あるクラブの降格によせて
ぼくが大学受験を控えた秋のこと。今でも鮮明に覚えているんだけれど、西が丘で緑色のユニフォームのフットボールクラブがJSLの一部昇格を決めた。そのころの西が丘は地方の野球場によくあるコンクリートBOXベンチで、その上でよくわかんない人たちが応援したり、外国人の応援が派手に行われていた。
そのクラブの存在は80年代の日本サッカー不毛の時代にあって、辛うじて日本サッカー界がレベルを保つことができた理由のひとつであったことは間違いない。また、大方の新聞がサッカーについては、得点結果だけを知らせる程度の扱いでしかなかったにもかかわらず、そのクラブの親会社は、きちんとした記者による日本サッカーについての報道を行っていた。
ぼくはといえば、JSL時代、日本においてまともなフットボールを見せてくれるクラブはこのクラブだけだったので、暇があれば見にいっていたし、いろいろな場面にも立ち会ってきた。正直いって、80年代の日本代表とこのクラブが試合をしたら、このクラブが勝っていたことは間違いない。
JSLとしてはあまりに他の実業団サッカーチームとはレベルが違ったこともあって、あの手この手で、このクラブをイビってきた。後に日本代表になるブラジウ人を1年以上出場停止になるように仕込んだり、言われもない難癖をつけたりと、子供心に「日本の企業というのは、本当に陰険なんだなあ」と思ったりもしたのだった。そのイビリの中心だったのは、今の日本サッカー協会会長だったり、浦和のGMだったり、「地域密着」といった広告代理店から指示された言葉を繰り返す、そういった人たちが所属していた企業だったわけである。
そういった暗黒時代から、Jリーグがはじまることになった時、このクラブは金を使って選手を集めはじめた。
ぼくは、JSL時代の姑息な集団である日産(現横浜FM。しかし、FMって名前と経緯からして姑息なのは日産の伝統である)から柱谷の弟がやってくることが決まったとき、このクラブの試合を見に行くのを止めた。はっきり書いてしまうが、柱谷弟が来ることが許せなかった。ぼくにとって世界一嫌いな人間のひとりが柱谷弟である。プレー、発言、人間性。すべてにおいて、品性のかけらもない人間であると思っているし、たぶんそうだ。
案の定、その後のイングランドで行われた日本代表の遠征試合で、柱谷弟はハンドで点を防いだ。ぼくは帰り際、イングランド人とスウェーデン人から「日本のフットボールのルールではキーパーが二人なのか?」「日本ではDFが手を使っていいのか?」と嫌味を言われた。厚顔無恥、品性のかけらも感じられない柱谷弟が、憎からず思っていたクラブに、やってきたのである。
そのとき思ったのだ。柱谷弟が、このクラブのOBになるわけである。後々、偉そうに、何かをほざくことになるわけである。これが同じ内容であっても、いや、もっと内容がないことであっても、ラモスがいうなら判らないでもない。「ラモスがいうならしょうがない」というテーゼは80年代に日本のフットボールを見つづけてきた人間にとってはあたりまえのことだからだ。しかし、柱谷弟がOB風ふかすようなクラブは許せなかった。
このクラブにはいろいろと好きな選手はたくさんいたのだけれど、ぼくはこのときから、積極的にこのクラブを見に行くのはやめた。そして、このクラブははじまったJリーグで何度かタイトルをさらっていくことになる。
今のJリーグファンにとって、現東京ヴェルディ1969は「Jリーグの理念を守らないクラブ」、「地元密着を拒否するクラブ」、「地方自治体を裏切るクラブ」といったイメージになるのかもしれない。
日本のフットボールの歴史に無頓着なあるFC東京ファンが「緑蟲」という、なんともお里の知れる品性のカケラもない名称を与え、それが広がっていることもぼくは十分承知している。川崎から東京に舞い戻ったはいいが、調布の青年会議所の方々が、一度ヴェルディに裏切られたこともあり、憎さ一億倍。さまざまな邪魔を行い、かつ擦り寄ってきてくれたFC東京のために並々ならぬ尽力を行っていることもぼくは知っている。まあ、東京ヴェルディ自体自業自得というところもあり、そんなに調布の方々がいきり立っても、東京ヴェルディ側が勝手に的外れなことをしているのだから、何をかいわんや。
それでもヴェルディは、やっぱりなんとなく強かったりするクラブという地位は得てきたし、事実昨年の天皇杯は優勝している。弱いチームではない。ただし、圧倒的に強いチームでもない。それが事実だろう。
そのヴェルディのJ2降格が決まった。どこかに一抹の寂しさがないわけではない。しかし、悔しいとか悲しいという感慨はない。ある意味、これはJリーグが始まったときから収斂していくべき結果だったのでは?と愚考する。
広告代理店主導による「地域密着」という名称の新しい金権利権装置&純朴日本人資産収奪装置は、この15年近く、非常にうまく機能してきているといっていいだろう。
一方でそこからはみ出してきた東京ヴェルディはこの収奪装置プロジェクトからすると必要がない要素である。必要がない、利益にならないモノ、コト、ヒトは淘汰される。それが資本主義下における掟。この資本主義の掟がきちんと発動した結果であるということではないだろうか。
いみじくもヴェルディに引導を渡したのは、旧日立。JSL時代は、さんざんヴェルディの前身クラブに痛めつけられてきたので、レギュレーションなどで邪魔をしたり、審判の肩をたたいたりしてきたチームだ。江戸の敵を柏で討ったということになるかな?。
とりあえず来年J2とACLを戦うことになるヴェルディ。2部のクラブがチャンピオンズリーグというのもなかなかないことなので、アジアの暑いところに遠征になるなら、アウェイ旅行にいってみようかな、とくだらないことを考えたりするぼくである。そういえば、ヴェルディの試合って、エジムンドがいたときに東京の新興宗教地帯で観戦して以来、スタジアムでは見てないなあ。
さて、ヴェルディの未来はどっちにあるのだろうか?


