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lunedì 31 luglio 2006

大丈夫かな?川淵さん

▼久しぶりに川淵さんの顔をみた。完璧に死相がが漂っていた。大丈夫なんだろうか?

▼いや、それほどに、髪は薄くなっていたし、目は虚ろ。肌もたるみ、ワールドカップ前に比べて5歳は歳とったという感がいたしました。

▼ところで、なんでも川淵氏は、日本サッカー協会の会長を続けるらしい。
▼それならば、はっきりいいますが、任期途中でなんらかの理由で寿命を迎え、「川淵さんの意思を受け継いで精進いたします」みたいな言説を次期会長の就任会見で聞くことにならないように、本当にお身体、ご自愛ください。

▼なんといっても、ここに至っては、日本サッカー協会史上最低の会長という汚名を甘んじて受けている川淵さんですから、彼の路線が今後も続くとしたら、日本のフットボールに未来はないということになりますので。ほんとお願いしますよ。

▼川淵さん個人のことをかんがえれば、これまでの川淵さんの日本フットボールに対する貢献があるわけですから、中田氏(?)が辞めたときに一緒に辞めておけばタツトリアトヲニゴサズだったわけですが、今となっては、権力にすがりつくXX、もしくは、周辺利権恒久化のためのYY、という名称をつけられているにもかかわらず、会長職にすがりつく強欲なエナジー。感服いたす次第。
▼お嬢様の配偶者さま関係でいろいろあるという話も耳にしますが、鶴亀鶴亀。

▼とにかく今回の強がりが、ロウソクの最後の揺らめきでないように、人としてお祈りいたします。

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domenica 30 luglio 2006

日本のシュート

▼シュートはエーゴだと「打(撃)つ」。

▼なぜ、日本の選手がシュートを打たないかという問題は「打つ」という(いってみれば)過激な行動が日本では「個にとっての快楽ではない」ってことなのではないかと愚考。

▼周りから評価されることが個の快楽である日本という土壌において、シュートは快楽ではないのだ。だからシュートしない。「打つ」からだ。

▼じゃあ、どうすればいいか。

▼確実な答えではないんだけれど、もしかしたら「打つ」という言葉じゃなければいいんじゃないか?
▼「トクテンシロ!」とか。

▼たとえば、イタリアで得点は「rete」。
▼これは「ネット」「ネットを揺らす」という意味。
▼つまり、得点=ネットを揺らす。ことなのだ。
▼「揺らす」なら気持ちよそさうじゃないだろうか?もちろん中原中也みたいな揺れじゃないよ。わやーん。

▼「おら! 揺らせ!」
▼ん?なんとなくいいかも。って俺だけか?

▼もっとも、イタリアの観客は「こら!ネットを揺らせ」とは言ってなくて、「tira!」=「打て!(原義的には引っぱる。英語だとpull。引き金を「ひく」)」とか叫んでいる。
▼まあ、イタリアだと「蹴る」=「calciare」も、「打つ」=「tirare」も、個の快楽だから(笑)。

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venerdì 28 luglio 2006

あとだしスクデットでレプリカコレクターに

▼1988-1989のスクデット。
▼ちゃんと覚えています。
▼あの年以来、interは一度も翌年のマッリャ(ユニフォーム)の胸にスクデットを抱くことはなかったのです。

▼しかし、南予宇和島から帰ってきたら、あらら、2005-2006のスクデットはINTERに、だそうで。
▼なんと、そんな、唐突な。
▼なもんで、緊急に、2005-2006年のインテルのマッリャ(レプリカユニフォーム)を注文。
▼背中は当然、4。ハビエル・サネッティ。

▼おまけに、2006-2007年のマッリャには、スクデットが輝くことになるはず。
▼2006-2007年のマッリャもお買い上げするわたくしです。
▼いままで、マッリャに興味を持たずに来ましたが、スクデットが胸につくなら、買わないわけにはいきません。
▼なんといっても、このあとだしスクデット獲得を予期していたのか、コッパイタリアの優勝パッチは左腕になっていて、胸のセンターがあいている2006-2007年マッリャですから。

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martedì 18 luglio 2006

カルチョビットがフットボール的

▼ここ一月ほどちょっと時間ができたとき、ゲームボーイアドバンス用のソフトであるカルチョビットをプレイしている。

▼以前、さかつく、というゲームが流行ったことがあった。チームの運営とゲームでの勝利を目指すものだった。
▼カルチョビットも似たようなところもあって、実際にプレイするわけでなく、監督の視点で選手を鍛え、あとはAIにまかせて試合。
▼さかつくだと試合中でもいろいろ監督風情をふかせてほざくことができたが、カルチョビットだとほざけるのはハーフタイムのみ。
▼試合中にほざいても選手はきいちゃいねーよ、という現場にかなり近い感覚かと思う(苦笑)。

▼とにかくそれはそれとして、このゲーム、いまどきのゲーム好きには絶対薦めない。
▼いわゆるコンシューマ系ゲームとしてはまったく面白くない。
▼だいたい、三頭身のキャラクターがちょこちょこ走り回るのをみて何が面白い?
▼試合はコンピュータまかせ。何をすればいいっていうんだ?
▼それまでの準備でパラメータを予測して訓練?
▼そんなんじゃ、かったるくねえ?
▼うん。そのとおりだ。だから、君はやらないほうがいい。

▼しかしながら、フットボール好きのそこにいるあなた。
▼あなたはきっとこのゲームを気に入るでしょう。
▼そんなあなた。実際にチームを指導してないそんなあなた。
▼このゲームは、あなたに監督業というものを疑似体験させてくれるかもしれません。
▼そこまでいかなくても、フットボール的世界を感じさせてくれる。
▼これはかなりの確率でいえるかと。

▼確実に勝てるというパラメータが存在しないという点。
▼まさにフットボール的
▼これだけのパフォーマンスのやつをそろえて、この相手なら70パーセント勝てるといった塩梅。
▼突発的に起こる怪我。予測できないレッドカード、累積警告。
▼それらを鑑みながらリスクヘッジを考え勝てるチームにしたてあげていく。
▼これって、フットボールそのものではないか。
▼そこまでくると三頭身キャラの動きも実際のフットボールにとても近いことに気がついたり。

▼身体を動かす方では実際に球を蹴り、頭ではカルチョビット。

▼フットボールには、
100パーセントの勝ちも負けもない。
すべての白黒はグレーゾーンにある。

▼この中途半端さ。確率が高くなったり、低くなったり。1と99の間をいったりきたり。
▼ニ元論ですべてを決めない世界。
▼だからこそフットボールは人生だ、とかほざく人が現れる。
▼個人的にはそれはかなり正しいと思われるが(笑)

▼やったことはないけれど、このゲームの作者は「ダビすた」とかいう競馬シュミレーションゲームを作った方。
乱数で人を遊ばせる天才なのだとか。
▼乱数の世界は、そのものではないけれど、フットボールの世界にとても近い。

▼フットボール好きなら、はまる。と、思う。

▼ちなみに、小生のクラブは、FC國際目黒。Football Club Internazionale Milanoのまね。当然、基本カラーは黒青。インテルです。短縮名も國際(=INTER)。ちなみにエンブレムは、「まる」に「馬」。「まる」はインテルのエンブレムのまね。では、なぜ馬か。だって昔、いま住んでるところのそばには、競馬場があったので。
▼現在4年目。N2リーグ(上から二番目)。10節で首位。まだまだ先は長い。

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venerdì 14 luglio 2006

マテラッツィ(笑)

▼マテラッツィが日本でこんなに有名になるとは(大笑)。

▼まあ、マテラッツィのことを日本のインテリスタは愛情を込めてDQN(ドキュン)などと呼ぶ。
▼確かにやっちまったプレイは数多く、エスプーゾもアンモニートも、「またやっちまったか」といった感想をいうしかないディフェンソーレである。
▼審判団からも目をつけられていると思って間違いない選手である。
▼ちなみに親父さんも有名な選手でヴェネチアや中国の大連(だったと思うが確認してません)の監督なんぞもしている。

▼一方で忘れてはいけないこと。
▼まず、ジダンはかつてユベントスにいた。
▼インテルから見たら目の上のたんこぶでレーガにおいては絶対に許せない敵である。
▼そしてマテラッツィはインテルの選手。

▼また、個人的にはジダンがなんでこんなに聖人君主的扱いを受けるのかとても不思議だ。
▼彼はほとんど神の領域にあるプレイを見せてくれる選手である。
▼しかしながら、ジダンはセリエAのユベントス以外のティフォージからみれば、「いらつかせれば切れる選手」だったという事実がある。
▼すばらしいプレーをするけれど、つぶすには結構やりやすい相手であったということだ。
▼いらつかせればいいわけだ。
▼それがフットボール。

▼今回の世界のメディアの流れはおそらく彼の事務所や弁護士のメディア対策がしっかりしているということがあるのかなあと思ったりもする。
▼いわゆる、アレではないだろうか?。
▼マテラッツィが言った単語というか言葉というか成句というのは。
▼セリエAのスタジアムのどこでも聞こえるそういった単語なんじゃないでしょうか。
▼いちいち腹立ててたら、フットボールやカルチョを生業にできないそういう言葉。
▼まあ、日常生活で他人に使ったら、やばいでしょうけれど。

▼そういうことを知っていれば、日本でここまでジダンよりの言説が出てくるということには何かフットボール業界の意図を感じるわけ。

▼フットボールがまだ存在しない(つまりサッカーしかない)日本においてジダンよりの言説があるということはしょうがないのかもしれないなあと思ったりもします。

▼それはそうと、テレビなどでの彼の名前。「マテラッツィ」だからね。マテラッティ、とか、まてぃらっとぅい、とかそんな難しい発音しなくていいですので笑)。

▼さてさてこのどうでもいい話はどういうことになるんでしょうか。
▼とりあえずマテラッツィが有名になったことだけは確実なんですけれどね(笑)。

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lunedì 3 luglio 2006

Euro2006?

▼実はこの大会はWC2006ではなく、Euro2006だったようだ。
▼最初からそうならそういってくれればよかったのに…。
▼いってくれれば、広告代理店の動きやFIFAの金脈図やフットボールマフィアの世界戦略など考えず、いつものように、純粋にフットボール的かどうかだけを考えて、観戦していたはずのわたくしである。
▼とにかく、そういうことなので、Euroとしては4チームしか出場しないという寂しい大会であるが(笑)、ここで考えてみるのもあながち無駄なことでもないのかもしれない。

▼しかしだ。たった4チームであっても今後の予想は難しい。それがEuroだ。ひとつひとつ見ていこう。

ドイッチラント
▼開催国。
▼開催国には開催国としての責務がある。
▼それはベスト4だ。
▼日韓のときは韓国がアレを何度も駆使して目的を達した。南米、欧州以外の開催国がベスト4じゃなくても誰もなんともいわないのに、である。しかしドイッチラントはアレをしなくても、勝つことはなくても負けることはほぼないチームである。
▼そのため、ここまで来たのも開催国であるということとともに、負けることはないメンタリティによるものといってよい。
▼そして国内問題である旧東ドイツとの融合も、バラック、クローゼあたりが象徴として機能したことで、よいほうに流れ出した。
実力があれば東ドイツ出身であっても英雄になれる、と。ということで、もうドイッチラントは、そのミッションは達成したことになる。ベスト4というミッションを。
▼ここで負けても3位決定戦には注目が集まる。開催国だから。勝ってもいい。決勝だから。
▼つまり純粋にチーム力の勝負となると。そういった観点から見れば、選手としては一流だったが監督としてははっきりいって一流ではないクリンスマンだ。国内に敵も多い。また、ここでは関係ないが元インテルだ。

イタリア
▼イタリア人の最大の価値は何か?。
▼それは、間違いなく「快楽」だ。
▼単に「快楽」と聞いて、楽しいこと、喜ばしいこと、裕福なことを想像するようでは、モノの見方を分かるまでまだ最低20年くらいかかると思ってほしい。
▼とりあえず、日本語に直せば「『き・も・ち・い・い』ことがすべて」、ということである。
▼ありとあらゆるこの世にある価値に優先する価値観だ。
▼つまり、金、異性、権力、そういった一般に価値がありそうなものも、「気持ちいいならば、価値がある」そして、「気持ちよくなければ価値がない」
▼たとえば、フツウに考えると痛くてしょうがない、ムチで叩かれたり、熱くてイヤだと思われるロウソクのロウをたらされて喜悦の淵に佇める人ならば言っていることはお分りになるかと思う。
▼また、ランナーズハイなどもそのひとつ。苦しさの向こうに見える快楽は何ものにもかえがたいという人たちはこの世の中にかなりの数がいる。
▼そして快楽に究極の美を見出す。イタリアが美の国といわれるのは、あたりまえのことなのだ。
▼実際、資本主義を忌避する共産党がいまだに強い資本主義国家はイタリアである。論理的に矛盾しているが気持ちいいのだ資本主義国において共産党員であることが。
▼同性愛者やバイセクシャルもフツウに多い。カトリック的タブーであればあるほど快楽は大きくなる。
▼そして、この「快楽」のひとつに「家族」がある。それは地域に通じ、国家へ通じ、最終的に世界に通じる「家族」だ。
▼ところでイタリア人はおそらく欧州においても最も個人主義的な人間たちかと思う。
▼それは当然のことで、「快楽」というものはつとめて個人的な感覚なのだからあたりまえのことといえる。
▼しかし、その個人の快楽のために、家族は非常に大切なのである。
▼考えてみよう。
▼食の快楽ためにはマンマのパスタは欠かせない。異性の値踏みは地域の大人の指導がなければならない(それが映画のテーマになる)。仕事や公的なめんどくさいものは「家族」が解決する。
▼そしてなおかつ個人の快楽にとって一番邪魔な存在も家族である。個人の快楽に矛盾した存在である家族。これほど、快楽に近いものがあろうか。いや、断言するが、ない。
▼彼らの個人主義的快楽への道具、手段として、そして快楽の目的そのものとして「家族」は非常に大切なのである。
▼ふう、前提が長いな。知っている人には釈迦に説法でしたが、本題です。
▼今回、イタリアはセリエAのシステマモッジ疑惑で選手の未来に不安が垂れ込めている
▼逆境だ。
▼こうなると、個人主義のイタリア人は「家族化」する。ひとつになる。ファミリーになって力をあわせる。チームになる。そしてひとつになった快楽もむさぼる。
▼また、個々の快楽原則からしても、厳しい逆境であればあるほど、結果が出た時の快楽は何百倍にもなる。
エントリピーを溜め込むことで蕩尽の快楽に酔えるという人の感覚行動は経済人類学的にも証明されている
▼イタリア人はそれを身体で知っている。
▼美しいものを手に入れるには、努力が必要なこと。だからこそ職人は尊敬され社会的地位が高いのだ。
▼つまり、今回のアッズーリは、マイナス100の逆境から這い上がらなければならない、不幸に苛まれた職人的状況にあったのだ。そのうえ、ここにきて、ペッソットの自殺未遂だ。
▼「家族」に不幸が降りかかった。
▼個人的快楽にとって大切なシステムである家族が再び不幸に見舞われたのだ。これをクリアしたその先には美しい世界が待つ。それを知っているイタリア人が立ち上がらないわけがない。
イタリア国歌の最後のフレーズは「俺たちは死ぬ準備は出来ている」だ。
▼まさに、今のアッズーリはこの気持ちだろう。
▼死こそ(=死ぬ気でのミッション成就)が最高の快楽であると感づいたのだ。痛みという快楽をむさぼる幸せ。
▼最も、再来週には忘れているのがイタリア人でもあるのだけれど(笑)。

ドイッチラント対イタリア
▼ということで、モチベーションはイタリアだ。間違いない。実力的にもイタリアが上とみる。
▼ところでイタリアに次々と起こる不幸がイタリア人にはモチベーションになり、イタリア敗退に対しては逆効果であるということを知らなかったのだろうか?これらを演出した輩は。
▼もしも知っていたなら間違いなくイタリア博愛主義者かと思う。となると、ベルルスコーニから政権を奪った方々か?わたくしごときにはよくわからんけれど。

ポルトガル
▼日韓の時もEuro2004のときもポルトガルの追っかけチケットを買っていたわたくしである。個人的には、4年前にこれを見たかったんだよなあ、と思わせる結果になってきた。
▼おまけにFIGOは現在インテルの選手である。わたくしが応援しないわけにはいかないのだ。クリスチアーノ・ロナウドもついに覚醒した。フィーゴを受け継ぐのは彼だ。
▼という前提ではあるのだが、ここまでのポルトガルの試合を見てきた賢明な方にはお分かりかと思うけれど、このチームの肝は、コスティーニャであることが思い知らされる。日本代表の肝が福西であるように、だ。
▼彼がいないイングランド戦は、「8年ぶりの愚か者」がいなければ危なかった。
▼もちろん、ミゲールの超人的なプレーが助けていたということもあるが、やはりポルトガルにとってコスティーニャは絶対の存在だ。その彼が次戦は帰ってくる。これが一番大きい。
▼ジダンとビエイラとマケレレという宇宙人三人に対抗できるポルトガル人は彼だけ。ここにマニーシェが加わり、やはり戻ってくるデコがフランスのバイタルエリアを撹乱することでポルトガルは勝機を見出すことになるだろう。
▼また、忘れてはいけないのは、キーパーのリカルドだ。背は大きくないし顔はでかいしでキーパーらしくないけれど、キーパーに大切な要素はすべて備えている良い選手だ。
▼日本のゴールキーパーで一番は楢崎だが、その楢崎が参考にすべきは彼だ。
▼そして、カルバーリョ。マニーシェととにもポルトのCL優勝時の選手で今はその時の監督モウリーニョにひっぱられチェルシーにおいて、その堅守の支えとなっている。
▼一般に攻撃陣ばかりに注目が向きがちだが、ポルトガルが結果を出しはじめたEuro2004から、その守備力は欧州でも屈指であることを忘れてはならない。
▼これらはフェリペの指導によるものである。イングランドは彼に断られてしまったが、これでイングランドは暗澹たる未来に涙することになるわけだ。
▼時間帯における痛がり方まで指導するというフェリペだ。

フランス
▼たまたま日曜日の深夜テレビ朝日系列のやべっちFCという番組を見ていたら、堀池が、なんとかの巧とかいうコーナーで、ビエイラとマケレレに注目していた。やるじゃないか、堀池。そのとおりだ。
▼わたくしは、この大会はビエイラだと何度か書いた。それは具体的でもあり象徴的でもあった。つまり、当然、そのパートナーであるマケレレの存在も大切であるわけだ。
▼だいたいレアルマドリーはマケレレとカンビアッソとサムエルを残しておけばこの3年間でトロフィーを最低3つくらいは獲っていたはずだ。そういったマケレレもフランスにとっての肝腎要
▼そして、ユベントスでエメルソン(ちなみに、ブラジウのフランス戦での敗因はロナウドへの固執だが、実はそれ以上に大きな理由はエメルソンの欠場だった)と中盤の底に君臨するビエイラだ。
▼マケレレとの間で組織的かつスムーズに行われる献身的な守備を前提としての攻めあがり。対人の強さ。超一流だ。
▼関係ないが、フットボールのシステムを人体にたとえたらまさにビエイラやマケレレの位置が「肝腎」ですなあ。
▼とにかく、このふたりがいるからこそ、ジダンにスペースが与えられる。ジダンは3秒あれば宇宙を切り裂く選手だ。
ジダンのためにビエイラとマケレレは動いているのだ。
▼フランスはビエイラとマケレレの出来にすべてがかかっている。
▼またその彼らが生かそうとしているジダンにとって、今大会は選手として最後。負け即引退の大会である。ジダンとともにカップをというモチベーションがフランスにはある。
ジダンドーピングである。


ポルトガル対フランス
▼両国の戦闘力を考えた場合、ポルトガルが落ちる。
▼そのうえジダンドーピングで燃えた中盤の壁がフランスには二人。
▼さてどうしたものか。ブラジウはエメルソンの不在を払拭できず、かつ、ホナウドの存在が前線のスペースを消し、加えて、これまでの楽な試合のつけが回って敗れた(おそらくだが日本がもっと強くて結果を出していれば、そしてホナウドに2点もあげなければブラジウは真剣になってフランスにも勝っていたはずだ)。
▼しかしながらポルトガルにはそこまでの隙はない。
▼それでもポルトガルにとっては厳しい戦いだ。
▼対戦成績もフランスが圧勝だ。しかし、この対戦成績というのもポルトガル低迷期の結果であって一概に参考にしていいか疑問が残る。
▼では、ブラジウと確実に違うポルトガルのポイントはどこか。それは両翼の攻撃力ではないか。クリスチャーノ・ロナウドとフィーゴの両翼はフランスを恐怖に陥れる確率は高い。
▼へたするとビエイラ、マケレレがサイドにひきだされ、空いた真中をデコに使われるなんてことも想像できる。フィーゴの怪我が大丈夫かということもあるが、なんとなくなのだが、フェリペの三味線くさいきもする。
▼両翼が折られたなら万事休するが、たとえばフィーゴからクリスチャーノロナウドへサイドチェンジ。ロナウドがドリブルで切り込みシュート。テュラムがクリア。それが、マニーシェの前に落ち、ダイレクトでシュート。ゴール?
▼またより大きな差は監督の力量。ドメネクとフェリペのどちらが優秀かは猿でもわかる。なので、わたくしでもわかる。
▼結果だ。期待をこめてポルトガル。コスティーニャがジダンを抑える。ポルトガルのチーム全員による中盤の運動量でフランスのビエイラ&マケレレ二人を翻弄する。

▼などと思っているわたしなのでしたが、早い話、贔屓のチームに勝ってねということでしかありません(苦笑)。
▼も、ひとついえば、フットボールはモチベーションと守備的MFが最初の一歩だな、と思えましたよ。あらためてね。

▼あ、それと、日本代表担当代理店の担当者の方へ。
▼現代において代理店はメディアに関わるモノコトには絶対に必要です。代理店の利益=国民の利益(フットボール者なら日本代表の勝利)となる必要があります。
▼そう考えて、川淵さんのウィークポイントを某メディアに流したようですが、これが、いわゆる家庭配達新聞や高学歴の愛国主義の方々も読む雑誌にフツウに記事として載ることを希望します。
▼目的は川淵さんの更迭ですね(笑)。
▼それができれば、現在の日本代表担当代理店様のこれからは最低4年間は安泰ですので。
▼老婆心ながら日本のフットボールファンを舐めると痛い目に会うかと。
▼いろいろ問題があろうと、日本が勝利し、日本のフットボールのためになるなら、社会常識や人間的良心を逸脱しようと、日本のフットボールにおける勝利が優先するのが日本のフットボールファンであることを、お忘れなく(笑)。

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domenica 2 luglio 2006

美しき他人の不幸 QF二日目

▼人が涙を流し嘆いている姿を見る。あまり気分がよいものではない。
▼やはり、まわりの人間には幸せでいてほしい。誰でもが思うことかもしれない。
▼だけれど、人間は、かなりの低い確率ではあるものの、他人の不幸に喜びを感じるという、あまり大きな声でいえない嗜好が確実にある。

▼当然わたくしにも、他人の不幸を見て、その美しさに随喜の涙を流せる場合がいくつかある。

▼そのひとつが、「イングランドが敗退したあとのイングランドファンの姿」。

▼それまで何度かイングランドファンが試合に負けて呆然としている姿を見てきたのだが、初めて美しいと思ったのは静岡のエコパでのW杯2002でのベスト8の試合後。
▼仙台(利府の陸上競技場)とともに史上最悪、後世に禍根を残した粗大ゴミスタジアムと揶揄される醜い静岡エコパでのことというのも皮肉ですが…。

▼掛川駅に近い南米料理の店で食事を摂っていたわたくしの視界に、ホワイトに赤十字のレプリカに見を包んだイングランドファンの一団が入ってきたときのこと。
▼彼らが注文するのはビール。ビール。ビール。ビール。
▼掛川に来るまでの新幹線の中でもビールばかり飲んでいたのも彼らイングランド人。
▼Euroでは近くのショッピングセンターでビールを買い求め、そこいらに小便を撒き散らし、またビールを買って飲みつづける。
▼ドイツ人とともに間違いなく人体構成要素の半分くらいがプリン体になっているんじゃないかと思われるほどビールを飲むのがイングランド人だ。

▼その掛川の店で、イングランド人は静かにビールを飲みはじめた。
▼そのうちひとりがトイレのそばに座り込んだ。
▼彼は、ひざを抱え泣きはじめる。そしてひざを抱えたまま、ビール、ビール、ビールである(ちなみに、ビールを水がわりに飲めない日本人のイングランドファンは、イングランドというものを理解できていないぞ)。

▼それを見たとき思った。

▼美しい。と。

▼ゴール裏にはマリファナと小便の匂いが充満。
▼傍若無人なふるまいと人種差別はお手のもの。
▼そんなイングランドファンが涙を流し、呆然と口をあけ、放心状態の中にいる姿は、何者にもかえがたい美しさを醸し出す。

▼敗者の美学を体現するイングランドファン。

▼イングランド人に不幸を!。この世で美しいもののひとつは、敗戦後のイングランドファンの姿だ。これは誰がなんと言おうと断言する。

▼ということで、今日はテレビごしながら、この世の美しさのひとつを久しぶりにかいま見ることが出来た。幸せである。

▼試合は、まあ、リカルドがいつのものように当たった。それだけだ。
▼もちろん、「8年ぶりに愚か者が帰ってきた」というイングランドの事情もあった。
▼それでも、リカルドだ。あとミゲルには感謝するように。ポルトのわたくしの定宿のお姉さん。ビットール・バイーヤ好きは知っているけれど(顔がいいし、FCポルトだし)、ここはわたくしのいうことを聞いといておくれ(笑)。

▼また、フィーゴをさげて若手の頑張りに期待し、PK戦でクリスチャーノ・ロナウドを使ったフェリポン。
▼もしも、わたくしが、ポルトガルの首相ならあなたにポルトガル国籍を進呈する(苦笑)。
▼Euro2008(観戦しますよ。わたし)とその後も鑑みた決断に敬服。

▼次の試合は、フランスが勝っちゃったよ。あららん。
▼あからさまだなあ。もう、これは、欧州の大会というしかないではないですかいな(大笑)。
世界のメディアの誉め殺し作戦がここにきてブラジウ相手に炸裂したという言い方もできるのでは?と思ったりも。
▼わたくしのここの文末での捨て台詞が実現しちゃった?(うーん)

▼さてさて、ポルトガルはコスティーニャが帰ってくる。あ、もちろんデコも。
▼フランス相手ですが、コンディションがいい方がいいんじゃないかなあ。そんな気が。
▼でもビエイラですよ。やっぱり、この大会は。

▼もう一方。
▼美しき他人の不幸理論からすれば、イングランドとともに、プリン体が身体の半分をしめているらしい(?)ドイツ人のドイツ敗戦後の反応もかなりいけてるので、期待します。
▼ということは、イタリアが決勝戦ですか。開催国枠とドーピング。どっちが勝つか。

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sabato 1 luglio 2006

QF一日目

▼20世紀中のわたくしは<アルゼンチン>とか<アルヘンティーナ>という音を耳にすると拒否反応で全身に蕁麻疹が現れていました。「アルゼンチンに悪魔の鉄槌を」と祈りを捧げるようなチームでした。

▼もちろん、マラドーナは80年代半ばからその凄みは認識してきたのですが、それは彼だけ。
▼アルゼンチンへの敬愛が生まれたのは21世紀に入ってからでした。

▼アルゼンチン贔屓になったという、いや、ならざるをえなかった理由は、かなり簡単。インテルがいつのまにやら、文句言えないほどアルゼンチン化。
▼お分かりですね。

▼もちろんドイツも住んでいた国ですし、いろいろお世話になった方や友達も多いわけで頑張ってくださいと棒読みのひとつもかます国ではありますけれど、インテルといえばアルゼンチン。
▼そういうことです。

▼そんなわたくしなので、今日は燃えるはず。

▼燃えたといえば、おまえ様方、やればできるじゃない、という試合だった、フランス対スペイン。あ、話はちょっと飛びます。
▼実は終わったとき、ちょっと涙ぐんでしまたのは50歳に近づき涙腺がゆるくなってきたからだけではないかと思います。
▼死闘でした。
▼スペインの若造どもとフランスのジジイ軍団(フットボールの世界での話ですが)。その中で、ビエイラの閃きと強さ。
▼美しかった。
▼今大会はジダンではなくビエイラだと思いますぜ、だんな。閑話休題。

▼さてドイツ対アルゼンチンですが、ひとことでいうと、開催国の試合だったという印象。
▼あれだけ燃えていたのに、途中で炎は消えました。
▼いくらアルゼンチンでも開催国相手にあれやられたら勝てませんね。
▼まあ、欧州ではやはりアルゼンチンはアルゼンチンであった、と。
▼欧州の人間から見ると、かつての欧州ラテン系貧国の中の貧民が移住していった国という記憶はぬぐえないのかもしれませんね。

▼でもってイタリアは、システマモッジで逆境ドーピング中。
▼ペッソットドープも注入されたのですから怖いものはない。
▼ペッソットは一命をとりとめてほんとよかったですが、それがイタリアを貶めようという輩の手配であったとしたら逆効果でしかありません。
▼イタリア人のメンタリティーがわかっていないなあ、と。

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