沖縄はひとつ?
▼ここ数年恒例になってきた沖縄での新成人の大騒ぎのニュースを見ていて思うのだ。僕の知っている沖縄っぽくない行為だなあ、と。
▼もっとも、この手の子達は、那覇、浦添、南部地域では目にすることが珍しくないので、不思議ではないのだけれど、残念ながら(?)中北部でこういった暴れまわる子供たちをみることは稀なのだ。
▼これは「北谷までは行くけれど、那覇なんてここ10年行ったことがない」という人が中部地区に実際いるという現実を思い出せば不思議ではないかと思う。沖縄、沖縄とひとっからげにしても何も分からない。
▼おおまかに「南部」「那覇、浦添」「中部」「名護」「北部」と本島だけでも、5つぐらいの生活文化圏があり、それぞれに特徴があるといっていいのではないか。これに離島を入れれば、沖縄県には10前後の生活文化圏が存在するということになる。
▼考えてみれば、本土の首都圏であっても、足立区と目黒区の生活文化や価値観はまったく異なるし、大阪でも千里と長居では大きな生活文化の差異が見受けられる。それがあたりまえのことなのだ。
▼これは経済力だったり歴史であったり民族だったり宗教だったりさまざまな理由によるものだ。もしかしたら土地の記憶、積み重ねられてきた集合的無意識が醸し出す差異も原因のひとつなのかもしれない。
▼なので、那覇、浦添、南部あたりの出身中学同窓生が成人式後に集まって騒ぐというのは、独自の生活文化を維持している地域の独自の文化と考えていいのではないだろうか。。
▼ひとついえば、この騒ぎ方は21世紀になってからはじまったもので、それ以前は皆無であったという点は心にとどめておきたい。そして、この21世紀からというのは沖縄移住ブームが顕在かしてからであったりするのもなにやらポイントのような気がしないでもない。
▼昨年だったかちょうど成人式の時に那覇、コザあたりをふらふらしていたのだが、国道を爆走するトラックの上で新成人が拡声器を使って大声をだしていた。いわく「みーやうち、みーやうち」。おそらく新成人の一人を祝っていたのだろうが、この苗字、沖縄のものではない。あったとしてもかなり珍しい苗字である。
▼沖縄戦で30万人近くが亡くなっている。その多くの方が南部で犠牲になった方たちだ。では、なぜ南部が激戦地になったかといえば日本軍が大々的に展開していたからである。
▼そして日本軍が展開しているところには、軍役についていた旧日本人としての大陸出身者が大量に存在していた。とくに航空基地や港の周辺。これは戦前の日本いおいてはごくごくあたりまえの事実。おそらく、戦前、戦中の沖縄の航空基地なら、小禄、読谷、桃原、伊江島。港なら中城湾と那覇港。このあたりには多くの軍役の一般人がいたのは間違いがないところである。
▼彼らの中には職を求め、軍役のために海峡を渡ってきた人たちがかなりいた。そんな彼らが戦後GHQの政策で沖縄から大陸に帰ったかというと、これがなんとも、まったく資料が見つからない不思議。彼らはどこへ消えたんだろうか?。もちろん、戦前は日本人であるので、日本人として、つまり沖縄県民として生きることも可能だったのではあるが。
▼そういえば、今にも続く社大党などの沖縄独自の政党というのも、なかなか興味深い。
▼歴史書や伝説、神話、考古学、グスクなどから鑑みるに、沖縄には日本本土から武力を持った集団がやってきていたと考えるのが自然である。舜天は源氏系という伝説がある。あるところでは、南走平家の一門がやってきたという意見もある。
▼事実はわからないが、本土からなんらかの生活文化様式と武力をもった集団が11世紀から12世紀にかけて大量に沖縄にやってきたことを否定する事実もない。
▼未だに、沖縄南部を中心とした島尻郡に、伊是名と伊平屋が属しているのは、第一、第二尚氏の両系統の出身だからだろうが、なぜ北の島が…。確かに本土には近いが。
▼それをいったら、南部に島尻がある。頭は北。国頭(くにがみ)。
▼I氏の一族は沖縄の石油王一族で本部半島の出身らしいが、氏は、子供ころヤマトゥーと呼ばれていたという話もある。
▼門中関係の本を見ていても、本土に出自を遡れる家がいくつも散見するのが沖縄である。たとえば、著名政治家一族のO氏の出自は鹿児島らしい。不思議と沖縄の政財界でそれなりの地位を得ている人間は明治維新前に沖縄に土着していた本土出身が少なくないのも面白い。
▼いろいろな過去の事実を積み上げていくと、常に本土から人を受け入れつづけてきたことで、沖縄は地域ごとに、独自の文化を創造していくことになったように考えるのが自然ではないか。もちろん中国などの影響もないわけではないが、それは表層的なもののように思える。
▼「沖縄」はひとつではない。地域文化でもイデオロギーでも人類学的にも、さまざまな出自とさまざまな考え方の人間がこの小さな島の中に生きてきた。そして独自の地域文化を作り続けてきた。そしてそれは今も続いている。
▼海はつながっているのだから、いろいろな人が集まってきた歴史があったしても、なんの不思議もない。一方で、海は世界を遮断することもできる。つまり「シマ」は固有の独自文化を育てる揺籃となりえる。
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