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venerdì 26 marzo 2004

牛の境界と日本列島人についての覚書

○東アジアにおいて短角牛飼育のルーツは現モンゴル地域らしい。
○黒龍江、樺太、北海道、沿海州あたりから日本列島への移住はかなり行われた。
○日本の東北地方は伝統的に牛、馬の産地が多い。とくに旧南部藩地域は有名。
○先島文化圏以外で行われている日本の闘牛においてその熱さでは一番であろう愛媛県宇和島のあたりは仙台伊達藩の殿様が治めていた。米沢牛や牛タンのルーツとは?
○現在日本で闘牛が行われているのは越後、岩手の山間の市町村。山と海に囲まれた宇和島。日本海に浮かぶ隠岐。先島文化圏の徳之島、沖縄本島、石垣、与那国。かつては八丈島までも行われていた。
○日本列島文化圏における農村という定住集落の形成は?
○手のこねりが入った踊りで喜びを表す黒潮文化圏と結びつける考え方もあるが新潟、岩手をどう説明するか。岩手は説明できなくもないが。
○元は朝鮮半島を占領したのち済州島で軍馬の飼育を行った。
○平安期の牛車の牛はどこの牛?。短角牛か?
○奄美文化圏と本島中北部は古来から密接な関係にあり人的交流も盛んだった。山原と奄美。琉球始祖神話の「『アマミ』キヨ」
○話は違うが豚は北か南か?南のような気がするのだが。それでは山羊は?家畜の伝播ルート。
○沖縄本島中北部で盛んな闘牛だが宜野湾の赤道地区で闘牛が盛んなことを考えるとこのあたり現普天間基地を真っ二つに分けたあたりに沖縄本島における何らかのラインが存在か?。
○牛と信仰

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