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martedì 31 ottobre 2006

携帯電話かんけー

<ばんごーポータビリティ>とかいう動きがはじまったもののいろいろ問題が出ているようで興味深い。

どこが悪いとか、いいとか、そういうことにはどうでもよくて、なんでまたこんなことで大騒ぎになるのか、という点も、同じくとても興味深い。

XXX-XXXX-XXXXという11桁の数字に価値観を見出す人がかなりいるのだということ。ならびに数年前あれだけ派手な小泉首相宛ての署名活動を行っていた某宗教関係者のみなさん。某宗教の中枢の方々にとって、なんらかの導入する必要があったということなのでしょうが、こういった話にうといので、その理由もよくわからない。

新規参入のAさんのところはシステムがパンクしてしまったとのことだけれど、これでまた名を売れたのだから、それはそれでよかったとマーケティング的に考えるのがビジネスとしてのデフォルトなのだろうけれど、以前も同じようなことがブロードバンド関係であったので、ピーターと狼にならなければいいんだけれどと老婆心。いまや日本人も数年前の日本人からは確実に変容しているわけで、綱渡りが続くのだろうなあ、と。

かくいうぼくだけれど、携帯電話に関してはとりあえずいまのままの予定。現在契約している携帯電話会社のメールシステムや料金体系が現状のぼくの使い方にあっている。かつ、この会社にしか使いたい端末がない。あと、むにゃむにゃするとくにゃくにゃなので。理由はこのみっつ。

ここがこれ以上ダメになったら、たぶんW社のPHSと今も残している日本で一番大手携帯電話会社のアナログ電話となる予定。昔からあるこの大手会社のアナログじゃないと入らない場所にしょっちゅう行くのでしょうがないのですよ。そのあたり、3G系、すべてダメなもので(笑)。

3G系進めたければ都市部だけでなくもう少し田舎も網羅してくれるといいのですけれどね。もちろん新規参入会社の3Gはそういう田舎では輪をかけて入りません。

しかし新規さんのメールシステムが世界標準という点は、とっても大きな強みだと思うのだけれど、ドメスティックに発展した日本市場ではあまり評価されていないという側面はあるかと思います。このあたりメリットだと思うのだけれど、担当代理店のCDとかCWはニッチと判断しているのでしょうね。

もちろん、それ以外にも新規参入のAさんところはいろいろ叩かれることも多いみたいですけれど、ぼくからすると日本の携帯電話各社のシステム、端末、料金はすべて興味深すぎて、あきれてものもいえないという状況なもので、しょうがなく、使えそうなところだけをつまみぐいして、いろいろ使っているということなのです。

しかし日本の携帯電話については根本的な問題点が目白押しにも関わらず、そういったことは話題にもならずに、番号移動がどうしたこうしたといった点が話題になるあたり、本当に興味深い昨今だなあ、と。

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domenica 29 ottobre 2006

#09 Milan 3-4 INTER

おもしろすぎる試合。

だけれどデルビー・デッラ・マドンニーナとしておもしろかったというには苦しい。そういう試合だった。

その原因として、まずあげられるのが、アンチェロッティの弱気。

先発布陣はインザーギのワントップで4-3-2-1。デルビーとはいえカーザの試合。安全策をとったマイナスの状態から試合に入るという選択肢はどうなのだろう?。

案の定、ミランにまったく怖さはない。マテラッツィがインザーギをつぶし、カカとセードルフはビエイラとダクールを中心にあしらう。おかげで前半0-2。クレスポのテスタとデキのミドル。どちらもお見事。

そして後半。来たよ。オリベイラとジラルディーノで2トップに。DFにマルディーニ。うん。これがまあ現状ミランのベスト布陣なんだろう。

後半は、ズラタン、マテラッツィのゴールで1-4。楽勝かと思ったのだが、マテラッツィが得点後のシャツめくり(メッセージ有り)ジャッロで2枚目退場(大笑)。

10人対11人となってしまい、ミランのハーフコートマッチに。インジュアリータイムにカカに決められ、3-4まで来たが、10人のインテルがどたばたしながらなんとか逃げ切り。最後の10分ほどはミランが追いつくのかという雰囲気で、メアッツァは異様な盛り上がりなのであった。

デルビー名物の両クルバの出し物も、今回は久しぶりにインテルの勝ちといってもいいように感じた。去年までのミランの統制がとれたしかけには、いつもグダグダのクルヴァノルドは永遠に太刀打ちできないと思っていたのだけれど、クラブからのサポートがなかったのか、ミランにしてはしょぼかった。このあたりもミラン(というか、ガリアーニとその上にいるベルルスコーニ)が今年はもう捨てているという話を裏付けているようにも愚考。来年、ホナウジーニョとって逆襲するぞ!おー!がミランの基本線らしいし。そう、うまくいくかっつーの。

とにかくもミランに勝利。明日のパレルモがバカ勝ちすれば話は別だけれど、首位堅持のはず。これで火曜日のモスクワへなだれこむことになったインテル。

しかし、ここに来て怪我人やら内紛の匂いやらインテルの周辺はきな臭くなってきている(苦笑)。水曜日のレコバの怪我などあきれた笑いしかでてこないし、今日のビエイラの怪我にしても、交代枠の使い方でもう少しなんとかなったのかもしれないと思ったりもする。

しかし、ここまで、綱渡りながらも結果は出ている。それでもだ。その内容から考えて、火曜日に最悪の結果が出たりしたら、今後どうなるか。予断は許さない。

なんてことを言っているけれど、ミランにきちんと勝ったインテルを久々に見られて、内容よりも勝利という今のインテルに必要なテーゼを改めてかみしめるぼくなのであった。

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giovedì 26 ottobre 2006

forse MOON OVER the ROSEBUD

あっさりといいます。MOON OVER the ROSEBUD名盤でした。たぶん。聴いてる限り。

10代、20代の音楽好きを自負する若人に自信を持ってお薦めいたします、というか、これわからんとダメだろ?、三食抜いても買って聴け(って、70年代かよ?その喩え)といえる。というか名盤とはこういうアルバムのことをいうんだよといえる。

DVDやらベストやら、映画も上映が決まりそのサントラやらまででまくる昨今にあってこの出来。スゴイことだなと感服。

で、間違いなくそういったこともろもろ含め名盤なのですが、でもムーンライダーズの名盤といってもあまり感動がないといったあたりがバンドとファンの関係を如実に表しているようにも感じられ。

そういえば30年以上前は新譜のレコードや毎月の雑誌の発売日前後は、うわっついていたけど、その時のまぬけさに近い香りが自分のまわりに漂う。

「A.O.R.」と「ムーンライダーズの夜」は一度聴いて、倉庫行きになって、21世紀に入ってからちゃんと聴いたあたしには、今回のアルバムは懐かしいような、まぶしいような、だまされているような。そんなうわついた気分。


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mercoledì 18 ottobre 2006

与那原家II

与那原家のそば久しぶりに那覇泊だった。夕方、小禄周辺で解放され、小腹がすいたので、そばでもと。

以前書いたうるくそばも近くだが同じところ行っても芸がないなと、喜多方ラーメンをはさんで並びにある、与那原家IIに突入。

沖縄そばがメインだが、メニューを見ていると定食や泡盛、料理もある。

沖縄そばはあっさりかつお味とこってりとんこつ味。かつ、麺は従来の沖縄そば麺に加え店独自の手法で長期熟成させた麺から選ぶらしい。今回はあっさり味でオリジナル麺のソーキそばにトライ。

数分してやってきソーキそば。麺は中太のラーメンのよう。喜多方ラーメンのそれが近いかも。ソーキは骨までいただける上品さ。スープはあっさりというがちょっと強めの味つけ。ここまでだとわたくし好みということでけりがつくのだが、いやちょっとお待ちあれ。

うーん。やはり、この麺だとあっさり味の汁だとちょっと物足りないかもしれない。麺がプリプリツルツルのためスープがあまりからまず、物足りなく感じるのだ。ソーキそばを構成するそれぞれのパーツはいい線だと思うのだが。

しかしそうすると沖縄そばの範疇に入るのかという疑問がもたげてくる。二軒となりのうるくそばも「沖縄そば亜種」とでもいいたくなるたたずまいだったけれど、こちらも違った方向で「亜種」かもしれない。それでも飲んで食べたあとの締めにはこの麺と汁でも悪くないのかもしれない。

とはいうものの、きっとこのぷりぷり熟成麺には、こってりとんこつ味のスープがデフォルトなのではないだろうか。たぶんそんな気がする。とりあえず機会があったなら、今度はとんこつ味で食べてみようかなど思ったりも。

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lunedì 16 ottobre 2006

奄美あたりのマクダネルダグラス

MD81とか87といった機材が鹿児島から沖縄の間の島々の空港に投入されている理由は、その地域が旧JASの領分だったのでその機材を使っているということなのだろうと思うのだけれど、いつまであの機材に乗ってればいいのかなあと暗い気もちになるぼくなのですが、どうなんでしょうJALさん?

あの驚異の狭さの2-3の席。ちょっと大き目のバックも入らない天井の荷物棚。後方席に座ろうものなら(座ったことは過去に一回だけなんだけれど)、爆裂のようなエンジン音が飛行中、頼んでもいないし、できればどっかへ行って欲しいのだけれど、常にそばに寄り添ってくれる。幸せなわけがないわけでして。

はたまた一番前に座ったとしても、機材によっては、テーブルをロッカーから出して来て設置するといった荒業まで登場する。まあ、これはこれで昔のDC-10とかもそうだったので懐かしいんですけれどね。

もちろんいろいろな島をあわせて12万ぐらいしか人間がいない奄美群島を中心にした地域。優遇するわけにもいきません、ということなのでしょう。

そういえば、同じ系統のMD90などにはClassJとやらも導入するそうで、まだまだマクダネルダグラスの機材を使うのだ!という心意気ですか…。古いものを大事に。いいことではありますけれど、航空機の場合はどうだろうか?

南西諸島方面への移動が多い身としてはANAさんよりJALさんにお世話になる機会が必然的に増えるのが当然ですし、JALの上級会員になったのはANAよりもずーっと早い。現在の悲惨な株価を見ていても、涙をぬぐう袖も濡れる状況。いいすぎですけれどね(笑)

今日も徳之島発の鹿児島行き。「二便」。いつもどおりMD81の狭さを体感させていただきました。ま、これはこれで奄美群島名物?としてちょっとの間残ってもいいのかも、などと、今月4回目のこの機材を堪能したのでありました。

関係ありませんが、鹿児島空港の足湯につかってたら、痛んでいた右足の人差し指の爪がべろべろに。あと数日したらとれてしまうのかもしれない。次の爪まで半年だろうか?。

それでも東目手久での大会は面白かったので、よくわからないけれど、許したいと思うのですが。

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giovedì 12 ottobre 2006

やんばるうろうろ

安田海岸への道

東海岸の安田(あだ)へ。ほぼ四半世紀ぶり。噂のとおりテトラポットがいっぱい転がる海岸へと変容。太平洋側は波が荒いので部落を守るにはしょうがないことなのではありますが、少々悲しい気分になるのはよそ者の身勝手か。

四半世紀ぶりに部落から浜へのアダンの道を通る。ここはあまり変ってない。主な御獄(うたき)や神様はそのまま。コンクリート作りの立派な建物になったりもしている。この共同売店あたりはおそらく古代からの集落跡のはず。

村営バスの帰りがけ、辺土名の手前の宇良バス停で村営バスを降り、伊地と宇良ふたつの集落を歩く。どちらもお社の屋根は赤く伊地のそれはたぶん伊地遺物散布地かと。小学生に挨拶される。ふたつの部落の共同売店が58号線沿い、すぐそばにあるので、複雑な状況はないのか気になるのだった。

宇良から海岸をてくてく歩いて辺土名のバスターミナルまで。こういうところを歩くのはあまり苦にならないのが不思議ではある。

名護に戻っていきつけの寿司屋でアグーのしゃぶしゃぶをいただき、腹ごなしに名護市内を歩いて帰る。部屋に戻ると、ドカン!ドカン!ドカン!と花火が上がった。ん?。日本ハムが勝ったお祝いだったようだ。名護は日本ハムのキャンプ地であっちこっちの居酒屋に日本ハムの選手の色紙とかあったりするので不思議でもない。

たぶん明日の新聞には名護市内の様子とかが掲載されるんだろう。沖縄にとってプロ野球の春季キャンプとその関連収入は、県にとっての一大産業であることは周知の事実。悪いことではないけれど、2月の沖縄は野球に興味がない人間にとってホテルを取りにくいという問題点もないわけではない。まあ、そのあたりは避けて通ることかと。

安田カミアシャギ今日は、本当に久しぶりに安田を訪れた、昔に比べてそれぞれの家が今風になり、拝所がコンクリート作りになり、海にテトラポットが並び、漁港が大きくなるなど、時代は土地の記憶を変容させている。観光客もほとんど訪れることのないやんばる東海岸集落にも台風によるそれだけでなく時代の波もおしよせている。

それでも、安田独特の屋根が低く足の多い神アシャギは茅葺のまま残されていて、2年かけて完結するシヌグはきちんと継承されている。安田という集落は太古からの記憶の一端を現代に浮かび上がらせるそんな場所なのかもしれないと。

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mercoledì 11 ottobre 2006

名護散策(というか結果としてウォーキング)

コザから77番のバスで一般道を北上。うるま、金武、宜野座、辺野古などを通って名護まで1時間半。いつものバス停で降りる。ねぐらに荷物を置き、歩き出す。東京だとあまり歩きたいと思わないのだけれど、南西諸島方面だと歩いてもあまり苦にならないのは不思議。

タクシーに乗ってもよかったが、あまりに天気がいいので行けるところまでやっぱり歩くことにする。目的地はブラジル食堂。名護の観光ガイドには必ず登場するブラジウ帰りのご家族がはじめたお店。

正直普通は歩かない距離だが、今も書いたように天気がいいのだもの。しょうがない。

かつて知ったる道をぷらぷら歩き、58号線バイパスを越え名桜大方面へ。右手に我部祖河食堂の支店が。入ってことはない。坂を上ると左手にブラジウ食堂の看板が。

実は今年の春もやってきたのだけれど、残念なことに、お休みで入れずじまい。しかたなく近くのエンダーで食事をしたことを思い出す。あとで調べたら定休日が月曜とのこと。今日は水曜日。大丈夫。あいていた。

中に入るとテーブル席がいくつかと座敷。ゆったりとしたつくりがいいかんじだ。壁にはブラジウ国旗の真中のところをそばにした国旗、というか店旗。奥の壁にはブラジウセレソンのユニフォームが額に入り鎮座ましまし。個人的に顔がほころぶ。

フェジョアーダなどのブラジウ料理もあったりするのだけれど、ここは名護。新山食堂や宮里そば、我部祖河食堂など名店ひしめく沖縄そば処。実はこのブラジル食堂、そんな名護にあって、そばでも名店に数えられる。ということで、ソーキそばを所望することに。もうちょっと頼もうかと、ふと壁を見るとおおパステウがあるではないですか。餃子みたいな四角い皮の中にチーズとかひき肉を入れたブラジルのおつまみ。なんとここでは、「空気てんぷら」と命名されていたのであった。「空気てんぷら」。この名称、個人的にかなりツボ。躊躇なく頼む。そして食後に、このブラジル食堂の名物でもある、エスプレッソもいただくことにする。

そばが来た。とても奇麗なそばだ。汁の味。うむ。かつおの風味と味。申し分ない。くわえて歯ごたえもある、沖縄的正統派の麺。申し分ございません。ソーキもやわらかく臭みなし。そんな気持ちよいそばを食べている間に、アツアツのパステウこと「空気てんぷら」が登場。これもおいしい。ビール飲もうかと思ったけれど、ガマン。あっという間に食べ終えてしまう。

そして名物のエスプレッソ。自宅でイタリア製の手動式エスプレッソメーカーでカフェを毎日飲むほどというかそれしか飲まないエスプレッソ好きのわたし。イタリアだとデミタスカップの半分ぐらいに入ってくるのだが、ここは「ブラジル食堂」。つまりブラジル式。デミタスカップになみなみと。イタリアのそれに比べて粘性はないけれどそれでいて味はしっかりエスプレッソ。満足。

というのもカフェ好きのわたくしですが沖縄でまともなコーヒーを飲んだことはあまりない。コザなんかほとんど壊滅状態で知ってるホテルのロビーにある無料コーヒーが一番まともかも、と思うほど。まあ、その代わりにアイスコーヒーはそこそこいい線のものを飲めるけれど。などと思いながら、メニューを見ていたら、アイスコーヒーのところに「ブラジルにアイスコーヒーはありません」なんて正しい但し書きが。個人的にはまりました。

などと思っていたらお店の若主人と奥様が話し掛けてくる。調子に乗っていろいろと話しをしてしまう。息子さんがFC琉球の巡回スクールに入ってフチボールやっているとか、「オシムはもっと我那覇使って欲しい」とか、「我那覇は九州大会で福岡に行った時宿舎抜け出して中洲で遊んでたくらい悪かった」とか、ブラジウ時代のお話しとか、お店は以前屋部にあったというので「ゴルフの諸見里しのぶが屋部ですよね」とかの地元ネタ。連れがサンバやっているといった話しでまた盛り上がる。なんと1時間以上話して盛り上がってしまった。

時間はもう4時。2時間はたっぷりいたことになる。あまりお邪魔してもいけないので、そろそろ退散。帰りがけ厨房雄の奥では写真で見たことのあるオバァが鎮座ましましておいでで、「おいしかったです。また来ますねえ」と挨拶をして店を出る。

予定では羽地の方へでも行こうかと思っていたのだけれど、行こうとしていた時間をかなりオーバー。どうしようかなと考えたが、ここは沖縄。東京にくらべて太陽が西に傾くまではまだまだ時間がある。ということで羽地の田井等へ。以前来たとき未踏だった南側のあたりの御願やら拝所を巡る。うーむ。やっぱりこのあたりは落ち着いていていいところだ。

ひととおりまわったがまだ太陽は帰りたくないらしい。1時間半は明るいと読んで、以前から歩いてみたかった山側の集落方面へ。山の中腹の車一台がやっと通れるくらいの道をのんびりと名護方面へ向かっていい感じの民家や拝所や御願のそばを歩く。空気はおいしいし58号線と違って車は時々通る程度。1時間後バス通りに出て、名護十字路まで。いつも来ている居酒屋に入って食事。ただいつもなら魚がいっぱいなのだが今日は島タコとグルクンぐらいしかない。漁港が休みなのだろうか。それでも普通においしく食べて、300mぐらいいったところで作っているオリオンビールの生を。やっぱりオリオンビールは名護で飲むべきですよ。だんな。

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martedì 10 ottobre 2006

うるま市あちらこちら

イベント広場1010コザ的にだらだらと爆睡してしまって気がついたらもうお昼近く。いつものこと、とはいえる。とにかくおなかがすいた。とっとと石川漁港を目指す。いつものようにイカ汁+寿司のセットで1500円。ここのイカ汁はいつ訪れても安定しておいしいくいただける。10月だけれど屋外テラスの屋根に水を撒いて冷房のかわり。気持ちいいなあ。少々まどろんでから、歩いてイベント広場の進捗状況の確認に向かう。途中の石川川は気水域となっていてマングローブが両岸に見られるのでしばし観察。石川イベント広場は先月来たときよりやぐらが高くなっている。いよいよドームにとりかかるといったかんじだろうか。しかし暑い。だけれど日陰に入れば心地よい風を感じられる。ちょうど6月の欧州みたいな天気だ。もしかしたら台風シーズンもすぎ南西諸島を楽しむには一番いい季節かもしれない。

ドームをあとにして石川のジャスコのあるショッピングセンターへ。向かいの本屋さんで本を一冊買う。歩いて白浜方面をめざす。途中、公園になった石川のウタキ。このあたりの空気も何気によい。沖縄の神様に祝福されている土地かもしれない。このあたりは沖縄島の中でもっとも幅が狭い地域で地質的にも北へ行くと赤土、南はジャーガルや琉球石灰岩台地という境目にあたる場所。たぶん昔は浅い海だったのかもしれない。

沖縄のり白浜で海を眺めてしばし休息。宮城島が航空母艦みたいに沖合いに浮かんでいる。左手に埋立地にでっかい火力発電所のえんとつ。右手のがけの下は琉球墓地域。いつきてもアンバラスな風景だなあと思う。もっとも右手の墓の上はアメリカーの居住地域になっている。もう太陽がかなり傾いてきた。なんだか、今日はほとんど石川でぷらぷらしていただけだ。

そろそろ時間的にいい頃かなと約束していたので友達の牛小屋へ向かう。途中、昆布から天願のあたりを通ったら例のP3C輸送反対の人たちの座り込みに出くわす。そういえば天願桟橋だもの、こことおればあたりまえだ。キャンプコートニー(地元のとくにお年よりは米軍キャンプのことは「部隊(ぶたい)」といっているが)前のいつも気になるが食べたことがないカーサタコスを通り過ぎ、途中で降りて知人の牛小屋へ。

期待の黒牛くん。なんと風邪をひいたそうだ。まったく食欲がない。大丈夫だろうか。昼に獣医さんに注射を打ってもらったとのこと。なんとお値段13,000円。そりゃあ牛に保険は効かないなのでしょうがないけれど、この出費。うるま市の偉い方。うるま市にとっては闘牛は地域文化であるわけですし、うまく持っていければ、観光客がほとんど素通りしてしまううるま市にとって観光名物になる可能性もないわけではありません。このあたり助成などお願いできないものでしょうか。闘牛を飼うというのは毎日の餌やりなどたいへんなんですから。いや、ほんと。知人は毎朝朝5時に起きて読谷まで車飛ばして牛の餌の草刈りにいったりしているわけですし。などと、頭の中で呟く。

闘牛練習パンダ牛の方の足の膿は快方に向かっているそうで一安心。食欲もある。「まだ、足をちょっとひきずっている」は知人の弁。そんなことを話したあと、パンダ牛を外に出すことになった。少しタイヤで遊ばせる。楽しそうだ。もちろん安易に近寄ってはいけません。まだ若いとはいえもう一トンを超えている巨体。ダンプカーのタイヤが軋みながらグイングインと持ち上がる。どんな牛になるのか。目じりが下がる。

十分に遊ばせたあとここのところの日課どおり牛を外につなぎながら知人がいう「あっち(黒い牛)はぜんぜん食べないし面白くないので上いこう」。上とはすぐ近くにあるもうひとつの牛小屋だ。

そっちには牛が三頭。その小屋の前では知人の兄や、ぼくも久しぶりにあった人たち牛好き、酒好き、博打好きの人たちがいつものようにたむろしていた。ほとんどぼくも顔見知り。久しぶりにあった人も多い。

当然のことだがみんな牛に詳しいので、いろいろな話しを聞く。面白い。気がつくと人が増えている。近くの別の牛主の人やら、知人の同級生やら、わさわさと集まってきたのだった。おまけにビールやらシマー(泡盛)やら、タコスやらチキンやらが登場して屋外宴会へとなだれこむ。ブルファイトパーティーか?。タコスはさきほど横を通ったカーサタコスのもの。はじめて食べる。うわっ。こりゃうまいぞ。タコスの皮がほどよく柔らかくトルティージャのよう。ひき肉もサルサソースも満足できる味。レタスも水切りがしっかりしていて文句ない。いま、書いていても、また食べたいと思うほど。金武やコザで有名どころのタコスはいろいろと食べてきたけれど、ぜんぜん負けていない、というかここのタコスかなり凄い。おまけに別の店の店のチキンだがそっちも、皮はパリパリ。肉はジューシー。おまけにガーリックが利いていてビールがすすむ。気分がいいなあ。

牛の様子をみながらいろんな話で盛り上がる。闘牛界の裏話やら、闘牛場でのふるまい、牛主の気持ち。徳之島闘牛の凄さ。こちらとしては願ったりかなったり。気がつくとあたりは真っ暗。月が浮かんでいた。

夜10時すぎまで続いた緊急大宴会のあとコザへ戻る。ちょっとこばらがすいたので、いつもの小町でおでん。ここのてびちは本当に絶品。地元でしっかり支持されている味を出しているからこそだろう。見た目はグロテスクで内地の人は一見して顔をそむけることが多い。ぼくの知人もそんな人が多かった。でも、たいてい常連になったりするようだ。

こうして誕生日の一日は過ぎていった。あ、そうなのだ、いまさらこの年になって誕生日を喜ぶのも恥ずかしいが、個人的にとっても気持ちのいい誕生日になった。そんな気がする。

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mercoledì 4 ottobre 2006

牛に夕焼け

沖縄のりいま、足に怪我をしているらしくて、夜は外に出しているのだそうだ。

ということで、夕方になって外に出された知人のパンダ牛。

いつもは牛小屋の中で見ているわけだが、外で見るとその大きさが改めて確認できる。まだ若いのにもう体重は一トンを超えてている模様。まだ肉がつききっていないとのことなので、はてさてどのくらいまで大きくなるだろうか?

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martedì 3 ottobre 2006

沖縄市産味付け海苔

沖縄のり関西方面で育った方は味付け海苔をおやつ代わりにムシャムシャ喰い散らかした覚えがないでしょうか?。

わたしは関東育ちではありますが、春と夏の休みはご先祖様の田舎である和歌山ですごしていたもので、おやつに味付けのり。ご飯の時もおかずが足りなきゃ「味付けノリ!」という生活を送っておりました。

しかし最近は関西における定番である佐賀有明産の味付けノリの味が落ちている、そんな気がするのはわたしだけでしょうか。とくに例の有明海の埋め立て以降とくに顕著になっているような。杞憂ならいいのですが、実際、個人的に佐賀有明産の味付け海苔をうけつけなくなってきていたりするのが困りもの。

そんな中、救世主のように登場したのが(いいすぎ)、このやっちゃんのり。昨日紹介した沖縄市にある仲松通商で売られています。製造はNM商事。たぶんオリジナルの海苔でしょう。

実はこのほかに、NM商事の味付け海苔は2種類あるのですが、わたしの好みは、やはり、このやっちゃんのり。やっちゃん最高!(笑)。泡盛や焼酎のあて。卵かけご飯を巻いて。口さびしい時のお供。大活躍しております。

沖縄市周辺でしか見たことないので、もしも沖縄へ行って、近くに行ったなら、買って帰って、ホテルで就寝前の泡盛のあてにしたりするのも一興かと。

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lunedì 2 ottobre 2006

沖縄市産はちみつ

沖縄はちみつなくなると買っているのがこのハチミツ。

一年中どこかしらで花が咲く沖縄なので季節によって味も違ったりするのだろうが、あまり詳しいことはわからない。

ただし、このハチミツ、かなり使いやすくおいしいということだけは個人的にホショーしておく。そんなに高くもない。

いつも沖縄市の農連市場向かいの仲松通商で購入している。沖縄で下手なお土産買うよりよいかもしれませんね。

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