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martedì 7 febbraio 2006

奄美のグスク遺構

▼これは「奄美諸島史の憂鬱 琉球弧の歴史情報blog」へのトラックバックです。
▼「奄美 グスク」で検索を行ったところ、なんとも素晴らしいBlogにぶつかってしまい一挙に熟読させていただきました。
▼わたくしは沖縄本島と八重山のグスク遺構を訪ねているのですが、与論から奄美大島にかけてのこのような遺構群も、一度、みてみたいと思い、今年4月に奄美大島と徳之島のグスク詣でを行おうといろいろと調べはじめたところでした。
▼しかし、以前名嘉正八郎氏の書籍などで見られる程度でその数があまりに少なく「見るのは一日で終わってしまう」とがっかりしていたのです。
▼しかし、高梨さんの一連の論文やお話を読んで巷間語られている以外のグスク遺構と呼べるものがあるのかもしれないと思うと、非常に楽しみになってきました。
▼わたくしは沖縄本島を中心に、世界遺産クラスから地元でもほぼ忘れ去られた単なる森といった風情のグスクまで、大小200近くを巡ってきて、やはり仲松氏の見解は非常に示唆に富んでいると感じるものがありました。
▼著名な今帰仁グスクにしても、南部の糸数グスクにしてもグスク門前町or城下町としての中世部落跡と思われる周辺地域が遡上にあまりのぼらない不思議。「集落空間におけるグスクの在り方」ということでしょうか。
▼マキョ、マキヨといった古代部落や沖縄の部落における古島(かつての集落跡)の存在。部落聖地。古代墓地跡。本州などでいう鎮守の杜的?。
▼現在沖縄のグスクと呼ばれる遺構は按司の居城といった巷間語られるものだけではなく、歴史的に、それぞれさまざまな機能を備えた、かつそれらがあるときは重層的に重なっている遺構であった可能性が高いのではないかと愚考したりしております。
▼そういった側面から奄美のグスクを見るとどうなるのだろうか?そんなことをとりあえず今はぼんやりと思っている次第です。
▼また、北部に多い石垣遺構が見られないグスクというのも、北部の方が奄美に近いので、そういうものかもしれないとおもったりも(これはおそらく沖縄本島中南部と北部の地勢の違いから来ているのかもしれないと思ったりしてはおりますが)。
▼本島北部と奄美大島の雰囲気は少なくとも本島中南部と本島北部よりも似ていると感じています。
▼そういえば、加計呂麻島の「徳浜スフィンクス」と呼ばれている岬も、わたくし的にいうとグスク遺構(聖地、集団記憶地)?。初めて写真を見たとき、伊是名グスクや、飛鳥の香具山に思いをはせたりも。ただいいかげんな感想ですけれど。
▼本土では多くの寺や神社が貝塚跡や古墳跡、古代の岬突端に構築されていることも多いようですが、これはグスク的というか、グスク的遺構が社寺仏閣的?どちらも、どこか霊的な、またはHollyな観念を集団い想起させるという点が共通しているようにも・・・。と、ぼんやりとしたものを感じたり。
▼おっしゃるようにこれからひとつひとつ実証していくべきことかと思いますが。

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