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domenica 31 ottobre 2004

広角の人

先日、広角レンズを買った

sigma.jpg

Sigmaの12-24mm F4.5-5.6 EX DG ASPHERICAL。

なんでも、タムロンからAF11-18mmのものが出るらしいのだが、Pentaxマウントはいつものように、ない。

そのため、昨年発売されたものだが、Sigmaの上記のレンズを選択。
これでほぼ35mm換算で18mmぐらいの広角を*istDで撮れるということにはなった。

スペックを見るとNikon用がとんでもない重さだったのでびびってたけれど、Pentax用はそうでもなかった。いろいろな機構がついていないってことだろうか。とにかく噂に違わず太くて長い大筒というかんじでコンパクトな*istDには、まったくもって似合わない。それでもとりあず現状*istDで一番の広角ではある。

というようなことを言っていても、この世界での1mmは、アドリアーノと柳沢ぐらいの差はあるので、1mmでも広角なら、また別のものを買ってしまうんだろうな、と思ったりする昨今。

広角レンズはその場の空気を写しこむといわれるが、良いステレオ写真というのは、なんというか画角外の一種の空気感を表現できているか否かが、その素晴らしさの判断基準になるとぼくは思っている。技術的なことをいえば、広角レンズで写した写真もステレオ写真も被写界深度が深い方がいわけで。それでも遠近両画像がハッキリした方がいいのか否かというあたりは人間の快感原則と時代を考えた時に揺れ動いていてもおかしくないようにも思ったりしているのだが。

そういえば10年前にいろいろな方のご協力で書かせていただいた、『ステレオ ~感覚のメディア史~』 ペヨトル工房刊、というステレオ写真に関する書籍があるのだけれど出版社がなくなったこともあって絶版になって久しい。なんとなく読み返してもいい本だなあ自画自賛ぎみに思ったり(苦笑)。

もう少しステレオ写真も多めに撮らないとなあ、と思うのでありました。

それと、30日の2試合。いいかげん1対0でがっちり勝ってほしいのですが。なんともはや中途半端な気分がずーっと続いているので。へなへな。

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sabato 30 ottobre 2004

彼の死

イラクで民間人の死者が出た。ご冥福を祈りたいというぼくは確実にいるけれど、それは悲しみに打ちひしがれている家族や関係者の気持ちを逆撫でしたくないという気持ちからでしかない。正直に言えばしょうがない。それだけである。

忌憚なく口にすれば、この亡くなった子は無知だ。ほんとかどうかしらないが、イスラエルのスタンプのあるパスポートでアラブ圏を旅しようなど、あきれて物が言えない。危険な状態にある国に物見有山的な気持ちで入ろうなど、なにをかいわんや。

かつて、世界を右往左往していた20代のぼくも、イスラエルのスタンプは「パスポートを汚す」ということで、アラブ諸国へ今後入国する予定があるなら、当該の旅の最後にイスラエルへ入国し日本に帰国後即刻パスポートを再発行するという「常識」があった。それが20世紀に生きる人間としての「あたりまえ」の行動だった。そして今も、というか、今だからなおさらである。そのくらいのことは判っていない人間が日本を出るということ自体が大きな問題だろう。

程度の差こそあれ、現代日本の20代前半から30歳前後の子達はこの亡くなった子と同じように(もしかしたらそれ以上に)無知な上に、他者の助言や努力を真摯に受け止めず、自分だけが正しいと思い込む傲慢さを持ち合わせているので、こういう結果になるのはよくわかる。

ちょうど親の世代は団塊世代だ。結果として親の因果が子に報いということになってしまったわけだが、やはりD2(団塊2世)は、今までの日本人とは計れない人的塊であるということを確認できただけ、彼の死は意味があることであろう。それくらいの意味をもたせないと彼が生きてきた意味がない。ほかになんの意味もないからだ。

イラクはもともと日本と血のつながりがある国であるし、ヨルダンは皇室同士友好的なつきあいをしている。おまけにイラクとヨルダンの為政者はかつて兄弟だった。そういった歴史的な事実、つまり、現代においても、通用する親和的プロトコールの中にあった国家関係が、D2の子供ひとりのために無に帰するとしたらそれはぼくやあなたにとって大きな損失だ。

団塊世代やD2のかわいそうな子達の中には、弔い合戦的な気分からイスラム嫌いが生まれることもあるかもしれないが、そのあたりはきつく自重しなくてはいけない。団塊世代が性行為によって生んだ子供が行った行動と死が、単なる「無知」から起こったということを肝に銘じるべきではないだろうか。団塊の世代は、そういった無知なD2世代の子供に育っててしまった自分を呪うべきであって、日本や、日本列島人や、アラブの人々をうらむのはお門違いである。怒りの矛先はあなた方自身なのだから。

団塊の世代は競争のための自己顕示欲を行動原理として生きてきたことはぼくは理解している。

それはあなた方の罪ではない。第二次大戦による人口動態の急激な変化とそれを要因とする生物学的な一次欲求の産物なのだから、改めていうが、あなたがたのその捻じ曲がった人としての生き方はあなた方のせいでない。

つまり、個としての人間を前提とした理性的な理由はひとつもないのだ。動物がたくさん生まれたか、そうではなかったか、その違いだけなのだ。団塊とは塊ということであって、動物として数が増えたというだけの世代で、その動物的な行動原理に理性が勝てなかった世代というのが正しいのだ。

今回殺された子は、そういった世代の2世なのだから理性と情報を駆使して行動するなんてこできるわけがないというのはよく判る。無理だろう。しかし、その結果でまた数にモノを言わせた動物的反応を行わないこと。お門違いの反応をしないこと。それが人として唯一できる、あなた方団塊の世代と、その子供の世代にできることだ。それ以外は理解できないだろうから、じっとしていているのが適当である。

少なくともぼくやぼくの世代は団塊の世代の酷さや幼稚やさをイヤというほど見てきて、ある意味、達観している。そしてその子供の世代なのだから、似たようなものだろうということもよくわかっているし、実際そうだということを何度も経験してきている。今回のなくなった彼の年齢と親御さんの年齢をみて、話がわかりすぎるくらいわかりすぎたので思わず苦笑いさえ出てしまった。

モノは壊れる、人は死ぬ。しかし、美しい死は、真摯な生き方にしか宿らない。少なくとも、団塊の方々と、その2世には現状そういった美しい最期は訪れることはない。それは、今回なくなった子が証明している。そういう意味で彼の死は21世紀の日本をよく表していたということにはなる。彼に生きてきた意味があっただろうし、この点についてぼくは彼に感謝をして、冥福を祈りたいと思う。

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venerdì 29 ottobre 2004

うっちんの力

写真を撮りたかったんで、
逆光にならないように場所を移動したら、
蚊の迎撃にあった。

島の蚊はしつこい上に、刺されるとかなり痒い。
とにかく痒い。刺されたところがぷっくり膨らんできて、
痒くて痒く写真どころではなくなる。

虫除けや薬を持ってきておけばよかったんだけど、
すっかり忘れていた。

しょうがないので、昔、安田のオバァが教えてくれた

「蚊はうっちんが嫌い」

という故事(?)に則り、持っていたうっちん茶の
ペットボトルから黄色い液体をティッシュにとり、
顔や足や手になすりつけた。

すると、どうだろう。

蚊は飛んでいるんだが、寄ってこなくなった。
うっちんが効いたのかどうか。
よくわからないが。

ちなみに髪を黄色く染めたい時にも“うっちん”がいいらしい。
黄金色に近く鮮やかでしかも100%天然。

うっちんは、本土だと“うこん”ってやつで、
英語だとターメリックって名前になっている。

うっちんの力か。

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giovedì 28 ottobre 2004

闘牛関係者への義捐金

中越地震の震源地付近は“牛の角突き”の本場でもある。

小千谷と山古志にいくつか闘牛場があって春先から秋にかけて闘牛が行われている。無形文化財に指定されているらしいが、そういうことを抜きにしても今後“牛の角突き”がどうなるのか心配だ。山古志では有志の何人かが残って牛の世話をしているらしい。(山古志といえば錦鯉の産地でもあるけれどそちらは壊滅状態らしい。無念)。

牛は家畜ではあるが飼っている方々にとっては家族も同然という。これは闘牛を飼っている人みんなが言うことだ。その牛の世話ができなくなっているのだからみなさん心配でならないだろう。

この流れを受けて闘牛どころ沖縄では牛の角突き関係者のための義捐金口座を開いたらしい。

人がたいへんな時に家畜のことなどかまってられるかという話もあるかもしれない。それでも、使い道がはっきりしている義捐金口座を開いて振込みを募るというのもあっていいのでは。

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mercoledì 27 ottobre 2004

中越地震

ずっと情報を追いつづけていたんだけれど、現状、とりあえずここから情報を取捨選択し、リンクを辿り、個人の判断で動くのもひとつの考え方かもしれないと思う。

2chは硬軟虚実入り混じっているわけですが、情報に関する取捨選択能力がある人にとっては、あいかわらず有益であるというあたりまえのことを再び思ったことに加え、blogが情報連携という意味でかなり有効なツールになりえるのだなあと、改めて思ったり。

ひとつの情報や写真がリンクやトラックバックでつながり情報集合体へと変貌していく様は、かつていわゆるマスコミに生業を求めていたものの、そこに愛想をつかし、個人の情報と表現のためのツールとしてのネットワークやWebについて考えてきたぼくにとっても、新鮮な驚きであり、文字通りの「メディア」というものについて改めて考えさせられてしまいました。技術は社会を確かに変えていく力を持っているのかもしれません。

それはそうと、神戸の時の経験から、ここから2週間ぐらいが正念場なのでマスコミ報道以外にも、的確な情報がまわっていくことを願うばかりです。

たとえば、これからあと1週間ぐらいするとお酒とかタバコとかほしくなる人もいるのではないかと思います。お酒は不謹慎という意見もあるかもしれないけれど、神戸の時はお酒とかタバコとかで心を落ち着けられることもあったのではあります。

また女性には化粧水とか口紅とか、下着も。こういったものは贅沢品じゃなくて現代の日本列島社会に住む人が人として生きていく上で必要なものなのではないでしょうか。人間は動物だけれど心があるのだから。

ただその動物としての人間の欲求からすると、その1週間前、つまり、そろそろ、野菜などのビタミン不足が問題になるのではないでしょうか。野菜ジュースとか、ビタミン剤など日持ちするものがあるといいんじゃないだろうか。このあたり当事者の人は感じにくいところではあるので。実は、神戸の時がそうでした。普通に生活してても忘れがちなのが野菜などビタミン類だし。

必要なものは極端な話一日ごとに変わっていく。そのあたりの細かなケアも大切か。

そういえば新潟県内の畳屋らしき人が五十畳の畳をある避難所に持っていったとか。今回の被災地はお年寄りが多い地区だし、体育館や車の中などで夜明かししているご老人に、一人一畳あるだけでも、心の持ちようがぜんぜん変わるのではないかと思います。こういう動きはもっと声を大にして伝えるべきでしょう。また、保熱効果あるプチプチを送る企業もあったりしたようだ。寒さをどのように凌ぐかということも緊急だし。痒いところに手を届かせるためにも、ぼくたちの、的確な情報発信、情報連携、そして想像力が試されていると…。

しかし、神戸や雲仙の時に2chやblogがあったら、もっと違う結果になっていたのかもしれないと今回のここ数日のネット上の動きをみていて思う。そして、ぼくたちひとりひとりは、もうすでに、メディアなのだということを改めて実感したりもする。

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martedì 26 ottobre 2004

怒らないで、運転手さん。

コザの普久原楽器のポイントがたまったので(一応いうと水曜日は倍)、CDを買いにいくことにする。
歩けば20分弱だけれど当然バスに乗る。

バスは快調に走って、ぼくが降りるひとつ手前のバス停に到着。若者がひとり降りるようだ。

と、思ったら、運転手さんが怒っている。どうやらその若者、本土の子のようなのだが、沖縄の市外線バスのシステムが良くわかっていなくて、お釣りが出てくるものと、料金箱にお金をいれてしまったのだった。

「両替しないと」

と運転手さんは舌打ち状態。どうも機嫌が悪いようだ。すると一番前に座っていたぼくの方へ向かっていう。

「すいませんけど、お釣り渡すので、先に料金もらえないですか」

一瞬なんのことかと思ったのだが、つまり、ぼくがお金を運転手さんに渡して、そのうちの100円を両替しそのなかから、その若者におつりとして渡す。ぼくの料金は、運賃からその若者が余計にはらった金額分をひいいたものになるという塩梅。まあ、わからないでもない。

「どこまで?」

運転手さんはぶっきらぼうにぼくに聞く。

「胡屋」

ぼくはぶっきらぼうに答える。

お金を渡すと両替して、不機嫌そうに若者にお釣りを渡し、こっちにも不機嫌そうにおつりを渡す。まあ、そういう日もあるということだ。

ちなみに沖縄の市外線バスは料金後払い。乗るときに番号が印字された整理券を取る。降りるときにはその整理券番号に該当する料金を支払う。ただし、料金の払い方は、基本的に先に両替をしてから、ぴったりの料金を整理券とともに料金箱に入れる。たまにお釣りが出る料金支払い機を装備したバスもあるが、そういうバスに乗れたらきっといいことがあるに違いない。ような気がする。

それはそうと沖縄のバスについての基本情報なら、このサイト。沖縄の場合バス時間はあてにならないのだけれど、目安がわかるので、たいへんお世話になっております。

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lunedì 25 ottobre 2004

0-0 マドンニーナはどちらにも微笑まず

0-0は正当だった。ボボが2発はずしたが決まっていれば、得点が動いて、結局同点だったように思われる。そんな試合だ。確かに緊張感もあっていかにもイタリアらしい試合といえばそうなのだが、お互いを意識しすぎたようにも感じる。

ミランはクレスポが何もせずに終わったのとセードルフの交代。インテルはやはりここのところミランに勝っていないという切羽詰った意識が問題だった。アドリアーノもがっちりとミランの守備陣に止められた。

頼みますからミラノを見下ろしているドゥオモのマリア様(マドンニーナ)。そろそろインテルに微笑を。

それでも2月のデルビーではミランに勝てるのではないか。そんな気になれる試合ではあった。新しいインテルはまだ上向きベクトルの発展途上であると思えるからだ。

ユーベが、序盤、楽な相手だったということもあるが、これで8puntiの差。うーむ。それでも今年のインテルには勝利の匂いがまだしている。こうなればここからは勝つしかない。次は好調Lecce。ここを粉砕できればのれるように感じる。水曜日がとても大事になった。

ちなみに、上記ドゥオモのマドンニーナ様から、インテル対ミランの試合は、マドンニーナ・デルビーとかいわれることもあったりしているのだった。

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domenica 24 ottobre 2004

牛を解体し焼き、そして食らう祭りの本

名護博物館で

“屋部のウシヤキ プーミチャーウーガミ”

という書籍を購入。名護バスターミナルの本部よりあたりの屋部という地区。ここで旧11月8日に行われている牛一頭を解体しご先祖様に捧げ、みんなで牛汁を食らうという祭りの一部始終を収めたモノクロ写真が白眉。解説もしっかりしている。

沖縄、とくにその中北部は、東北アジア島嶼地域に暮らしてきた人間の営みが、あたりまえのように顔をのぞかせているように感じる。近代や日本というカサブタをはがせば、血が流れる。よそものがそのカサブタをはがすには、慎重にするべきだ。

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sabato 23 ottobre 2004

“民謡の旅”

“民謡の旅 沖縄北部(やんばる)十二市町村 やんばるの唄と文化を尋ねる”

という書籍。1500円。名護十字路そばの普通の書店で購入。

国頭村、東村、大宜味村、名護市、今帰仁村、本部町、金武町、宜野座村、恩納村、伊江村、伊平屋村、伊是名村。沖縄北部の12の市町村、それぞれの「ふるさとガイド」にそれぞれの地で生まれたり歌い継がれてきた、民謡やウシデーク、テルクグチなどの歌詞と解説。いわゆるコザあたりを中心とした沖縄民謡のネタ元のひとつであるそれらの唄が紹介されていく。

それぞれの曲に関するエピソードや写真も豊富で読み物としても十分に成立している。本ってやっぱり楽しいなと思える、そんな本。

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venerdì 22 ottobre 2004

宮城真治翁関連

58号線バイパスの海側にある名護市史編さん室で、名護市で作っている本を物色していたら、
“宮城真治資料8 宮城真治民俗調査ノート”という本を発見。

重かったけど、1500円ということで購入。中身は宮城翁のフィールドノートを1冊にまとめたもので国頭などの記録が興味深い。今帰仁の学校の先生だったようで、沖縄の祭りや習俗などについて大量の記録を残している。この人の“沖縄地名考”もほしかったんだけど、品切。沖縄出版から再版されているが値段が3倍に跳ね上がっている。それでも1500円だけれど。首里下、大道病院前の暁書房ならあるかと思われる。

同時に

“5000年の記憶 名護市民の歴史と文化”
例のサミット時に日本と各国の記者連中に配ったものらしくて英語の解説付。まあまあ。4C。

“羽地居留士族関連資料”
名護市羽地あたりに移住した旧士族に関する資料集

“名護市の人物誌 2”
「戦前の人名禄にみる先人たち 明治36年の各字の戸主名簿」という副題からわかるように名護の昔の戸主についてまとめたもの。当時の人生が垣間見え面白い。

それぞれ500円は安いかと。

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giovedì 21 ottobre 2004

1-5 こんなに点いれていいのか?

fuori casaなので前半0-0はOK。それでも今季のインテルは間違いなく失点は覚悟しなくちゃいけないので点をとらないといかんと思っていたら、セルビアモンテネグロ人がヘッドで決め、続いてボボで0-2。このまま閉じられないのが今季のインテルなので、その後のセルビアモンテネグロ人の決定的な場面でのミスで嫌なかんじになる。

案の定、中盤でとられてそこから、ディバイオ→アイマールのダイレクトで1-2。うーむ。引き分けは覚悟したぼくであった。

が、しかし、なんとまあ、ビエリに代わって入ったファンデルメイデが最初のプレーで得点を決めてしまって1-3。ここで試合はたぶん(苦笑)ほぼ決まり。いくら守備が堅くあきらめないバレンシアでも心が切れてきているのがありありとわかる。

そんなところで、ファンデルメイデ→カピタン→アドリアーノでドカン!。1-4。

アドリアーノがフリオクルスと交代でお休みモードに入ってあとは流すだけなのだが、ロスタイムに3度目の正直でフリオクルスが決めて、1-5。

これでCLでは三連勝。Puntiが9。あと一引分すれば抜けられるだろうが、今季のインテルは狙って引分ができるチームではない。なので、次のメアッツァでのバレンシア戦も勝つのだ。そうすれば一抜けである。

結果としておいしい試合だった。けれど、ポルティエーレは今日もフォンターナ。なかなか良かったのだが、トルドがいじけないか。そしてベンチだったダービッツがいじけないかが心配。兄貴マンチーニの人心掌握能力にかけるしかない。

ということでいよいよ、週末は、デルビー。赤黒のとこ。日程をみたら、水曜日にfuoriでLecce。おまけに来週末はLazio(casa)。それが終わったら、11月3日の水曜日にバレンシア(casa)。ついでにいうと、11月も7日がFiorentina(fuori)、10日Bologna(casa)、14日Cagliari(fuori)と連戦。こないだの日曜日のUdhinese戦から、前半戦、最初の正念場なのだ。その第ニ戦である昨日も勝利したということで今日は満足。こうなったら全部勝ってほしいぞ。

しかしぼくのフットボールというかカルチョ感を覆ししてくれている今年のインテルなのだけれど、はっきりいって、見てて面白いんじゃないだろうか。ファンじゃない人が見ても損はしないはず。

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mercoledì 20 ottobre 2004

地域密着ファーストフードA&W

A&W。沖縄名「えんだー」。

飲むとぼくは必ずお腹がごろごろするのだけれど、なぜか必ず
レギュラーを頼んで、おかわりしてしまうルートビアなどで知られている。
ハンバーガーなどももちろんあるが、ルートビア以外ならオレンジジュース。
こいつもガキの頃に飲んだ渡辺ジュースの素のような味の優れモノ。
ぼくはあまり飲まないが、結構人気がある。

ちなみにルートビアはおかわり自由。ただ3サイズどのサイズでも
おかわり自由であるため、一番小さいサイズがお得
と思われるのだが、だいたいみんなレギュラーを頼む。
オレンジジュースはおかわりできないが、オバァが「入れなさい」
というか、何もいわずに飲み干したオレンジのグラスを突き出せば
ルートビアならおかわりできるという不文律が観察しているとあるようだ。

そのA&W。ファーストフード慣れしている沖縄のこと、本土みたいに
若い子やサラリーマン、家族連れだけのためにあるのではない。
オバァ軍団に占拠されることもあれば、仕事をさぼりにきた叔父さん
の二人連れや、ひとりでハンバーガーをぱくつくオジイなど、
地域密着度は高い。

先日もコザの入り口、プラザハウス駐車場前のエンダーで
ルートビアを飲んでお腹を痛くしていると、反対のテーブルで
ネエネエふたりが大声で午後のお話中。

聞くとでもなく聞こえてきた話は、
「うちの兄が自己破産申請するのよ」
みたいな。たいへんだ。

自宅内で話すようなことも、大声で話せるA&W。地域密着。

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martedì 19 ottobre 2004

無人高利貸し

コザには無人高利貸し機が多い。

もともと那覇や名護などに比べてもかなり多かったの
だけれど、最近、コザに来るたびにファイナンス系ATM
(こう書くと意味が違って見える)が増殖中。

先日も、すぐそばに銀行や信用金庫のATMがあるのに、
ニイニイがあたりまえのように高利貸しATMブースに入っ
ていってお金を持って出てきた。コザ地域だけに、利息の
優遇措置があったりするのだろうか?

買い物帰りのオバァや子供を連れたネエネエも気軽に
利用している。

ちなみにコザを含む沖縄市は、全国最高の失業率である沖縄県の
中でも、他の追随を許さない失業率ダントツ一位の自治体だ。

誤解ないように言っておくけれど、そういうダントツ一位であっても、
ぶっきらぼうで、自己主張が激しく、情に厚い。そして、とても温かい。
歴史に翻弄されつづけた沖縄市。ぼくは大好きなのだ。

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lunedì 18 ottobre 2004

3-1 納得の勝利

今季公式戦無敗とはいえ週末の試合はすべて引き分けだったわけでいいかげん勝ってもらわないといかんなあとひとりごとをぶつぶついっていたら、3-1で勝利。アドリアーノの信じられないようなゴールふたつとやっとボボ。ボボのゴール後、なんだかほっとした空域に包まれていたのだった。しかしなんといってもアドリアーノ。現人神という話もある。たぶん2004年10月現在、世界で一番旬な選手に違いない。

細かなことをいうと今日は中盤の守備がそれなりに安定していた。ザネッティとカンビアッソのふたりだが、潰すところを潰して、簡単にはたく。当然下手くそなわけがないのでマンチーニお約束の中盤でのツータッチゲームにも対応。この組み合わせは悪くない。ただ両翼が本来のサイドの選手だとどうなんだろう?という疑問も残る。今日、ファンデルメイデがいまひとつだったのはそんなこともあるんじゃないかと。左にはいったベローンは生き生きしていたが。また、後半最後に出てきたダービッツが、中盤ボールを取られたプレーでマンチーニが怒っていたのはちょっと気になる。

ブルディッソは完全に計算できるようになったと思われる。ナポリ人の穴は埋まった。またお休みしたトルドが腐らなければいいけれど、ということもある。

とにかく苦手ウディネーゼにアドリアーノとボボの得点で勝利したのだから、上のような心配も現在のところ贅沢な悩みか。

水曜日はメスタージャでのバレンシア。そしてこんどの週末はミラン。デルビーだ。

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domenica 17 ottobre 2004

秋の全島。あかりパンダがC5番戦

11月14日具志川市安慶名闘牛場で行われる第82回秋の全島闘牛大会に“あかりパンダ”が登場することになったようだ。春の全島で苦手“八重山酋長”に完敗。番付は落ちたものの全島での復活なるかにかなり注目。

横綱戦は、その春の全島優勝した人気牛“八重山酋長”が横綱を返上し出場回避したため(安慶名では勝ったことがないという理由らしい)、“大竜王”vs“戦闘飛龍”という実力牛同士の横綱決定戦となった模様。

対戦表を見ると軽量級の試合が増えているようだが、軽量級ではC7に登場する“与那国嵐”が強いんじゃなかろうかと思ったり。相手は“荒風ジュニアGO”。

全13番。聖地安慶名なのできっといい戦いが見られるはず。

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sabato 16 ottobre 2004

腑に落ちるとき

二十歳くらいからは年に数回。ここ10年ほどは年に数十回。文法的にいって間違っている使い方だけれど、「腑に落ちる」ときが増えてきている。

というのも、自分という存在を意識しておそらく40年ちょっとになるけれど、その間、ぼくのまわりに表れてくる多くの世の中のモノコトは、「腑に落ちない」ことがとにかく多くて、ぼくの頭の中はいつでも「????」でいっぱいだったからだ。

そして、「腑に落ちない」ために、聞いたり調べたりすると、あたかも知らなきゃいけない常識のように、「腑に落ちない」答えが返って来てますます「腑に落ちない」ことが増えるという繰り返し。

そういったものがかなり頻繁に「腑に落ちる」ようになったのは、経験と知識をある程度積んだ、30歳以降からかもしれない。あるとき、ある場所で、「あっ」とつながったり、ある場所で、ある種の「既知感」を感じて「腑に落ちる」とき。スッポリとはまる。認識するのだけれど、ある種の価値を創造したという感覚。ニーチェのいう認識に近いかもしれない。そういうときが年に数十回ずつやってくる。

ネットを見ていたとき、街を歩いているとき、フットボールを見ているとき、旅をしているとき、ごはんをいただいているとき。どこかで何かがつながって、今まで「腑に落ちない」もやもやしていたことが、「腑に落ちる」。

しかし、ひとつ「腑に落ちる」とまたそこから「腑に落ちない」世の中のモノコトが頭をもたげてくる。それもまた楽しいこと。

ただその腑に落ちたことというのが、学校や今の社会で習う一般的常識とはかけ離れていたり、時には反目したりしてしまうので、社会的動物であるぼくとしては対処に困ることも多い。逆にいえばそれが世間を生きるということなのかもしれないと最近「腑に落ちる」のだった。

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venerdì 15 ottobre 2004

上間てんぷら

コザと具志川それぞれに“上間てんぷら”という店名のてんぷら屋がある。
コザ市場内と中部病院前。

中部病院前“上間てんぷら”はお気に入りの店のひとつ。
ただコザ市場内“上間てんぷら”はいまだ食べたことはなかった。

で、買って食べてみたのだが、うーむ。
中部病院前“上間てんぷら”を知らなかったら納得するだろう。
沖縄のてんぷらに慣れていなかったらおいしいと思うに違いない。

そういう風にぼくの舌がいっている。
今後もバスに乗って、てんぷらを買いにいくことが決定。

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giovedì 14 ottobre 2004

かおる

中部病院駐車場横にある食堂。

トンカツがおいしいというので食べてみた。
確かにおいしかった。800円。

店主のだんなさんの名前がそのまま店名になっているのを
飾ってある調理師免許で確認。

沖縄の豚へのこだわりが感じられる。

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mercoledì 13 ottobre 2004

雨が降ってきたので

330号線沿いの、ある本屋。
90パーセントの本の背が焼けてすすけている。
だけど、全部新刊扱い。
一冊買ったらやはり定価通り。

雨が降ってきたので
三叉路のガジュマルの木の下で雨宿り。

いままで何度か行ってもほとんど閉まっていて
一度しか入ったことがないのが、
諸見里民芸館。
行政ではなく個人の運営らしいのだけど、
今回もやはり閉まっていた。

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martedì 12 ottobre 2004

「日本と沖縄は男から!」か?

名護は八重食堂の八重おばぁ曰く

「日本と沖縄は男から!」

ぼくはおばぁに二度ほど腕を叩かれた。

ここのそばはどんぶりに麺と具が盛られ、汁はやかんで別に出てくる。
その汁の入ったやかんを手にとり連れのどんぶりに汁を注ごうとすると、
上記、八重オバァのコトバと手が飛んできた(笑)。

うむ。「日本と沖縄は男から」か。

それより、ここのソーキそばはかなりおいしい。

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lunedì 11 ottobre 2004

沖縄巨食系食堂

最近少なくなってきた沖縄巨食系食堂。

食堂で出される料理の量が多いという話が旅行者間などで
話題になる沖縄だけれど、Uターンした若者の増加、
健康志向の本土情報の進出もあってか、ここ20年ほど、
その量がどんどん少なくなってきていて、悲しみと安堵が錯綜していた。

しかしながら辺土名の波止場食堂で沖縄拒食…、いや巨食系食に
久々のご対面。

kyoshoku.jpg

あきらかに親子3人分の夕食に匹敵する量の
野菜炒めが登場。思わず苦笑いする。
なんとか食べ尽くすことに。

そば中は、ふつうなら大だ。
とんかつに至っては550円で
カツがこんもりもりあがっている。

風の噂では、カツ丼も、トンでもないものらしい。
ということは、チャンポンも期待できるだろう。
何が期待かわからないが。

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domenica 10 ottobre 2004

今帰仁闘牛

nakijinushi.jpg

今帰仁闘牛場は安慶名を小さくしたような雰囲気で好ましい。
牛達も空気を読むのか、なかなかの好勝負が続く。
しょっぱなC10番戦は40分の熱戦。
途中アクビがでるが、終盤には引き込まれてしまう。
両牛同士、舌が出て、涎が釣り糸のように垂れ下がり、目も充血。
C4はセリエA中堅クラブ同士の実力伯仲試合のようで見所あり。
関脇から横綱戦も好勝負。
10番しかないのに3時間半もかかるという長時間大会になったが、
内容は充実していた。

いつもの握り屋のニイニイは相変わらず元気に札束を手にしている。

売店の食べ物は「おばぁなら大丈夫」法則どおりおいしい。

右手の伊江島タッチュー、左の水納、瀬底島の間に
浜元の夕日が落ちていく。美しい。

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sabato 9 ottobre 2004

辺野古にて

森と美しい珊瑚、そこから生まれる清涼な空気が辺野古地区を包む。
穏やかで気持ちがいい。旧ホテルハイビスカスの建物も健在。

この辺野古に普天間の基地機能が移転してくる。
被支配者同士を競わせること。それは支配側の統治政策の常套。
沖縄は(日本もだが)この常套手段によって階層化され分断され
ことの真実が見えにくくなるように仕組まれ続けている。
基地反対の影には軍用地主の問題。
泡瀬の保全、宜野湾から辺野古へ。
土木建築業界の思惑。
日本はひとつではないけれど、
沖縄の中に限定したとしても
ひとつではない。確実なことは何もない。

しかし、ぼくがまた訪れるということは確実だ。
その時にどうなっているかは不確実だが。

ふとみると、テントで座り込みするオバァたちがいた。


夜、58号バイパス沿い。アグー(島豚)のしゃぶしゃぶを食べる。
やはり脂が最高。あっさりしていてとてもうまい。
やはり、赤身はもっとおいしい豚があると感じる。
それでもどうやらサービスしてくれたようで量が多い。
串焼きはOK。ソウキは黒糖が少々強く味クーター気味。

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venerdì 8 ottobre 2004

コザのホテルで食べる牛

サンライズホテルロビーにある旧Aサインバーのレストラン。
牛ステーキ(250g)が24時間、1550円(税込)でいただける。
ご飯orパン+スープ+サラダ+コーヒー付き。

東京だとたぶん安いところで3500円は取るだろう。
肉はそういうところのものよりうまい。


ちなみにこのサンライズホテルでは月曜から金曜日、
ランチバイキングが人気。735円(税込)。
サンエーがえりのネエネエが大きな皿に山盛りの
料理とタコスをふたつとってきて食べつくして
出て行った。タコスが一個残っていたけれど
よくみたら、皮だけを残して中のミートはぺろり。

バーの方でもオバァ軍団がランチバイギングでゆんたく。
オバァたちはホテル使いがうまい。


食後ステーキがおいしかったかどうか聞かれる。

おいしかったというと、
この値段でやってくのは大変でいろいろと肉を吟味している。
そう、力説してくれるのだった。


そういえば、中之町のおでん屋小町でも
「うちではてびちの煮方が違うから」
と如何に研鑚努力しているかネエネエが力説していた。

ある意味マニア度が高いコザらしいこだわりかもしれないが。
そっちへのこだわりの反動で、独特のだる~い雰囲気が醸し
出されてしまうのであろうか。

どっちにせよ、コザは、どこともあまり似ていない。

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giovedì 7 ottobre 2004

なぜだ?

高速の琉大前から乗りこもうとしたコザジラーの女子高生。
運転手のにいにいに、北インター(沖縄北インター)に停まる
かどうか聞いていた。
運転手にいにいは「停まる」という。

なぜだ?

”113番のバスは沖縄南インターで高速を降りて具志川行きだぞ”
と、思ったが、バスはそのまま出発。
その女の子の携帯ストラップは銀色でトゲトゲがいっぱい、
悪玉人工衛星のような代物。

なぜだ?

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mercoledì 6 ottobre 2004

鉄人28号

9月末に鉄人28号の放映が終わった。アニメ好きの間ではいまひとつの評価だったようだし、“戦後”というキーワードにこだわった物語の展開が一面的かつなにもそこまでしなくてもいいではないかというほど暗く、教条的な側面もかいまみえ、最初の鉄人28号を見ていたぼくとしても全面的に支持というところまでのめりこめたわけではない。

それでも録画してしまったのはブラックオックスやバッカスやVL2号などの登場。まだら岩も懐かしく。ぼくの知っている昭和はあそこまで戦後にこだわってはいなかったけれど。

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martedì 5 ottobre 2004

雨の日のエンコード

雨続きのためただただMP3の大量生産に走る。

CDを80枚ぐらい入れているケースを数本ずつ机のそばにおき、
かたっぱしからエンコード・・・、しようと思ったのだけど、

「あ、ここに入ってたのかぁ。Brinsely Schwarz」
「えのけん、みっけ」
「どうするかなあ、たぶん、これはもう聴かないよなあ。Monocrome Set」
「こんなの買ってたっけ?。相撲甚句」
「よく聴いてたなあ。On-Uレーベルもん」
「そういえば作詞したんだった…。ランドゥーガ」
「大量の百代ものはやめとこう。きりがないから。それにデータベースに入っていないと曲名打ち込んだりが一苦労」。それでも、まさかと思いつつ、とりあえず試しにトレイに載せてみる。データベースへアクセスするiTune。「ほれ、やっぱりデータベースにない」となぜか安心。編集選曲した8枚組コンピレーションの方も入ってなかったし。
カーヴォ・ベルデとマダガスカルもの。前者はプロト・ブラジウで後者はトランス・マレー&インドネシア。

などといちいち反応してしまうので、なかなか決断に至らず、
エンコードするべきか否かで躊躇の連鎖。

かたづけをしていると過去が発掘され、
記憶が首をもたげて現れる。
その記憶の相手をしていると何も進まなくなる。
同じ構造。

それでもHDDは、まだ50GBあいている。

今日の再発見。
やっぱりトッドラングレンはへんだ。エンジニア参加のザ・バンドのStage Flight。へんにクリアなところがあるにも関わらず、一方で恣意的にくぐもっている音があからさまにあったりして。改めてあたりまえだけど名盤。The Bandは、ほとんどカナダ人。「カナダといえばジョニ・ミッチェルはどこいった?」とまたあっちこっちと引き出してみる。

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lunedì 4 ottobre 2004

またかの3-3&1-0負け 

1-3になったとき、ふと一昨年のGMでの試合を思い出した。

これで勝てると思ったら、守備しろよ、と左サイドにでてきたモルフェオの軽いプレイのおかげでボールを取られ同点。その後モルフェオはレンタルのまま、パルマでなんかやってる。モルフェオ好きのやつは信用ならん。

しかし、インテルティフォーゾをやってる限り、なんでこうやって次から次へと「なんだよー」な記憶が甦ってくるのであろうか。忘れていたはずなのに。

そして、今日も、結局 il pareggio。お約束か?。確かにローマ戦は「バカデルビー」(命名者、筆者)として世界に知られているものの(?)、そこまで点をやらなくてもいいんじゃないだろうか。

今週はなんもやる気がしない。救いは、

1)未だ8月からの公式戦で負けていない。
2)毎試合、必ず、得点はできそうな気がする。
3)守備の整備ができればなんとかなるのでは。

などといったあたりの感想を持てるということ。

これでとりあえずお休みに入るわけだが、休み明けは、苦手、ウディネーゼ、そして、デルビーと続く。

もうひとつ、そうなる可能性はあるなあと内心思っていたのだけれど、実際そうなってみるとショックだったので、書かなかったが、鳴門で1-0の敗戦。生放送で見られなかったので、徳島ケーブルテレビのサイトのファイルを、ある方法を使ってローカルにコピーしてから観戦。

うーむ。大塚のここ数年のパターンだ。去年も徳島の山奥で似たようなことをやられた。あの時は最後の最後に決められての1-0敗戦だったけど。とにかく、大塚は守備的ミッドフィールダーである。ここが強力だ。ここさえなんとかなって、そこそこのDFがいて、絶対的なストライカーがひとりいれば日本では、まあ、なんとかやれるという見本みたいなチームだと思う(その代わり伸びしろが期待できない)。

こっちに足りないのは、絶対的な守備的ミッドフィールダーと絶対的なストライカーだろう。前者についてはひとりはなんとなるが、まだまだ、大塚ほどではない。後者についていえば、JFLの得点ランクを見ればわかる。あっちは絶対的なストライカーがいるが、こっちは、いろいろな人間が満遍なく得点をあげている。勝ちきれないのは、そういったあたりにも理由があるようにも思う。実際、この試合でも、先制すれば勝ちだった。そういう試合だ。あっちは運がよかろうと間接だろうとなんだろうと一点獲った。

なにがあろうと「勝つ」ではなく、「勝ちきる」。これが強いチームの条件。そしてこっちはそれをやろうと思うならできるチームなのに、JFLではなかなかできない。それは、まあ理由はあるわけだが、日本のフットボールファンにはなかなかわからないだろうと思う。それは奈良時代からの歴史がそうさせているので。

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domenica 3 ottobre 2004

AFCユース選手権大会 マレーシア2004 準々決勝

前半の途中から見たのだけれど、カタールが強かったため日本はなかなかチャンスらしいチャンスが作れない。とくにカタールの真中のラインの守備はDF、守備的ハーフとも強力。その場所で勝負している平山にまず預けるというフットボールではチャンスが作れないのも道理。もう少し散らしても良かったんじゃないだろうか。

今日のU20代表は、カタールが強力だったこともあって、平山のところでボールが納まらず、平山の当たったボールのほとんどを相手にコントロールされていた感が強い。

基本的に平山のチームではあるものの、おそらくこのチームでもっとも強力なアタッカーは左の苔口かと思うのだが、今日の彼は、守備は100点満点以上の出来だったけれど、いいタイミングでボールが散らないため、まったく攻めることができなかった。

愚直にひとつのこと、つまり「まず平山に預ける」ということ、をくりかえすやり方は確かにある。しかし、もう少し柔軟性があってもいいように思えた。もしかしたら、カタールが強いということで、守備を重視して平山に当てるというのは監督の指示で徹底したのだろうか。それとも選手がそれしか頭になかったのか?

そういえば大熊監督はJFLやJ2の頃、こんなフットボールをよくやっていたなあと思い出された。とにかく強い相手には全員で守備を頑張って、ボールを取ったらアマラオ。そこでキープできたら、サイドへ流して突っ走ってなんとかする。決まると鮮やかな堅守速攻となり、見ている方は気持ちいいのだが、アマラオのところで潰されたり、アマラオへの味方のフォローが遅れたりするとグダグダになるという繰り返し。まさに今日の試合はかつてのJFLやJ2での大熊采配のようだった。

はっきりいうと今日のようなかつての大熊方式だと強力なフォワードがいないと点はとれない(J1にあがって、ある程度勝てたのはトゥットとアマラオのおかげだ)。U20には確かにかなり強力なフォワードがいるにはいるけれど、そこまで期待できるのか否か。

深読みすると優勝を意識すれば、この試合では今後の相手に読まれないように、愚直な繰り返しに終始したということもいえるかもしれない。結果は準決勝の日韓戦で出るということか。梶山がいたらどうだったろうか?

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sabato 2 ottobre 2004

稲盛スタジアムに思うこと

稲盛爺が私財を投げ出し、専用スタジアムを作るという話。

Jリーグでも悲惨の極北に位置する西京極をホームスタジアムとする京都と、その不幸を背負った上に二度もJ2に降格し今年の再々昇格も、かなりやばそうで泣きっ面に蜂状態の京都ファンにとっては稲盛爺さまさまなのではないだろうか。もちろん京都という土地柄、建築関連企業に新規の仕事を出さなければならないなど、いろいろな問題はあるのだろうが、それにしてもとにかく太っ腹というか、まっこと稲盛爺は、関西でいうところの「旦那」だ。

場所は伏見の港と淀競馬場の間くらいになるらしい。行ったことないけど。現状スポーツ公園になっていてその一部を使い建設するということのようで、アクセス的に駅が遠い、淀競馬場開催時の混雑が心配といった瑣末な問題はあるものの、とにかく専用という事実が素晴らしい。3万規模らしいが必要にして十分。いいものが出来るとよいなあと心から思う。

最近は妄想段階のものも含め各地で専用スタジアム建築構想が持ち上がっている。実際「ギリギリの蘇我」は実現する。ちなみにこのギリギリというのは専用ではあるが予想図を見た限りフットボールの醍醐味を味わう上で「ギリギリ」の専用スタジアムであるという意味と、東京からでかける場合に、普通にいける「ギリギリ」の場所にあるというふたつの意味を含んでいる。とりあえず京葉線で一本ではある。

歴史と伝統はあるが一般受けはなかなかむずかしい西ケ丘しか実質の専用スタジアムがない東京の人間にとって、こうやって全国に専用スタジアムが増えていく状況は、正直うらやましい。そして、よいことだと思う。なぜなら、専用スタジアムの増加はフットボールを見る目を養う-その国のフットボールを強くすることとイコールである-ために、かなり重要な要件でもあるからだ。

かつて大宮のメインスタンドで「手前のタッチラインが見にくくてあんまり…」といっていた子がいたけれど、それは子供の頃から専用スタジアムでの観戦をしてこなかったからだと思う。はっきりいってぼくは呆れて返す言葉がみつからなかった。あれはなんだったのだろう。

またピッチが良好だったという幸運から選手には好評で、かつFIFAのフットボール利権屋さんから誉められたということもあったからか、世界に恥をさらしたとは思っていないらしい神奈川県の川そばの巨大な陸上競技場についても「2階席なら見られる」という声を聞く。似たような声は、飛田給や新潟、大分に関しても聞いたことがある。

神奈川県のそのどでかい陸上競技場はぼくからいわせればプロフットボールの試合を行える場所ではない。あそこでチケット代を取るということ自体が、詐欺行為以外のなにものでもない。

飛田給では勝利したあとの試合で「ローマのオリンピコみたいな雰囲気だったねえ。両方とも首都だからね」と喜ぶ声も聞いた。この声の主がオリンピコで試合を見たことがあるか不明だが、飛田給がイタリア一の糞スタジアムであるオリンピコと同じレベルであるといいたかったのだろうか?。喜んでいたように見えたのだが…。確かにオリンピコの場合、巨大な陸上トラックがバカファンとピッチの間の緩衝地帯として機能しているので無駄ではないというならそれは事実ではあるのだけれど、この方の意見にも唖然としてコトバが出なかった。

新潟スタジアムは見やすかったという声も聞いたことがある。これも、ぼくにはわからなかった。何を持ってみやすいというのか。ぼくと声の主の間には、価値観の違いというだけでは計り知れない日本海溝より深い溝がありそうだ。まあ、その言説を行ったのは臨海という三重苦スタジアムをホームとするジェフファンであったので、そういうものかと思ったりもしたがやはり返すコトバが見つからなかった。まあ「ギリギリの蘇我」ができるので早く目覚めてほしいと願う。

また時にぼくも霞ヶ丘や長居、そして等々力の2階は悪くはないということがあるけれど、これは次善の物言いでしかない。日本にあふれる陸上競技場のうち、フットボールを見ることを一億歩譲って我慢できるといった程度の話だ。

日本の陸上競技場でフットボールを見続けてきた人はフットボールの楽しみを一面からしか見ていないように感じる。東京だって正直、西ケ丘程度であるのだから、大方のフットボールファンを自認している東京在住者の観戦感だって、おしてしるべしなのではないだろうか。

こういった日本のファンにとって、イングランドのピッチと目線が同じゴール裏という日本では稀有なポジションで観戦するなどまっとくもって無理な話だろう。プレミア以前の太古の時代だと禁止薬物であっちの世界に逝っちゃってる大群や、人知を超えた殴り合いとか考えうるありとあらゆる犯罪と暴力がはびこっていたので、こういった非日常見物を楽しめる人間にとっては絶好の位置だった(ぼくのことだ)。しかし、今はまったくもって健全。それでも、いや、以前にまして、非日常の快楽空間になっているといえまいか。とにかく選手のぶつかり合いの迫力とボールが飛んでくるスリルがたまらない。ますますピッチに集中できる環境となっているのだ。

一方で、ボールゲームとしてみるなら俯瞰の位置が当然よい。そのためバックスタンド上方に年配のファンなどが集まる。だからこそ、全体を見渡せて、落ち着いて観戦可能な、そういった観戦ポジションの値段はそれなりにする。商品価値と購買層から導き出された価格設定といえるだろう。

しかし、それもこれも、専用スタジアムだから、お金を払う価値があるのであって、俯瞰の位置で豆粒みたいな選手を見なきゃいけない陸上競技場での観戦なら、テレビで見ているほうがましだ。いやもしかしたら、現在、日本ほどテレビで世界のフットボールを見られる環境はそうそうないので、そういういものを見すぎているファンの多くが「俯瞰慣れ」してしまっているのかもしれない。ぼくも霞ヶ丘や長居は悪くはないと言うことがあると書いたが、それもテレビによる「俯瞰慣れ」が原因かと自戒する。

いまふと思い出しが、飛田給について現在陸上トラックがないため、嘘か無知か冗談か分からないが、「サッカー専用」というコトバが使われることがある。あの飛田給でのフットボール観戦はどんなポジションでも間違いなく世界レベルで考えればC級以下だ。ダメなものはダメ。それをはっきり意識し、コトバにした上で、次善の策として飛田給での観戦を最大限に楽しむこと。そしてそれをきちんと新しいファンや子供たちに伝えていくことが、ぼくたちの義務じゃないだろうか?。と、思うが、どうやら飛田給では少数派の意見のようだ(笑)。

次善以下の状況であるのに、「~なら、見やすい」といってしまうこと。これは、もしも専用スタジアムの醍醐味、観戦方法、文化を知らないで言っているならば、まったくの無知蒙昧だ。ぼくに言わせると、「偉そうに言うなよ、大人ならさ」ということになる。また、知っていて、あえていっているなら偽善というものだ。そう考えると、ぼくは間違いなく偽善者だ(笑)。そして同じように上記の「~なら、見やすい」な人たちは無知か偽善者のどちらかということになる。ぼくの勘だが、たぶん前者がほとんどだろう。知識では知っていても身体感覚で専用スタジアムについて分かっている人間は日本には少ないように思われる。

いいかげん無知をさらけ出すのはやめにしたいし、偽善者のまま死んでいくのも御免蒙りたい。そういった意味でも「もっと専用スタジアムがほしい」と声をあげていくことが大切だと思う。あきらめた瞬間に無知か偽善者というレッテルがあなたに一生つきまとうことになる。現状を受け入れるのは大人の態度であるし、それは大切だと思う。だけれど、フットボールはこれからもずっと続いていくわけで、「~なら、見やすい」という人たちは子供や孫の世代にもこの状況を続けていくことをよしとするのだろうか?。野球場は専用だけれど、国民的スポーツだからしょうがないのだろうか?。

たくさんの人が思いつづけコトバにしていくこと。それが未来を作るのではないだろうか?。専用スタジアムをあきらめたら、そして自分に嘘をついたら、そこでおしまい。いや、はっきり言うけれど、そういった方は間違いなくフットボールの敵だ。

しがらみ、そして表沙汰にできない動きがたくさんあるだろうけれど、専用スタジアムが京都にできることはとにかく喜ばしい。Jリーグから極北スタジアムがひとつ減るのだから、喜ぶべきだ。ジェフファンも極北組だったのに、ギリギリだが蘇我ができる。これも素晴らしいことだなあと思う10月なのでありました。

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venerdì 1 ottobre 2004

ゼヒツェヒ

「強気を助け弱きをくじく」のがゼヒツェヒ(半泣)。ただ2リーガのクラブが「強き」かどうかは大きな疑問ではありますが…。でもCottbusはそこそこいけてるクラブなわけで、そこに引き分けですから。今後に期待というかんじで(苦笑)。しかし2リーガで現在7位ですか。なんか同じ街にある赤い色のクラブとシュタディオンまた一緒にするという話はどうなっていくのでしょう。ま、2部と1部が共用してもなんの問題もないわけですけど(苦笑)

一方で、「グリュンバルターで試合が見られるもんで、喜んでるファンもいる」と、ミュンヘンから、風の噂アリ。

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