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giovedì 18 novembre 2004

“あかりパンダ”をめぐる出会い(1)

秋の全島大会のその日、“あかりパンダ”が格の違いを見せつけて勝利したその瞬間、連れが、ついに会場にその姿を見出した。今年の旧正月。“あかりパンダ”が優勝したとき、となりに座っていた、おばあ三人組のうちの二人の姿を見つけたのだった。

このおばあ三人組、実は、「あかりパンダ」の関係者であった。いや関係者というより、「あかりパンダ」の牛主の親族そのもので「あかりパンダ」への思い入れは、闘牛士として場に立っている息子か甥と同じくらい深い、。強烈なミーニシが吹きすさぶ中、三人のおばあは「あかりパンダ」の勝利に狂喜乱舞で手をひらひらさせてのカチャーシー。ぼくは三人の姿をカメラに収めて幸せな気分だった。

東京に戻ってから、彼女たちの写真を見て、「あげたら喜ぶんじゃなかろうか」、と思ったぼく。春の全島大会は、防衛戦があるのだから、必ず三人はやってくる。そう思って、連れとともに写真を用意して、大会に臨み、彼女たちの姿を探した。しかし、三人の姿はわからず、しかも「あかりパンダ」は「八重山酋長」に敗北。大会そのものもいまひとつで、煮え切らない思いで帰途についたのだった。しかしついに、4000人の中から再び彼女たちを見つけた出したのだった。

正直言えば、ぼくは、常に三人で行動していると聞いていたのに、おばあ二人しかいないため、連れに「違うんじゃない?」といっていたのだが、連れは強固に「絶対そう」と主張し、満員の席を横切って二人のおばあの元に駆け寄っていった。遠めにその姿を見ていていると、最初は怪訝そうな顔をしていたおばあたちだったが、突然思い出したように、連れと手をとりあって興奮している。やはりそうだったか。やっとあえた。写真を渡すことができた。10ヶ月ぶりの再会であった。

連れが戻ってきて話を聞くと、とても喜んでいて、いろいろ話をしているうちに「今日は祝勝会があるので家に来なさい」という話になったのだという。実は大会のあとは、勝連グスクにでもいって、8時からコザのMOD'sで松田しのぶのライブでも見ようと計画していたのだが、「あかりパンダ」の家にいける、ということで、心は決まった。

場所は、だいたいのところしかわからなかった。「天願橋を渡ったらブタイがあるから、そこを右にいって5軒目」、「『宇堅のあかりパンダの家』といったらわかるから」という強引ともいえる説明で夜になったらいくという約束を交わした。

「あかりパンダ」の飼い主の家に呼ばれた。飼い主は男性だが、甥か子供だろう。母親や叔母など目上の世代がいうことは絶対な沖縄。なんとかなるだろうという気持ちだった。(つづく)

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