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sabato 23 aprile 2005

きっと20年後も 内里美香ライブ

コザ、モッズでの内里美香のライブ。内里は一皮向けた。

ここ3年ほど彼女のライブを機会あるたびに見ているのだけれど、久しぶりに見た彼女は、これまでのどこかおどおどしたパフォーマンスが影をひそめ、唄者として、エンタテイナーとして独り立ちしたような。ライブの一曲目を聴き、彼女がしゃべりはじめたときそう感じたぼくなのでありました。

友達や内輪の人間も来ていたという場の良さもあったかもしれない。しかし、そんな状況であったことを割り引いても、彼女のパフォーマンスはちゃんと観客に届いていた。

いま、思えばその兆候は昨年末、青山CAYで行われたよなは徹プレゼンツによる「カチャーシー・ア・ゴーゴー」のライブの時に現れていたのかも…。曲順を間違えて演奏後ひっこもうとした自分のボケにつっこんだ余裕。楽しませることは自分の地を出してしまえばいい。かっこつけていい娘ぶる必要もないということを知ったのだろうか。

もちろん素の自分自身に魅力がなければ客はついてこない。しかしながら彼女には表現者としての唄と三線の才能と人を魅了する育ちがあるわけで、それを素直に出して精進を続ければもっとよくなるとおせっかいながら思っていた。そして、今日の彼女はその次の段階に入ったと確信できたと感じたり。

伸びやかな歌声に磨きがかかり、その唄の持つ意味と情感をきちんと表現。MCも今まで以上に素直な等身大の彼女が現れていて好感が持てるものになっていた。

サポートの伊集タツヤのギターも彼女の唄と三線を殺さず、かつその隙間を紡ぐように心地よいもの。伊集の力量もあるだろうが、世代的に近いという気安さもあるのか、内里は、伊集の音を素直に信じていた。

マネージャーのビセマキ嬢もここのところの内里のライブの良さを確認しているようで、キャンパスのWebページの掲示板ではイベントや他の唄者とともに行われるライブだけでなく今夜のような単独でのライブを是非みてほしい。それだけの力量はついてきたと太鼓判をおしている。同感。

ステージであがってしまうことをステージフライトというが、ぼくのまわりの昔からの沖縄民謡好きの間では、ライブにおいて存在感が出てきたことを、「ステージタッチューした」などと勝手に言っているんですが、今夜のようにまさにステージタッチューした彼女は、これまで沖縄の音楽シーンに登場し、一時代を築いてきた女性唄者を超える資格を得たのではないか?。20年後、彼女はどんな評価を受けているのだろうか。それを見届けていきたいと思える今夜の出来だった、と。

内里美香(うちざとみか)の単独ライブ。沖縄民謡ファンだけでなく多くの音楽ファンにおすすめできる。オーラが立ったかな。

話は違うが5月半ばから今日のライブが行われたコザのモッズが北谷・美浜へ移るとのこと。話によるといろいろなことがあったらしいけれど、今の時代、美浜の方が商売としては良いのかもしれない。たいていコザにいるボクにとって美浜はちょっと行きづらくなる点が難ではあるけれど。

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