沖縄本島南部一部縦断
2週間ぶりに那覇で一泊したので、午前中に用事を済ませ、昼前にバスで百名方面へ向かう。途中、糸数入口で下車。オレはどこへいくのだろうか。とりあえず、いけるところまでいく。今日はそう決めていたので。
まずは坂道を登って糸数城跡へ。近隣の小高い尾根の突端に作られたグスクで、その敷地はかなり広い。石積みの城壁も以前に比べるとかなり復元され、じっくり見ると30分以上はかかるのではないかと。残っている城壁跡はなんとなくだが、石垣のフルスト原遺跡のようだし、雰囲気は浦添城跡のそれか。
驚いたことに、ここ糸数グスクは本島南部でもかなり東側にあるのだけれど、ここからは那覇、首里方面だけでなく、その西方に浮かぶ慶良間の島影が確認できたのだ。晴れた日ならもっとはっきりと見えるのではないだろうか。
しかしこんなところにバスと徒歩で来るやつはそんなに多くはない。実際、ウガミにきていた家族と昼時にお弁当を食べにきたニイニイも、あたりまえだが車でやってきている。さて、どうするか。思ったより今日は体調が良い。そこで、今朝、考えていたことを実行に移すことにした。
それは、ここから、普通は車で走るグスクロードとかいう舗装道を歩いて、玉城城跡、ミントングスク、垣花城跡をたどっていくグスクめぐりの徒歩旅行。直線距離でほぼ5kmほどか。そうと決まったら、夜の6時には那覇にいなくてはならなかったので、とっとと行動に移す。
糸数城から東に出ると丘陵地帯の荒地にでる。オレのこのブログをきちんと読んでくれている人ならピンとくるかと思うけど、そう、この荒地、どう見ても、古の集落跡に違いない。遠目に石垣跡が見て取れるのだ。本土的にいえば、「糸数城の城下町」といったあたりになるのだろうか?もしかしたら、「門前町」かもしれないが。
歩くこと20分。グスクロード公園という名前がついた地方交付金を拝領して作ったのであるなら地方活性化に寄与したであろう公園にたどり着く。正直、地方交付金による活性化など、個人的に興味がないので、この公園そのものに興味をもてなかったわけだけれど、ただひとつ玉城村中学校発祥地という看板には興味が引かれた。おお、そういうことか。確かに、一周200m強ぐらいのトラック跡も残っている。学校かあ。
この公園から10分。玉城城跡につく。中腹の井戸のあたりで数人の人がお参りをしている。邪魔しないように山頂を目指す。山頂部の自然石をくりぬいたと思われる入り口がポイントのひとつ。アメ公が記念撮影している写真などを書籍などで目にすることがある。なんでも下方の郭の石はアメ公が土木作業用に持ち去ったとのこと。
文化と歴史がないアメリカのことなのでどこまで本気がわからないが、正直いえばやつらのほとんどは脳が足りない。アメリカ人がくだらないことを、しでかしたという点についてはご先祖さまから代々の日本人であるなら納得してもらえるだろう。
玉城城跡から坂を下っていき邸宅が立ち並ぶあたりを越えるとバス通りに到着。左に曲がって坂をあがり、右手の丘を時計回りに回りこむと垣花城跡の登り口。
判っている方なら、バス通りを右折してすぐのミントングスクを先に見た方が効率がいいのでは?と思うかもしれない。もちろん先に見ようと一度坂を下った。しかしミントングスクはご存知のように個人の屋敷の敷地内。そのため、ウガミさせてもらうために家の方に声をかけたのだが留守のようで返事がない。ぱっと入ってしまうことも可能だが、それでは不法侵入になってしまう。そのため、ミントングスクは後でもう一度来ることにして、垣花城跡を先にしたという按配。
垣花城跡の頂上付近の広場はかなり大きなものだった。以前行った具志川(うるま市)の兼箇段グスクのような雰囲気もある。しかしこちらは石垣も若干残っている。草木の間からエメラルドグリーンの海と青い空が顔をのぞかせている。木漏れ陽が葉っぱに揺れながら地面に降り注ぐ。静かな午後。
同じ道を下ってきて車道に出ると、垣花樋川(かきはなうふがー)が近いという看板が目に付いた。なんでも日本の名水百選に選ばれたらしい。とりあえず水場は好きなので行ってみる。車道から急な石畳の坂道を下り数分。そこには、絵に描いたような風景が待っていた。流れる水、小さな池、木陰を作る木、下界に広がる街と翠海。視界の半分は白雲をところどころに塗りつけた紺碧の空。池のほとりの木陰のベンチにはカップルがはだしになって休息中。

幸せの図を眺めてから再び降りてきた坂を登る。すぐにミントングスクへ向かうつもりだったが、ちょっと思うところがあり右折して知念町方面へ。目的は達することはできなかったが、段丘の上に長年に渡って育まれてきた人の営みを感じることもできた。
しかしこの一帯は沖縄戦の激戦地でもあったのだという事実も一方にはある。確かにグスクロードの道すがらあちこちに死の匂いを感じた。のしかかってくるような匂い。
来た道を再び戻ってミントングスクへ。沖縄発祥の地と伝えられるグスク遺構だ。しかしやはり家人はお留守。また近いうちに再訪することを決める。
なんといっても太平洋に向かう急な斜面に作られたこの仲村渠(なかんだかり)地区の集落には旧家が多く、琉球各地に子孫が繁栄したといういい伝えもある。またミントングスクは東御廻いのウガミの地。また、この仲村渠には仲村渠樋川があり、津堅島の石工が作ったという立派な建造物があったり。
つまりこの仲村渠集落は沖縄の歴史、精神、呪術、祭礼において重要な土地のひとつといっていいと思われる。
といったところで時間をみたら4時近い。6時には那覇にいるということは、この時間の那覇での渋滞を考えるとそろそろ出てもいいころである。混んでいなければ車で30~40分の距離なのだけれど。
ということで10分ほど待ってやってきたバスに乗って那覇へ向かう。バスの中には学校帰りの小学生の嬌声であふれていた。
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