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martedì 31 maggio 2005

[020] Wear Your Love Like Heaven

MRIドノバンの名曲。

今、21世紀も5年過ぎた段階で、改めて考えるまでもないかもしれないけれど、あえて、マヌケなことをいえば、やはり、雑誌“びっくりハウス”から、The Beatniksでカバーされたこの曲は生まれたといっていいのではないだろうか?

高橋ユキヒロと鈴木慶一のユニットであるThe Beatniks。

このユニットが最初に世に出たのは「びっくりハウス」誌上であったことは、ヤザワに行かなかった日本語ロック好きな、現在のアキバ系やらアニメおたくやら、美大系な子たちと存在として、リンクする可能性が高い当時の若者にとっては旧知の事実なのだけれど、そのびっくりハウスや、高橋ユキヒロの深夜放送の肌ざわりとは異なる、言ってみれば努めてストイックな音楽世界を構築していたのが、ビートニクスなのではなかったかと思うのです。

いってみれば、高橋ユキヒロのシャイなお洒落さと鈴木慶一の抑制しない快楽とが重なったような。そんなふたりのスタンスがこの曲には如実に現れているようにも感じるわけです。

Beatniksが21世紀に入って発売したアルバムからのこの曲を聴いたとき、びっくりハウスで主催していた「エンピツ賞」に応募した自分の作品が佳作であったことが、なぜか、納得できたようにも思う。

渋谷の区役所通り、いや、そのころはすでに公園通りとよばれていた通りの一角で行われていた日本の頭脳の研磨行為。その削りカスを集めたところにこの曲は屹立しているような、そんな気がしてならないのです。

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lunedì 30 maggio 2005

ム−ンライダ−ズ P.W Babies Paperback

pw.jpg3週間ほど前に発売された新譜。

しかし、正直いって、このアルバム、いまだなんだかよくわかっていない。

ところどころ、ああ、この音色はいいな、とか、この無理やりなメロディラインは「ら・し・い」、とか。そんなことを思うのだけれど、おれのツボに絡む曲がまだ浮かび上がってこない。

だいたいムーンライダーズのアルバムを一回聴いただけで、好きになるなんて、ほぼ不可能であることは30年間実証されてきているので、不思議なことではない。

また、21世紀以降、いや、いま考えてみてると1993年以降のムーンライダーズは、おれにとって“日ごろは音沙汰がないけれど忘れた頃に出会って、ちょっとのあいだ時間を共有する古い親友”。関係性というポジションはこのあたりだと思う。

そのため、聴いていて飽きることはないのだが、「これだよな」、という感動に似た共感はどんどん少なくなっている。増えていたら気持ち悪いのでこれはこれで健全。ただ、もちろん何度か聴いているうちに、iPodでベスト25に入るような曲にメタモルフォーゼしていくこともないわけではない。

それにしても、このアルバムは、「まだ」よくわからない。ただ繰り返し聴いていてもイヤにならない音作りがなされているのはあたりまえなので、まだまだリピートを。

タイトルが“P.W Babies Paperback”と聞いたとき、「PWといえば“PW無情”だよなぁ」などと金城実先生の名曲を思い出したのはムーンライダーズ歴と同じくらい沖縄歴が長いからかもしれない。結果、このアルバム“P.W Babies Paperback”に含有されていると推察される隠喩から考察すれば当たらずとも遠からじ、か。

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domenica 29 maggio 2005

Promossa in C1, Pro Sesto

インテルがプリマベーラ選手をいっぱい出してレッジーナの残留を手助けするというかどっちでもいいんでまあ適当に0-0という試合して、Napoliもプレイオフ第一戦で引分けを演じていた前日のことだ。

Pro SestoがC2aの今季最終戦を引分け、なんとなんと、優勝してしまったのであった。16勝10分8敗で勝点58。2位Pizzighettoneと1puntoの差。ということで、このエントリーのタイトルどおり。Pro Sestoの来季の舞台はC1。間違いなく、C1aで戦うことになる。

2月末に見た時、これなら大崩れはないだろうし、もしかしたら優勝の可能性もと書いたとおりの結果だ。インテルに関する以外のぼくのフットボール関連予想は結構あたるという事実がまたひとつ増えてしまった。インテルに関するそういう事実が増えてほしいぼくではあるけれど、毎年何試合かは見ているPro SestoがいよいよC1aか、というと若干の感慨がないわけではない。

一方、C1aでは知人が多い町Busto ArsizioのPro Patoriaが残留を決めている。05-06は、Pro Sesto対Pro Patriaだ。

C1aからは現在Prato(Vieriがプロ生活をはじめたクラブだ)のC2への降格は決定。現在Playoffとともに、このなんとも殺伐とした物悲しさに苛まれた真剣勝負であるPlayoutも行われていて、最後の地獄への椅子をComo、Vittoria、Fidelis Andria、Novaraで争っているという状況。来週地獄行きが決着。

C1aからBへはバイオリン職人の町Cremoneseが久々に昇格を決め、残りひとつの席をMantova、Grosseto、Pavia、Frosinoneで争っている最中。

でもなあ、性格が捻じ曲がっているというなら甘んじてその意見を受け入れますが、Playoffはやっぱり燃えません。やっぱり、これに負けるとどっちかが落ちるというPlayoutの方が見ていて一億倍、楽しい。当事者じゃないから言えることだけれど…。

そういえばSerieAも、BolognaとParmaでPlayoutであった。FiorentinaかChievoの降格を望んでいたのでけれど、かなわなかったので、こうなったらParmaのB降格を神に祈るのであります。

ちなみに、Fiorentinaは個人的に嫌い。Chievoはインテルの苦手。Parmaもインテルの苦手。ということで。

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sabato 28 maggio 2005

ユリイカ 特集ムーンライダーズ

ユリイカの2005年6月号はムーンライダーズの特集。日本の雑誌はまず自分で買わないだけでなく、気にもしていなかったので、たまたま買ってきてもらったものを、そのまま数時間で読了。

ムーンライダーズは、その前身的バンドである、はちみつぱい時代からライブへ通いレコードを買ってきているので、個人的にファン歴はもう30年は越えたことになる。学生時代の同級生や同世代以上の人も同じファン歴を積み重ねているわけで、とくにぼくが珍しい存在ということはない。

それでも、ネット上のWebやBlogなどを見ていると、その書き手はぼくより若い方が多いようである。だいたいアマチュアアカデミー前後からのファンのようだ。そういう人たちの言葉を読むのは楽しいのだけれど、時にステレオタイプ化しているように感じることもある。

曰く「メンバーは50歳以上」、「日本最古の現役ロックバンド」、「知るひとぞ知る」。

そして今回のユリイカの特集をパラパラ読みながら、ネット上でのムーンライダーズに関するいろいろな人の文章を含めて、改めて気がついたのけれど、「もしかしたら、いまムーンライダーズを語る場合、歌詞についての言説が多くなっていまいか??」ということ。

もちろんユリイカは「日本語」を生業とする雑誌なので、ムーンライダーズの音楽の一翼をになう「日本語」を各論の中心に据えるという点は疑問の余地なく正しいが、これはユリイカだからということだけではなく、ムーンライダーズ関連のネットでの文章が現在、歌詞について語る傾向が多いように感じたのだ。

ムーンライダーズの楽曲の歌詞には暗喩と隠喩にあふれ時代の斜め下あたりを軽く抉る鋭さを感じる。ここに文章の視点を求める行為はひとつの方法論だ。だけれど、ムーンライダーズはあくまで音楽による表現に身をやつしてきたグループであるわけで、このあたり、音やサウンドにも考察を加えた文章が昨今ちょっと少ないかなと。

そんな中で、今号のユリイカでの細馬さん(一緒に昔、本を書いた人だけれど)のムーンライダーズに関するコラムはコーラスという部分を取り上げているあたり、さすがだなあという感想。

サウンドという観点から語るに、今は、言葉が喪失気味なのかもしれないけれど。

加えて、今回のユリイカでもそうなのだが、最近のムーンライダーズに関する言説で足りないのは、ムーンライダーズがあくまで東京の湾岸地区のバンドという視点ではないか、と。

昔、発売されたベストアルバムのタイトルで“東京一は日本一”(確か矢吹申彦さんがタイトルをつけたという話だった)があるのだけれど、ムーンライダーズは東京原住民の心情を体現してきたバンドという意識がぼくにはある。

首都ではない東京。その海沿いの。

東京という地方で29年続いたローカルバンド、ムーンライダーズ。

東京以外で生活してきた人にはピンとこないかもしれない、東京の湾岸地帯の空気みたいなものを、渋谷百軒店の伝説をムーンライダーズに感じる。そんなぼくやぼくの友達が結構いたりするのだ。でもあの頃のあのあたりのあの空気を、今の言葉で語れる人はそんなに多くないかもしれない。

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mercoledì 25 maggio 2005

カエターノ・ヴェローゾ東京公演

夕方近くになってきてなんだかめんどくさくなってきて行こうかどうか迷ってしまったのだが、とりあえず有楽町を目指す。むかし都庁があった東京フォーラム。ここでカエターノ・ヴェローゾの8年ぶりの日本公演が行われる。

到着は開演10分前。入り口には人がたくさんいて、それだけで「帰りたいなあ」という気になってきてしまうのだが、せっかく来たのだからということで、席につく。

開演時間に遅れること10分。緞帳があがりカエターノのつまびくギターの音が聞こえてきた。うむ。とりあえず見るぞ、聞くぞ。そう身構えたのだけれど、すぐに身体がやわらかく、心地よくなってきて、先ほどまでの不快感が溶けて流れていく。

とても気持ちよくて面白い。楽しい。まず、カエターノの声。オーバートーンも含んだ揺らぎ。これは天性のもので、「良い」ということは、はじめからわかっていたわけで驚くにあたらない。そのカエターノの声に絡む、それぞれ屹立した音。これらが、あまりに素晴しい。

ギター、ベース、チェロ、パーカッション、ドラム。超一流のミュージシャンたちによる、ボサノバ&ジャズを骨にしたブラジルポップスの王道。過剰な快楽で埋められた時間と音空間をどんどんそぎ落としていったのち、どこまでシンプルでかつ有機的な表現にたどりつけるのか。墨絵やわびさびの世界にも通じる音色の隙間。その隙間にあるのは、あまりにマニアックな狂気といってもいいサウンドのコラージュ。たっぷり二時間。「堪能した」という陳腐な表現が、今夜はとても正しい。8000円という値段は高くなかった。

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lunedì 23 maggio 2005

“通堂”ラーメンとその周辺

小禄駅周辺をふらふらしていたら、“通堂”(とんどう)というラーメン屋が。日ごろほとんどラーメンを食べないものの、有名らしいということは知っていたので話のネタに入店。男味と女味というのがあったが男の子なので男味。

内装などは今どきの風情。若者なんぞには受けるのかもしれない。店員も若い子が多い。カウンターにはもやしやら醤油漬けにんにくやらが置いてある。水の代わりに紅茶。

件のラーメンはとんこつ塩味らしい。食べきれない場合失礼なのでミニというものにしたのだけど、結果これが正解。まず、正直にいってスープにあまり旨みが感じられない。八重食堂に代表される名護周辺のそば屋のスープに感じられるあの強烈なダシを好むおれだからしょうがないのかもしれないのだけれど、ちょっと物足りない。そして最初口をつけたとき立ち上る豚くささ。これも気になった。チャーシューは悪くないのだけど…。またまわりにおいてあるもやしは辛すぎ。しょうゆ漬けにんにくもつかりが足りない。一番おいしかったのは…、紅茶だった(笑)。

こういうのが最近の流行というか話題になるというか、そういうものなのだなあという感想。このラーメンを好きという人がいる可能性があるだろうことは否定しないけれど、「もう一度行くか?」といわれたら、「現状それはない」といわせてもらう。昼飯に、港町の「えんがん」でアバサー汁の濃厚な旨みを味わっていたということもあるのかもしれないので、もうちょっと頑張ってもらって風の噂が再び届いたらトライしてみたい。

それはそうとこの小禄駅周辺は改めて歩いてみると、こんもりした公園が実は昔からの拝所であることを知った。よくよく考えたらこのあたりの字名は金城(かなぐすく)なのだから、この公園が“かなぐすく”なのだろう。山頂付近には拝所が7つ。中腹にひとつ。風葬場所にしては、それらしい窪みなどもない。しかしあたりの様子を考えると、古代集落跡と考えてもいいのかもしれないと妄想が巡る。

ぐるりを巡って戻ってくると一台のワンボックスバンが“カナグスク”の南側の道に止まっていた。サイドにはXXX福祉事務所の文字が。その車の中から、白髪頭のオバァがカナグスクへ向かって祈りをあげている。ふと見ると歩道には供え物が並ぶ。老人ホームに入っているオバァが職員に連れられて拝願に来たのだろうか。拝所で祈りを上げる姿は何千回と見ているけれど、今回はちょっと珍しい光景だったので立ち止まって数分食い入るように見てしまった。

幼稚園から高校までがすぐそばにそろい、今時のファッショに身を包んだ子が行き交う道端で、祖先崇拝が行われる。これも沖縄のいまの光景といえるのかもしれない。

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lunedì 16 maggio 2005

中途半端なかんじ

sora.jpg

梅雨の中休みというか今日の那覇空港からの空はこんなかんじでありました。
なんというか、3位確定=CL予備戦から、が決まった今季のインテルのような。インテルの場合、残るはコッパ。

どうでもいいのだけれど、今年は本当に、那覇空港の自衛隊機が頻繁に離着陸くりかえしてたり。

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domenica 15 maggio 2005

1-2 佐川東京勝利

ソニー仙台 1-2 佐川東京SC @仙台スタジアム

本当はぶなの原生林かFC琉球の試合を見に美浜に行こうかと思っていたのだけれど、なぜか仙台に来てしまった。もちろん宮城県の仙台であります。

新しくなる前の仙台空港に来たことはあるけれど、降り立ってみると、なんというか、小さくした関空といった風情のターミナル。那覇空港や羽田の第二ターミナルもそうだが新空港というのはあまり特徴がないもんだ、などと思いに一瞬だけふけるおれ。

仙台駅行きのバスにはたくさん人が並んでいたものの、乗ろうとしている“泉中央”行き、そう仙台空港から、仙台スタジアムのある“泉中央”駅まで直通のバスがあるのでした。こっちの方の客はおれ一人。

バスは空港を出て高速にのり、仙台市街地の東側をぬけ、利府まで行き、片側一車線の高速(?)道路に入り、なんとかという山奥の終点で一般道へ。バスの高速代は1600円。こっちの運賃は1000円。いいのか?

高速終点手前の左側には、3年ほど前、日本がトルコに負けた宮城スタジアムが見える。こんなところにみんな行ったのですか。いやはや、ほんと、ごくろうさまです。確かに静岡スタジアムの比ではないド田舎。そりゃ負ける。勝てるわけがない。卒倒しそうになったが、別にここで下りるわけではないので気を取り直すのでした。

と、思ったのもつかのま、バスはどんどん山奥へと入っていく。携帯の電波も届かなくなった。おれはどこへいくんだろう。不安になるほどの山奥である。外は暗くなり土砂降りの雨がバスの窓を叩きつける。なんということでしょう。そんな不安な気持ちのまま走っていくと、以前見たことがある一般道に出る。雨もやんできた。というこで空港から50分で泉中央駅に到着。

到着とともに起きてから何も食べていないことに気がつき、食事をとることにする。本当は仙台に来たら魚を食うのが人として当然の行為なのだけれど、このへんの食い物屋はあまり知らない。そのため、本意ではないが駅の上にある喜助で牛タン定食。うん、まあ、普通に食えるんですけど、これだと、京急川崎近くにある牛タン屋でもいいんじゃないか?と再確認。やはり仙台は海の幸の方がよいと思われる。

1500円(値上げしたな)払って、ビルを出ると外は土砂降りである。傘を持ってきていなかったので1階に下りて、しばし雨宿り。すると昔、昔、20年近く前、一緒にJSL時代の“しょうがないんだけれど頭を使わない「サッカー」”を真剣に見ていた頃の知人にばったりでくわす。いわゆる国家公務員のキャリアなんですが、2年ほど前から仙台の某役所に出向で来ているとか。今日はやはりソニー仙台対佐川東京を見に来たとのこと。傘を持っていたので入れてもらって、スタジアムまで走り、チケットを買って、入場。試合はすでにはじまっていた。そのままソニー側で観戦開始。

佐川東京は今日はというかいつものように、3バックで、中盤は右に公平。左に戸田。中に、山根と熊谷。山本がちょっと下がり目で、堀と大久保のFW。

ここまで負けがこんでいたのがうそのように今日は守備がよい。前線からのプレス。守る時は両ウイングが下がって5バックぎみになる固さもあった。池田が湘南へ行ってしまったわけだが、災い転じて福となす、とでも言おうか、公平と戸田、とくに左のウイングに入った戸田の守備意識の高さ、前線への飛び出し、真中のプレーヤーとの連携など安心してみていられた。相手の両サイドのケアできているし。そして、なにより山根、熊谷というボランチふたりの力が傑出している。結局のところ、ちょっとしたミスを除いて前半は相手にはほとんど何もさせていない印象。

一方攻めの方は、大久保の頭へのロングボールがまず基本線。そこからはたいたり落としたり、こぼれたり、負けたりしながら、堀と山本が走り回り、サイドに流れれば、公平、戸田が何度も深くえぐり、山本がうらを狙いまくる。山本は攻撃に守備に、スペースへと縦横無尽の動きであった。

前半20分すぎ、良い形を何度かみせていた佐川東京に先取点が入る。熊谷から逆サイドをかけあがった戸田へクロス。それを戸田が左足でダイレクトにグラウンダーでゴール前へ。走りこんだ大久保がスルー。そのボールを堀が押し込み先制。良いのではないでしょうか。しかしこの時、堀がポストに激突。立ち上がってはいたが、結局竹谷に交代。竹谷がトップにはりぎみで大久保と山本がシャドー気味か。その後も佐川東京ペースで前半が終わる。

日差しが戻ってきた後半、仙台がサイドバックを高くあげ2バック状態で攻めにかかる。佐川の両ウイングはその勢いもあり押し込まれ、なかなか前へ出て行くことができない。ソニー側はゴール前で何度かチャンスを迎えるが、なんとか佐川がしのいでいる。今、思えば、今日は何度かオフサイドトラップをかけていたあたり最終ラインの連携もうまくいっていたといえるかと。このような状態なので、見ている限り、ソニー側のバックラインの両サイドが広くあいている。あのへん狙いどころだなあと思っていたおれ。全般的に押し込むソニー。それに耐えカウンター気味の攻撃を繰り出す佐川東京。

ソニーの攻撃が続く中、均衡を破ったのは山本だった。30分、中盤でのこぼれ玉を取ってドリブル開始。あわせて竹谷と大久保がスペースへと流れ始める。どちらかにパスを出すタイミングを計っているように見えた山本だが、そのままペナルティエリア内まで進入。ソニーの24番がうしろから山本を倒してしまいレッド。PK獲得である。

逆サイドだったのではっきりはわからなかったけれど、おれとしては「レッドまではどうかなあ?」というプレーではあったけれどとにかくPK。熊谷が左隅になんなく決めて0-2。まだ時間があるものの、勝利を手にする確率は今日の出来ならば70パーセントというところか?。

ソニー側の観客の中には「審判、てめえ、しっかりやれ」「何やってんのよー、審判」などという罵声とともに、「とにかく点を取れ!」といった声が聞こえてくる。そんな声にこたえたのかどうか、ますます前がかりになるソニー。8番のFWをいれ3トップぎみに。佐川東京はウイングバックの二人も守備に奔走する展開。

40分。左サイドでの攻防から一瞬のすきをつきコーナー近くから8番がボールを持ち左足でクロス。これがふわっとゴール前にあがり佐野の手をかすめそのままゴール。ソニー応援団大騒ぎである。1-2。残り時間は5分。

ここからソニーはゴール前にハイボールをあげるセオリー通りの展開になるわけですが、この日、ほぼ空中戦を制圧していた佐川東京守備陣によってソニー側に転がったこぼれ玉もクリアされてしまう。一方佐川東京の攻めはシュートで終わることと、ボールキープに終始。大久保が何度もコーナーフラッグ付近でボールを止めて粘る。相手陣で得たフリーキックもまずはボールキープ。隙をみてシュート。しっかりとした守備体制を前提とした佐川東京の時間になっていく。ほぼ勝ちが見えた。

ロスタイムは2分だったが、予定通り佐川東京が逃げ切り、勝利。前半負けがこんだ分、手放しで喜ぶには早いけれど、今後に期待がもてる出来であった。知人も「なんでこんなにいいチームがここまで勝てないんだろうね?」と。

今日の佐川をみていると守備陣は去年よりもしっかりしているように見えた。実際、これまでの負けや引き分けはちょっとしたミスや判定によるものもあったわけですから。また、池田がいなくなった今、両ウイングのクロスはひとつの武器だが、これが今日はかなりの出来だった。これに加え大久保、竹谷のツインタワーに、山本のドリブルや裏への飛び出し。とりあえず守備が安定し、攻めのパターンが3つ以上できてきたということは、十分に上位争いができるということ。それもこれもボランチ位置の山根、熊谷が良かったということがいえるわけだけれど。

終了のホイッスルが鳴ると同時に、羽田から那覇へ飛ぶために、知人に別れをつげ、地下鉄に乗り、仙台で一番早く東京につく新幹線にのる。午後6時に東京着。新幹線はやっぱり疲れるなあというのがおれの印象なのでしたよ。

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lunedì 9 maggio 2005

0-3 勝利

Brescia 0-3 INTER

オバオバ、ドッピエッタにヴィエリの2試合連発で3得点。キリゴンザレスの左サイドバックに少々萌えた。

内容的には完勝だったのでとくに言うことはない。言うことはないけれど、怪我があるとはいえここに来て使われている選手の何人かは確実に来季いないんだろうなと思うと見ている間も複雑な気分。もしかしたら「売るために見本市的に使っている?」。結果がでればどちらでもいいのだけれど。

4位にいるうざいウディネーゼとまあそのくらいの実力はある同勝点のサンプドリアとの差が現在6。残り3節でサンプドリアとウディネーゼが次節対決することを考えると、次節リボルノに勝てば4位以内決定。引き分けでも、ほぼ4位以内なんとかなるんではないか?といったあたり。

そのリボルノ戦の前にコッパイタリアのカリアリ戦があるわけだが、コッパも長い間獲ってないので獲るにこしたことはない。しかし、コッパの決勝戦が6月半ばにあるということ。来季のキャンプを7月頭からはじまるということを鑑みて、はたして今季コッパを獲ることが必要か否か。

獲れるものは獲った方がいいのだけれど、来季のためにしっかり休めないという辛さも。とりあえず、次節勝てばなんとかなりそうではある。

そういえば、ユーベがミランに勝利してトップにたったようだが、ユーベの残りの相手がすべて残留争い対象チームというのは、ここに来てかなりやりにくいんじゃなかろうかと思う。まだまだ何かありそうだ。日本のスポーツ紙サイトでは有利にと書いてあったが(まあ、ガゼッタでも「スクデットは半分ユーベに」といった見出しだが)、そうか?と思ってしまうぼくである。

一方で、セリエAの残留争いがかなり熱い。ぎりぎりボローニャ(勝点41)以下、実質ローマ(勝点40)以下が対象になるのだろうけれど、残り3節の対戦を見てみてみると当該対決が多い。勝点ひとつで天国と地獄を見る争いがいよいよ佳境に入るわけで、できればこのあたりもきちんと見たいものではある。個人的な希望では、キエーボとパルマが落ちてくれれば幸せなのだが、降格の悪魔の声を聞いているキエーボだけか?

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domenica 8 maggio 2005

FC東京連敗脱出の引分け

3-1になったところで見るのをやめたのだが、終了後チャンネルをあわせたら3-3。そういうものか。

連敗は止まったが、ファンとしたらうやむやな気分が続いたというかんじだろうか。とりあえず連敗が止まって得点も獲れたというあたりで納得するのが健康にはいいんじゃなかろうか?と部外者は思ったりもする。FC東京が連敗していた理由は怪我や油断といった話ではないはず。弱いわけではないのだから。

フットボールの勝負というのは不思議なことに選手の力と監督の力量といったあたりだけでなく、スタッフ、スポンサー、スタジアムの影響はもちろん、ぎりぎりのところでファンの気質というものが結果に影響する。インテルがスクデットを長い間とれない理由のひとつはそういうことなんだろうなぁ(苦笑)。

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sabato 7 maggio 2005

やっと勝利

ここまで下位に沈んでいたけれど去年とは違って守備の形はあるのでいつかは勝つだろうし、上位争いもあたりまえにできるのではと思っていた。そんなわけで勝利。相手が相手ということがあっても、勝つことは大事。社内大会優勝で勝ち方を思い出したということかな?

自分たちのパフォーマンスに自信を持ち、かつ守備をきちんと整備していれば大崩れはない。そして得点パターンを3つぐらい持っていれば優勝争いができる。リーグ戦というのはそういうもの。あとはどんなファンがいるかということにかかるわけだ。

さて来週はJFL一の運営を誇る仙台戦。今シーズンのメルクマールのひとつ。

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venerdì 6 maggio 2005

E5000中古2台目

たまたま入った中古ショップにNikonのCoolpix5000、いわゆるE5000があった。値段は26000円。今なら1000円割引。この中古ショップのポイントが1000円分ほどあったので即購入。24000円なら買っておいてそんはない。実は下面の蓋がなくなっていたりするのだけれど、そんなことは気にしない。その程度ならOK。

もちろん、いまさらの機種であることは百も承知。AFは遅いし、操作性もいまいち。それでも換算ほぼ19mmのワイドコンバーターが使える。ファームを上げればRAWが撮れる。MicroDriveの2GBが使える。こういった理由から、E5000はぼくのところでは現役。

以前も書いたけど、5万円ほどで購入した中古の一台は、*istDがある現在も、絶賛活躍中なのではあるけれど、もしも壊れたりしたら悲しいことになるので、スペアがどうしてもほしかったのでした。

今年のはじめ頃はネットを検索すれば3万円強くらいで、たくさん引っかかっていたので安心していたのだけれど、4月末頃、少しお金が入ったのでそろそろ買っておこうと思って検索したら、ない。ネット上でもなくなっている。これはたいへんだ。

ということでいろいろなところへいくたびに中古屋をチェックしていたのだが、あったとしても、2005年にもなって、中古で5万円とか、4万円とかありえない価格になっていて手がでない。

そんなむせび泣くような状況で、ついに24000円で買えたのである。ラッキーだった。

買って帰り、ぼく個人のデフォルト設定値にあわせて、すぐに試し撮り。問題なし。ファームをv1.8にあげてRAW対応化して再び試し撮り。問題なし。CCDの欠けもいまのところないようだ。

ということで、画質や撮影性を考えればもっと素晴らしいコンパクトデジカメがごろごろしているにも関わらず、ここにきて、軽くてRAWが撮れて19mm広角のマシンにもなるAFが遅くて操作性も悪い機械がひとつ増えた。今日はとても良い一日であったと思われる。

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mercoledì 4 maggio 2005

メモリーチップ

先日、IT業界(笑)のコアもコア、アセンブラでもガリガリとソフトを書ける某上場企業勤務ではあるものの会社では管理職になるのを拒否して「とにかく金を得るためだけに会社はある」と嘯くプログラマーの友達と久しぶりにあって、いろいろ話をしてたわけです。そしたら、最近の北東アジア方面の話になって、大韓のメモリーチップの話になったんですね。

パソコンで必要とされるメモリーというモノがあります。これはいくつか(たいてい8つ)の長方形のチップがちっちゃな板についていて、その板をパソコンのメモリースロットに挿すことでパソコンの操作中のメモリー領域(なんというかパソコンにいろいろとさせている時に使う場所)を得るという代物で、なくちゃパソコンは動かないだけでなく、最近のパソコンは数年前に比較すると数倍の容量のを必要とするようになってきちゃっているわけです。

ここで、パソコン自作派な人には既知のことかと思いますが、このパソコンに必須のメモリーですが、その多くが現在大韓製になっているわけです。これはどういうことなのか?もともとはアメリカのテキサスあたりとか日本で作られていたのに、です。

大陸および半島方面が日本の技術をスパイするのは昔からあることなので不思議ではないという言い方もできるのですが、その友達がいうに、このメモリー関連については、スパイというよりも、その技術を半島方面にもたらしたのは、日本の企業のプログラマーな方たちだという話なのです。

ここからはちょっと泣ける話かもしれません。

90年代、日本はメモリーチップではアメリカを抜いて世界最高の地位を築いていたわけですが、そのメモリーチップの値段はガンガン下がりはじめました。大量生産すれば単価は下がる。これは資本主義の基本原則ですので驚くに値しません。

ただし、そうなると、このメモリーチップの設計をしたり、パソコンに挿す時の回路を作ったり、そのメモリーチップを動作させるためのソフトを書いたりしている優秀なプログラマーたちにしわ寄せがやってきます。

つまり、“採算が見込めない仕事をしているやつらに金を払う必要はない”という資本の論理です。実際、この時期、メモリーチップ関連の設計をしていた日本の大企業の優秀なプログラマーの方々は社内において辛酸を舐めていたのだそうです。曰く「金にならならい部署のやつらだから」と。

そこに目をつけたのが、最近のメモリーチップ方面で利益を得ている半島方面の企業。「一日10万円でバイトしませんか?」とその優秀な日本の大企業のプログラマーたちに声をかけたのだとか。

会社に憤懣やるかたない思いを抱いていた優秀なプログラマーである彼等は、金曜日の夜に半島入りし、メモリーチップの設計を行い、月曜日の午前中に日本に戻るという生活をして、会社でもらえる以上の金を得ていたと。

この行動について、ボクたちは、そういったプログラマーや設計者の方々が技術を売り渡したといえるのでしょうか?

ぼくが愚考する限り、技術は日本の宝です。日本は対外的に考えれば技術と価値の国です。前者はこういったプログラマーや優秀な技術者たち、後者は文化関連で世界を席巻する人たち(マンガ、アニメ、ゲームなどもこのあたり入ります)。

ボクの感想は、日本の核のひとつである技術者たちをないがしろにしてきた日本という国家および日本という国家に存在する企業の失態以外のなにものでもないのではないかと。

こういったプログラマーや技術者と呼ぶひとたちの能力というのは千差万別ですが、優秀である人をきちんと評価できなかったツケが今になって押し寄せているとも考えられます。

別にメモリーチップのように歩留まりの悪い製品は別のところで作ってもらえばという考え方も確かにあるわけで、彼等技術者の内職について見て見ないふりをしていたのは国策であったいえなくもありません。

しかし、その技術者たちの気持ちはどうだったでしょう。

それを考えると、この話を友達から聞いたとき、もう少しなんとかしても良かったんじゃない?と思ったりするぼくなのです。営業は確かに大事ですけれど、日本のIT産業(笑)の根幹は技術ではないかな、と。

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martedì 3 maggio 2005

酋長秒殺さる

第8回全国闘牛サミット記念全島一・中量級優勝旗争奪戦伊仙大会。大福環境開発1号(八重山酋長)は福田喜和道1号による、19秒という秒殺劇で敗北。話を聞いて耳を疑った。あの八重山酋長が秒殺とは…。噂には聞いていたけれど、この結果から鑑みるに福田喜和道1号というのは恐ろしく強い。今後対戦する牛が出てくるのだろうか。

なんでも、酋長は強烈な腹どりを決められてかなりの傷を負ったとのこと。大丈夫だろうか。

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lunedì 2 maggio 2005

RD-X5購入

新しい入れ歯の作成のために歯医者へ行った帰り、ふらふらと街を歩きながらいろいろな店をひやかしていると、「ん?。RD-X5が8万2千円?まじか?」という値札に出会ってしまったボクなのでした。

東芝のRD-X5。DVD+HDDレコーダーとして「とにかく8万円台前半になったら買いたい」と思っていた製品。

「どうしようか」。突然のことで狼狽し、熟考を…。「うむ、一度頭を冷やして他の店へ行ってから、どうしようか決めよう」。オトナになったというのだろうか。いや、やはり8万円というのは大金なのだ。慎重に対処しなくてはならないと脊髄が反応していたのです。

30分後、その店に戻ってきたボク。間髪をいれずに店員をつかまえ「これ、ください」と言っていた。

重さ7kg。ええ、そのまま持ってきましたよ。電車に乗って、坂道を下って、てくてく歩いて。

帰宅後、すかさず、箱から取り出して、これまで使っていたRD-X3とリプレイス。そして、放送局設定やスカパー連動、ネット関連の設定を済まして、HDDのチェックと録画&DVD-R化を試す。問題なし。RD-X3とのりプレイス完了。これでアナログ放送および、CS&BSデジタルのアナログでの録画DVD-R化に関してはかなり納得できる環境ができたということになるわけです。

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domenica 1 maggio 2005

RCR-V3追加

夕方、頼んでいたRCR-V3電池と充電器が届いた。これまでRCR-V3は4本持っていて*istD用の充電池として重宝していたのだけど、ここに来て電池の減りが早くなっているように感じていた。

ネットで見ると大手家電店で売っているRCR-V3用充電器には、充電池の充電量を検証する機能に問題があるものが多く、満充電できない場合があるとのこと。もろぼくが持っている充電器だ。確かにここ数ヶ月まだ200枚も撮っていないのに電池が使えなくなることが多々あったのだ。

そこで、きちんと充電できる充電器がほしい。ついでにRCR-V3もあと2セットほどほしい。そう思ってネットでポチッとしたぼくなのだった。

新しい充電器はひとつずつしか充電できないのだが、きちんと充電が可能であった。

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