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martedì 30 novembre 2004

バスで沖縄闘牛場(5) 今帰仁

今帰仁闘牛場> なきじんとうぎゅうじょう

地図

北部闘牛大会のメイン会場。安慶名を小さくしたようなこじんまりとした闘牛場で雰囲気がよい。大きな大会は行われないが闘牛観戦にはおすすめ。闘牛観戦前後、時間があれば今帰仁グスクまで足を伸ばすのもよい。また、行きは66番で素早く行って、帰りは同じ66番で本部半島一周のバスの旅というのもいい。本部半島の西側は絶好の夕日ポイントが多数ある。

仲宗根 下車
66番 (今帰仁廻り) 名護BT~名護BT
67番 (渡久地廻り) 名護BT~名護BT

66番、67番ともに一時間に一本程度しかない。本部半島を一周する路線なのだが、名護からならば66番の方が早い。ただ名護市街の路線は複雑なので「名護バスターミナル」か「名護十字路」から乗ることを勧める。「仲宗根」で下りたらスーパー横の道を右。橋を渡って左。まっすぐいって左手に今帰仁酒造をみてそのまま坂を上がったところが入り口。

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lunedì 29 novembre 2004

2-2 インテル公式戦無敗継続

2勝11分0敗。勝点17。7位。

おまけに得点25、失点22はともにレーガで一番(苦笑)。

ユベントス相手に0-2をボボ、アドリアーノで追いついたので、良かった
とするのがいいのかどうか、もうわけわからなくなっている(苦笑)。

0-2になってからの、チーノ、ビエリ、アドリアーノ、マルティンス
の揃い踏みはなんなのだ。マンチーニご乱心かと天を仰いだぼくだった
けれど、同点にしてしまうというのは…。

しかし同点にしてからはいつもの引分けインテルの雰囲気に戻り、
お約束のように引分け。ここまで来るとカルチョの引分けの神様が
どっかにいるとしかいいようがない。

ずーーーっとインテルを見続けてきて思うのだが、今年もピッチ上のどこも
かしこも超一流の選手ばかりがいるにも関わらず、なぜか失点してしまう。
バランスなんだろうなあ。誰が悪いというわけでもない。
イーブンの時は何か落ち着いた印象になって、
中盤のプレスも緩くなる。

だけど、劣勢でも追いついてしまう。
ほんとに、わけわけからない。

人からみたらこれだけ面白いチームはなかろうと思う。
ぼくとしては、中途半端状態が続いてどうしたらいいのか
混乱してよくわからないのではあるが。

マンチーニとカピターノが強気の発言を続けているのを読み
そうなのだ!と勝手に盛り上がるのであった。(ばか)

今年は残り3戦。勝点9をあげて勝点26にしなければならん。
というかしてほしい。頼みますよ。ほんと。

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バスで沖縄闘牛場(4) 伊波

伊波闘牛場> いはとうぎゅうじょう

地図

さとうきび畑の中のローカルな闘牛場。観客席は草地。敷物必須。開催日は農道に入場券売り場ができる。小さいが歴史のある闘牛場で興行化した沖縄闘牛の原初風景をみるようで興味深い。

伊波 下車
48番 東山入口~読谷BT

南栄入口 下車
21番 那覇BT~名護BT ◎
26番 沖縄こどもの国~名護BT
48番 東山入口~読谷BT
75番 北谷~石川(東山駐車場)
77番 那覇BT~名護BT ◎

一番近い「伊波」バス停だが48番のバスは闘牛開催日である休日の本数は一日7本。ほとんど使えない。よって「南栄入口」からココガーデンリゾートオキナワ、伊波グスク跡への坂を上がり、そのまま今度は下るというのが徒歩では一番近い。しかし、当然、山を上がって下りるのでキツイ道である。タクシーを捕まえるのが賢明。ただし、タクシーを捕まえるなら「東恩納」停留所で下りてもよい。

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domenica 28 novembre 2004

バスで沖縄闘牛場(3) 石川

石川イベント広場>  いしかわいべんとひろば

地図

沖縄三大大会を行う闘牛場のひとつ。おそらく現状もっとも近代的な闘牛場。

石川IC 下車
111番 那覇空港~名護BT ◎

石川電話局(NTT)前 または 赤崎 下車
21番 那覇BT~名護BT ◎
26番 沖縄こどもの国~名護BT
48番 東山入口~読谷BT
75番 北谷~石川(東山駐車場)
77番 那覇BT~名護BT ◎

111番の高速バス停留所がもっとも近い。ただしまわりに何もないので、食事などを買うなら「赤崎」前のサンエーで調達するのがよい。

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sabato 27 novembre 2004

バスで沖縄闘牛場(2) 沖縄市営

<沖縄市営闘牛場> おきなわしえいとうぎゅうじょう

地図

沖縄市運動公園と高速道路をはさんで作られている闘牛場。年2回の全島と旧正月大会の持ち回り会場のひとつ。まわりは金網柵で囲われているだけなので、無料で見ようと思えば見えてしまうのがなんとも。石川とともに近代的な作りではある。

園田 下車 
21番 那覇BT~名護BT ◎
23番 那覇BT~具志川BT ◎
27番 那覇BT~屋慶名BT ◎
63番 那覇BT~具志川BT 
90番 那覇BT~具志川BT
112番 那覇BT~具志川BT
113番 那覇空港~具志川BT ◎
123番 那覇空港~石川(東山駐車場)×
223番 交通広場~具志川BT
227番 交通広場~屋慶名BT ◎
263番 交通広場~具志川BT
290番 交通広場~具志川BT
(たくさんあるので那覇から主な路線のみ)

諸見 下車 
21番 那覇BT~名護BT ◎
23番 那覇BT~具志川BT ◎
27番 那覇BT~屋慶名BT ◎
63番 那覇BT~具志川BT ◎
90番 那覇BT~具志川BT ◎
112番 那覇BT~具志川BT
123番 那覇空港~石川(東山駐車場)×
223番 交通広場~具志川BT ◎
227番 交通広場~屋慶名BT ◎
263番 交通広場~具志川BT ◎
290番 交通広場~具志川BT ◎
(たくさんあるので那覇から主な路線のみ)

沖縄南IC 下車
111番 那覇空港~名護BT ◎

沖縄市運動公園前 下車
113番 那覇空港~具志川BT ◎

第五ゲート前
112番 那覇BT~具志川BT

安全運転学校前
123番 那覇空港~石川(東山駐車場)×

一番近いバス停は「第五ゲート前」だが、実際は使えない。同様に「安全運転学校前」も近いが123番のバスは夕方一便。意味なし。

上記「◎」のついたバスを利用するのが賢明。「園田」もしくは「諸見」で降りて歩くのが(約15分)バスの本数も多くストレスが少ない。また111番、113番の高速バスに乗れればこれが一番。バス停からも近い。ただし一時間に一本弱。

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venerdì 26 novembre 2004

バスで沖縄闘牛場(1) 安慶名

安慶名闘牛場> あげなとうぎゅうじょう

地図

おそらく沖縄一の闘牛場ではないかと思う。安慶名グスク下のくぼ地を作って作られた闘牛場で、その雰囲気は最高。沖縄闘牛の「聖地」という声も聞こえる。年2回の全島大会と旧正月大会の沖縄三大タイトル戦は、石川イベント広場、沖縄市営とここ安慶名が順番に開催することになっている。

具志川商業高校入口 下車
23番 那覇BT~具志川BT ◎
112番 那覇BT~具志川BT
113番 那覇空港~具志川BT ◎
223番 交通広場~具志川BT ◎

安慶名 下車
23番 那覇BT~具志川BT ◎
27番 那覇BT~屋慶名BT ◎
112番 那覇BT~具志川BT
113番 那覇空港~具志川BT ◎
223番 交通広場~具志川BT ◎
227番 交通広場~屋慶名BT ◎

旧安慶名 下車
21番 那覇BT~名護BT ◎
26番 沖縄こどもの国~名護BT ◎
63番 那覇BT~具志川BT
77番 那覇BT~名護BT ◎ 
90番 那覇BT~具志川BT
263番 交通広場~具志川BT
290番 交通広場~具志川BT

一番近いバス停は「旧安慶名」。ただし、乗った場所によってはかなりの遠回りの路線ばかりなので、観光客が訪れることを考えると、「安慶名」か「具志川商業高校入口」で降りるバスが賢明。中でも上記「◎」付きのバスがお勧め。「旧安慶名」の場合21番と77番のみが実用。

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giovedì 25 novembre 2004

1-1 無敗記録更新

ブレーメンへ行って引分けたCL第五戦のインテルであった。

先制されたrigoreは、なんだかよくわからなかったが、
フリオクルスが犯人ではないのは明白ではあった。
その後、クルスに変わったオバオバが頭で同点。
スタンコビッチのループのポスト跳ね返りを押し込んだもの。

そのまま1-1。

1位抜けは決められなかったがとりあえず首位のまま。

それでも、他のグループをみると軒並み2位に強そうなとこ
が入ってきそうなので、1位抜けがよいのかどうかはよく
わからない。

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mercoledì 24 novembre 2004

時刻表

コザから空港に向かう。いつものように具志川ターミナル発高速経由の113番に乗ろうとサンエー前のバス停前にいた。

バス停がステンレス製の新しいものになっているのでよくよくみると、その113番の時刻表がない。もしかしたら廃線か。最近路線廃止は多いけれど113番がなくなるなんて聞いてない。屋慶名発高速経由で首里駅を通り那覇バスターミナルまで行く180番のバスは表示されていたのだが…。

不審に思って胡屋バス停まで行ったら時刻表はちゃんとあった。電話で聞けばいいんだろうが、だいたい要領を得ないことが多いので、自ら探る方が賢明であることも多い。

おそらくバス停を新しくしたあと新しい時刻表を貼っていなかったということだろう。コザというか沖縄ではよくあることなので、一安心(?)。

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martedì 23 novembre 2004

“あかりパンダ”をめぐる出会い(3)

(続き)

県道沿いにそびえる大きな家だった。しかし玄関は県道ではなくわき道を入ったところだ。連れがおずおずと挨拶をすると30前後の娘さんが出てきた。おばぁたちに誘われたことを告げると、台所の方からおばぁたちが顔をのぞかせてくれた。

「よくきたねー。あがりなさい」

正面にはとても立派なトートーメーがあり、その座敷は20畳ほどもある立派なもの。そこに机が並べられて、牛主仲間の男衆が酒を酌み交わしている。こちらがあがるとじろじろと視線が突き刺さる。これも沖縄ではよくあること。

つまり沖縄の男性というのは総じてシャイなのだ。そのため、最初はぶっきらぼうな態度に思えることもあるが、時間がたつとぐじゃぐじゃ。それ以後は、イチリバチョーデー(一回あったらみんな兄弟)となることがほとんどである。

たとえば、おばぁが牛主である次男を紹介してくれたので「今日はおめでとうございます」といって泡盛を渡したのだが「ああ、どうも」とそっけない。東京なら間違いなく「誰だ?おまえ?まあいいや」という態度ととられてもしょうがないが、この次男氏も例外ではなく、典型的な沖縄の男だ。もう一度いうが、そっけないのではなく“シャイ”なのだ。それはあとで確認することになる。

一方で女性陣はたいてい社交的である。席につくと、刺身やビールや沖縄名物「オードブル」などが並べられ、その後は、入れ替わり立ち替わり、話かけてくる。

なんといっても、ここの家はニ男四女の大家族で、娘さんたちは全員嫁いでいるものの、浦和にいる次女以外全員近所に住んでいて、“あかりパンダ”が出場したあと、こうして実家にやってくるわけだ。そして次男の奥さん。それぞれの子供たち。家族だけでも大賑わい。もちろん、その一家に君臨するのはこの家に嫁にきたオバァ。つまりニ男四女の母親。旧正月に初めてお会いした三人のうちの一人。沖縄の家族である。

しかし、どうみてもこの家族の中で一番偉いのは、この家から嫁にいったオバァである。旧正月に会った時だけでなく、今日もぼくたちとの会話を仕切っていたのがこのオバァ。歩いて10分ぐらいの近所に住んでいるらしく、ちょくちょく出入りしているようだ。

本土からすれば、実家にあたる家庭に入って仕切るなんてことは、いろいろな問題が起こりそうにも思うのだが、オバァの価値が最強かつ、年長者を敬う沖縄。おそらく、実家のなくなったお父さんというのは、この嫁にいったオバァの弟かと思われる。そうするとこのオバァからすれば弟の嫁、つまり実家に暮らす最年長のオバァの方は妹みたいなもんで、アゴで使う存在となる。実際、闘牛場で話をしているときも、めんどくさいことになると、嫁に行ったオバァが実家のオバァにがんがん指示を飛ばしていたのであった。

この実家側のオバァからすれば嫁に行ったオバァは小姑にあたるわけで、うるさい存在かと思われるのだが、実家オバァの性格もあってか、とてもよい関係であるように見えた。

しかし、本当に大きなご先祖様を祭ったトートーメーだ。そう思いながらビールや泡盛にありつくぼくなのであった。

(つづく)

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lunedì 22 novembre 2004

久々勝利 Coppa Italia だけど

INTER 3-1 Bologna。

先制されてから、ボボが前半終了間際に同点弾。後半、交代で登場したチーノが38分にゼ・マリアからのコーナーキックの流れから得点。2-1。ここで同点にされてしまうのが、今季カンピオーナトでのインテルだが、43分にフリオ・クルスがカラグーニスからのクロスで追加点。3-1。良い勝ち方だ。この勝ち方を続けてもらいたいものだ。もう引分けは飽きた(苦笑)。

コッパとはいえ、とにかく勝ったことは喜ばしい。次はCLのブレーメン戦。そしてイタリア・デルビーへと続くわけで、アドリアーノが今日休めたことは大きい。CLも出場停止でお休みなのでアドリアーノはユーベを破壊するために力を貯めることができるというものだ。ビエリの同点弾もOK。

中継がなかったので、インテルラジオで観戦。

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domenica 21 novembre 2004

*istDSと負け

おととい、発売日に*istDSを手に入れた。
正直、このカメラは良い、とおもう。
*istDをもっているわけだけれど、
値段につられて購入。
レンズは共用できるし、と考える。

SDカードは秋葉原で台湾製安物1GBを購入済。
Kingmaxとかいうところのもの。問題なく使えた。

DAのレンズを持っていなかったこともあって
同時発売のDA18-55mmというレンズも手にいれたが、
値段なり以上にこのカメラにあっているかと思う。

なによりこのレンズとの組み合わせはとにかく軽い。
お気軽に使うにはピッタリかもしれないと思ったり。
操作系が*istDと異なり、最初戸惑ったけれど、すぐになれた。

デフォルトのJPEG設定は*istDに比べてくっきり鮮やか系。
使っていて気がついたが、RAWとJPEG、それぞれのファイル
の大きさが*istDより小さくなっているので、
1GBのSDカードでもいい感じに使えるような気がする。

それでもやはり*istDがメイン機だろうし、お気軽広角の
E5000+ワイドコンバータも使うだろう。


しかしだ。また負けた。現代のフットボールは
中盤でボールを奪うことができないと失点は
免れない、ということを改めて思う姿であった。
東京のそれも23区のクラブがこんなに負けて
はいけないですな。やはり守備が基本だ。
そのために中盤の底が肝。その肝が機能する
ために前線も守備をしないといけないわけだが、
磐田戦もそうだったがボールのないところで
立っている選手が多いのは気になる。

昨日の浦和の優勝に関するネットでの記事に、
ギドが「負けは悪だ」と1stステージの頃、語っていたという。
「一週間嫌な気分ですごすことになるんだぞ」とも。
まったくもってその通り。

さすがにフットボールネーションの代表DF
だっただけのことはある。正しすぎ。

でも、引分けも苦しいのよ。

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sabato 20 novembre 2004

ステージ優勝決まる

浦和レッドダイヤモンズがはじめてのステージ優勝をしたとのこと。負けての優勝というのもそれはそれでファンにとって思い出になるのかもしれない。

それより関連番組で、長かった、12年目のリーグ戦のステージ優勝、などというコトバが聞こえてきたのだけれど、こちらは現在、15年目でございます、はい。

あと大宮のJ1昇格もおめでとう。まず守備をきちんとなんとかする。というJ2での戦い方をしていたということでしょうか。そう考えると、補強次第で来年、大塚はそこそこやるんじゃないか、と思ったりも。

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venerdì 19 novembre 2004

“あかりパンダ”をめぐる出会い(2)

勝連グスクで、心地よい「気」をもらった後、西原のY字路のところでタクシーをつかまえ、
「安慶名のエンダーまで」
と、中部協会タクシーの運転手さんに告げる。

タクシー免許と本人の姿があまりに違っていたので全員首をひねっていると、前原高校を過ぎたあたりで、運転手さんが
「右曲がります?」
「うん。市役所の方から行って」
と何気に答えてしまう。内心、「具志川の地理がわかっていてもなんの得にもならんなあ」と思っていたのだけれど、「無駄なことは覚えるのはクセだからしょうがない。まあそれもよし」と、何が「よし」かわからないが、勝手に納得。
ほどなく前方右にエンダーが見えてきた。

午後7時頃に行くという約束までまだ1時間半ほどあるので、エンダーでルートビアを飲んでだらけることにする。あいかわらずクセになるまずさ。そういえば最近エンダーでルートビアを飲んでいる人も以前より少なくなってきた。健康志向ということか。あのオレンジジュースが健康とは思えないが。

6時半になって、エンダーを出た。やはりお呼ばれしたなら土産のひとつももっていかねばなるまい。お祝いなのだから泡盛の一升瓶ということで納得してもらえるのではないかと勝手に考え、安慶名十字路そばの県産スーパー“ユニオン”へ。店内で泡盛を物色する。

しかしこれといった銘柄がない。そういった場合地元の泡盛を選べばとりあえず無難ということになるわけだが(コザなら「かりゆし」、名護なら「國華」とか)、なんともはや具志川市には泡盛の蔵元がないのである。迷ったあげく、ラベルが金色で目出度い雰囲気であるし、先日の今帰仁の大会では勝利した牛主に振舞われていた「美しき古里」の30度でお茶を濁すことにした。いいのかどうかわからないけれど。

“ユニオン”を出て、おばぁたちの家へ向かうためにスーパーの客待ちしていたタクシーに乗り込み、住所を見せ「天願橋を渡ってブタイのところを右にいったあたりらしいのだけど」とか、「あかりパンダの家っていえば判るといわれたんだけど」などと運転手さんに伝える。

んが、運転手さんは場所がわからない。おばぁたちは「すぐわかるから」と言っていたが、これは難航しそうな雰囲気が漂う。まいった。よくあることなので驚きはしないけれど、さすが沖縄のおばぁたちの思い込みパワー炸裂といったあたりなのだった。

それでも運転手さんは「探しましょうね(探しますの意味)」と車を走らせる。天願橋を渡ってキャンプコートニーの十字路を右。車は坂道をあがっていく。その間も運転手さんは無線で場所を聞いている。だんだん申し訳なくなってきたあたりでさらに

「メーター止めましょうね(メーターを止めますの意味)」

と、メーターを止めてしまう。車は街灯もない真っ暗な道を下ってから一旦停止。運転手さんは無線に集中である。いやはや申し訳ない。運転手仲間に聞くがわからない。そして最後に本部に住所を伝えだいたいの場所を把握することに。

数分後、本部からの無線が入り、だいたいの場所がわかったようだ。車はUターンして、数分走って止まった。

「ここだと思うんですけれど。とりあえず待ってますから、確認してみてください」

と運転手さん。申し訳ない。その家はかなり立派な家で中では酒盛りしている男衆の姿が見える。たぶんアタリだろう。やはりそうだった。運転手さんにお礼をいって料金を払う。沖縄中部地区のタクシー運転手はいい人が多いというのは本当だ。よい人に出会えたということだろう。

さて、いよいよ、「あかりパンダ」の家に突入である。しかし、おばぁたちに言われたとはいえ、どうやって挨拶して入ればいいのか悩むところだ。(つづく)

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giovedì 18 novembre 2004

“あかりパンダ”をめぐる出会い(1)

秋の全島大会のその日、“あかりパンダ”が格の違いを見せつけて勝利したその瞬間、連れが、ついに会場にその姿を見出した。今年の旧正月。“あかりパンダ”が優勝したとき、となりに座っていた、おばあ三人組のうちの二人の姿を見つけたのだった。

このおばあ三人組、実は、「あかりパンダ」の関係者であった。いや関係者というより、「あかりパンダ」の牛主の親族そのもので「あかりパンダ」への思い入れは、闘牛士として場に立っている息子か甥と同じくらい深い、。強烈なミーニシが吹きすさぶ中、三人のおばあは「あかりパンダ」の勝利に狂喜乱舞で手をひらひらさせてのカチャーシー。ぼくは三人の姿をカメラに収めて幸せな気分だった。

東京に戻ってから、彼女たちの写真を見て、「あげたら喜ぶんじゃなかろうか」、と思ったぼく。春の全島大会は、防衛戦があるのだから、必ず三人はやってくる。そう思って、連れとともに写真を用意して、大会に臨み、彼女たちの姿を探した。しかし、三人の姿はわからず、しかも「あかりパンダ」は「八重山酋長」に敗北。大会そのものもいまひとつで、煮え切らない思いで帰途についたのだった。しかしついに、4000人の中から再び彼女たちを見つけた出したのだった。

正直言えば、ぼくは、常に三人で行動していると聞いていたのに、おばあ二人しかいないため、連れに「違うんじゃない?」といっていたのだが、連れは強固に「絶対そう」と主張し、満員の席を横切って二人のおばあの元に駆け寄っていった。遠めにその姿を見ていていると、最初は怪訝そうな顔をしていたおばあたちだったが、突然思い出したように、連れと手をとりあって興奮している。やはりそうだったか。やっとあえた。写真を渡すことができた。10ヶ月ぶりの再会であった。

連れが戻ってきて話を聞くと、とても喜んでいて、いろいろ話をしているうちに「今日は祝勝会があるので家に来なさい」という話になったのだという。実は大会のあとは、勝連グスクにでもいって、8時からコザのMOD'sで松田しのぶのライブでも見ようと計画していたのだが、「あかりパンダ」の家にいける、ということで、心は決まった。

場所は、だいたいのところしかわからなかった。「天願橋を渡ったらブタイがあるから、そこを右にいって5軒目」、「『宇堅のあかりパンダの家』といったらわかるから」という強引ともいえる説明で夜になったらいくという約束を交わした。

「あかりパンダ」の飼い主の家に呼ばれた。飼い主は男性だが、甥か子供だろう。母親や叔母など目上の世代がいうことは絶対な沖縄。なんとかなるだろうという気持ちだった。(つづく)

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mercoledì 17 novembre 2004

沖縄の塾

沖縄の主だった街にはなぜなのか進学塾や学習机を貸す商売が多い。それもなぜなのか決まって軒を連ねている。

夜になると多くの中高生が集まってくるわけだが、なんというのか、そういった建物の前には自動販売機できちんとタバコを売っているあたりは人の気持ちに忠実というかなんというか。高校生たちもきちんと利用している。

思うに、勉強する部屋が家にないということより、友達といたいから塾へ行くのではないかな。つまり親に心配をかけない遊び場。うまくすると勉強もできて進学にも有利みたいな。

それでも、知人の話だと「卒業するとみんなやくざになる」土地もあるらしいから一概にはいえないのだけれど。それもまた、ひとつの生き方である。

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martedì 16 novembre 2004

3-3 Parreggio anche

あ然として記憶が飛んでいたのですが、日曜日の結果。
なにさまかしらないけれど、おかげさまで

2勝10分0敗

おたがいさまの結果で引分け記録更新中。

平和の神が微笑んでいるのでありましょうか。
pareggioは“バランスをとること”
みたいな意味なので、天秤座関係?
しかしここまで来ると笑いしかでてこないぞ。
お笑いの神もいる?

名称が、Internazionale なのだから、発足当初から
神様は世界中から集まっているわけなのですけどね。

それよりなにより次節はデルビー
勝たなければならないわけだ。勝つ。勝たいでか。

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lunedì 15 novembre 2004

「かまぼこの日」

「かまぼこの日」だそうで。コザのサンエーには、糸満のかまぼこ屋台が登場。
まあ、土曜日から屋台はあったけど。あつあつの試食のちきあげもらったら、
しにうまかった。

土曜日は玉子を買ったので今日は野菜を買ってみる。
相当上等。オリオンビールにとてもあう。まいった。

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domenica 14 novembre 2004

秋の全島大会@安慶名闘牛場

安慶名闘牛場に着いたのは11時半近かったので、あまり良い席をとれなかった。

すべてぼくがいけませんでした。同行した方ごめんなさい。それでも、中部病院前で途中下車して“上間てんぷら”を購入したのは当然のことなので、情状酌量の余地はあったのではないかと勝手に納得。

今日は、関脇戦以上以外では、名牛の名前を次いだらしい「ゆかり号」、「与那国嵐」の軽量級タイトル戦。そして、C5番の「あかりパンダ」復帰戦あたりに注目。

ケンカ前の全島ならではのご挨拶はいつものようにマジメなのか、笑いをとっているのかわからない、うちなーお偉方のご挨拶。おまけに昨年に続き、くす球が割れずという、ナイス(?)な雰囲気で開始。

沖縄市営での春の全島はいまいちの内容だったが、やはり伝統の聖地“安慶名”にはこれまでの戦いの匂いが染み付いているのだろうか?牛たちの気合が違う。お互いの技を駆使しした非常に内容の濃い戦いが続いていく。

まず、お目当て「ゆかり号」だが、うーん。角は立派なのだけれど、闘牛としてはまだまだなのか。徳之島からの移入らしいが、今後どうなっていくか、やはりその名が名なので気にはなる。が、今日見たところでは「天才まけるもんか」に完全に牛耳られていた。精進を望む。

そんななかやはり最初のピークは、「与那国嵐」対「荒風ジュニアGO」。両者ともに何度か対戦しているためお互い手の内を判っているのか一進一退の攻防が続く。最終的にはフットボール的にいえばポゼッションで勝った「与那国嵐」が勝利。この牛はやはりなかなかよい牛だ。無差別級でいえば「八重山酋長」クラスであることは間違いない。

そして次はいよいよ、贔屓にしている「あかりパンダ」。C5番戦で出てくるのような牛ではないはずだが、やはり春の全島で「酋長」に負けて以来の登場ということで番付が落ちたのか。

先に出てきたパンダ。入場から凝視していたのだが、気合、体調、ともに十二分。問題なし。何度かかぶりをふり、土を蹴散らし、相手牛である「キシマク会同士号」の入場をじっと見つめている。よい緊張感だ。

額をあわせてから、1分後。「あかりパンダ」の「どうだ!」とばかりの勝利にぼくは酔った。「あかりパンダ」と「キシマク会同士号」では格が違った。完全復活ではないだろうか。かわいいし、強い「あかりパンダ」。今後も期待するぞ。

「あかりパンダ」を見てしまったからか、その後のケンカは、うーん。とくに関脇戦以降はいまひとつの盛り上がり。やはり「八重山酋長」の出場回避がその大きな理由ではないだろうか。

大関戦の「東昇皇龍」は出てきたときから、赤毛のそのお尻から血を流していて大丈夫かと思ったら、ほんの数秒で敗退。横綱戦では時期尚早と思われた「戦闘飛龍」にあの「大龍王」が敗れるという結果。なんだか煮え切らないものがあった。おそらく、旧正月あたりに「戦闘飛竜」が「八重山酋長」とやるのだろうが、なんとなく結果は見えているような気がして、暫定横綱的なにおいがしてしまうのはしょうがないところだ。

そんな秋の全島大会ではあったのだけれど、今日は、その後に個人的なメインイベントが控えていた。その話はまたそのうち。

それでも、前言をひっくり返すようで恐縮だけれど、やはり全島大会。沖縄では春と秋の全島と旧正月準全島大会の三つが三大大会だが、そのひとつとしての内容は十分にあったように感じている。

やはり、良い牛が集まる大会は楽しい。

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sabato 13 novembre 2004

“風のションカネー”を聴く

mika.jpg風のションカネー。

コザのCD屋で買ってきて聴いている。

ジャケットにはちょっとぽっちゃりしたかなという内里美香の笑顔が。

一曲目“風のションカネー”。よなは徹作曲。やっぱり彼はするどい。

いや、個々の曲よりも、全体の印象をコトバにすべきだろう。それほど、このアルバムのつくりは端正で、かつ統一感がとれている。

玉栄プロデュースは成功だと思う。内里美香という稀有な素材の唄と三線を聞かせることに集中した、つまり内里美香という素材に忠実なプロデュースと曲、そして曲順が好ましい。

まず唄について言えばあたりまえなのだが、声が良い。民謡歌手としてだけでなく、ポップシンガーとしての内里美香という顔ものぞかせている。ただそれが、コアとしての民謡またはわらべ歌がきちんと内里にあるという点に神谷千尋の新譜との大きな違いを感じさせる。いや、神谷千尋にしても民謡一家の出身。サラブレッドである。悪いはずはないのだが、プロデュースが千尋を殺していた。その点、内里は、玉栄政昭という音楽家をプロデューサーに得たことでその表現の幅を広げたのだ。

考えてみると今年5月の身内以外の客が4人しかいない玉栄政昭とのライブの頃から、この二人の音楽関係はどんどん熟成されていったのだろう、その結果がこのアルバム。

彼女のこのアルバムに関するインタビューがネット上にあった。そこでわかったことだけれど、作詞に名を連ねている内里明美という人は、あのライブの時来ていた母上だったようである。いろいろな人に愛されて守られて内里美香はどんどん大きくなっているように感じる。そんなアルバム。

12月26日にはよなは徹とともに東京でライブが行われる。青山のCAY。

よなは徹といえば、12月1日は、新譜が発売だ。カチャーシーだそうで。なんでも沖縄市、北谷町、各区の地方が競演とか。聞き物かと思う。

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負けたか

現地で見られなかったので内容は録画したものでお茶を濁すしかないのだけれど、前半は2-1でリードしていたようだ。おそらく内容はよかったみたいな話になっているところもあるかもしれないが、負けてしまえば次がはじまることはない。そういう立場にいるのが佐川東京SCだ。そう考えると、非常に辛い。明日はどっちなのだろうか。

それでもちょっとはハンガンビイキの東京のサッカーファンにアッピールできたならよいのだが。

佐川急便東京SC 2-3 ジュビロ磐田

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venerdì 12 novembre 2004

iPodによる感覚の変容

音楽も聴ける外付けHDDとして購入したiPodなのだけれど、使ってみるとこれは、よく言われるように音楽を聴くという行為を変換・変容する代物なのかもしれないと感じる。

とりあえず事務所内の主だったCDをかたっぱしからMP3やACCに変換してiTunesのライブラリーにぶちこんでiPodに転送してみたわけだが、全部を網羅する前に、すぐにiPodがいっぱいになってしまった。40GBではまったく足りない。なもので発売されたばかりのiPod Photo 60GBを購入。写真をどうこうするというところまで試していないのだけれど、これでまた少しの間変換作業にいそしめる。

おそらくなのだけれど、これまでに購入したアナログ盤、カセットテープ、CDを変換すると500GB前後になるのではないかと思う。40年近く買ってきてそんなもんか。

ところでiPodに手をだしてからCDを買う量が増えた。とくに、ほとんど死蔵していたかつてのアルバムを片っ端からぶちこんだことで、新しい発見に出会い、アナログやカセットテープでしか持っていないアルバムを楽にiPod内へコピーするためにCDがほしくなったりしたのである。

いちいちCDを探したり、トレイに乗せなくてよいために、今まで聴いてなかったアルバムを簡単かつじっくり何度も聴くことが可能になり、評価が変容した作品もある。ムーンライダーズはぼくにとってとっても大事なバンドではあるけれど、フルアルバムでは“A.O.R.”と“ムーンライダーズの夜”については発売当時、身体が受け付けなかった。ところが外に出て聴いてみると何気に好みの曲が見つかったりもする。人間の感覚というものは本当に環境や方法によって変容するものなのだということを確認した。

またシャッフルプレーも悪くない。変換した音楽が、つまり一度は自分がなんらかの意志で購入した音楽が、次から次へとノンストップでかかるので、自分の感覚許容範囲に収まりかつ意外性にあふれたラジオ番組を聴いているような、そんな気にさせる。そしてこれもまたよく言われることだけれど、登川誠仁のあとにResidentsが聞こえてきたりという、まずありえない体験ができたりもする。

ただこの表面加工はなんとかならないか。美しいというけれどガシガシ使うにはセンシティブすぎる。それがAppleだと言われればそれまでだけれど、傷ができようものなら一挙に落胆が訪れるあたりは生活のためのデザインがいまひとつ。ホイールの使い心地など機能デザインは優れているのだけれど…。

カラー液晶になったことについて何も感想がないのかといわれれば、見やすくはなったし、一度カラーになったらモノクロには戻れないとは思うのだけど、それ以上でもそれ以下でもない。とにかくぼくにとっては20GB(実際はそれ以下だけど)容量が増えたという点がiPod Photoのアドバンテージだろうか。

そういえばCDでは音が悪いという知人のミュージシャンがいた。それは事実だけれど、CDの便利さは捨て難かったし、そのオブジェ感は悪くなかった。たぶん彼ならばMP3やACCでは音楽がちゃんと表現できないというに違いない。それでも、iPodという音楽再生機形の中に入ったMP3やACCを聴くことで、音楽の流通や音楽そのものを変容させる可能性は確かにある。

少なくとも、ぼくは音楽を聴く時間が増えたことだけはたしかであるし。

Appleの株価があがっていることも頷ける。

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giovedì 11 novembre 2004

2-2 あ?

現地の回線の都合によりライブ放送ではない。金返せ!スカパー。などと毒づきたくなるくらい気分がよろしくない。まったくインテルチャンネルそのままやってくれたら一日中ぼくは見ているのでそれでもいい(笑)。

などということは置いといて、しょうがないので、いつものように、インテルラジオ。

なにやらとにかく元サンプドリアかつ元インテルのパリューカがあたりまくっているようだ。そんなに苦労して止めなくてもぼくはかまわないのだが、やつは快調らしい。うむ。そうか。

おまけに、ベローンが前半20分にザネッティに交代。細かいことを聞き逃したが何があった?。そういえば今日はダービッツが先発だ。パスクァーレが左サイド。

その後ミハイロビッチがフリーキックをぶち込んで、1-0。攻めまくっていたようだが、やっとなんとか点を獲れた。そのまま前半終了。

後半は、同点にされ、勝ち越し点を奪い、そして、incredible!

またか。2勝9分。いまだ無敗(苦笑)。


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mercoledì 10 novembre 2004

風のションカネー

今日は内里美香の新譜「風のションカネー」の発売日。
まだ手に入れていないわけで、週末あたりに買おうかと。

唄は、おそらく現在の沖縄若手女唄者の中ではNo.1の美香嬢なので文句はないはずだが、今回は、コザの大人たちがよってたかって盛り上げ役になったような、豪華作詞作曲陣にも期待が高まる。

作詞にビセカツ&上原直彦御大をはじめ久米仁、大島保克など。
作曲は、よなは徹、玉栄政昭、知名定男などが参加。
玉栄政昭の名曲「行かうー」、前川守賢の「泣かんきよ」も。

プロデュースは玉栄政昭。端正な音づくりがされるのではないかと推測。
先に発売になっている神谷千尋の新譜が悪くはないとはいえ、
音作りがいまひとつだったことを考えると期待はできそうに思う。

17、18日に東京でライブがあるらしい。with 玉栄政昭

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martedì 9 novembre 2004

とある名所

hotel.jpg

一見するとただの廃屋だが、数年前の数ヶ月の間だけ、この建物に子供や大人、多くの人が出入りしていたことがある。

もちろん、ベトナム戦争の頃、この一帯のバーやクラブは米兵であふれていたわけで、その頃の活況と比べられるわけはないのだけれど、そんな喧騒の時代から30数年すぎて、この建物は確実にこの街の主役だった時期があるということだ。

いまは取り残されてしまったこの建物は、辺野古の十字路の一角に、かつての思い出を反芻するようにたたずんでいる。

その数年前の姿は、「ホテルハイビスカス」という映画で。

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lunedì 8 novembre 2004

1-1 しょうがない

なぜ勝てないのであろうか(溜息)。
また引き分けだ。
ただし今日の引き分けは、引き分けになって
ラッキーであったという引き分けではある。
それほどフィオレンティーナは良かった。

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domenica 7 novembre 2004

ピトゥを食べる

一般的に沖縄では“ヒートゥー”というらしいが、名護のコトバでは“ピトゥ”とか“ピートゥ”という(名護あたりだと「はひふへほ」が「パピプペポ」)。このピトゥ。名護では食用である。居酒屋に入れば普通に“ピートゥ炒め”680円などといった品書きがあるし、スーパーではパックになった“ピトゥ”の肉が売られている。あたりまえの食文化なのだ。

“ピトゥ”を日本語でいうと“イルカ”という動物になるようである(イルカといってもマイルカ科のゴンドウクジラの類らしい。ちなみにシャチも同じ“類”である)。イルカと鯨という名称を区別するのは大きさだけということらしいので、鯨食文化をはぐくんできた日本社会ではすんなり受け入れられてもいいはずだが、欧米の自然保護運動やらの影響で鯨以上にイルカを食すると聞くと眉をひそめる人が少なくないように思う。

味といえば、まさに鯨で(といっても最近は鯨を食べたことがない人も多いのだろうけれど)、これといってぼくには感動がない。ガキの頃の給食の献立には“鯨の竜田揚げ”があった世代なのだからだろう。

20数年前、沖縄の北部に学術調査などで長期滞在していた頃は、冷凍保存したり、塩漬けにした、ピトゥを結構な回数いただいたのだが、最近はとんと食べていない。別にピートゥがなくなったわけではなくて、今でも普通に名護では食べられるのではあるけれど。なんでも最近は観光客向けにドライブインでイルカステーキを食わせたり、イルカの肉をのせた沖縄そばなんていうのもあるらしい。が、これらも、ぼくは食べたことはない。

やはり一番ポピュラーなのは“ピトゥ炒め”だと思う。名護なら居酒屋などでだいたいメニューにはいっている。店によって違うけれど、まあ、早い話、チャンプルーのイルカ肉入りみたいなものだ。

今でも名護湾には3月4月頃になると鯨やイルカがやってくるのだが、30年ぐらい前まではイルカ漁でにぎわったという。なんぐち(名護口)までイルカが押し寄せてくると(ピトゥドーイ)、町長の合図ひとつ、浜から船からやりを投げて大騒ぎという、かなり乱暴かつ勇壮なものだったらしい。漁なのだから当然のことだ。

和歌山の太地は鯨漁で栄えたし、岩手の太平洋側では今でもイルカを食べる。ただ、どこもかしこも、環境保護だとかの影響で、鯨やイルカの類を獲ったり食べたりすることに、うしろめたさが漂っているのは残念でならない。観光立県を目指した沖縄にあってもピトゥはなかなか紹介されてこなかったのは、やはりこのあたりの意識が那覇あたりの県中央にはあったのかもしれない。

そんな現代の状況下においても、あたりまえのように、イルカを食べる名護近辺の食文化には「だからなに?」といったひょうひょうとしたものを感じて、興味深い。

わんぱくフリッパーというアメ公が作ったテレビドラマで、イルカは賢くてみんなのお友達という刷り込まれた強迫観念への反抗という側面がぼくなんかにはあるのかもしれない。

今度名護にいったら、またピトゥを食べてみようかと。

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sabato 6 novembre 2004

むら咲きむらオールバック再び

いろいろなことがあったので、すっかり書き忘れていたのだけれど、10月31日に「読谷村むら咲きむら闘牛場」で、第30回読谷村闘牛大会が行われ、“むら咲きむらオールバック”が横綱戦で勝利した。

今年の2月の末、「読谷村むら咲きむら闘牛場」の闘牛場開きの日に観戦したのだが、その時も、この“むら咲きむらオールバック”が登場。この牛、両角が完全にうしろへ向いていて、ワリ技は無理というだけでなく、攻撃は額でつく、わたしこむといったあたりだけという、ちょっと変わった牛である。つまり、徹底した守備的戦術をとる牛で、攻撃技と速攻大好きな沖縄の闘牛好きオジイたちから人気がなかった。

その“むら咲きむらオールバック”が地元、「読谷村むら咲きむら闘牛場」の横綱戦で勝利したのだから、この10ヶ月近くの間、かなり精進したに違いない。しかし対戦時間はまたも17分余。持久戦に引き込んで勝つというあたり、なかなか体力がある牛なのかもしれない。牛主である観光スポット“むら咲きむら”の関係者もお慶びであろう。

allbanck.jpg

左の攻め込まれている牛が“むら咲きむらオールバック”。角がうしろを向いている。


ただし、この“むら咲きむらオールバック”を「好き」ということ。それは闘牛好きとして鑑みるに、個人的に問題があると自重してはいるのだけれど、なんというか、降格間際で勝点1を獲るために必死こいて1-6-2-1の徹底守備戦術のもと、引きこもりで90分を戦い、かつバカファンが多いイタリア南部のワンマンオーナーのクラブみたいな感じで注目してしまう。いや注目というかもしかしたらこのまま行くと好きになりそうで怖い…。注目…、か…。

ところで、“むら咲きむらオールバック”について、以前から疑問があるのですよ。沖縄闘牛では、牛の角の形をあらわすコトバがいくつかあるわけで、列挙すると、

トガイー:上前方に鋭く突き上がった角。沖縄で好まれる。
タッチュー:頭上に立ち上がっている角。ex.伊江島タッチュー。
カブラー:湾曲した下に向かった角。腹どりなどに有利。
ボーヌー:横にまっすぐ伸びた角。攻撃しづらいが首を振って片角でワリも。
ヒーゲー:左右非対称の角。

主だったものはこの5つなのだけれど、“むら咲きむらオールバック”の角を表現するコトバがない。“むら咲きむらオールバック”の角は斜めうしろを向いてるがまっすぐな角なのでボーヌーの類かもしれないし、型はずれということではヒーゲーかもしれないし。おそらく表現できない角ので、そこから「むら咲きむらオールバック」という名前をつけたのだろう。オールバックかあ。かっこいい?

考えてみれば牛主が観光地で闘牛に力を入れていきたいという“むら咲きむら”なので、観光客はもちろん、ちょっと変わった牛で闘牛ファンの目もひきつけようかという魂胆もあるのかもしれない。と、考えるとぼくは“むら咲きむら”の関係者に、はめられているということにもなる。やられた…、か?

しかし、なんだか今日は“むら咲きむら”という文字がいっぱいだ。

最後に、ひとつ。これだけ“むら咲きむら”と書いたのだから、今後「読谷村むら咲きむら闘牛場」での大会を見に行ったときには、何かいいことないでしょうか? 「読谷村むら咲きむら闘牛場」の“むら咲きむらオールバック”の関係者の方。

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venerdì 5 novembre 2004

角突きと闘牛

山古志の牛たちがヘリコプターによって移動しているという話が伝わってきて数日。とりあえず喜ばしいことなのだけれど、角突き(山古志、小千谷あたりでは闘牛を『牛の角突き』と呼ぶ)の開催は当分難しいということ。寂しい。

越後『牛の角突き』は神事ということもあるのか、牛同士の戦いで決着をつけないという点が大きな特徴で、ころあいを見計らって、男衆たちが全身全霊を傾けて牛を引き離す。興奮した日本列島陸上最大動物を、しかも2頭、同時に制御しなくてはいけないのだから、その迫力はなかなかのもの。怪我をする人も多い。

沖縄の場合はしっかりと決着をつけるので、たとえば、腹どりが決まり、勝負あったにも関わらず、負けた牛が逃げ切れず、まともに勝利牛の角を、腹にくらって腸が出て、廃牛なんてこともないわけではない。この真剣勝負が沖縄闘牛の迫力かと思う。

考えてみると、越後『牛の角突き』の醍醐味は興奮する牛を引き離す一連の物語にもあるのかもしれない。ところ変わればその見どころも変わる。

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giovedì 4 novembre 2004

根路銘の銅像

大宜味村根路銘(ねろめ)の集落をぶらぶら歩いてたら、人家の横に小柄でがっちりした老人の背広姿の銅像がたっていた。

「誰だ?」

ぼくはとりあえず首をかしげながら、写真におさめる。

散歩終了後、ネットで検索したところ、この銅像の老人は、宮城仁四郎(みやぎじんしろう)翁といい沖縄産業復興の父と呼ばれた人らしい。

戦前、沖縄製糖に大卒で入社後、頭角をあらわし、戦後は「製糖、製塩、重油、煙草、殖産、セメント、パイン産業、繊維縫工、洋酒、漁業、畜産、食品加工」など多くの会社の社長として活躍。と、なかなかの御仁なのでした。おお。

この根路銘はもうひとり同じ苗字の宮城新昌(みやぎしんしょう)も輩出。新昌翁は、“日本のカキ王”としてその名を知られる方。

神奈川の金沢文庫あたりでカキの養殖研究所を設けて、彼の養殖技術は金沢方式として、東日本太平洋岸に広がっていったのだとか。

山が海に迫った猫の額程度の狭く小さな集落から、産業王がふたりも出ているというのも何か理由があるのかもしれない。

ちなみに、ぜんぜん関係ない話だが、根路銘のバス停には時刻表が掲示されていなかった。潔い。

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mercoledì 3 novembre 2004

沖縄スーパー考(一部抜粋)

だいたい大きめの街にはサンエーがある。しかしその土地ごとにサンエーのカウンターパートとして存在するスーパーがないわけではない。

たとえばコザ近辺ならユニオン。コザの社交街中の町のはずれにあって、24時間営業であるためキャバクラの女の子や黒服もどき君やクラブのネエネエなども常連。同じように24時間営業の最強吉元弁当ととももに、昼寝してるので眠らないコザの栄養源として君臨しているように思われる。個人的には刺身ならサンエーよりユニオンがおいしいと思っている。

名護の市街地だと東江のサンエーがメインのスーパーだろうが大西にあるオキマートも忘れてはいけない。ここは目の前に沖縄名物、進学塾があるため、スーパー駐車場にはタバコで一服して勉強の疲れを癒す中高校生がたむろしている。夜になるとここしか店がないためで、若者の社交場としても機能しているわけなのだ。ちなみにここは名護のサンエーでは見ることがない地元の泡盛がなにげなくさらりと置いてある。刺身も悪くない。

一方で、サンエーのカウンターパートといえばやはりカネヒデを忘れるわけにはいかない。このカネヒデの特徴は上記スーパーにもましてその土地の匂いというか雰囲気があからさまに表出しているという点にある。たとえば名護ならば商品の陳列も緻密かつ統一性がありすっきりした印象がある。これがコザ十字路そばのカネヒデともなると、殺伐とした寂寥感の中に一種独特のパワーが感じられる。「フットボールの世界ではファンはクラブの鑑であり、クラブはファンの鑑」とぼくは常日頃から言っているが、カネヒデはこのテーゼに重なる。「客は店の鑑、店は客の鑑」。つまり地域の人々の信条が如実に現るのがカネヒデなのだ。

沖縄にはMax Valueやダイエーもあり、実際多くの客を集めているが、地域特性という点においてはまだまだ上記スーパーに勝っているとはいえないようにも感じている。

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martedì 2 novembre 2004

サンエーポイント・ゲット・オバァ

サンエーという沖縄県内に展開するチェーンスーパーがある。一番でかくて品揃えも現代のナウでヤングな家族向けなのが、天久新都心にできたサンエーかと思うが、県内それぞれの場所にあるサンエーは、それぞれの地区の色合いが濃くてとても興味深い。

このサンエーには全店共通のポイント制度がある。基本的に200円お買い上げで1ポイント。1000ポイント以上になると換金できる。つまり、支払った金額の0.5パーセントということでなかなかポイントがたまらない。東京城西城南地区のスーパーオオゼキみたいにポイント10パーセントの日があれば効率よくたまるものの、サンエーにそういう旗日はない。ちなみにオオゼキの10パーセントポイントの日は商品の値段が高いというのが、オオゼキ通の常識である。

が、しかし、サンエー側も客を集めるための手段を講じている。ひとつが、マイバッグ。買い物袋を持参して使えば1ポイント。木曜日なら3ポイントがプラスになる。これはこれでエコロジカルな方向性としてよいのではなかろうか。ちなみに、向かいのローソンで買った時のビニール袋でも大丈夫。

そして、極めつけのサンエー側の作戦は、“サービスポイント商品”。

サンエー内を歩いているとところどころにピンク色の値札がついた商品があるのだけれど、これは、有無を言わさず一個あたり3ポイントがつくという大盤振る舞い商品なのだ。その商品は泡盛の3合瓶だったり、ガムだったり、宮平牛乳だったり、うっちん茶ペットボトルだったり、オリオンビール6缶パックだったり、といろいろ。

とにかくこのピンクの値札商品をひとつ買えば3ポイントプラス。100個買えば300ポイントのプラスになるのだ!。これはすごい(か?)。もちろん商品代金分のポイントもつく。つまり、8400円分の商品を買ってそこにサービスポイント商品が15個あって、向かいのローソンでビニール袋をもらっておけば、42+45+1=98ポイント。木曜日なら100ポイントがつくという幸せを享受することになる。

となれば、こういうお得情報をコザのオバァたちが逃すわけがない。この時とばかりにポインゲットに走る。

購入行動の基本は100円以下の商品で合計の切りがいいように。連れがみていたところによるとガム数個というのが定番だったらしい。3個買えば300円弱。あと一個100円ちょいのポイント商品を買えば400円強。モノが小さいので当然マイバッグ。すると木曜日なら、2+12+3で17ポイントゲットである。17ポイントゲットには通常なら3400円必要なので相当おとくである。

となればこっちもサンエーカードは作ってあるのでポイントゲットである。沖縄ではお年寄りの言動は絶対。神に等しいわけなので、オバァたちの行動にならって、ポイント商品だけを購入するのでありました。

県外者でもサンエーカードは、作れるので作りたい人は作るとよいかと思う。
これ↓

sana.jpg

ただ気をつけなくてはいけないのは、このサンエーカードにたまったポイントなのだが、作った店でしか換金できないだけでなく、カードを作った店のレシートでなければ今何ポイントになっているかという表示もない。こっちはコザで作ったので、名護のサンエーではポイントがわからなかったりする。地域密着。

ところで、このポイントに釣られ、サンエーで泡盛を買ったとする。帰りがけに他のスーパーで土地もんの泡盛が見つかったりして安かったりすると悲しい。旅の途中だったりして飲みきれんから買えない、なんて泣きを見ることもある。ポイントあさりも、ほどほどにしておくことである。実はぼくがそうだったのだ。あの時は、悔しかった。大宜味の“○田”の方がよかったよ。まあサンエーで買った今帰仁の“美しい古里”も軽くて飲みやすいのだけれど。悲喜こもごも。

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lunedì 1 novembre 2004

1-1 …

40年近くフットボールを見てきて、

負けないことがこんなに苦しい

とは・・・、知らなかったのでした。

ただいま2勝7引分0敗。

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