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martedì 28 dicembre 2004

沖縄北部と奄美に関する覚書

ものの本によると、沖縄本島はふたつの地勢に分けられるのだとか。恩納村、金武町から北の北部とその南側である中南部。

中南部は基本的に隆起珊瑚礁でアルカリ性土壌。北部は二億五千年前古生代層の酸性土壌。山がちの北部は本土や奄美と類似点が多い。

たしかに沖縄北部の国頭とか山原とか呼ばれる地域は山と緑に覆われていて平地が少なく、あちこちに清流が流れ、どことなく奄美本島の風景と似ているようにも思われる。しかも、奄美も北部も「唄」の里。

個人的な感想だけれど、北部のウシデークとかシヌグなどにはポリネシア系の匂いと本土の祭りの影響を感じる。奄美はより本土の香りが強くなるけれど、やはり、そのふたつがいりまじっているように思う。本土に近い分(そしてかなり強力な薩摩支配を受けてきたから)奄美は本土色が強いということだが、実は、北部と奄美諸島は、同じような文化を共有していたのではないか?

唄は人が作り人の生活はかなりの部分土地に規定される。奄美と山原。

沖縄本島とひとっからげにするよりも、北部と奄美、本島中南部とわけて考えてみるの一考か。

こうやって山が海岸線まで迫った大宜味村の部落(沖縄では集落のことを部落という。一応、いっておくのだ)を歩いているとそんなことを思ったりもするのだが。そして、現在の行政区域の境が土壌と文化の境になっているという事実も人の営みや歴史を考える上で興味深い。

人はどうやって内と外をわけるんだろうか。

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