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mercoledì 8 febbraio 2006

耳切坊主(みみちりぼうず)のサラバンジ

ムーンライダーズはいつもそばにいた。70年代以前の各国のポピュラーミュージックはいまでも追いかけてしまう。ウチナーや奄美の民謡はあたりまえに好き。パブロックは青春。その前は、アメリカのシンガーソングライターにどっぷりはまっていた。パンク&ニューウェイブの波は80年前後数年できちんと被った。といったことをいっているわたくし。

とりあえずウチナー発若い方むけの選択肢のひとつとしてのモンゴル800はよいなあと思う。いやモンゴル800がすでに日本列島の若い方の支持を受けているのかというと疑問がないわけではないが、そういうことにしておいてほしい。

ということで、オレンジレンジに興味のかけらもなく(モッズの喜屋武さんごめんね)、D51も遠い世界の音だと思っていたわたくしの耳に常に届いていたのだけれどアルバムを買うまでにいたらなかったのが、「耳切坊主」(みみちりぼうず)。

若い音には「いなたさ」がなければならないと思っているわたくしからすると当然合格なのだけれど、その先の音楽に対する観想がわたくしが是とする音の右斜め65度くらいをいったりきたりしていた。

なもので、常にアルバムは手にとるのだけれど、買うまでにいたらずということを繰り返してきたここ数年。みなさまいかがお過ごしですか?

sarabanji

そんなわたくしが、ついにこのアルバムは買ってしまった。<サラバンジ>。

まずジャケットがかな~り好みだった。その日買うアルバムが見当たらなかった。というわけで、久茂地リウボウ7階の普久原楽器の新婦もとい新譜コーナーーのヘッドフォンを1時間に渡って占拠して聞いてしまったのはわたくしです。

その結果、後日、コザの普久原楽器で購入したのでありました。めでたしめでたし。

このアルバム、わたくしには、本当に、ちょっと賢いいまのウチナーの子のすなおな心情が歌詞や音から感じられて非常によい。

今の沖縄の若い子はたぶん現在日本一の演奏力があるのでこのあたりの音は安心して聴けるということもあるのだけれど、それ以外に、やはり、こういった音は、2006年の沖縄なのだ、と感じられるところが、わたくし的に二重丸なのだ。

泡瀬でゴルフしたあとにハンバーガー食べながら聴くといいのかもしれないと思った。それも沖縄だ。そしてそれ以降はそのアメリカ的風景への憧憬と疑問と沖縄という島への心がゆっくりともたげてくる。

アメリカ的な消費文化の沖縄も真実の沖縄だ。だけど、その板一枚壁の向こうには、芸能の島であり続けてきた沖縄が顔をのぞかせてくる。そんな中に耳切坊主はいるんじゃないかと、思ったりしているのです。

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