« aprile 2006 | Principale | giugno 2006 »

giovedì 18 maggio 2006

MOTHER3をなんとかクリア

▼30時間58分。
▼はやときの世界では問題外ですが、近年のRPGをやったことがない人にはそこそこかもしれないといった、どっちつかずのプレイタイムを費やし、やっとMOTHER3を終了したわたくしです。
▼って誰に報告しているのかよくわかりませんが、とにかく一応終了です。

▼さて、このMOTHER3。前2作とお話がつながっていることもあって、前2作をプレイしたファンにとっては、最後までプレイを続ければ、心くすぐるような統一感が訪れるのはほぼ間違いないことではないかと思う次第です。

▼ただし、このMOTHER3。ゲームそのものだけでなく、制作時から、いろいろな要素が激しく絡まり、前2作とは異なった方針や世界観、手法が提示されているようで、もしかしたら、プレイ中に違和感を覚える方もいたのかもしれません。

▼実はわたくしは、プレイをスタートしたときからその違和感を覚えた口かと思います。

▼なんといっても、MOTHERといえば音楽。あまたあるゲームにおける音楽の中、最も個人的に好ましい音楽を提供していて、かつ、それがゲームそのもののテーマとなっていた世界。そのあたりに惚れていたわたくしとしては、今回のMOTHER3については大いに不満を述べたいと思ったのでした。

▼早い話、鈴木慶一が音楽担当だったからゲームをやってみたということなんですけれどね。

▼そんな裏があったとしても、正直、今回のMOTHER3、音楽がなってない。そうわたくしは思うのです。
▼なんなんでしょうか。
▼辛うじて合格点をつけられるメロディーは、「ブヒブヒ」いって登場してくる敵たちが現れたときに聞こえてくる音楽だけではないかと。

▼とにかく、音楽ということに関しては、前2作との差は歴然。もちろん前2作が鈴木慶一によるものだったということはあるわけで、わたくしとして評価が甘くなるということはあるかと思いますが、そういったことを横に置いておいても、今回MOTHER3の音楽と、その扱いは残念でならない。

▼前2作において<メロディー>というのものが非常に大きな要素であったわけですが、今回、メロディーは基本的に「BGM」という位置付けになっているように感じます。

▼MOTHERをやりつづけてきた人間にとって「音楽」、とくに<メロディー>はゲームの目的であり、感動の<鍵>であったはず。それが「3」になて貶められた感じるのはわたくしだけなのでしょうか?。<針>と<同性愛>は<音楽>に勝てたのでしょうか?

▼やはり水戸黄門は印籠が出ないと落ち着かないし、ウルトラマンはスペシウム光線で決まるのであり、ウルトラセブンはウルトラホーク1号に代表されるメカとアンヌ隊員の豊満な肉体がないと成り立たないし、社長シリーズでは森繁社長の浮気は寸止めでなければ面白くない、と視聴者は思ってきたということは、間違いないはずです。間違ってたらごめんなさい。でもそれは見解の相違です。

▼同じように、MOTHERは、「音楽」がポイントになるという点が、MOTHERファンにおける一般的考えなのではないかと思うのです。ところがこのあたりが覆された。それがMOTHER3なのではないかと。

▼今回の「3」は、コピーライターである糸井氏とその事務所の方々による「日本語の文章」が、<詩>のように機能し、ゲーム中のあちらこちらで顔を出します。
▼それはゲームにおけるテーマのひとつではないかと感じられるほどです。

▼確実に、「日本語」ことに<ひらがな>を駆使し、かつ句読点のかわりの<全角スペース>を使った文章表現が ゲームの中で重要度をましていると感じました。

▼これは なぜなのでしょうか? いちおう そういう ひょうげんを いま してみました もどします。

▼一度、作者である糸井さんはMOTHER3の制作を途中で断念しているようです。おそらくなのですが、糸井さんが断念した頃というのはファイナルファンタジーが映画になったり、RPGの世界にも映画的な表現が求められていると思われていた、というか、つくり手にとって、ゲームを映画の(そして映画が総合芸術であるという幻想を共有する人々を納得させるための)ステージに持ち上げるため、エイゼンシュタイン以来の映画的な表現や手法を駆使してゲームを作っていこうという動きがあった時期です。

▼結局、MOTHER3はそういった映画の世界を意識したCGバリバリにはならなかったけれど、ゲームとしては世に現れた。

▼第6章は、映像美、で雄弁に語りたかったのではないだろうか。
▼各章の終わりのコトバ。それも本当はもしかしたらナレーションだったのかもしれませn。
▼そういったことを思いながら、プレイしていました。

▼正直、ゲームとしての物足りなさがなかったわけではないですけれど、これはこれでよかった、と思います。
▼ゲームとして考えるとあのエンディングから、実は次の冒険がはじまったり、といったボリューム感があったらどうだったでしょうか。
▼なんとなくなんですけれど、前2作にくらべゲームの世界が狭く感じられたんです。それを払拭するのは隠しステージか?とふと思っただけですけれど。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

sabato 13 maggio 2006

ユベントス問題はインテルにも影響しますか?

▼「いまさら何をいってるんでしょうね。ユベントスが不正で成り立っていることなど、昔から分っているわけでして」などといってしまったら、あとだしジャンケンのヒキョーモノでしかなくなってしまう。

▼「イタリアなんていうのは政治とマフィアとカルチョが密接な関係にあるのだから、ベルルスコーニ与党が敗退した今、こういった流れが出てくるのもフシギではない」なんて、しったかぶりするのもかっこ悪い。

▼そりゃあ、ユーベ戦は手をぬいて最小得点差で負けるのになぜインテルには牙を剥いてくるわけ?おまえらとは因縁なんてからっきしないのに、シエナ?とか、はたまた、そりゃあ杓子定規にとれば間接フリーキックだったかもしれませんよ、ええ、でも、インテルのカーザでそれはないでしょうよ、ユーベ戦ですか、そうですか、まあ、かつてホナウドがリゴーレとってもらえなかったもありましたしね、ええ、それをいちゃなんだけれど、ユーベの選手のファールはスルーされることが多いといわれているわけですが、まあ、それは目の錯覚かもしれません、ええ、CLのアーセナル戦での退場者続出も目の錯覚かもしれませんね、ええ、とか、あげつらうと、大小とりまぜ、こと試合を見ているだけでも、いろいろとまあ、ええ、いいたいことは星の数ほどでてくるわけですよ、ええ。

▼もちろんインテルのティフォーゾを自認し、基本的に東京にいるため年に数回しかメアッツァでの試合を見られないけれど、インテルへの愛の証(笑)に毎年インテルのアッボナメント(年間シート)を買って、今年もスクデットが春の霞と消えるとともに、「来季こそは」と17回目の期待感とともに年間シートの予約を行ったわたくしにとって、ユベントスがこの件で降格したりすれば腹のそこから指さして大笑いしてあげたいのはやまやまなのだけれど、その大笑いの声でオオグチあけたときに魚の骨がひっかかっていて心から笑えんといった気分になってしまう。ある意味複雑、というのが今の心境。

▼インテルが正義の味方といった気分はまったくないけれど、ユーベとかミランとかそのほかがいて、不利な笛をふかれ、さまざまな画策をされていようが、とにかくスクデットをとってほしかった。降格などはなくても、ここまでスキャンダラスであればなんらかのペナルティはあるのではないかと(イタリアだからそんなものはなかったということにする可能性はないわけではないので不確定要素満載)。

▼それでもです。わたくしが愚考するにこういった話がでてくれば、降格をまぬがれたとしても、当然、選手やファンの心には傷が残っているはず。来季のユベントスが今季までのユベントスであるかは甚だ疑問。

▼こうやって、書きながら、わたくし個人としてはどういう結果を望んでいるのか、ということについて、寝起きの頭で熟考していたのですが、こういうことかもしれません。
▼ユベントスには、これからも多くの膿が噴出しようと、何もなかったかのように厚顔をつらなきとおし、降格などのペナルティがあったとしても、裁判に持ち込み、数年は法廷闘争してもらえないでしょうか。その間にインテルがスクデットを取る。
▼なぜなら、ユーベやミランがかけたリーガでスクデット取っても、納得はできにくい。ユーベとミランには2勝。ローマとラツィオには1勝1分に加え、もちろんその他勝点いっぱいのスクデットでなければ納得できないようなそんな気分でしょうか。
▼などといったストイックな考えをしたあとにも、それでも、欲しいものは欲しい。欲しいものを手に入れるために邪魔ものは排除できればこれにまさるものはない。そう考えるとユベントスが降格となればバンバンザイ。そう考える自分もいます。
▼なぜって、インテルにとって、非常においしい状況になるから。それだけです。

▼とにかく複雑な心境というのはまだ続いていますが、確実なことはひとつあります。来季もインテルが試合をする限り、またわたくしは年間シートを買うのだということ。

▼などといっている昨今、ユベントスの問題はあっちこっちに飛び火して、不正試合問題で、フィオレンティーナとかラツィオとかもあがってしまいました。はてさて、どうなってしまうのでしょうか。うーん、全部落ちてくれてもいいけれど、そこまでじゃなくてもいいような。
▼それでも、CLにストレートインできるか否かは非常に大きいので、ユベントスの降格をお願いしてしまうのかな。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì 4 maggio 2006

Roma 1-1 INTER

▼いつのまにか、スクデットはちょっと無理じゃない?というpuntiになってしまい(というか、数学的に無理)、おまけにCLでは「王の村」チーム相手に敗退してしまうというインテル。

▼日曜日には、どうしようもない内容の試合で「ああ、こりゃ引き分けかな」と誰もが思ったところ、終了間際、マテラッツィがアウトゴール(オウンゴール)をかまして、0-1敗戦。
▼エンポリのセリエA残留をアシスト。
▼エンポリのティフォージ e ティフォーゼは感謝してくださいね(苦笑)。

▼といったなか、Coppaの決勝。ファーストレグ。いつものように日本では放送がないのでハイライトを見ただけでは、誰がなんと言おうと、細かいところはよくわからないため、沈黙は金。それでもfuoriで同点に追いついた=カーザでのアドバンタージョを得たという意味は非常に大きい。

▼確かにイタリアにおいては残念賞ではあるのだけれど、ないよりあったほうがいいんじゃないか。ということで、カーザでは0-0なり、勝つなりで、コッパを手に入れてほしいと思う昨今ではありますが。

| | Commenti (0) | TrackBack (0)

« aprile 2006 | Principale | giugno 2006 »