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martedì 1 febbraio 2005

沖縄に関する常識?

武器をもたなかった国。

薩摩に蹂躙されるまで、権力者間での血で血を洗う戦いの歴史が存在している。現在の沖縄の歴史が薩摩以前と断絶しているという前提ならば百歩譲って同意できるが、そのうような事実はない。現在語られるこの言説は観光立県政策および米軍基地問題への対応策として出てきた都市神話の一種と考える。

もちろん薩摩世以前は戦いが常態であったことは当然であり、これをもって、逆に沖縄人が好戦的であったとする言説に首肯できるものではない。

グスク

城という漢字があてられているため、日本本土における城が持つイメージが想起される。これは一部において間違いではない。たとえば世界遺産として登録されたグスクは石積みが比較的良好に残っており、琉球史の表舞台として物語が比較的広く知られているグスクが選ばれている。

しかしながら、いわゆるグスクと名がつく遺跡は沖縄圏には200から300(もしくはそれ以上)存在する。そのほとんどは石積みのグスクではない。また城というイメージから城主がいてその地域を治める上での中心的象徴であったと日本人ならば考えやすいが、政治的戦略的中心地であるグスクは少数派であることはあきらかである。

グスクという名称がついている沖縄圏の遺跡、そのほとんどが原初的には、血族集団を中心とした古代部落の居住地、聖地、風葬跡などであり、後にその一部が政治的、戦略的、地政的に優位な場所として選択され、石積みのグスクが作られていったとするのが現在の定説だ。実際に多くのグスク内には拝願所や御嶽、香炉などが散見される。

桜で有名な名護の名護城(なんぐすく)は、石積みがないグスクとして語られることがある。しかし、ここはまごうことなき名護近辺の聖地であり、古代部落の痕跡を比較的良好に残している著名なグスクと考えるのが適当だという説もある。沖縄の古代部落は海浜地域でなく高台や丘陵地に造られることが常態であったらしい。

グスクはいわゆる日本の城とは異なる存在ではある。現代に残るグスクは沖縄圏の重層的な歴史の上に存在している。しかし逆に考えれば、日本中に散見するいわゆる城や城跡というものはどうしてその場所に造られたのだろうか。なぜその場所が選ばれたのであろうか。

泡盛

焼酎ブーム、沖縄ブームがあり泡盛や古酒はポピュラーな存在になり、東アジア圏の良質なスピリッツとして世界にも知られつつある。

しかし、ほんの20年前まで泡盛は飲めたものではなかった。その頃はアメリカ世の影響もあり、ブランデーやウイスキーなどが主流。いまでも泡盛よりもウイスキーの方が好きだという人間は多い。

泡盛が沖縄の象徴になれたのはこの復帰以来、質の向上に傾注してきた泡盛関係者の人々の努力と先見があったということだろう。

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