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lunedì 12 marzo 2007

INTER 2-1 Milan やはり強かった

buta(うちではホナウドがインテルを去ってからこう呼んでいる。豚。)が先発で来るというのは意外ではあった。あったけれどbutaなので、なんとかなると思いつつ前半。

まず思った。ミランに怖さがない。いや、はっきりいうが弱いぞ、今年のミラン。前半戦のミランカーザのデルビーもインテルの勝利だったがbutaが入っても同じなのだろうか。これでは25年ぶりの喜びか?と思う。

それでも、こぼれ球を、ガットゥーゾやセードルフに獲られ押し込まれる場面もたびたび。前半20分頃まではミランペースだったといってもいい。な

それでも今年のミランは弱いと感じる。とくに守り。どうなっているのだ?疑問を呈したい。これじゃセリエでは勝てないだろう?。現実的に勝点マイナスがなかったとしても現在は48punti。数字が物語っている。

しかし。インテルが決定的なチャンスを三つほどはずしたあと、butaがシュート。これがなんとサイドネットに転がり込む。0-1。うーむ。そのまま前半を終了。

「まー、いいか。今日負けてもほぼスクデットは決まりだし」などと余裕を見せつつも嫌な気分であるおいら。そりゃデルビー・デッラ・マドンニーナで負けるなんて。しかもbutaのreteで。いけません。これはダメです。よし、後半は3点入れて3-1の勝利。そう切り替えた。

後半。前半最後に足首をやられたダクールに代わってサムエル。マテラッツィとチェントロに入る。ということは、ブルディッソを中盤にあげ、コルドバ右。ここのところのオプションである中盤の底、ブルディッソ。展開とさばきに不安が残る。加えて前半20分頃に左サイドバック、グロッソがマックスウェルに代わっていたので交代枠があとひとつになってしまったということも気になる。が、それでも勝つ。目標3-1。

前半と同じく中盤の潰しあいがはじまる。ただ圧力はインテルか。

後半9分。マンチーニが最後のカードを切る。クレスポに代えフリオ・クルス。そのクルスがファーストタッチでrete!。ズラタンからの速く強く低いクロスにジーダが辛うじて触ったが、そのこぼれ球を蹴りこんだ。1-1。あと2点。

2分後には再びクルスがオシャレなヒールでゴールを脅かしたがマウスを越える。惜しい。

後半17分。ミランのオッドに代わってカフーが登場。まだいたのか。ラツィオから行ったオッドだったが今日はそこそことだったということか。

後半25分。アンチェロッティはセードルフに代わりジラルディーノを。インテル的にはSecond me va bene。今日は攻撃面ではいまひとつの出来だったセードルフだったがカン処を心得た守備やフォローは驚異。その彼をひっこめてくれたのだ。ありがとう。これでミランは2トップ。後半は前線の蓋になっていたbutaにとってスペースが減るわけで、ますます動きづらくなってくるのではと予想。他人事だがおいらならbutaとジラルディーノを代えるけどと愚考。

さて、サムエル、ピルロにアンモニートが出て試合が激しくなりつあった後半30分。ミランDF陣のミスをついてボールを奪ったクルスがマイナスのグラウンダー。フリーのズラタンが落ち着いて右足で決める。2-1!。これで逃げ切れれるだろう。

その考えを強くしたのが、その後のミランの交代。ガットゥーゾに代わってグルキュフ。誰それ?とミランのことなどよく知らないおいらは思ったわけだが、「未来のジダンとか呼ばれていたレンヌにいた子か」と思い出す。ボール奪取がガットゥーゾより上なのか?。とにかく、これで勝利を確信。アンチェロッティありがとう。

その後何度かミランのセットプレーなどでピンチを迎えるが、結局、2-1。

クルスのお洒落ヒールが入ってれば予定通り3-1だったが、まあ、今日のところはこのあたりで勘弁してやろうという寛大な気持ちで、「よきにはからえ」と、マヌケなひとことをかましたいおいらだった。ま、ボケです。ボケ。

いや、しかし、本当のところは今日も途中ははらはらした。今年のインテルは強いということは分っているつもりだが、ここ10年ほどのトラウマはなかなか抜けない。0-1の段階で少々弱気になったりもした。が、勝ったので当然のこと(笑)。今はとても強気なのだ。現金と笑ってください。

これで相当のことさえなければスクデットは確実のはず。こんなシーズンもたまにあってもバチは当たるまい。

などと余裕かましている。ついでに、ミランがCL圏に入らないように、ミランの目標である4位以内のライバルで、今後インテルとの対戦があるパレルモ、ラツィオ、エンポリあたりに勝点を献上するという嫌がらせも面白そうだ、などと性格の悪さを露呈。それでもCLの国別ポイントを考えたら、ミランの方がいいのかなあと思ったりも。まあ、どっちでも楽しそうだ(笑)。余裕。余裕。

とにかく25年ぶりにデルビー・デッラ・マドンニーナ、レーガで2勝。なんだかんだ書きましたけれど、正直、うかれているのです。今週寒くても怖くないぞ!。

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sabato 10 marzo 2007

アキバッパラ詣

友人と20日ぶりぐらいにアキバッパラ(秋葉原or外神田)詣。午後2時半頃に待ち合わせ、だらだらとPCショップを流す。

秋葉原に初めてやってきたのは小学校4年生の時。夏休みの宿題に鉱石ラジオ製作を決め部品を買いに行ったのだった。抵抗とかリード線とかそんなのを買った。それからはこの界隈は月に一回ぐらいはぶらぶらしていた。電化製品や電子部品の森に迷い込んだと思ったのは最初の頃だけで、そのうち自分なりのけもの道ができあがり、なにやら電子部品の小さな店の前で、いま思えばロシア人なのだけれど(もちろん当時は東側ソビエト連邦)、白人が店主と片言の日本語を使って何かを買っている風景をじっくりと眺める余裕もできてきた。

大学に入ると取材調査用機器の調達や製作をまかされてたので週一くらいの割合で秋葉原に通う。その後、仕事をしてなかったときもぶらぶら通う。仕事バリバリしてるときもときどき通う。そして今も気が向くと通う。

正直いまの秋葉原に昔のスエた雰囲気を感じるところは少なくなっている。キレイなでっかいビルが建ち、女性やカップルが現れ、そういった方々用の喫茶店や商店がビルの一角をしめ(知人がやってたPC屋はメイド喫茶になっていた)、食べ物屋も格段に増えた。

一時は「XXXソフトあるよ」と声をかけてくるチャイニーズが裏通りの十字路ごとに立っていたが(今も時々見るけれど)、そんな十字路にはトルコ系の人がやってるらしいドネルケバブの店が何軒かあったり。聞くところによればもともとはギリシャのものだという話も聞いたがどうなんだろうか。おいらとしては大昔住んでいたドイツの街角でトルコ移民の人たちがやっていたケバブ屋を思い出す。

そういったわけで、この40年近くの趨勢にも思いをはせながら歩く秋葉原。

最初にだらだらと書いたけれど、実は、今日はちゃんとした目的があった。

久しぶりに新しいPCを組む(自作する)ことにしたので、いろいろと買出しに来たのだった。おいらの場合今までノートPCとかPDAとかそういうものはメーカー製を買うのだけれど、デスクトップマシンでメーカーやお店で組んでもらって買ったことがない(MacintoshとAMIGAのぞく)。

全部いわゆる自作。まわりに詳しい人間がいたからできたということもあるのだけれど、とにかく、マザーボードとかグラフィックボートかメモリーとかCPUとかファンとかハードディスクとかばらばらに買ってきて組み上げるということを繰り返してきた。

今回もだいたいのところは決めていたが最終判断は知人の意見を参考にする。

まずケースを見る。これはすんなりAntec「Solo」。本当はP180 Ver1.1が良かったのだけれど今使っている棚に入らない。理由はそれだけ。まあ、入るようになったら買い換えすりゃいいや、と。

Mother Boardは現在定番化しつつあるAsusのP5B Deluxeを第一候補にしていたのだけれど、安いところはほとんど売り切れ。知人がこっちもあるよといったのが、ネットでは若干の問題派生も報告されているAsusのCommando。問題があるといわれるとちょっと試したくなるのはバカの証拠。よって購入。

グラフィックボードはDVI-Iふたつ、ファンレス、GeForce7600GT以上を基本にしていたのでLEADTEKのWinFast PX7600 GT TDHに。あまり考えていない。

電源はとりあえず動かしたいのと、のちのちの交換も視野にいれ過去の定番商品の後継のSilent King-5 500W。たぶんMother Boardとの相性が出るのではと予想。金の無駄。

CPUクーラーには出たばかりでまだ評価は定まっていないが期待されているらしい、ZawardのZikaRay。

これらにainexのメモリ用ヒートシンクを4枚買ったところでエネルギー切れ。

CPU、メモリ、HDD、DVDドライブなどはまた今度。とりあえず重かったりかさばるものはだいたい手に入れたということでチャンチャン。

正直、また組むのか、めんどくさいなあと思っていたのだけれど、店を回って散財するうちに、じわじわと楽しくなってきている自分。今は、さてCPUとかメモリとかどうしようかとちょっとわくわくしている。バカだ。

ただし、自作派とかOC(オーバークロック)マニア、最近だとゲーマーとか。パーツを選び好みのPCに仕上げる人は多くなっているかと思うのに、おいらはそこまでいっていないと自認していて、ただマシンが欲しくなったら組むということを実行しているだけなのだけど、まわりではおいらが普通のことをしている普通の人だということを誰も認めてくれない。

この点だけは不満なのだけれど、それもこれも時代というものだろう。

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venerdì 9 marzo 2007

黒潮のむこっかったでいいあんべえ

黒潮の上をあっちこっちしたあとに八丈島で島寿司を喰らう。八丈島の島寿司というのはいわゆるヅケ。しかしお江戸のそれとはちょと違う。

店主曰く「江戸前のヅケはサクに火を入れてからサクごとタレに漬け込んで切り身にするけれど、島寿司は切り身にしてから漬け、わさびの変わりに芥子を使う。酢飯は江戸前の寿司に比べて甘め。それにマグロはあまりとれないのでタイとかシマアジとか地の魚を使う」

1.5人前で12貫、2100円。説明してくれたのだけれど、タイの類が何種か。とびうお、シマアジ、岩海苔なんざがヅケになって出てくる。頬張るとうまい。酢飯の甘さ。芥子の辛さ。タレの旨み。ネタの甘さが渾然一体となったうまさ。(この寿司が南大東島へ行って「大東すし」になった)。

店主曰く「うちはヅケの時間を短めにしているんですよ。地元の人に言わせると『こりゃ島寿司じゃない』といわれることもあるけれど、このくらいがそれぞれのネタの味わいも残るしね」

おいら曰く「タレの味だけでなくそれぞれの魚の味も残っていて、いいあんべえですねえ」
などと与太りながら、店を出る。

近くの酒屋によって、薩摩や九州からの流人が持ち込んだ八丈島の焼酎を物色。ガラス瓶だと重くてめんどくせーので、小さいサイズのものを探す。結局、黄八丈という銘柄の麦焼酎。180ml。430円。25度。ちょっと道端で舐めてみると、あぁぁぁあ。これ、ほんと九州のどっかにありそうな焼酎だ。どこかは知らんが。

しかし今日は寒いので温泉でも行くかと、一番近い樫立温泉ふれあいの湯へ。到着すると地元のばあちゃんたちがわらわらと入口に群がっていた。入湯料300円。手ぬぐい200円。計500円。

少々白濁したちょっと熱めの湯を舐めてみると塩っ辛い。お肌にもよさそうである。露天風呂はちょっと温めだったが、外の空気を吸いながらだらだら入っているにはこれもいいあんべえ。

一時間ほどうだうだしたあと街に戻り、歴史民俗資料館でお勉強。入場料360円。微妙な値段がツボ。先々週行った伊豆大島の同様の資料館は200円だったから、ちょっと高いかと思ったものの、展示室がいくつもあってかなりの見ごたえ。これなら納得。なんでもこの木造の建物、旧八丈島支庁のものをそのまま使っているらしい。最初は小学校か何かかと思ったが、納得。

しょっぱなにビデオを見せられたがどうも昭和40年代後半あたりに作られたクサい匂いがぷんぷん。昔の新日本紀行のノリといったらわかってもらえっだろうか。面白かった。そしてそんな昔のものを今も見せているというポイントにも感動点を贈呈したく。

展示物も盛りだくさん。縄文土器から流人を死刑にする絵まで。これはもう一度来てじっくり見てもいいかなあとか思ったりも。

閉館(16:30)間際。館員のおばあさんが貧血か何かで倒れたようで救急車登場。たいしたことがないようでよかったけれど、そんな事件の最中にも別の館員のおじいさんに「あの、昔、闘牛やってたころの闘牛場ってどこにあったのでしょうか?」と質問。「仲之郷です」というご宣託。「仲之郷へ行って地元の人に聞けばすぐわかりますよ」。はるかけき30年くらい前、一度見にきたことがあるのけれど、すっかり忘れていたのでこれですっきり。今度来た時絶対いくぞと心に誓う。

ちゃんと観光した。

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mercoledì 7 marzo 2007

CL06-07終了

なんというか、前半。これは相手を噛み砕けないのではないかと不安がよぎる。

ズラタンにはマンマーク。クレスポにはラインコントロールで対処して二人のアタカンテを抑えこむ。デキは少々から回りぎみ。ダクール、カピタンの献身的な動きはあるけれど、やはりブルディッソのディフェンシブハーフには展開力がない。頑張っていたのは認めるが。

そして大きな問題はサイド。もともとバレンシアはサイドによい選手がいるわけで言ってみれば両チームの両翼は潰しあい。

とにかく堅い。椰子の実のように堅いバレンシアの守備。引きこもりではないところが選手の質を物語る。

後半も基本的に同様の展開。クレスポがクルスに代わろうと、フィーゴが登場し超絶のドリブルで切り裂こうとしてもバレンシアの守備は慌てない。

結局。0-0。アグリゲートスコアでバレンシア勝ち抜け。インテル敗退。

まあ、今季はスクデットが一義ではあるので、多くは語るまい。加えて来季のこともそろそろ想像しておくのも大切である。来季は、結成100年にかかる年。どんなことをしてもスクデットがほしい。ビッグイヤーも獲りたい。

敗退後、すぐにそういった考えがもたげてきたのだけれど、あの乱闘騒ぎは「やっちまったか」という感想。

ブルディッソは誰かから何か言われたのだろうか(子供のことか?)。バレンシアはエスパーニャだから、アルヘンティーナのブルディッソがバレンシアの選手の言うことは理解できて当然。言葉の暴力が拳骨と鬼ごっこへの蹄鉄を引いたとも考えられる。どっちが言った言わないというわけではなく、お互い意味を分っちまったということがあの騒動の根本にあるように思えてならない。

というか来年CLから排除といったことにだけはならないようにと14日まで願って祈りつつ11日のデルビー・デッラ・マドンニーナを迎える昨今ではあります。

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martedì 6 marzo 2007

L997-Rの梱包

清水の舞台から飛び降りるといっても関東もんからするとあまり実感がない。道玄坂のあちらこちらになぜか存在するトルハルバンにぶつかりながら転がり落ちるとか、モスラが東京タワーを壊しはじめたとき展望台から飛び降りたとか。

まあ喩えは導入に字数を稼ぐための常套手段なので、字数制限がないこういったBlogではどうでもいいことなのだけど、とにかく、かなりの決意のもとで買い求めたEizoのFlexScanL997-Rが到着。

商品としてはもはや定番。

それよりも感動したのはモニターを挟み込んでいたダンボール。いくつかの複雑怪奇な折り方を前提としたいくつかのパーツがしっかりとモニターを保護。これは本当に良く出来ている。社内の人の設計なのか、外注か。取り出しながら非常に気になる。いや本当に素晴らしい。こういうのが日本のデフォルトなのだろうか。

接続してXPのマシンにつなげる。うん。素晴らしい。

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venerdì 2 marzo 2007

おそるべしジュウルクニチ

ジュウルクニチ。グソー正月である。今日ではない。来週の月曜日。今年は3月5日。いわゆる、亡くなった方のためのお正月。

では何が「おそるべし」なのか。

それは民族移動でその前後、飛行機が満席状態になるのだ。今日は宮古へ行ったのでその強力なパワーを実感。

ウチナーにおけるご先祖さまの供養といえば当然、シチガチ(旧盆)が知られているけれど、次にでかいのが、清明(しーみー)。だいたい4月中になることが多いけれど、この間の20日間ほどの週末あたりは中北部から南部へ。那覇から中北部へ、民族大移動。名護と許田の間の58号線が「シーミー渋滞」で車が数珠繋ぎなんてことも少なからず。

と、ここまでは、沖縄本島中南部を中心にした話。

一方で、今度の月曜日が当日のジュウルクニチにおけるご先祖様供養を清明以上にとても大事にする地域がウチナーにはある。それは、八重山や宮古の離島。山原。中部では屋慶名あたり。

今年は月曜日になったので、金曜日の午後から火曜日の午前中くらいまで、宮古、石垣方面の飛行機は満席便多数でなかなか希望の便がとれない状況。月曜日の午前中の東京那覇間もかなり混んでいるのは当日かけつける内地在住のウチナンチューが多いからなのだろうか。

とにかく、ジュウルクニチ前後にはご先祖様のお墓へ向かうウチナンチューたちの民族大移動が起こるわけであります。

で、今日の宮古行、当然満席。しかも車椅子が3台出動。本島に居住する宮古出身のおじい、おばあがご先祖供養のために自分のシマへと向かうわけ。

ということで、宮古、八重山方面を目指す内地の方。ジュウルクニチにかかる移動になるなら、早め、早めに動くのが吉かもしれません。

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