、ネットでは3位抜けの条件についての話があちこちで行われ、その条件は極めてクリアになっていた。

しかし、いわゆるマスメディア、スポーツ新聞でさえその条件について言及したものは皆無だった。

条件は単純明解。早い話が、タジキスタンが0-2で負けるか、ガーナが0-5で負ける。それだけだったのだが、メディアでは「自力突破の可能性なくなる」という逃げのコメントが垣間見えただけだ。じゃあ、その自力ではない他力とは何を示しているのか?そこまできちんと書くのがマスメディアで飯を食っている人間の良識ではないかと思うのは当方の身勝手というものか? もしかしたら、そんな条件など記事にする価値もないと考えたということだろうか?

いま、ふと思いだしたのが、イタリアのカルチョ番組。

セリエの試合が終わると(実は試合中もだが)、いろいろな人間が出てきて延々とその日の試合(もしくは前日の試合、もしくは前節の試合)について喧々諤々、口からまさに泡を飛ばして、語りあうというスタイルの番組がいろいろなチャンネルで放送される。

いい加減にしてくれというカルチョぎらいのファンがいるほどだ。プロ野球、メジャーリーグ野球、高校野球について放送する日本と似ているといえば似ているのだけれど、それはとりあえずそれだ。

さて、このイタリアのカルチョ番組におけるメイン議題は、間違いなく「このプレーはファールだったか?」「このプレーはオフサイドだったか?」の二点に収斂される。そういった微妙な場面をスローやストップモーションを駆使して何度も何度もビデオで繰り返して流す。そしてその場面について様々な識者がコメントを述べる。飽きないのか?と思うほどだ。

ただ、こういった微妙なプレーのビデオや論争は、確実に視聴者、そして子供たちへと波及していく。こういったプレーが明暗を分けるのだ、という共通認識形成には確実に役立っているに違いない。

いや、確かに、ここまで、ネチネチと放送する必要はないだろう、という意見もあるだろう。イタリアの場合、これが、ほとんどすべてのカルチョ番組で行われるのだから、そういった意見も理解できる。

しかし、なのだ。日本においてこういった番組がひとつでもあるだろうか?。

断言するが「ない」。

こういった番組がないので、オフサイドラインをうまく抜けるフォワードが育たず、ファールをうまくうけ、上手にファールをする選手が育たないのじゃなかろうか?

この延長に各コンペティションにおけるナイーブなレギュレーション計算とクオリファイのための条件をきちんと教えない指導者や強化プログラムがあるのかもしれない。

日本に生れ、日本で育ち、欧州、アジアで仕事をし生活してきた当方から見て、日本の代表はナイーブだ。良くいえば正直であり、世界の常識からすると物知らずということになる。

誠実で正直であることは美しい。これは守っていくべきことだと思う。しかし、大会レギュレーションを意識せずにプレーすることがはたして誠実で正直なことだろうか?。勝点1点に泣き、笑う現実を意識することは教育的によくないことなのだろうか?。

いや、実際のところ今のA代表を含め若いフットボール選手たちは、体感しているはずだ。世界の常識を。たくさんの試合を見ているのだから。

しかしそれができてない。

となれば、それは、指導者層、ひいては協会が何か勘違いをしているのではないか?と。勘違いなら直せばいい。そういうことを知らないならマヌケなだけなので、上層部の首を挿げ替える必要がある。

ただ、もしも、この日本代表のナイーブさがマスメディア、協会、広告代理店、スポンサーを含め、意図して行われていることだったらどうだろうか。そんなことを、ぼんやり考えたりする。

そうだとしたら、まさに日本という国の縮図。さもなければ、日本という国に住む我々自身と我々の社会を体現しているということなのだろうか。

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22/08/07

代表戦X3+1 フットボール観戦の午後

やる方もたいへんだけれど見る方もそれなりにたいへんだったというのが正直な感想。

今日は、FIFA U17 World Cup Korea(Coreaじゃなくていいのか?)に、カメルーンとの代表戦、加えて、北京オリンピック最終予選のホーム、ベトナム戦と代表戦が三試合。

おまけに個人的にU17の方のフランス対ハイチも見たのでコンピュータとテレビをザッピング状態。ライブでフットボールを見るのはスタジアムでも映像でも大好きなわけだけれど、さすがにここまで来るとやりすぎじゃないかと思ったりも。

などといいながら、まずはU17のフランス対ハイチ。インターネットでのストリーミング放送で観戦。ハイチは日本に、フランスはナイジェリアに負けているのでどうしても勝点をを取りたいところ。

試合がはじまって気がついたのだが、ハイチは青赤。フランスはアウェイ、白基調のトリコロールで、ぼんやりしたストリーミング映像では、FC東京vs横浜Fマリノスといった風情。ただスタジアムが専用なので、エセ陸上競技場の味の素スタジアムとの違いは一目瞭然。

内容的にはフランスが押していたといっていいだろう。やはり育成プロジェクトを計画的に行っている国家代表。ユース世代とはいえ、基礎的なスキルと組織力がしっかりしている。おまけに登場する選手はここ10年あまりのお約束。アルジェリア系にブラックと少数民族出身者がほとんどという正統的(!?)フランス。

一方のハイチはメヒコを破って出場したという代表だが日本戦を見てもわかるように、力は落ちる。組織的守備はまだまだ。攻めもこれぞという形がない。ただ身体能力に関してはブラックのそれで、いいにつけ悪しきにつけ18年前のイタリアワールドカップの頃のブラックアフリカのチームといった印象だった。

先制はフランス。しかしハイチもPKで得点。後半、1対1の状況でフランスの選手が2枚目のイエローで退場。10人となるも、その後PKを獲得。しかしフランス、はずす。結局1対1。かつてのフランスを見ているようなチームという印象だ。強いし華麗なのだが、点をとれない。勝てない。ハイチは初戦を終えて慣れてきたといったかんじか。とにかくも日本にとっては望むべき状況になったといっていいかと思う。

続いて日本フル代表とカメルーンによる親善試合。

インターナショナルデイだったということもあるだろうが、エトオまで来るとは思わなかった。前半日本の3トップは悪くなかった。大久保と田中もだが前田がなかなかクレバーで力強さも感じられた。またボランチの鈴木啓太と阿部は、はまっていた。阿部はチームではこの位置をあまりやっていないし、アジアカップでもDFだったわけだが、やはりこの位置をやらせるべき選手かと思う。ただオシムとしてはワンボランチを模索しているように見受けられるので、鈴木、阿部とも、もう一皮むける必要があるのかもしれない。今野に期待したいのだが、今のチームではこれ以上伸びるのは無理か。実績でいえば稲本なのだろうが。

前半25分ぐらいに遠藤FK→トゥーリオのすらしで得点。

田中がもらったファールからだった。やはり相手DF陣に、ドリブルで切り込むタイプの選手だと分からせると、相手はどうしてもファールで止めることが多くなる。そういった意味でも田中と大久保は良かったのだといえよう。

スピードとテクニックを駆使したドリブルは、ジャブ(早いパス回し)にレバーブローを加えるようなもんだなと納得。そのプレーで点が取れなくても、あとあと効いてくる。効いてきたところで、フック(スルーパス)やアッパー(クロス)、ストレート(セットプレー)で倒す。試合をどう読んで構築するかということだろう。とにかく攻める側は、DFをどう欺くか、どう思わせるか。これ、大事。

後半はカメルーンがツートップに。0-1の状況なのでガンガン来る。

ちょっとヤバい感じもないわけではない。日本も、選手を何人か入れ替え。結局、山瀬、佐藤、高松が出てきてツートップに。憲剛も出たな。

DFラインも指示かどうか分らないが3バック気味になっている。ただ相手の圧力からか5バック気味になる場面も多々あり、危ない状況が続く。

と、そんなことを思っていると、U17の日本対ナイジェリアが開始。フジテレビ721でライブ放送があったけれど当方では契約していないため観戦不可。よってインターネットのストリーミングで観戦開始。

どうやら日本はトレスボランチのようだ。守備的に入るということか? しかし、ナイジェリアは強い。強すぎるぞ。それが最初の感想。

一対一ではほぼすべて負けている日本。ワンタッチでパスを通そうとトライするも、ナイジェリアのマンツーマンによる守備と長い脚によってカットされる。スペースへの追いかけっこも、負け。身体能力とその力を前提にした組織という面で大人と子供だ。

などと思っていたら、フル代表の方は終盤。CKのこぼれ球を山瀬がダイレクトでシュート。外から巻いたライナーがお見事。これで勝利は決まりだろう。後半ははっきりいって内容としてほめられたものではなかったが、いや、これでよい。

親善試合であろうとも、カメルーンのコンディションが万全ではなかろうとも、ホームであろうとも(いやホームだからこそ)、勝利は良いことである。問題ない。

山瀬の得点の時のじいちゃんの喜びの表情が物語っているだろう。

という、うちに、U17は、ナイジェリアが一点目。簡単に中盤でボールを奪いバイタルエリアでのワンツーで強烈なロング。凄すぎだ。どう考えても日本は勝てないと感じる。

こうなったらグループリーグを抜けるために得失点差をいかに抑えるかという目標にチェンジしても良いのでは?。2点目をとられた(DF陣は全員いるのだが個人技でやられた)後で日本にも鮮やかな決定的プレーがあったのだが、ナイジェリアのGKの好セーブに無念。

後半もナイジェリアペース。柿谷が登場したが、やはり難しい。速い、強い、旨い。ほんとに凄いよ、ナイジェリア。キックのミート音が違う。ON-Uの重低音。この世代で、アフリカのトップレベルの国に勝てるとは思えない。あきらめの境地に解脱。

それでも日本の子供たちはあきらめずに抵抗する。これは良いことである。キレてない。玉砕はもってのほかだが、自分たちのスキルを高めていくために、どうしようもない相手に対して如何にして噛みつくか。その繰り返しが、次に繋がっていくのだ。地道な努力かもしれないが、良い機会(実は二回目だが)と考えることだ。

と、思いつつも、ナイジェリアの予想を超えたプレーが日本を苦しめる。この後、もう一点とられるのだが、6対0でもおかしくない試合ではあった。それだけ力が違う。

その間に、五輪代表のベトナム戦。ホームだからということではなく、勝たなければいけない試合だし、勝って当たり前の試合だ。君が代斉唱がウチナンチューの山田優。メロディーをはずしたあたりはご愛敬。まあ、ウチナーだし、学校であんまり歌わなかったのかな(笑)。

五輪代表のポイントは平山へのこだわりとU20から抜擢された柏木か。なんだか中途半端な印象を受けるのだが、梶山を信じて家長でもよかったのでは?と思ったりも。

という間もU17は懸命に抵抗。ナイジェリアはリトリートして、カウンター狙いを徹底。そんな流れでも、ボールを奪った後に「そのシュートって本当に17歳以下?」という信じられないような弾道が日本のゴールマウスを襲う。日本の子は本当にうまいのだが、相手にならん。

一方、五輪代表戦開始。ベトナムの方はリトリート体制。将棋でいえば穴熊。普通にいえば「ドンビキ」。どうやってこじ開けるかという、アジアでよくあるパターン。相手がもっと弱ければ大勝だろうが、力と勢いがあるベトナム。これは点がとれないパターンだろうと感じる。

U17は後半30分過ぎ。ヴェルディの河野が水沼と交代で登場。今日の水沼はいじめられっ子だったと言えるかもしれない。おそらくこれでまた伸びてくれるのでは?。

河野が入ったものの、すでにリトリート+カウンターの体制に入っているナイジェリアは、効果的な攻めを見せる。日本のDF陣はもうボロボロだ。2-0なら御の字だが3-0となると、いろいろめんどくさくなる。とにかく耐えろと思う。しかし、完璧に崩され三点目。力の差は歴然である。しかし、それでもいい。次がある。

一方、予想通り、五輪代表の方は、攻め込むが点をとれない。そりゃ、このドンビキから点をとるのは至難の業だ。セットプレー狙い。それしかない。そのためにも、シュートを打ち、クロスをあげ、ドリブルでつっかけて、相手にプレッシャーを与えなければいけない。当然、誰でもそう思うのだけれど、なかなかうまくいかない。とりあえずこんなものだろう。

U17は、もうボロボロだ。柿谷も何もできない。とにかくこの得点差でなんとか試合を終わってくれと願う。

結局、3-0の敗戦。しかし、やるべきことはできていたと思うぞ。ナイジェリアは今大会では屈指の実力があるのは間違いない。下を向かずに、次のフランス戦だ。

単純に総合的な力で考えるとフランスの方が上だが、ナイジェリアほどの身体能力はない。つけいる隙はある。また、ハイチがナイジェリアに勝つのは難しい(と、思いたい。GL抜けが決まっているのでナイジェリアがどう考えるのか不明)ので、引き分けならおそらく大丈夫なはず。なんとかノックアウトラウンドへと、オジサンは希望。レギュレーションとして、3位でも成績次第でOKなので可能性はまだ50パーセントはあるはずだ。

といったあたりで、やっと五輪代表に集中。前半ロスタイム、CKからニアで合わせ得点。たぶんだが、この点差で終了するのではないかと予想。

後半、やはり点が取れない。気になったのは、ぷらぷら左サイドで歩く場面が多い本田くん。なんだかブータレているようにも見える。左サイドを使わないのだからしょうがないか。水野が時々左に流れてくるのだが、仲悪いのだろうか? 家長が出てきてもあまり変わらず、時々あがってクロスをあげてあとはプラプラの繰り返し。

試合終盤、ベトナムのフリーキックなどでひやっとしたが、とりあえず1-0勝利。とにかく、最終的にこのグループで一位になればいいので、今後に期待。

ただ、なんというか、反町くんは、もしかしたら、今後のことを考えて、選手を隠したり、テストしたのではないか?と好意的見解も述べておいたりしておく。それもこれも今後の召集選手と結果次第だが。

さて、今日の観戦三昧の総括。

ハイチ対フランスは決定力の問題。これは日本だけではなく全世界的問題だ。というかフットボールは決定力のなさを競うスポーツでもあるのだから、気にしなくてもいい。しかし、やはりフランスに分があったものの、レッドとPK失敗などでフランスの自滅というかんじか。

代表三連発の感想を述べれば、A代表は、それなりに「よくできました」。U17は「しょうがない」。五輪は、いまのところ「こんなもん」というあたりだろうか。

しかし、疲れた。けど楽しかったよ。

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09/08/07

Fuzzy Warbles Collector's Album 商売。商売。

Andy Partridgeという英国の人がいてガキの頃はモンキーズのファンでファンジン(ファン雑誌)などを作っていたりしたらしいのだが、そういうあたりで知り合った奴らとバンドを作って、パンクムーブメント華やかなりしころ、メジャーデビューした。

XTCというバンドだ。

パンクっぽい流れからニューウエーヴ方面の旗手としてもてはやされ、ちょっと知的系のバンドに多い、ライブ拒否を経て、スタジオレコーディングを中心とした活動に突入。それなりの枚数のアルバムを出している。

個人的には、『スカイラーキング』とか『Oranges & Lemons』、Dukes Of Stratosphearという別名義のバンド名で発売した『Chips From The Chocolate Fireball』なんてアルバムをとくに好んで聴いたりしていた。

ムーンライダーズなんかとも親交があったりして、ムーンライダーズの『最後の晩餐』ってアルバムでは、メンバー紹介の声なんぞで参加したりもしている。

で、このAndyさん、21世紀になって、ガキの頃から今まで、自宅録音した数々の音源を次から次へとCD化してリリースしはじめた。『Fuzzy Warbles - The Demo Archives』というシリーズで、なんだかんだで、結局、計8枚もだしてやんの。

こっちとしてはいくら好きだといっても、そこまでつきあえねえなあということで、1枚目と2枚目を買ったところで、値段が下がったら買おうっと、というランクに落ち着いた。聞いた話によるとXTC時代からの熱心なファンの間でも最近のAndyは結構あこぎな商売してるんじゃねえか?という話が出たりしていたらしい(伝聞)。


ところがですよ。ちょっと前に、Andyさん、この『Fuzzy Warbles - The Demo Archives』8枚にボーナスな一枚を加えた9枚組のボックスセットを発売したのです。名称も『COLLECTOR'S ALBUM』ときました。商売、商売。

で、こちとらどうしたか?。ええ、買いましたよ。残り6枚+ボーナス盤にかかる金と、残り6枚をバラ買いしてボーナス盤が聴けないという状況を天秤にしたら、どう考えても前者の方がお得かなと思ったので。Vol.1とVol.2はかぶってしまうけれどね。

しかし、すでに8枚買い続けたファンの人はどうしたのだろうか?。9枚目のボーナス盤欲しさのためにこのBOXセットに転んだんだろうか?。いや、たぶん転んだのだろう。「商売こきやがって」などと悪態つきつつ。笑いながら。

やはり、好きなものは金じゃないのかな。ファンってありがたい。

で、かなり前に買って、あまりの暑さにぼーっとしてたので、やっと封を切って聴いてみました。

そしたら、7枚目がCDプレーヤーで聴けない。ACC化をしてみたら最後の曲だけが変換不能。で、盤面をよーく見たら、あらら、接着剤と思しき塊がCDの盤面に盛り上がっている。これでは、聴けないぞ。ま、いっか。とりあえず、買ったところに話だけはしてみるけれど、かなり前だから、どうなるやら。

ということで、Vol.7の19曲目「Open A Can of Human Beans」(洒落かよ?)。どっかで聴けないもんですかね?旦那?


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01/08/07

最近ほんのり思っていること 対立史観は苦しい

奄美群島の方たちと話をしていると同じ鹿児島県ではあるが九州鹿児島への恨みつらみ、妬み、嫉み、またそういった気持ちを持っている自分へのあきらめと気恥ずかしさなどがたびたび感じられる。

ひとつには、江戸時代の薩摩藩の過酷を極めた圧政が、人々の間で世代をこえ語り継がれ、記憶の中に残っているということ。そして現実として、多くの離島を抱える鹿児島県にあってひとつの島の振興だけを進めるわけにもいかず、かつ、九州鹿児島の整備も行っていかねばならない。つまり特定離島ばかりあいてにしていられないという事情もあろうが、そういった県の施策を離島に住む人々から評価すれば、やはり取り残されたという感があるようだ。

この2点のみが理由としてあげられるわけではないが、鹿児島県の離島に住む人々は九州鹿児島に羨望と恨みを抱えている場合が多い(とくに奄美群島)といってよいだろう。

しかしこの島の人々の感情というのは、もしかしたら作られたものではないだろうか?。百歩譲って歴史的なしこりに求められる感情を島の人々に持ち続けてもらうため、現在に至っても地域振興などを遅らせている。と、したら。

つまり、わざと人々を経済的、精神的枯渇状態に置くことで、これまでの生活ではダメだ、これまでのしきたりや習慣は時代遅れであるという気にさせ、改革、進歩、発展といった旗印に土地改良、産業振興などを行い、それまで信仰の対象であった聖地や土地、祭り、風習、習俗の記憶を薄めていくことで平均的日本人へと作り変えていく。

この遠大な計画のために、実施されているようにちょっとだけわたしゃそう思っている。なんというか、構造としてはまさに薩摩時代と何も変わってない。

また、このような枯渇から平準へという方策に、いろいろな出汁をあわせると、そう、沖縄である。沖縄というか(那覇を中心とした南部と琉球大学を中心とした高学歴者と言っておく)の場合は、この二分論がより顕著で、ウチナーとヤマトというふたつのテーゼを前提に沖縄を語る人がほとんどであるあたり、常日頃思っているのだけれど、心の底から非常に興味深い。

ウチナーとヤマトを対立軸にすることで利益を得る人々って誰だろうか?

まあ、個人的にはヤマトに対してどう思ってもそれはそれだけれど、沖縄の研究者が奄美群島を沖縄中心史観で語るのは的外れじゃなかろうかなあと思ったりもする。奄美群島は琉球と関係はあるけれど、琉球じゃないしぃ、と。二項対立だけでは語れないことの方が多いと思う。

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