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lunedì 31 maggio 2004

闘牛の島

すでに絶版のこの本は徳之島の伝説の名牛である「実熊牛」に関わった人々の話をまとめた労作。

まだ書店の棚に並んでいた頃は、ぼくの闘牛熱が小康状態で、機会があったら購入と考えていたため、手にすることはなかった。それに加えて沖縄ではなく徳之島の話だったということもあるかもしれない。徳之島は日本最高峰の闘牛の島だが、そこを深く堪能する以前に沖縄をある程度まで極めなければなるまいという、根拠のない自分なりの戒めがどこかにあった。徳之島関連は次だ、と。そういうこともあって書店で発見しても即座に買わなかったのが運のつき。そろそろ読みたいなと思ったらいつのまにか絶版になっていて、あちこちの古本屋やネットで探索するという時間をここ1年ほど過ごしていた。

先月やっとネットの中古書店に在庫が見つかり購入。到着した日に読み終えた。徳之島の人たちが闘牛にかける情熱の凄まじさと愛情が行間からもほとばしり、ドキュメンタリーとしてとてもいい本だと思った。

実熊牛は闘牛としては高齢になるまで全島一横綱として徳之島で無類の強さを発揮したが、その後沖縄本島へと売られていく。時期は沖縄闘牛の復興期。著者は徳之島の関係者も知らなかった(知りたくなかった)、実熊牛の最期を知ることになるが、そのあたりは読んでのお楽しみ(といっても絶版か)。

個人的には沖縄へ売られていった実熊牛の終焉期と沖縄闘牛界伝説の名牛“ゆかり号”が、対戦はなかったものの微妙にすれ違っていたあたりに興味を覚えた。沖縄闘牛における、ゆかり号時代のトリガーは徳之島の実熊牛によってひかれたのかもしれないと。南西諸島における戦後闘牛は実熊牛を抜きにして語れないのかもしれない。

新潮社に復刊を望みたい。闘牛ファンはもちろん、戦後の南西諸島文化歴史に興味を覚える人のためにも。

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domenica 30 maggio 2004

3-2 負け 戦術未満の常識エリア

Hondaに限らず静岡県のチームはおしなべてそうなのだけれどセオリーに忠実。セオリーというより戦術未満のあたりまえすぎるエリアを使うという狙いに忠実。その戦術未満のプレーとセットプレーから前半で3失点。後半は2点まで取り返したものの、Hondaのまたまた戦術未満の試合の閉じ方で負け。

今日はこちらのボランチふたりは良かったので試合になってはいたが、勝負という意味ではHondaが遥かに上。ペナルティエリアのキーパーから一番遠い角のあたりを上手く使う。逆に守る場合はその位置をケアする。それがHonda。これは、ちょっとフットボールをかじっている人間にとっては戦術未満でしかないセオリー中のセオリーだ。

最初の失点。攻めつづけていい形だったが、ほんの一瞬Hondaの中盤からその「常識エリア」にスルーを出され、相手FWが狙いどおりに飛び込み得点。キーパーの飛び出しが遅れ、いや、この常識エリアはキーパーがとても飛び出しづらいエリアなので、裏に出された時点で60パーセントの確率で負け。あまりに簡単に失点してしまう。

このあたり静岡の選手にとってはあたりまえでしかないのかもしれない。それがこれまでサッカー王国といわれて続けてきた静岡の強さと常識なのではないか。

そんな戦術未満の常識でやられてしまう、そしてその攻める場合も戦術未満の常識エリアをつけない。失点が多く、攻めのカタチがなかなかできないのはそんなあたりにもあるんだろうと思ったりもしている。

もちろんそんな戦術未満の常識的プレーが面白いわけはない。逆にいえば戦術というのは、その戦術未満の常識エリアへどうボールを運び、そこからどういった選択肢を選ぶか。そこからの攻めが、フットボールのゴール前での醍醐味に繋がるのだと思う。また守備を考えればその常識エリアをケアすれば大量の失点はない。

たとえばサイドの選手だったらプルバックするにしてもできればペナルティエリアのラインまで切れ込んだ方が相手にとっては怖い。アーリーのクロスを出すなら、その常識エリアへ。相手の裏をとるならそのエリアへ。ペナルティエリアのふたつの角。

奇しくも今日のA代表戦の2点目。小野の天才的なパスはアウトでバックスピンもかかり素晴らしいものだったが、それ以前の常識として、久保もペナルティエリアの角あたりのスペースを狙い、小野もそこへぴしゃりと狙っている。キーパーは出遅れたのではなく、出ても追いつけない。そこをダイレクトでループという選択。そういうことじゃないだろうか。

惜しかったとはいえない。正直、完敗だと思う。今年調子が落ちているHondaだがやはりHondaはHonda。静岡は静岡。そんなことを改めて思った。

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sabato 29 maggio 2004

牛の唄 奄美(1) 前原口説き

奄美琉球圏には闘牛に関連した唄がある。その中でも古くから闘牛(と選挙)の島、徳之島で愛唱されてきたのがこの「前原口説き」。「前原」は「めーばる」と読むそうだ。

検福という村に前原坊という牛好きがいて、前原牛という牛を飼っていた。殿様が麦穂峰(むんぎゃま)の鈍間牛と前原牛を戦わせろといいつけ、戦うことになった。不利だった前原牛だが前原坊の妹千代の応援で大逆転。前原牛が殿様の応援する牛をやっつけて大団円。という話を約8分間えんえん唄いつづける叙事詩(というんだろうな)。策を労する薩摩のお役人たちの大きな牛をやっつける前原牛の話が牛好きの徳之島の人たちの共感を呼んだということだ。

この曲は、いわゆる奄美島唄とは異なり三味線の演奏および唄のキーが低く、沖縄音階が基本になっている。このあたり個人的に非常に興味を覚える。

この曲は、“「ワイド! 奄美島唄 徳之島民謡傑作集」セントラルC-15”で聞くことができる。ちなみにこのアルバムに収録された徳之島民謡を聞いていると、予想以上に沖縄の山原方面に残っているようなプリミティブな曲が多いことに気がつく。山原(沖縄北部)と奄美諸島との文化的な繋がりにも思いをはせるぼくではある。

闘牛(と選挙)の島、徳之島。やはり何かが違う。

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venerdì 28 maggio 2004

Euro2004のチケット

Euro2004イタリア対スウェーデン戦チケット表

チケット来たよといったら見せてほしいという人がいたのだけれど、そうそう会う機会もないので、ここに貼っておきますよ。

上はEuro2004年イタリア対スウェーデン戦チケットの表。KoreaJapan2002の時のチケットは「なんなんだ?」と思うほどのぺらぺらで大きめのチケットだったが、これはそこそこ厚くひとまわり小さい。いいかどうかは別だが。

特徴は右のもぎる部分で、ここに印刷されている色がスタジアムでの席をおおまかに表していて、それを見てスタジアムへ行き--このスキャン画像ではレタッチしてあるが--入場口、ブロック、列、席番号を確認できるという寸法。

Euro2004イタリア対スウェーデン戦チケット裏

そのうえ上記のようにチケットの裏にはおおまかなスタジアム周辺の地図イラストがかかれていて、極端な話、チケットさえあれば、スタジアムへたどり着け、なおかつスタジアムの観客席部分が席ごとに色分けされていて、その色が、チケットもぎり部分の色に対応している。つまり、色によって最初から近い入場口側が一目瞭然ということ。

1998の時はなかなかチケット届かなかったりもしたので、あんまり誉めてもなんだが、KoreaJapanのチケット関連での問題を考えれば、ここまではさすがUEFAというかなんというか。

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giovedì 27 maggio 2004

髪を切った

5月の紫外線がもろにあたる。
それだけ髪が伸びていたということか。

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mercoledì 26 maggio 2004

トルコ選抜からみえたもの

実は前半はほとんど見ていないので、後半だけの印象になるけれど、「確かに強い」。ただ「強い」のではあるが、この「強さ」が「トルコらしさ」から生まれるものかといえば、疑問符がつく。というか「トルコらしさ」というものがピッチからはまだまだ見えてこない。現状トルコ選抜にしろトルコA代表にしろ、その試合はすべからく「素晴らしきオーソドックスなフットボール」ということだ。もちろん、これはしょうがない。トルコはいま、「トルコらしさ」を模索する段階の扉を開いたところなのだから。これは世界におけるフットボール大国のステージに片足を踏み出したことと同義である。

かたや日本をのことを考えてみると「日本らしさ」というものはおぼろげにあるのだろうが、そこを目指しているかというとそうでもないように感じる。目指すべき「日本らしさ」が曖昧模糊としているので目指そうにも多くの場合視界から消えてしまうということだろうか。「日本らしさ」のステージの扉には階段を、かなり上らないといけないようだ。その扉への階段をあげてくれるのが久保であろうし、今のU23の何人かの選手なのかもしれない。最低あと8年と見た。

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martedì 25 maggio 2004

(備忘録)観戦予定Euro2004

Euro2004の観戦予定試合。何度も確認するのがめんどくさいのでメモがわりに書いておきたい。

16/06 Greece-Spain @Porto, Bessa
18/06 Italy-Sweden @Porto, Dragao
19/06 Netherlands-Czech R. @Aveiro
21/06 Croatia-England @Lisboa, Luz
23/06 Germany-Czech R. @Lisboa, Alvalde
24/06 GroupA W-GroupB R @Lisboa, Luz
25/06 GroupB W-GroupA R @Lisboa Alvalde
27/06 GroupD W-GroupC R @Porto, Dragao

チェコがらみはかなり期待できそうな試合。
クロアチア対イングランドは、最初の予定では
フランス対スイスだったはずなのだけれど、
Venueが変更になった。まあ、どっちでもいい。
開催国がGroupリーグでは見られないんだけれど、
2次トーナメントに出てくれればどっちかで見られる
という塩梅ではある。

本当は準決勝も申し込んだのだけどハズレた。
それでも、組み合わせ決定前に博打で申し込んだにしては、
それなりの試合かなというかんじかもしれない。
Lisboa INのLisboa OUTなので、ポルトガルの北と南を
2往復するということになるわけで、まあ、それはしょうがないか。

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domenica 23 maggio 2004

あの国か

5人が帰ってきた。これはこれで喜ばしいことだろうが、帰ってこなかった人も3人いる。ふと思うんだが、日本がアメリカに対してきちんとした法律を作っていたら3人は帰ってこれた。日本はアメリカの属国であることがまた世界にさらされた。

しかし、なんで日本にいくとまずいということを帰ってこなかった3人の方は知っていたのだろう。かの国で話を聞いていたということだろうが、かの国がこれほど権謀術策を駆使できるとは思えない。どこかに誰かがいる。

今回の日本の首相と外務省の対応は、仁義のない単なるちんぴらのそれに、好きなようにやられたということ。勝手に誘拐しておいて帰す時に身代金をとる。この場合の身代金は「人道援助」とかいう名前になっている。笑う。今後もかの国から誘拐された人が帰ってくるたびに「じんどーえんじょ」という身代金が必要になるんだろう。まあ、それについていえば、この国はそういう国なんだから、よしとしよう。よくはないが。

まだ200人ぐらい誘拐された人はいるようなので、あと10年くらいかの国は「じんどーえんじょ」という身代金をとれることになった。こっちは武器(経済制裁という)は使いませんって、仁義きってしまったから、ちんぴらのやりたい放題ということになった。とにかくあの国の今のやりくちは単なるちんぴらのそれである。

しかしなぜそのちんぴらにやりたいようにやられたのか。そして、家族の方々やメディアから文句が出たのか。安部くんもあたかも「ぼくが政府内にいれば」というような口ぶりである。そういえば、安部くんはアメリカへ行ってたな。こないだ。また、年金問題で、福田くんも政府から消えた。一時撤退しても2世議員。一族の結束で、ほとぼりが冷めたあたりで復活する。一方で共産党と社民党は成果を支持した。共産党はあれだし、社民党は当然だから不思議ではない。つまり今の首相を下ろす方向で動いている。誰かが、動いている。その誰かがこの小芝居をプロデュースした。とにかく、こうして首相だけに火の粉がふりかかる状況ができた。近々、小泉は終わるんだろう。

ところで、ちんぴらには親分が必要だ。親分がいないとちんぴらは何もできない。実は、その親分は、日本のことも手のひらで転がしているのだとしたら、どうだろう。この流れからするとその親分は小泉くんを見限ったということになるのではないか。もちろんその親分は、太平洋の反対側のあの国。日本が属国にされている国。日本をしゃぶりつくすために至近の北東アジアの国のちんぴらを躍らせる国。ふたつの国をおもいのままに使っている国。もちろんメキシコではない。タコスはうまい。

しかし、現状、あの太平洋の反対側の国のやり口は見習うべきだ。お見事。

もちろん、好き嫌いは別(笑)。

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sabato 22 maggio 2004

2-2 ドロー

正直負けなくて良かったという試合。あの程度のチーム相手にあれでは客は呼べない。とにかく熊谷。本当に体調が悪いのではないだろうか?。彼がよかった最初と最後だけはチームは機能しあとはズルズル。モロに影響を受けるサイドと山根あたりがボロボロ。頑張っている選手とそうではない選手の差が大きすぎる。

前では後半出てきたFWの尾上。そのうち点とれるだろう。シュートをがんがんしていた。あとはやはり小幡。裏をとる動き。まわりの使い方がよい。DFラインも及第点ではある。ただし伊藤のミスはヘディングシュートを決めていたのでちゃらではあるが、DFとしてはやってはいけないことだ。今日も全般的に良かったので惜しかった。DFはひとつのミスで一生を棒にふることもある。また中盤では献身的な守備もするボランチに入った河合。本来はそんな位置ではないだろうけれど、頑張っていた。

それと東京在住らしい愛媛FCのファン。悪いことは言わないから地元に帰りなさい。君たちに東京はあわない。それくらい浮いた存在がごろごろ。東京は空気を読めない地方出身者がわさわさいることを今日も再確認。

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venerdì 21 maggio 2004

21世紀の斟酌

新年度に東京へやってきた新入生、新入社員の方々へ
お願いしたい。地下鉄とバスの使い方を即刻覚えてほしい。

この時期のJR山手線とその真中を不自然にカーブしている
中央総武線の混雑は尋常ではない。すべて新年度に、地方
からやってきた東京一年生の方々の仕業。

何がなんでも山手線を使わなくても地下鉄乗り入れ私鉄も
多いし、地下鉄の乗り換えもすぐに慣れる。実はバスもなか
なかおいしい路線がある。そのあたり研究していただきたい。

この時期の混雑はもう、昔から東京にいるものにとっては
辛くて辛くてしょうがない。それが毎年なので、もう呆れている。

東京には「斟酌」という伝統がある。常に他人をおもんぱかること。
東京へやってきた一年生のあなた方は昔からいる人間の場所
にやってきたよそ者である。少なくとも今は。それを認め、謙虚
に、東京に住んできた来た人間の気持ちを「斟酌」していただき
たい。この「斟酌」ができないのを野暮という。

たとえば、この伝統は“江戸しぐさ”を作った。人口が多く路地が
多かった江戸時代、人と人がすれ違う時に暗黙のうちに行われ
た綺麗な作法。すれ違いざま、スッ、と肩を抜く。何事もなかった
ように。相手と挨拶をすることもなく。ただ、スッ、と。

これができるおばさんやおやじはカッコイイのだ。これができる
ガキを見ると「親がいいんだなあ」とうれしくなる。

東京3代目でもできないやつは確かにいる。それでも、この
しぐさは今の東京でも通用する。いいものは模倣してほしい。
そして地下鉄とバスを有効利用すること。これも21世紀の今、
東京という世界にまれに見る大都市で生きていく上での美しき
「江戸しぐさ」であり「斟酌」だと、ここ10年ほどこの時期になる
と思うぼくのたわ言ではある。


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giovedì 20 maggio 2004

市原の名前

ジェフがなければ市原なんていう自治体の名前は一生、知ること
はなかったし、その必要もなかったろう。同じことは磐田とか鹿島
にもいえる。浜松と水戸はしってるけど、磐田とか鹿島なんて、J
リーグがはじまって初めて知った。鳥栖もそうだな。飛田給なんて
いう駅もスタジアムができなければ一生知ることもなかったろう。
なんらぼくに関係ない自治体や地名、駅の名称を覚えるほどぼ
くは暇ではない。

そういうわけなので千葉ということになってしまう市原だが、ぼく
みたいな輩が名前を覚えたということだし、正式名称は市原千葉
になるらしいので、しょうがないんじゃなかろうか?

ただ、市原市長が今になってむかついてるらしい。

もう少し客が入ってれば、こんなこともなかったんだろうけれど、
後の祭り。これからのことを考えねばならない。で、提案。

「いち『ば』ら」か「『い』ちば」。どちらかの呼称でこれからぼくが
呼んであげるので、怒りを抑えてもらいたい。まあ、抑えられる
わけはないだろうけれど。

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mercoledì 19 maggio 2004

パソリを使ってみた

頼んでいたパソリ(S310)が昨日届いた。なんといってもSONY製なのでメインマシンにドライバーやソフトをインストールするのは死ぬほど怖い。信用できない。そのため常用していない持ち歩きようのノートパソコンへドライバー&ソフトをインストール。終了後、パソリをつないで、Viewerを立ち上げる。パソリにEdyが載ったANAカードを置く。残高を表示すると、あたりまえだがちゃんと残高が表示される。

そして、ついでなので、クレジットカードからのチャージができるかどうか試してみた。クレジットカード情報を登録して、チャージを選ぶ。パスワードをいれて、金額を入力し、チャージ終了。クレジットカードを使えない場所で間接的にクレジットカードで支払えるということなので、これはこれでアリかもしれない。

もちろんEdyが使える店はまだまだ限られているので活躍の場は少ない。しかしampmでの使用にはいいかもしれないと思ったりも。公共料金の支払いを間接的にクレジットカードで支払うなんてこも可能なわけだ。こうなると電気や水道、固定電話などの銀行引き落としを全部やめちまおうかと思ったが、いちいちampmに行くのがめんどくさいので踏み切れない。また同じFelicaタイプのSUICAにもパソリでクレジットカードチャージがきるようになったりすると利便性は高まる。

電子マネーが人の購買行為や商習慣を変容させるという話があったけれど、はたしてEdyを使っている人はどのような行動変容があったんだろうか。なんでもSONYの社員証はEdyつきで総本山の大崎、品川あたりの店では「しゃり~ん」という音があっちこっちでしているとか。小銭ジャラジャラから「しゃり~ん」へと小銭の音が変わっていくのかどうか。基本的には数の論理だろうが、新しい決済手段が人間の経済行為をどのように変容していくのか、またはしないのか、そんなところには興味がある。

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martedì 18 maggio 2004

ガス抜き装置としての年金騒動

ここのところテレビたまたまつけると必ず政治家の年金未払い問題をやっている。
こんなこというとまた叩かれるのかもしれないが、どうもこのニュースというのは、
大衆のガス抜き装置として年金問題を機能させようといった匂いが感じられる。

内容としては、「○○ちゃんが方言をしゃべりました」という沖縄でかつてあった
方言札みたいなもの。「官房長官の福田ちゃんが年金払ってませんでした」
と言いつけているわけだ。

ある意味大衆の残虐さと被害者意識がなせる魔女裁判みたいなものではないか。

年金なんざ強制だろうとなんだろうと、払いたいやつが払えばいいし、払いたく
なければだまって払わなければいいだけ。人がどうしてようが、どうでもいい。
どうせ社会保険庁の役人の給料と贅沢に消えるわけだから、彼らに対する慈
悲の心があるなら払えばよし。そうでないなら払わない。それだけのこと。

ただ、昨日は民主党の実質のボスが年金不払いで実質から顔になることを
辞したということだが、こういった問題をもうまく使おうという彼の政治力と
マスコミ操作能力のレベルが非常に高いということを改めて思い知らされた。
肉を切り骨をたつ。自分が血をながさないと次はない…か?

とはいえ、日本という国のこと。血祭りにあげてガス抜きが終わったら、
ほっといても、何があったかなんてすぐ忘れる。そして数年後に本当に
政権をどんなカタチであれ取った時に、現民主党の実質ボスが復活するの
は目に見えているわけだから、それまで、日本が彼を嫌っている限り、
彼はじっとしているという選択なんでしょうかね。それなら辞した方が、
潔くも見える、と。演出監督では元民主党党首や自民党よりいい人間を
雇っているといえるだろう。日本人じゃないように思えるけれど。

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lunedì 17 maggio 2004

2-3でCL圏

なんとか勝ち。試合中は飛行機の中だったのでさっき録画を見た。
まあ、なんというか、相手が残留のかかるEmpoliとはいえ、とにかく
ひどい試合だ(笑)。それでも、勝ったのだから、文句はない。

しかしこれでザッケローニは来季も指揮をとることになるのだろうか?
個人的には誰がきても不安なのだが、ザッケローニよりはいいかも
と思ってしまう。マンチーニという声もあがってはいるが。

また心配なのはEuro2004あとにCLの予備選があること。おまけに
来季からは20チームで開幕も早い。頼むからすんなり9月を迎えて
ほしいものではある。

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domenica 16 maggio 2004

1-2 ロスタイム逆転勝ち

だいたい2週間前に試合開始時間が13時から18時になるなんていうのは嫌がらせとしか考えられない。おかげで大阪行きの航空券を買いなおし。試合会場は長居。第二ではなく、あのセネガル対トルコ戦があった長居。対佐川大阪戦の長居は昨年も社員動員があったそうだが、今年も予定通りというかなんというか。応援団にチアガールが登場して、「ハイハイ頑張ってください」といったあたり。そのうえ試合が始まるときには小降りになったものの、御堂筋線の長居駅に到着したときは土砂降り。いいかげんいやになってしまう。

今日は先週と同じような布陣。ただし嘉悦大先生がワントップで登場。勘ぐるに佐川急便の社長が観戦しにきてたらしいので、嘉悦を出すようにというおたっしでもあったのか?。もうひとついえば、試合時間の変更も社長が昼にゴルフするから試合を夜にしろみたいな話になったのか?。まあどうでもいい。勝てば。

試合前に東京からはるばる見に来ていたUくんがHお父さんと東大寺へいっておみくじひいたところ、「吉」、勝負ごと勝ち、だったという。見せてもらったが本当だった。こっちはこっちで、通天閣そばにある、いきつけのねぎ焼き屋により、いろいろ話した末、おばちゃんがいつのまにか(苦笑)「東京の佐川応援するで」ということになった。また別の人間は通天閣に上りビリケンさんの足を撫でてきたという。とりあえず幸先はよいようである。

前半はとてもよかった。鈴木俊は水を得た魚で熊谷も河合とのバランスがいい。考えてみると昔のやり方に近いわけで、慣れているということか。嘉悦もポストをこなすし、サイドのふたりもいいかんじだ。そして冨山が完璧に左サイドを封印。大阪に点の匂いがしない。

しかし、佐川東京もこれはというシュートは2本。バーをたたいた嘉悦のループも。それでもカタチは悪くなく点が入ってもおかしくない前半ではあった。

後半、嘉悦に代えて馬目。点をとれそうな雰囲気。いいカタチが続く。しかし20分すぎから急にバイタルエリアが空きはじめる。見ていると熊谷と河合が疲れたのか動きが鈍い。非常に頑張っていたのでしょうがないといえばしょうがないが、ここが踏ん張りどころ。しかし、そのバイタルエリアを使われサイドから右へ。この試合はじめてフリーになった右サイドからクロスが入り頭であわされ失点。ガクリ。

残り15分。シュートをしない。シュートしろ。とおもっていると馬目が怪我のため小幡に交代。暗雲が立ち込める。しかし、残り10分。山本が2列目から飛び込んでこぼれ球を決め同点。勢いづく。しかし、こう着状態。そして、ロスタイムの表示が2分。すると大阪の選手がいたんでねっころがり時間が延びる。点が入りそうな気がした。すると、またまた山本がうまくDFをかわし、スペースに出たボールを取り右の角度がないところから、シュート。逆転。劇的というかなんというか。大騒ぎである。大阪のキックオフで再開した後、試合終了。うれしくてあまりよく覚えていない(笑)。

終了して選手を迎えてからダッシュでJR西日本の長居駅を目指す。道すがらUくんが「アウェイで勝つとうれしいね」と。うん。その通り。よくよく考えてみれば前半、良いときに点をとっていればこんな試合をしなくても良かったということもあるのだが、とにかく勝ちは勝ち。関空について航空会社のラウンジで軽く祝杯をあげて狭いA321の機材の最終便で東京へ。

勝つのはいいことである。

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sabato 15 maggio 2004

今日来たもの

友達の仕事が一段落したというので昨日夕方1ヶ月ぶりに会ったのだけど、
そのまま、その友達の家にいって朝まで飲みつづけ。こんなに飲んだのは
久しぶり。

朝がえりしてそのまま寝ようと思ったら、DHLの不在票が入っていた。
なんだこりゃ?と考えたのだが、もしかしたらと思い、朝9時まで頑張って
再配達を依頼。眠気をこらえて昼まで起き、うけとる。

中身は、Euro2004の入場券、8試合分。なんと1ヶ月前に到着。KoreaJapan
時の大騒動が嘘のよう。考えてみればKoreaJapanはFIFAでEuroはUEFA。
ちゃんとしてるというか、それがあたりまえというか。

もうEuroまで一ヶ月切ったんだなあ。明日は大阪で佐川大阪戦。夜は
インテルのCLがかかる試合。

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venerdì 14 maggio 2004

朝6時半と午後5時

毎朝6時半。向かいのお寺の境内は国営放送によるラジオ体操の声が響いてくる。

毎夕5時。区の小学校の下校の音楽なのだろうか、とにかくそんなものが聞こえてくる。

どっちも飽きた(笑)

それでも自分の家にいる、ということだけは分かる。

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giovedì 13 maggio 2004

OpenBlocks未だ稼動せず

GW中に知人からOpenBlocksという手のひらに乗る小さなLinuxサーバを借りた。
ファイルサーバをたてたくていろいろ物色していたのだが、消費電力が少なく
自由度が高いLinuxであるというあたりが決めてとなった。もちろん借りられた
(というかほとんど永久貸与)という点も大きいのだけれど。

しかし、いろいろ試しているのだけれど、まだ稼動に至らない。続く。

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mercoledì 12 maggio 2004

具志川市教育委員会の白い「標識」

先週沖縄に到着した日、いままで行っていなかった具志川市内の“喜屋武(きゃん)グスク”と“具志川グスク”を探訪した。ちなみに“具志川グスク”は他にふたつあり、そのふたつは同じ按司が作ったといわれている。この具志川グスクはどうもそのふたつとは関係がないらしい。

翌日は恩納村の山田グスクと嘉手納町の屋良グスクを巡ったのち、時間があったので昨日行けなかったやはり具志川市内の江州(えす)グスクへも足を伸ばした。つまり今回は具志川市内のグスクを3つ訪れたということになる。話はそのうち具志川グスクを訪れたときのことだ。

喜屋武グスクからタクシーで金武湾を眺められる勝連半島の付け根あたりまで移動して、具志川グスクと思しき、海に突き出した岩山の前に立った。しかし目の前には土建屋の事務所兼住居と廃材が鎮座していて、グスクの目印である“具志川市教育委員会の白い「標識」”が見当たらない。しかし、その「標識」は兼箇段グスクの時にも書いたけれどどこにあるかが非常に分かりにくい。

ぼくは「もしかしたら」と、その土建屋の事務所兼住居の裏へまわり海に突き出した岩山へと近づいてみた。すると、虫が知らせたのか、「それは」そこにあった。「具志川グスク 具志川市教育委員会」と書かれた、具志川市教育委員会の白い「標識」が。具志川グスクのそれも他の具志川市のものと同じく、白い木の棒にところどころかすれた文字が書かれているだけの代物。それでもぼくにとっては「ここがそこである」ことを示す大切な目印であることには変わりない。観光ガイドなどには載ってない小さなそして整備されていないグスクを巡っていく時にこの「標識」はとても大切な「目印」になっているのだ。

今回もこの具志川市教育委員会による白い標識にいくつか出会った。喜屋武グスクのそれは地下貯水槽へと整備された斜面に作られた舗装道路の入り口。そして、その反対側、ちょっとでも止まると蚊がすぐに襲ってくる木々が密集した斜面の入り口にもあった。江洲グスクのそれはまだぼくは見つけていない。江洲の按司の墓に関する標識はあったのだけれど。

今帰仁村の緑色のしっかりした看板や今回訪れた山田グスクを要する恩納村のそれも散策の助けとなるように整備が進んでいる。やはり今回訪れた嘉手納町の屋良グスクも、アメリカ軍によって削られた後、公園として整備されてしまっているものの、大きな説明看板があり情報には事欠かない。

実は、今回訪れた具志川市の具志川グスクは戦跡でもある。沖縄戦時、グスクの南面にあるガマ(洞窟)にいた若い男女十数人がアメリカ軍の火炎放射によって焼き殺されたのだという。その場所には慰霊碑が建っている。ぼくは手をあわせた。地方按司、首里、薩摩、大日本帝国、アメリカ、そして日本。支配者が変わる度に、この場所は違う意味を持っていったわけだ。

具志川市は沖縄県の中でも裕福な自治体なのだそうだ。その裕福な街からすると他の市町村に比べ、グスクを示す標識や看板から醸し出される寂しさは否めない。しかし、これもグスクの今の姿のひとつとして、ぼくは受け入れてはいる。具志川市教育委員会の白い「標識」は、グスクの場所だけでなく、沖縄の移り「世」をも示して、そこにたっているのようにも思えるので。

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martedì 11 maggio 2004

かまぼこが売れますように

という歌が沖縄のチャクメロダウンロードで8位になってるのだそうだ。沖縄の蒲鉾関係の組合から大量の注文が来たともいう。作詞、作曲、歌は玉栄政昭。沖縄は勝連町在住の音楽家である。

この玉栄政昭。実は先日コザのMOD;sで行われた内里美香ライブの共演者。当日、内里美香の歌三線にあわせた彼の伴奏が、ぼくがそれまで玉栄政昭という人に抱いていたイメージとあまりに違うので耳と目を疑った。

もちろん、彼については、ネーネーズがカバーしたあの名曲「IKAWU」の作者であることや、沖縄の音楽シーンで特異な位置をしめていることなどは知っていた。だけれど、実のところ玉栄政昭の生演奏ははじめての経験。彼の風貌や体格からすると、演奏は力強かったりするのかな?と思っていたのだが、実際はひとつひとつの音を大切に、まるで宝物を扱うかのように、それはそれは繊細なピアノを奏でていたのだ。当日、本人はかなり緊張していたということなのだが、それでもぼくは「プロ」の指使いを耳にした満足感でいっぱいだった。

その彼が今年発売したシングルCDが件の「かまぼこが売れますように」。沖縄はコザのキャンパスレコードから。この曲もかまぼこが売れて子供の学費が出たるようにといった内容のサビの歌詞と柔らかで口ずさみやすい曲調が彼の繊細さをあらわしているようにも思える。当日は彼のソロで「かまぼこが売れますように」を。内里美香が「IKAWU」を唄うという宝物にも出会えた。

実は彼の年齢はぼくよりひとまわり上の50代。彼の履歴は「かまぼこが売れますように」もちらりと出ているのでそちらを参照。

終了後その「かまぼこが売れますように」を購入し、サインをもらったのだが、名前とともに日付、そしてわざわざ「曇」という当日の天気を表す漢字までがスリーブに書き加えられた。おまけに、ビニールを取ってしまっていたので、CDの帯が落ち着かない。ぼくはもちろんスリーブにはさめばいいやと思っていたわけだが、玉栄政昭曰く「帰ってからテープではれば元通りになりますから…」。そのとき、やらねばなるまいと思った。しかし、まだやってない。

また、連れが「お母さんはかまぼこを作っていたのですか?」と聞くと「ぜんぜん、まったく」。もちろんこの歌は沖縄の不特定多数の街グワァで働くお母さんやオバアたちの祝詞なのだから、別にかまわないわけだが、思わずこちらは苦笑い。楽しい。

そういったちょっとずれた話を朴訥と語り、あの繊細なピアノを奏で、ライブで緊張し、時間があるとふらりとどこかへ消えてしまう、というそんな彼のスタイルにも魅力を覚えたりもした。もちろんマネージャーは大変なのだろうけれど。

とにかくも、「かまぼこが売れますように」が売れますように。と祝詞をあげておく。

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lunedì 10 maggio 2004

光と影

エスパーニャでバレンシアが優勝した。

ところで同じバレンシアの郊外にスタジアムをかまえる
レバンテのファンはどんな気持ちだったんだろうか。
リーグ戦のカテゴリーが異なるいまその胸中はかなり
複雑なのではないかと思ったりもするわけで。

誰か話を聞いてほしい。

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domenica 9 maggio 2004

あかりパンダ完敗

八重山酋長は強かった。この牛はやはり本物か。

第81回春の全島闘牛大会が沖縄市営闘牛場で行われた。すでに梅雨に入った沖縄はいまにも泣き出しそうな曇り空でぼくは雨具もしっかり用意して観戦に臨んだ。

対戦開始予定の正午前からいつものように会長、沖縄新報、沖縄タイムスの順番で挨拶。タイムスの挨拶担当者は八重山出身で「酋長を応援しています」といったのはご愛嬌。さすが全島大会。多くの人々が集まり、トイレの上から戦況を見守る男衆や金網の外から無料見するアメリカ人家族も(虐待好きで謙虚さのかけらもないアメリカ人な上に入場料も払わないとはさすが厚顔無恥を生活信条とする一般アメリカ人の典型(笑))。ちょうどぼくが陣取った席の反対側の後方で、「にぎり屋」のいつもの小柄なオヤジ発見。その周辺は一万円札と千円札を握っているオジィとニーセータが鈴なりで立ち見している。

ケンカの方は赤道の戦闘飛龍が足の故障で休場のため不戦勝になり全12番。しょっぱなのCの13番戦、川崎花形VS名千トガイー、C11番のそれいけ台風と闘魂光号の二戦が30分近くの長期戦になりここまで3番で1時間を超える状況。会場にはまったりとした雰囲気が流れる。

ぼくは初戦の最初5分で「これは長期戦になるだろうし雨も降りそうだから弁当食べちゃお」とばかり、コザの名物弁当屋、吉元弁当で買ったソーキ弁当をぱくつく。やっぱり吉元弁当はおいしい。

その後のケンカは全島大会にしては少々凡庸といった印象。なかなか牛同士が額をあわさずケンカまで時間がかかったり、結局不戦となる試合などもあり、盛り上がりに少々かける印象。

それでも額を合わせるまでは時間がかかったが軽量級(といっても800kg超)王座決定戦の与那国嵐vs西部トガイー戦は2分以内に凝縮された名勝負。西部トガイーの速攻が決まり腹どりされた与那国嵐が回り込み体勢を立て直し、逆襲。腹どりを決め軽量級王者についた。まさにロスタイム2分での逆転といったところだろうか。

続く秀也ドラゴンvsツインドラゴンのドラゴン対決と5番戦の黒天一号vs嵐流も盛り上がった。ドラゴン対決は石川の秀也ドラゴンがしっかり勝利。秀也ドラゴンの闘牛士の中に伊波や石川で見た若い子がいた。ちょっと気になる。嵐流は首をわたしこむ技巧的な戦いで20分を超える長期戦を制した。この2試合は見ごたえがあった。

しかし、山田若力vs清正台風は清正台風が尻ごみし戦意なし。額をあわさず山田若力の不戦勝となってしまい、失笑と失望の声が。ここまでの盛り上がりに水を差す結果に。続く関脇戦戦勝一撃と豪剣若力はその流れを受けてしまったのか凡庸な長期戦。

そしていよいよ沖縄チャンピオンあかりパンダvs前々横綱の八重山酋長。個人的にはあかりパンダの牛主が実家というおばぁ三人と旧正月大会で顔見知りになったこともあり、あかりパンダに肩入れしていたのだが、八重山酋長得意の速攻が決まりパンダが遁走。パンダは右目じりから血を流していた。どうなったのかとても気になる。これでパンダは酋長に2連敗。苦手なのかもしれない。

終了後八重山酋長関係者は大喜び。とりあえず下に降りて写真をとってからパンダの姿を探しに牛舎へ向かったがパンダはすでにいなかった。旧正月でお会いしたおばぁ三人とも会えず、そのときとった写真をプリントアウトして持参したのだが渡せずじまい。

そんなこともあり個人的に消化不良気味だった上に全島大会にしては疑問がつく戦いが多かった。また沖縄市営の雰囲気もあるのか、昨年秋の安慶名での全島大会に比して興奮度という面でもいまひとつ。ただ、なんとか雨も降らずに逆に太陽も顔を出し腕や足が「牛焼け」。知らない人に「牛焼け」といっても怪訝な顔をされるだろうから、個人的にはスキンダイビングしかやらない(余計なもの背負うなんてお魚さんに失礼)が「ダイビングで焼けてさぁ」と、返事をする予定。30分ほど牛舎近くでうろうろしたのちコザの街方面へ向かう。

今回は改めて八重山酋長の速攻を信条とした戦いに魅せられる闘牛ファンが多いということも分かった。今後、沖縄チャンピオンの座は今回負けたあかりパンダ、大竜王との三つ巴ということになるのだろうか。嵐流、秀也ドラゴンあたりにもチャンスは巡ってくるのかもしれないが。もちろん、東昇、古堅モータースといった名門牛主もだまっていないだろう。そういった意味で秋の全島大会に期待したい。もちろんその間の準全島級大会や地方大会にも。

今回の結論は、八重山酋長は強かった。これにつきるということかな。

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sabato 8 maggio 2004

内里美香ライブ

内里美香バースデイライブ終了。あのIKAWU、現在一部で絶賛話題集中のあの人がピアノで全面バックアップ。

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venerdì 7 maggio 2004

春の全島闘牛大会へ

今日からコザ泊。日曜日はいよいよ春の全島大会。
去年より早く梅雨にはいってしまった沖縄地方なので、
天気は悪いんだろうが、ざぁざぁぶりにさえならなけ
れば、なんとでもなる。

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giovedì 6 maggio 2004

少し伸びてきたので

髪を切りにいこうとしたら予約がいっぱいだった。
休みあけで混んでるらしい。
世の中では髪は仕事中に切るものだったのか。
うかつだった。
でも今日は寒かったから、出かける必要がなく
なってラッキーだったともいえる。
あくまで前を向く。

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mercoledì 5 maggio 2004

You slaughterd human being. also me?

USA軍によるイラクの収容所でのいわゆる「虐待」。基本的にこの問題が表出してきたのはUSAの大統領選がらみであることは明白。提出したUSAのメディアがそれを物語る。ブッシュ下ろしの一旦だ。

また「虐待」という単語を日本のメディアでは使用しているけれど、これは翻訳の妙ではある。しかしながら、そういったメディア論的事実は置いておいて、流布された情報からどう考えればいいのだろうかという点がぼくにのしかかる。

戦争というものはすべからく勝者による敗者への虐待、蹂躙、略奪などが行われる。この事実は、歴史的に検証できる。歴史に残された古代以来の戦争、ユーラシア大陸の遊牧帝国による侵略、日本軍による侵攻、そしてこれまで行ったUSAによる侵攻でも、虐待、蹂躙、略奪は、行われてきたので驚くにはあたらない。戦争とはそういものだ。

ただ、それらは歴史的事実から正当化されるものでもないだろう。21世紀も基本的に人類のやっていることは変わらないと捉えることもできるのだが、21世紀には20世以前と同じ論理で生き残る国が存在しているという考え方もなりたつ。それはイラクやイスラム社会ではなくUSAである。

もちろんUSAにも21世紀を生きる人々は多いはずだ。おそらく日本よりも多いだろう。しかしUSAはイラクに戦争をふっかけることを選んだ。彼らが標榜する民主主義(数の論理)からすれば、どのような経緯があろうとも(マイアミのことだね)ブッシュが選ばれたという時点でこれは事実である。

となれば、USAの人々はイラクでの虐待、蹂躙、略奪(この「略奪」という事実はいまのところ出てこないのは、USA軍からUSA軍に参加するUSA市民に対して支給される物品の方がイラク市民の所有物よりUSA軍に参加するUSA市民にとって好みだったというにすぎないので、そういう行為が起こっても不思議ではないという意味をこめて「略奪」も当然の言葉としていれておく)を選んだ人々ということになる。USAが標榜する民主主義から考えればフェアな結論ではある。わかるわかる。

つまり、USAの市民はイラクの人々を虐待、蹂躙、および(ほしいものがあれば)略奪することを選んだわけである。このUSAの軍隊の行動を反対する人がUSA市民の中にいようと、現実が物語る。つまり、USA市民はどんな子供であろうと、素敵な意識をもつ人々だろうと、イラクの人々を虐待、蹂躙、略奪することを選んだのである。それが事実。そうなるとぼくとしては彼らをまともに扱うことはできない。

となれば、ぼくは英語(米語ではない)をもっとブラッシュアップし、USA市民に対していいたいことを言いつづけるしかない。「あなたたちは罪人だ」と。外道であると。

そして、そのUSAを支持している国の人々も同罪である。つまりぼくたち日本のパスポートを持っている人間もUSAの外道市民たちと同じ穴のムジナなのだ。

さて、そうなると、どうすればいいんだろう。とりあえず、そんな外道にさせられたUSAに対しては市民レベルからの嫌味やらなにやら、USA市民に会うたびに行いつつ、日本国の政府をどうにかせにゃならん、ってことになるんだろうが、これまた、日本国政府はアメリカのいいなり。可能性がある野党も同じ。先は長い。でも、徹底して、USA市民を嫌な気持ちにさせることはすぐできるので、心がけていきたい(笑)。正直、気分はよくないんだが、しょうがない。英語もしくは米語ができる日本の人は(この文章は日本語で書いているからそういうけど)、徹底してUSA市民に嫌味を言いつづけるべきだと思うんだけどどうだろう?。「今から英語(米語よりUSAで尊敬される)を勉強して」というのも可。

それがぼくたちにとりあえずできることか。選択肢が少ないな。


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martedì 4 maggio 2004

0-2

なんか気にかけているところは負けてばかりだが(笑)、
一昨日のFC東京の負けは、しかるべき。審判は確かに
おかしかったけれど、そのあたりを意識できたか否か
の違い。これは若さという問題ではなく、チームとそれ
を囲むスタッフ、ファンのフットボール度の問題かと。

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lunedì 3 maggio 2004

2-1 負け

調子がいいレッチェに負け。しょうがないな。こうなったらCL圏も取れたらでいいや。ダメだったら来季のCLの視聴契約しなくていいから…。悲しい。

それでもLazioが引分けたので同ポイントでParmaが2ポイント上。来週がカーザでそのParma戦。可能性はなくはないのだが、4位で予備選からとなると休み減るしカンピオナートへの影響もある。来季のはじまりは早いし、試合数も多い。

そう考えると来年はカンピオナートで我慢するとして、CLは再来年というのが現実的かもしれん。などと、なんてぼくは前向きなのだろう。

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domenica 2 maggio 2004

1-3 負け

二点をとられ後半なかば。一緒に見ていた友達と「こりゃあ3点目とられるな」と言っていたら案の定0対3。終盤にいい形を何度か繰り返したのち小幡のゴールがころころ入り、最終的に1対3にはなったが時すでに遅し。重症。

終盤の動きも業を煮やした鈴木俊が前に飛び出しはじめたり伊藤がオーバーラップをかけたりしてからのこと。もちろん前節と同じく立ち上がりセットプレーでの失点は大きな問題。それに加えて、今日も熊谷が最低のでき。やる気のかけらも見られない。接触を嫌がるアリバイ守備と指示するだけでたらたらスペースを埋め、ボールがくればバックパス。体調が悪いとしか考えられない。交代は田中だったが熊谷でよかった。

あとから出てきた選手たちは今日も悪くなかった。しかし集中している選手とそうでない選手の差が激しすぎる。山根は前で動かないとダメだ。

こうなったら熊谷は切るべき。そして鈴木俊を一列あげてボランチで使ってみてはどうだろう?。CBは伊藤と川村でいいのでは?。肝心かなめのところがへたれているのでは勝てるわけがない。河合がボランチ位置に下がったりしてバランスをとっていたのはありかもしれないと思ったりもした。中払が2ヶ月かかるという今、やらなければならない人間があのていたらくなのだから、アンタッチャブルに触るべきではないだろうか。

あまり選手起用についていいたくはないが、ピッチの上で戦う気のある選手だけでやってほしい。とにかくいまの熊谷はいらない。

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sabato 1 maggio 2004

東欧遠征後

実は、と改めていうほどのことでもないのだけど、ぼくはマテウスが好きなのだ。いや好きでは足りない。敬愛しているといっていい。おかげさまで80年代最後の年は幸せだった。そのマテウスと先日の試合終了後、親しげに挨拶をしてたのが現日本代表監督のブラジウ人だった。このあとシャツ渡しが起きた。

日本A代表がチェコにアウェイで勝ったということは画期的な事件に等しい。もちろんこのくらいのパフォーマンスを日本選手が出来て当然というくらいにはなっているので個人的には衝撃的というほではない。逆に考えると、「このくらいのパフォーマンスを日本選手が出来て当然とは夢にも思わない」チェコや欧州の人々からすると「衝撃」以外の何ものでもない。日本にとって意味ある勝利だった。

また、ぼくとしてはチェコの選手が試合中に見せていた達観した雰囲気も興味深かった。「やることやれば勝利できるさ。あれ?なかなかやるな。いいシュートだったな。ま、練習試合だからいいか」。そんな雰囲気だ。これには多分に現日本代表監督のブラジウ人の存在があるようにも思う。何人かのチェコ選手も言っていたみたいだが「現日本代表監督は子供の頃、アイドルだった」と。「あの人が監督のチームだからな」、と負けもそれなりに納得できたのではないか。

続けるにしろ辞めるにしろ、こういった、現日本代表監督の「世界への顔」は日本のフットボール戦略上まだまだ重要じゃないだろうか。戦術や選手起用、練習に問題があるとしても、これだけ「世界への顔」を持つ人間はそうそういない。少なくともぼくの場合は育った場所をのぞくとミラノと香港とミュンヘンとソウルと沖縄のそれぞれ一部で顔が利くだけ。マテウスとピッチで肩組んでもらえないし、チェコの選手からアイドルだったなんていわれることもない。おそらくかなりの確率で日本人のほとんどがぼくと同じ対応になるはずだ。

ご存知のように日本のフットボールのことなんぞ欧州や南米で評価する人間なぞ少数。大方は「しらない」。ハンガリーのマスコミが日本を舐めたなんてあたりまえのことだ。舐められたと怒るよりも「そういう事実」をどうしていきたいのか。そしてそのためにどうするか。そのどうするかという今後の動きのために、何を生かしていけばいいのかが大事。傲慢は損だ。謙虚にならなくてはいけないのが日本の立場。あれだけアメリカに媚びへつらっているんだから、そのくらいできるはず。その点からするとあの代表監督の怒りは真っ当だ。日本が舐められるのは結果でしかないのだから、負ければ舐められたまま。それに文句をつけただけだ。自分の地位保全もビジネスなので当然あるわけだが、日本のことを思ってというのも数パーセントはあったと信じている。

フットボールはピッチ上の戦いだけでなく、それ以外の問題が結果の半分ぐらいを占めている。たとえばマッチメークの問題やら、相手国のマスコミ対策など。今回のように相手チームに与える影響力も。もちろん日本の協会の人もそのあたりやるだけのことはやっているだろうけれど、現日本代表監督にはかなわない。かなうわけがない。ブラジウ人で世界の顔。自国開催のワールドカップでGLを初めて抜けたという国ならば、まだまだ利用できるというかしなければならない存在だ。

親しい人にはいっていたがこの世界の顔のブラジウ人が日本代表監督になった時の感想は「やっちゃった」である。正直もっと適任者がいたようにも思う。ただ決めちゃったのなら、徹底的に利用し尽くすべき。代表監督の方も日本を利用しているわけだから、ギブ&テイク。そうしなければもったないというかそれが世界ではフツウの考え方。まだまだ利用できる。前のフランス人より一億倍顔が利くのだから。そして、彼もそれを望んでいるはずだ。ブラジウ人のプライドと行動原理がそうさせる。

日本には経済力を背景にした金と「世界の顔」があるんだから無理を通そうと思えば通りやすくはあるのだから。その無理を通すのをフットボールの世界では正々堂々というわけではある。

もちろん、試合に出てない外国リーグ参加選手重用は問題だと思う。またJリーグの選手でも個人的なぼくの好みをいえば左サイドバックでブラジウポルトガル語ぺらぺら日本人を、いつも使うのもどうかと思う。三浦だろ、普通。久保と藤田も結果を出してるし、玉田はよかった。田中のCBはずっと望んでた。いいじゃん。このあたりの起用は拍手。選手起用の好き嫌いはいろいろだから、強くはいわない。結果が出ればいいのだ。

W杯予選も苦戦しているようだが勝点3ずつ獲っている。日本の人は、そんなに簡単な試合だと思っていたのだろうか?。W杯予選を。それで内容が悪いといっている傲慢さはちょっとひく。確かにチームが機能しているとはいい難いわけだが、ラッキーだったとはいえ結果は出ている。出なくなれば考えればいい。内容どうこうではない。結果がW杯予選のすべてなのだから。

おそらくインド戦も勝点3を必死に取りに行くとする。するとアジアカップあたりが評価対象になるんだろうけれど、この大会も日本の選手の実力と心の強さを信じるとすれば、四川の盆地の湿気と暑さ対策をきちんとできるかどうかはポイントだけど、早々の敗退はあまり考えられない。レギュレーションを見てもそうだ。GLで2位でいいわけだから。代表監督をどうするかは、それからまた考えたらいいのではないかな、と思ったりもする。

よってたかって監督をパッシングするだけでは代表チームは強くならないし、監督を崇め奉るのも論外。きちんとビジネスライクに結果を出すためにどういうメリットがあるのかデメリットがあるのかを考える。そう考えたとき、ぼくはメリットの方がまだまだ多いと思うので、支持ではないが、結果が出ている間は続ければよいという立場になるんだと思う。

それに再びむしかえすが、ハンガリー戦後の怒りは計算づくだったのかもしれないがとても面白かったし。つまんないより面白い方がいいのだ。おまけにぼくはブラジウ人が嫌いではない。そのいいところも悪いところも嫌いではない。ブラジウ人なんだから。結局理由はそこか。ブラジウ人なんだからその行動原理をわからないと…。それでも現代表監督は、相当折れてると思う。なぜか金で雇われている身だから。あたりまえのこと。だから日本のみんなももっともっと彼を利用し尽くべき。もったいないから。

あと玉田のシャツコレクションがへっちゃったかもしれないという点はかわいそうだった。どうなったのだろう?

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